新しい世界で


目次(クリックでその話まで飛びます。

オープニング

第一話  タイトル:『クエストショップの一日』

第二話  タイトル:『天敵』

第三話  タイトル:『植物人間』

第四話  タイトル:『黒鬼のキュピル』

第五話  タイトル:『犬猿』

第六話  タイトル:『酒場に集う人と感情』

第七話  タイトル:『裏路地』

第八話  タイトル:『Quiet』

第九話  タイトル:『ルイの陰謀』

第十話  タイトル:『キュピルとルイ』

第十一話 タイトル:『天の羽』

第十二話 タイトル:『集結』

第十三話 タイトル:『天の羽へと続く道』


オープニング






まだ見つくしていない世界がある。

まだ誰も発見したことのない大陸がある。



数ある大陸のうち、アノマラド大陸と呼ばれるこの大陸は新しい時代を迎えていた。


そんなアノマラド大陸に存在する一つの港町ナルビク。

ここナルビクでまた新たな出来事が起きる。



キュピル
「ひゅ〜、こりゃ中々冒険心を擽る依頼が来たな!」

身長およそ170cm程の細身な青年が一枚の紙を両手で高々と上げて見つめる。
彼の名前はキュピル。ナルビクで少し変わったクエストショップを営み日々生活を続けている。

クエストショップとは一言で言えば依頼を受注、発注する事の出来る場所である。
例えば遠征する力を持っていない者がある素材を必要とした時、ここクエストショップに依頼を発注し
その依頼を冒険者が受注する。そして冒険者が素材を集め終えクエストショップに持っていくと
発注者が決めた報酬の九割を冒険者に渡し、残り一割は手数料としてクエストショップが持っていく。
そして素材は発注者へと渡る。そのシステムでクエストショップは成り立っている。

今、大冒険時代を迎えたここアノマラド大陸で最も盛んとも言える事業だ。
特に大きな街に行けば必ずと言って良いほどクエストショップは存在している。

しかしこのキュピルが営むクエストショップは他のクエストショップと比べて少し風変わりな事で少し有名である。
本来、クエストショップとは依頼された物は冒険者が受注しそれを達成していくのだが
キュピルのクエストショップは受注された依頼は冒険者が実行するのではなく、ここクエストショップで働く
キュピルが直々に動いて依頼を達成しているのだ。

その結果、他のクエストショップと比べて冒険者が報酬や好みで選別する事はないため
かなり早い速度で依頼が達成される。その独自のシステムが今好評を受けている。
・・・とはいえど規模がかなり小さい上に木造建築であるため見た目で良さを判断する人には無視されやすい。
逆に実力は分っていても扉を潜った瞬間、たった一室しかないクエストショップを見てやはり疑問に思う人が後を絶えない。

好評は受けている。しかし景気が良い訳でもない。

そして今。新しい依頼が舞い込んできた所である。


キュー
「おーおー、お父さんが張り切ってるぜ。」

黒い髪の毛に黒い瞳の少女。キュピルと同じ髪の色をしている上に瞳の色も同じ。
更にキュピルの事をお父さんと呼ぶこの子の名前はキュー。

キュピル
「キュー・・・。もうこれで何度目だ。俺はお前の父じゃないし子供を作った記憶もない。」
キュー
「にひひひ。でも正真正銘。アタシはお父さんの子なんだぜ。信じてくれないけど。」

キュピルの机の上に腰を掛け足をぶらぶらと動かす。

キュピルがクエストショップを立ち上げやっと周囲に存在を知ってもらえたある時。
突然キューと名乗る黒くてボサボサ髪の子がクエストショップに押し掛け自分はキュピルの子だと叫んだ。
しかし家族を持っていないキュピルにとって当然身に覚えはなく何度も否定したがそれでもキューは
自分はお父さんの子!っと一歩も主張を譲らない。一度探偵に依頼をしてキューの親族を探したが
見つからず仕方なく保護者として受け持っている。
・・・ちょうど一か月前の出来事だ。

キュー
「あ〜あー。アタシも可哀相な人生を送ってるなぁ〜・・・。正真正銘!お父さんの子だっていうのに
ただ一度も信じて貰った事ない・・・。」
キュピル
「俺の年齢は二十歳だぞ。キューは何歳だ?」
キュー
「12歳!」
キュピル
「俺は8歳の時に子供を作ったことになる!!」
キュー
「それ言われるとどうしようもないんだよなー。本当の事言うと前世のアタシが新しい大陸に自分という存在を
残したくてその辺にパッとアタシを誕生させたんだよなー。前世のお父さんは優しかったのにな〜。
アタシの事を娘だとすぐに認めて接してくれたし一緒に戦ったり遊んだり・・・。まぁー作者とかいう奴と
戦った時は本当に心折れそうになったけどなー。」
キュピル
「またその話しか・・・。一体その話しは何処まで本当なのか・・・。」
キュー
「全部本当の話しなんだぞ!・・・あんまり自信ないけど。」
キュピル
「・・・やれやれ。名前は確かに似てるとは思ったけどね。」

キュピルが立ちあがる。

キュー
「どこいくの?」
キュピル
「依頼だよ。クラド周辺で新しいモンスターの巣窟が見つかったらしいから調査して欲しいそうだ。」
キュー
「アタシも行く!」
キュピル
「キューは何歳だ?」
キュー
「12歳!」

キュピル
「子供・・ましてや女の子に戦わせる訳にはいかないだろう。」
キュー
「失礼な奴だな〜。アタシだって戦えるんだぞー!」
キュピル
「・・・そういえばキューが戦っている所一度も見た事ないな・・・。」
キュー
「にひひ、アタシの戦闘をお披露目するぜ。」
キュピル
「・・・ま、危なくなったら助ければいっか。ほら、身支度整えてさっそくクラドに行くぞ。」
キュー
「りょーかい!」




数十分後。
二人は武器や装備を身につけ、クエストショップを出る。
そしてキュピルが鍵を閉め、立て札をひっくり返す。

『ただいま外出中。御用の方はポストに手紙を入れてください』


キュー
「なーなー、どうして人員増やさないの?仕事の効率悪いよ。」
キュピル
「まだ給料出せるほど大きくないんだ、俺のクエストショップは。」
キュー
「ルイとかなら絶対ただ働きしてくれるぜ!」
キュピル
「・・・どうしてルイの名前を知っているんだ?」
キュー
「ルイは何処に居るの?前世のアタシは確かにしっかりとお父さんとルイをくっつけたはずなんだけどなぁー・・・。」
キュピル
「・・・げふんげふん。」

キュピルが一度咳してから喋る

キュー
「変な咳。」

キュピルが歩きだす。

キュピル
「変な笑い方するキューに言われたくない。」
キュー
「なーなー!ルイはー?ファンはー?ジェスターは!!」
キュピル
「ファン?ジェスター?」
キュー
「あちゃー・・・まずいぜ・・・。こりゃ本当に知らないみたいだなぁ・・・。
確かに前世のアタシはこの四人はしっかりナルビクに集まるように世界を作ったんだけどなぁ・・・。」
キュピル
「ほら、訳分らない中二設定言っていないでクラド行くよ。」
キュー
「せめて!せめてルイの所在ぐらい教えてくれよー!」

キューがキュピルの手を掴んでぶんぶん振り回す。

キュピル
「ルイは今別の大陸でメイド長として働いているらしいよ。」
キュー
「え?何で?」
キュピル
「ルイは俺より二つ上の幼馴染なんだが俺が六歳になったある時、別の大陸に住む貴族の人が
ルイを見て偉く気にいっちゃったらしくてな。メイドに仕立て上げるために連れてっちまったんだ。」
キュー
「誘拐じゃん!」
キュピル
「シィッー!人聞きの悪い事言うな!・・・俺もルイも何故か親が存在していないんだ。
だから身寄りがいないここで生活するよりは向こうで生活した方がルイも絶対幸せのはずさ。
それに有名な貴族の元で今メイド長として働いているんだ。絶対裕福な生活してるに違いない。」
キュー
「・・・お父さんは寂しくないの?」
キュピル
「確かにルイが居なくなった時は寂しかったな・・・。突然一人になっちまったもんだから。
だけど何だかんだで知り合いに支えられながらこうして生きているよ。
突然キューが来て急に五月蠅くなったけど。」
キュー
「にひひ!寂しいよりはマシだと思うぜ!」
キュピル
「・・・ま、そうだな。」

キュピルが苦笑する。
ナルビクをちょうど出ようとしたその瞬間、後ろから声をかけられた。

茶髪で眼鏡をかけた人
「おい、マヨネーズ。」
キュピル
「だから俺はマヨネーズじゃないっつの!!」
キュー
「誰この人。」
茶髪で眼鏡をかけた人
「それはこっちの台詞だ!お前こそ誰だ。」
キュー
「アタシはキュー!お父さんの娘だぜ!」

キューが一歩前に出て仁王立ちする。

茶髪で眼鏡をかけた人
「・・・ほぉ?」
キュピル
「げ、キュー!!マキシミン!コイツの事は信じるなよ!」
キュー
「お父さんにコイツ呼ばわりされた!!」
マキシミン
「ふむ、ナルビクのどこかで人身売買している場所があると噂には聞いていたがまさかお前が手を出していたとは。
今すぐギルドに通報すべきか。」
キュー
「おーおー!アタシは正真正銘お父さんの子なんだぞ!売り買いなんてされてない!」
マキシミン
「・・・相当手なずけているようだな?ククク。」
キュピル
「ええい、俺が人身売買する訳ないだろ!それより用があるから話しかけたんだろ!用件言え用件を!!」
マキシミン
「お前はそんな事しないのは十分知っている。その黒いチビはまた今度聞かせてもらう。
それよりこれから何処か行く予定か?」
キュピル
「クラドに行く。」
マキシミン
「クラドか。ちょうど良い。こいつをクラドの自衛隊長に渡してくれないか?」

そういうとマキシミンは一通の手紙をキュピルに見せる。

キュピル
「自分で届けに行け。」
マキシミン
「俺はあの村にはいれねーんだよ!だけど仕事でどうしてもその手紙を届けなければいけなくなった!」
キュー
「何で入れない?」

キューが首をかしげる。

キュピル
「クラドはかなり閉鎖的な村何だ。何か事を起こすと二度と村に入れてくれなくなる。
大方酒場で暴れたんだろう、こいつは。」
マキシミン
「・・・チッ、当たりだ。ちくしょう。とにかくその手紙さえ渡してくれればいい!!」
キュピル
「・・・どうすっかなー。俺はこの手紙を届ける義務がないからなー?」

キュピルが手で小銭のマークを作りながら喋る。顔がにやついている。

マキシミン
「最近怪しい連中に追われる事が多くてな。ボイスレコーダーを持ち歩いているんだ。」

そういうとマキシミンはポケットからボイスレコーダーを取り出す。

マキシミン
「お前の発言を編集してこう言わせてやってもいいんだぞ。
『俺は人身売買してる』。」
キュピル
「・・・あれは本気でまずい。手紙届けても以後脅迫に使われ続ける」
キュー
「お父さん、剣借りるよ。」

キューが勝手にキュピルの剣を引き抜く。

キュピル
「お、おい!」
キュー
「たあぁぁっ!」

キューが剣を投げる。見事にボイスレコーダーに直撃し大破した。

マキシミン
「うわっ!!俺のボイスレコーダーが!!」

ボイスレコーダーの破片が地面に落ちる。

マキシミン
「・・・弁償しやがれ!!」
キュピル
「逃げたほうがよさそうだ。」

キュピルがキューを後ろに退かせた後に前に飛び出る。
マキシミンのパンチを回避し、地面に落ちてる剣を拾って逃走を図る。

キュピル
「クラドは向こうだ。」
キュー
「了解ー!」
マキシミン
「風魔法を覚えている俺から逃げられるとでも。」

マキシミンがシルフウィンドを自身にかける。

キュー
「おー。あの魔法は何?」
キュピル
「シルフウィンド。風魔法の中でも最上級魔法に位置する強い魔法だ。
簡単に言えば足が速くなる上に走っても疲れなくなる。・・・のんきに説明している場合じゃねえぇぇ!!」

キュピルがキューを背負いクラドの方向へ逃げ始める。

キュピル
「昔から逃げ脚だけは自信があるんだ。」
マキシミン
「くそ、まて!!何で追いつけないんだ!!?」

異様な速度で逃げるキュピル。
ナルビクを出て草木が生い茂るクライデン平原へと逃げる。




==クライデン平原


ナルビクから飛び出ておよそ10分ほどが経過した。

キュピル
「ぜぇ・・・ぜぇ・・・。・・・逃げ切れたか?」

気がつけばマキシミンが視界から消えていた。
道中に存在する視界の悪い森を突っ切って正解だった。

キュー
「滅茶苦茶早かった!!お父さんにそんな特技あるなんて初めて知った!」
キュピル
「当たり前だ・・・会った事・・・ないんだからな・・・。ぜぇ・・・ぜぇ・・。」
キュー
「そういえば前世のお父さんは逃げた所見た事なかったなぁ・・・。」
キュピル
「・・・前世だとかどうとか言ってるけど・・・はっきりと一つだけ言っておくぞ・・・。
俺は強くない、むしろナルビクの中でも下位に位置する。
この前ファイトクラブで対戦したらボロボロだった・・・。」
キュー
「ファイトクラブ?」
キュピル
「他の人と試合ができる場所だ。勢い余って殺してしまってもそこなら復活できるんだ。何度死んだ事か・・・。」
キュー
「ふーん・・・。・・・弱いお父さんだなんて何かあんまり見たくないなー・・・。」
キュピル
「う、うるさいなぁ・・。そもそも俺は君のお父さんではない!」

キュピルが立ちあがり、再びクラドへと向かう。

キュー
「置いてくなよ〜。」
キュピル
「本当にどこから来たんだか・・・この子は。」

キュピルがふと思い出したかのように剣を見つめる。

キュピル
「・・・さっきはよくマキシミンのボイスレコーダーに当てられたな・・・。驚いた。」
キュー
「ふっふっふ。こう見えても一度世界を救ったからなー!」
キュピル
「はいはい中二病中二病・・・。」
キュー
「う、嘘じゃないぞー!本当なんだからなー!!!琶紅とか!ギーンとか!皆戦ったんだぞー!」
キュピル
「何処かの漫画のシナリオか?」
キュー
「う・・・うぅぅ・・・。・・・部分的に記憶持ちこまないで消した方がよかったかも・・・。
本当にお父さんはこれから言う人達の名前知らない!?
ジェスター!ファン!ヘル!テルミット!琶月!輝月!ディバン!ギーン!ミーア!」
キュピル
「誰ひとり知らない。・・・いや、ジェスターぐらいかな。そういう種族がいるのは知ってる。」
キュー
「・・・やっぱり知らないんだ・・・。皆お父さんと一緒に戦った人達なのに・・・。」

キューが本気で落ち込む顔をする。

キュピル
「そんな顔するなって・・・。常識的に考えてみろ、いきなりそんな事言われて信じる奴がどこにいる。
それより今日中にはクラドに辿りつかなければいけないからしっかり歩こう。」

キュピルが先頭を歩く。その後をキューが長い髪を揺らしながらついていく。




キュー
「(なんだか寂しいなぁー・・・。・・・アタシとお父さんは本当に血が繋がっている親子なのに・・・。
それに誰もクエストショップにいないなんて・・・)」



第一話  『クエストショップの一日』




日が暮れはじめた頃。
キュピルとキューは草臥れた村に辿りついた。
村の出入口にいる自衛隊員に睨まれながら村に入る。

この村の名前はクラド
サイモペインという貴重素材が手に入る炭鉱に最も近い村だ。
このサイモペインは魔術道具や合成素材、更にはモンスターを近づけさせない結界石の元にもなるため
非常に貴重な素材である。
しかしその貴重さゆえに旅人が勝手に炭鉱に入りこみサイモペインを発掘するという事態が多発。
それに対してクラドも自衛隊を結成し密入しようとするものを容赦なく逮捕していく。
抵抗する者は殺害を認める時もある。

それ故に部外者への警戒心が人一倍強い村になってしまい閉鎖的な村となってしまった。

キュー
「あー、懐かしいなークラド。」

クラドに辿りつき辺りを見回すキュー。
既に日は暮れ街灯が灯されていた。
ナルビクと違って小さく、閉鎖的な村なので夜になると人が一気に少なくなる。

キュピル
「何だ、来たことあるのか。」
キュー
「おうー、前世でなー。」
キュピル
「また前世か・・・。とにかく依頼主に会いに行こう。」
キュー
「依頼主は誰なんだー?」
キュピル
「クラドの自衛隊長さんらしい。・・・ちょうどマキシミンの手紙を届ける人物でもあるな。」
キュー
「おー、一石二鳥だな!」
キュピル
「どうせだから手紙も一緒に渡してやるか。」

クラドの地図を開き自衛隊が住んでいる建物へと向かう。

キュピル
「・・・ここか。」

近くに街灯がなく、かなり暗い。

キュピル
「とりあえずインターホン鳴らすか・・・。」
キュー
「アタシが押す!」
キュピル
「子供だな。」


キューがインターホンを連打する。

キュピル
「うわ!連打するな!」
キュー
「遠慮する事ないはず!」
キュピル
「これは酷い。」

しばらくすると扉が開き誰かが出てきた。
・・・ロングソードを背中に装備したオレンジ髪の青年・・。

オレンジ髪の青年
「インターホンを連打して・・・。何か急ぎの用事ですか?」
キュー
「(あれ・・・この人・・・)」
キュピル
「すみません、この子が勝手に連打したもので。」
キュー
「責任転嫁!!」

キュピル
「事実だろ!!」


キュピルがキューの髪の毛をクシャクシャにする。
元々ボサボサだったキューの髪がもっとボサボサになる。

キュー
「ギャァー!」
オレンジ髪の青年
「・・・それで、ご用件の方は?」
キュピル
「あぁ、すみません。クラドの自衛隊長から近くに新しいモンスターの巣窟が現れたから調査して欲しいと
頼まれた者です。」
オレンジ髪の青年
「隊長が言っていたクエストショップの方でしたか。どうぞどうぞ、中に上がってください。」
キュピル
「失礼します。」

キュピルとキューが寮に入る。



==クラド・寮


中に通され、ある部屋へと案内される。

オレンジ髪の青年
「ここが隊長の部屋です。隊長、クエストショップの者が来ました。」

オレンジ髪の青年がドアをノックする。
扉の奥から「入ってくれ」っという声が聞こえる。

オレンジ髪の青年
「どうぞ。」
キュピル
「失礼します。」
キュー
「失礼しまーす!」
キュピル
「キュー、お前は外で待ってるんだ。」
キュー
「えー!!」
キュピル
「本当は仕事場に子供を連れて来ちゃいけないんだぞ・・・。」



キュピルが部屋の中に入る。
応接間・・ではなく、本当に部屋のようだ。

自衛隊長
「遠征御苦労様。さっそく用件を伝える。」
キュピル
「はい。」





キュー
「ちぇー!何でアタシははぶられなきゃいけないんだー!」
オレンジ髪の青年
「君はあのクエストショップの人の子なのか?」
キュー
「にひひ、そうだぜ!」
オレンジ髪の青年
「お父さんの邪魔はしちゃだめだぞ。お父さん随分若く見えるけどな・・・。」
キュー
「あー!アンタもそんな事言うー!!アタシは強いんだぞー!」
オレンジ髪の青年
「へっ?君が?」
キュー
「悪いけどアンタよりは強い自信あるぜー。」
オレンジ髪の青年
「ハッハッハ、確かにその威勢さえあれ20年後には俺が下になってるかもな!歳で。」
キュー
「今でもアタシの方が上!!」
オレンジ髪の青年
「いや、ないだろ!」
自衛隊長
「うるせぇぞ、シジューゼ!!」

突然扉が開き自衛隊長が叫んだ。
オレンジ髪の青年・・シジューゼが敬礼する。

シジューゼ
「す、すいません!!隊長!でも叫んでたのはこの子の方ですって!」
自衛隊長
「知らん!次騒いだら減給だ!」
シジューゼ
「き、肝に銘じまぁぁあす!!」

シジューゼの声が裏返る。
そして扉が閉まった。

キュー
「・・・・にひひひ。怒られちゃったね、シジューゼさん?」
シジューゼ
「ち、ちくしょぉ〜・・・。アンタのせいだ・・・。」
キュー
「にひひひひひひひ。」
シジューゼ
「何がそんなにおかしいんだ・・・。」
キュー
「二つの意味でにやけてるんだぜ。シジューゼさん?

シジューゼが頭の上に?を思い浮かべる。何故かキューは嬉しそうに笑っている。
まるで久しい友人にでもあったかのような顔・・・。

結局、その後はシジューゼと一緒に扉の前で座り込み話しが終わるのと待ち続けた。


・・・・。

・・・・・・・・・・・。



シジューゼ
「将来金が貯まったらクラドから出て冒険しようと思ってるんだ。今まさに世界は大冒険時代だからな。」
キュー
「そうなの?そんな時代には感じられないなぁー・・・。」
シジューゼ
「う、うるさいなぁ・・・。子供には分らないんだよ、子供には・・・。」
キュー
「何でもかんでも子供扱いするのはよくないぜ。」
シジューゼ
「・・・はぁ、その台詞。弟にも言われたんだよなぁ・・・。」
キュー
「へぇー。」
シジューゼ
「フィーゼって言うんだけど・・・あいつは魔術師を目指しているんだが・・・。
魔術ってのは素人には絶対為し得ない偉業何だが俺の知らない所でちょっとずつ出来るようになってたんだ。
それでこの前高い魔術本を買おうとしてたから思わず『無理だ』って言っちまったんだ。
そしたら『子供扱いするな』って言われちまったんだ。」
キュー
「結局本は買ったの?」
シジューゼ
「買ったよ、あいつは。働いていないのにどこにそんな金があるのか。」
キュー
「もしかしたらシジューゼさんが知らない所で働いているかもしれないね。」
シジューゼ
「いや、それはないな・・・。」
キュー
「絶対ある!フィーゼ君は絶対シジューゼさんが思っているより成長してる!!」
シジューゼ
「ない!」
キュー
「そんな風に思いこみしてるから子供扱いするなって言われるんだよ!」
シジューゼ
「こ、こいつ!子供のくせに随分と大人ぶった事を言いやがる!!」

シジューゼとキューが今まさに喧嘩しようとしたその瞬間。

自衛隊長
「減給だ減給!!!!」



自衛隊長の強力な拳骨が二人の頭に落ちた。


キュー
「何でアタシまで!!」









==クラド・宿



キュー
「ムスッ・・・・。」
キュピル
「まぁそう不機嫌になるなって。」
キュー
「じゃーお父さん拳骨喰らってみる?」
キュピル
「ははは、キューの拳骨じゃ痛くないなぁ。」
キュー
「試してみなければ分らない!」

キューが腕まくりし、ベットの上に飛び乗る。ベットのバネを利用して
腰かけているキュピルの頭目掛けて思いっきり拳を振り落す。


ゴン!


キュピル
「いでっ!!」
キュー
「にひひ、痛がった!」
キュピル
「いや、どう考えてもその拳の振り落とし方は例え幼児がやっても痛い!!」

キュー
「おーっと、反撃はナシだぜ?」
キュピル
「俺は大人だからしないさ。」
キュー
「・・・何かモヤモヤする。もう一発叩きたい気分。
キュピル
「父親を敬うべき!!」
キュー
「お!やっとアタシが娘だと分ってくれたのかー?」
キュピル
「うーん、どちらかといえばジェスター飼ってる気分になってきたな・・。その髪の毛少し似ているし。」

数秒後、もう一度拳骨が飛んできた。








==翌日



キュピル
「・・・」

キュピルがヘルメットを被る。

キュー
「お父さん、そのヘルメットダサイ。」
キュピル
「これはナルビクで買ってきたヘルムっていう名前のヘルメットなんだぞ。3万もする高いメットなんだぞ・・・。
これ着けてりゃキューの拳骨喰らっても全く痛くないな。」
キュー
「・・・確かに防ぎはしてくれそうだけど・・・。」

キュピルが鎧を身につける。

キュー
「お父さん、その鎧ダサイ。」
キュピル
「これはナルビクで買ってきたストーンアーマーっていう名前の鎧なんだぞ。2万もする高い鎧なんだぞ・・・。
これ着けてりゃキューの頭突き喰らっても全く痛くないな。」
キュー
「・・・確かに防ぎそうだけど・・・。」

キュピルが鉄の籠手を身につける。

キュー
「お父さん、その籠手ダサイ。」
キュピル
「何でもかんでもダサイって言うな!!」


キュー
「やっぱり装備はカッコイイ装備じゃないと!!」
キュピル
「俺も本当にそう思う。でも実用性と見た目は両立しない!」

キュピルが剣をチェックする。・・・マキシミンと同じ武器のスチールシャドウ。

キュピル
「でもこの武器は実用性と見た目両立してるだろ?22万もする超高い太刀だぞ。」
キュー
「ふーん・・・。でも周りの装備がダサすぎて何とも言えない。」
キュピル
「わ、悪かったな・・・。早く金溜めて強いの買おうとは思っているって・・。」
キュー
「お父さんは重装備より軽装備の方が絶対いいよ。」
キュピル
「いや、重装備の方が良い。多少敵の攻撃を受けてもごり押しで敵を倒せる。」
キュー
「あーあー・・・。これじゃお父さんが強くなるのは当分先の話しだなぁー・・・。」
キュピル
「子供に一体何が分るんだか・・・。」
キュー
「おーおー、言ってくれるぜ。ところでアタシの武器は?」
キュピル
「あ・・・悪い。装備がないな・・・。武器だけある。」
キュー
「武器だけあればいいよ。どれ?」
キュピル
「使い古しの武器だ。」

そういうとキュピルはやたらと太い剣を渡してきた。

キュー
「何これ?」
キュピル
「ブッチャーズソード。肉屋で働いているおっちゃんから貰った剣。」
キュー
「そんなの剣って言わない!!」
キュピル
「分厚い肉も楽々斬れる優れ物だぞ。」
キュー
「ってか、大きすぎてアタシ持てない・・。」

キューが両手でブッチャーズソードを持つが重すぎてよろけてしまう。

キュピル
「ハッハッハ、やっぱり子供だな。力が無い。」
キュー
「この包丁は重すぎる上に切れ味も最悪・・・。」
キュピル
「達人は武器を選ばん。それにどんだけ高級な武器を使おうが使い手がその武器の性能を引き出せなければ
全く意味がない。」
キュー
「あ、お父さんが今初めてまともな事言った。」
キュピル
「悪かったな・・・。」
キュー
「じゃー、お父さんはそのスチールシャドウじゃなくてもこっちの包丁で戦えるよね!!」

キュピル
「・・・・は?」






==クラド・炭鉱入口



クラドの自衛隊員を一人連れて問題の新しいモンスターの巣窟までやってきた。
どうやらサイモペインが取れるこの炭鉱にモンスターが住みつきサイモペインが採掘できないようだ。

キュピル
「クラドの唯一の収入源であるサイモペインが断たれると確かに辛いな。」
キュー
「・・・ところで何でクラドの自衛隊員がついてきているの?」
シジューゼ
「それはアンタ達がモンスターの討伐ついでにサイモペインを取って行かないか監視するためだ。」

シジューゼがロングソードとシールドを構えながら話す。
・・・キューに対して威嚇しているらしい。

キュー
「子供に武器向けてるぜ。」

その時、キュピルがキューの耳元で囁いた

キュピル
「(大丈夫だ、キュー。この人は強くない。)」
キュー
「(おーおー、何でそんな事が言えるんだ?)」
キュピル
「(もしあの人がここのモンスターを倒せる実力を持っているならば態々俺に頼まない)」
キュー
「(あーなるほどなー)」

シジューゼ
「・・・・・・・。」

キュピル
「さぁ、行こうか。もし危なくなったら下がってくれ、キュー。」

そういうとキュピルがブッチャーズソードを抜刀し右手にはブッチャーズソード、左手には松明を掲げながら
炭鉱へと突撃していった。

キュー
「でも装備がかっこ悪い。」
キュピル
「それはもういい!!」




==炭鉱内部



入口からでは薄暗くて良くわからなかったが中に入って見ると思ったよりモンスターは多かった。
身長60cm程度の小さな小悪魔がツルハシを持って炭坑内をうろついている。
しっかりヘルメットまで着けている。

キュー
「あのモンスターって何て言うの?」
シジューゼ
「ウィキディだ、そこそこ強いから気をつけた方がいい。」
キュピル
「おらぁ!」

中に入るなりいきなりキュピルがブッチャーズソードで敵を叩きつける。
ヘルメット事叩き割り小悪魔にダメージを与える。よろけた所を思いっきり蹴り飛ばし壁に叩きつける。
そしてトドメにブッチャーズソードで敵を一刀両断する。

キュピル
「次だ!」

キュー
「何だ何だー。お父さん自分でナルビクの中じゃあんまり強くないって言って来ながら結構出来てるなー。」
シジューゼ
「流石専門に頼んだ事だけはあるな・・・。アンタはあれぐらい戦えるか?」

シジューゼがキューに挑発する。

キュー
「にひひ。まー見てなってー。」

キュピルが別のウィキディに攻撃を仕掛ける。ブッチャーズソード特有の重さを利用して
叩きつぶすかのように振り落とす。敵の頭を思いっきり叩き怯ませる。そして再び敵を蹴り飛ばす。
ウィキディを蹴り飛ばした先にキューが待ち構えていた。

キュー
「たぁっー!!」

軽いスチールシャドウを大きく振りかぶりタイミング良く敵を一太刀で斬り裂いた。

キュピル
「おぉ、やるな。」
キュー
「ちょっとアタシの本気を見せてやらないとなー!」

キューの後ろに迫っていたウィキディをスチールシャドウで薙ぎ払う。たった一太刀でウィキディを戦闘不能にさせる。

キュピル
「流石スチールシャドウだ。子供の攻撃でも凄まじい威力を誇っている。」
キュー
「・・・酷いぜ。」



キュピルとキューが連携を取りながら坑道内にいるモンスターをどんどん討伐していく。
その後ろをシジューゼがポカーンと見つめている。

シジューゼ
「・・・な、なんであの二人はあんなに戦えるんだ・・?一応俺だって特訓しているはずなのに・・・。ち、ちくしょぉ〜・・・。」

シジューゼが安全になった坑道内を歩いて行く。





キュピル
「大分モンスターを倒したな・・・。」

それでも次から次へと様々なモンスターが襲いかかってくる。
巨大な石に手足が生えたゴーレムコマンド。
ウィキディが更に大きくなり口から炎を吐きだしてくるウィッキド。

キュピル
「ゴーレムコマンドの攻撃は絶対に貰うな!一撃で遠くまで吹き飛ばさr・・・。」

キュピルがキューに警告している間にゴーレムコマンドの強烈なパンチを後ろから貰い
キューの居る方向へと吹き飛ぶ。キューがサッと避け壁に激突するキュピル

キュー
「おーおー、本当だ。確かに遠くまで吹き飛ばされているぜ。」
キュピル
「鎧が無ければ即死だった。」


キュピルが立ち上がる。・・・その数秒後。鎧が音を立てて崩れて言った。

キュピル
「俺の鎧が!?」
キュー
「にひひ!かっこ悪い鎧が消えてちょっとかっこよくなったよ!」
キュピル
「そんな事はどうでもいい!後ろ見ろ後ろ!」

キューのすぐ後ろにゴーレムコマンドが接近していた。
両拳を同時に振りあげキューを叩きつぶそうとするが、すぐにキューが攻撃を回避し反撃する。
スチールシャドウでゴーレムコマンドの腕を叩き斬る。
・・・しかし高い硬度を誇るゴーレムコマンドの前で斬撃は無意味だったらしく弾かれてしまった。
キューがよろけ、その隙にもう一度ゴーレムコマンドが攻撃を仕掛ける。

拳がキューにぶつかる寸前にキュピルがキューを抱きかかえ、転がって攻撃を回避する。

キュー
「痛い痛い!もう少し優しく抱きかかえて欲しいぜ。」
キュピル
「冗談言っている場合か。あのゴーレムコマンドは硬い。剣で攻撃しても効果は薄い。」
キュー
「じゃーどうするの?」
キュピル
「砕く。」

キュピルが重いブッチャーズソードを構え直し、再びゴーレムコマンドの前に立つ。
ゴーレムコマンドが攻撃を仕掛けてくるのを待つ。

一歩、二歩前進してくるゴーレムコマンド。
そして攻撃圏内に入った瞬間ゴーレムコマンドが重たいパンチを放ってきた。

キュピル
「カウンター!」

キュピルがゴーレムコマンドのパンチを回避しブッチャーズソードを大きく振りかぶる。
そしてゴーレムコマンドの腕を砕く勢いでブッチャーズソードを思いっきり振り落した!
ガツーンと鈍い音が響き、ゴーレムコマンドの腕がボロボロと崩れ落ちて言った。

キュピル
「もう一発!」

今度は横に薙ぎ払うようにしてブッチャーズソードを振る。
ゴーレムコマンドの胴体にブッチャーズソードがぶつかり、胴体にヒビが入った。

キュー
「トドメー!!」

キューがスチールシャドウを構えてヒビの間を勢いよく突いた。
ゴーレムコマンドの石の心臓まで刃が届き心臓ごと砕いた。
石の心臓が砕けた瞬間、活動を停止しその場で崩れ落ちた。

キュピル
「結構苦戦したな・・・。」
キュー
「あ!そこにもゴーレムコマンドがいる!」
キュピル
「まじか・・・。でもモンスターの数は少なくなってきている。行けそうだな。
ゴーレムコマンドはさっきの戦法で戦って行こう。トドメは頼んだぞ。」
キュー
「にひひ!初めてお父さんに頼まれちゃったぜ。任せろ〜!」

キュピルとキューが一緒に突撃する。
武器の質は悪い方だ。

悪いが二人には技術はある。
磨けば輝きそうな二人。


シジューゼ
「(・・・羨ましいなぁ・・・)」


・・・。

・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・。



そして鉱山に突撃して三時間後。やっとモンスターを壊滅させ
クラドへと戻るキュピルとキュー。





==クラド・寮



自衛隊長
「御苦労。シジューゼから活躍は聞いている。そこの子供も頑張ったようだな。」
キュー
「にひひ!」
キュピル
「何故モンスターが住みついたのか・・などといった所は分らずじまいでしたが壊滅させたので
当分は安全なはずです。」
自衛隊長
「そうか。ではまた現れた時に君達に頼むとしよう。約束の報酬だ。」

自衛隊長が薄い袋をキュピルに渡す。それを両手で受け取り、一礼してから部屋から出ていった。





キュー
「いくら入ってる?」
キュピル
「3万Seedだ。」
キュー
「・・・ペラッペラな袋だったから期待してなかったけど本当に少ないな〜。
お父さんそれで食べていけるの?」
キュピル
「五月蠅い。」


キュピルが速足で歩く。

キュー
「昨日の宿の宿泊代は3000Seedだったね。二人で6000Seedだったね。」
キュピル
「それがどうした。」
キュー
「今日の朝ごはんは外食だったね。二人で2000Seedだったね。」
キュピル
「それがどうした。」
キュー
「おひるごはんはお弁当買ったね。はるばる遠征して朝昼晩のお弁当買ったよね。2万の鎧壊れちゃったね。」
キュピル
「ああ、もう言わないでくれ!赤字だったのは知っている!!」

キュー
「じゃー何で引き受けたのさー?」
キュピル
「知名度のためにやらなければいけない事もある。後は俺自身の修行か・・・。」
キュー
「ふーん・・・。」



あんだけ苦労してモンスターを倒しても3万Seedしか手に入らない。

一見すると一般人では倒せない強いモンスターを二人は倒したかのように見える。


しかし実際の所、冒険者が凄まじく増えている今の世の中ではあの程度のモンスターを倒せる冒険者は多い。
場合によっては頼まなくても冒険者が勝手に倒していってしまう時もあるぐらいだ。

今日二人がやったことは冒険者からすれば何て事のない作業だった。


キュピル
「さ、帰ろう。ナルビクに。」
キュー
「次はもっといい仕事が来ればいいね。」
キュピル
「どうして寂しくなるような事を言うんだ・・・。」
キュー
「おーおー、もしも昨日今日アタシがいなかったら寂しくならずにすんだかー?」
キュピル
「経費も浮いて清々しい気分で帰れただろう。」
キュー
「酷い酷い!!」
キュピル
「冗談だよ。」



また一日かけてナルビクへと帰る二人。



これがキュピルがやっている仕事。クエストショップである。



続く


追伸

新しいシリーズ。



第二話  『天敵』



キュピル
「キュー、夜飯出来たぞー。皿持ってきてくれ。」

キュピルがフライパンを持ち上げ、キューの方に向き直る。
今、キュピルとキューがいる部屋はこの建物に唯一存在する私室だ。
クエストショップとして使っている部屋から扉を一つ潜るとこの私室に辿りつく。
二人が寝たり寛いだりする時はこの部屋を使うのだが元々一人用を想定していたためとにかく狭い。
キッチンや冷蔵庫などといったものは存在するがテレビなどといったものはなく本当に食う、寝るためだけに
存在するかのような部屋だ。


キュピルの家の間取り図。(□は扉を示している



キュー
「おーおー、今日の夜飯は何だー!?」
キュピル
「チャーハン。」
キュー
「・・・昼もチャーハンだった気がする。」
キュピル
「チャーハンはコストが安くて美味いからな。三食チャーハンでも俺はいける。」
キュー
「アタシは無理!」
キュピル
「チャーハン馬鹿にするなよ!」

キュピルがキューが持ってきた皿にチャーハンを盛る。
・・・今日の昼ごはんと何一つ変わっていない普通のチャーハン。

キュー
「昨日の昼もチャーハンだったし、一昨日の昼と夜もチャーハンだった!!」
キュピル
「一食当たり100Seedで作れるんだぞ。」
キュー
「・・・何か凄く安い気がする。普通にナルビクで買い物したら米だけで100Seed行きそうなんだけど・・・。
キュピル
「なんたってお隣の居酒屋、ブルーホエールから廃棄する米と調味料貰ってるからな。」

一秒後、スプーンがキュピルの額に飛んできた。

キュピル
「いてっ!」
キュー
「可愛い可愛い娘のお腹壊したらどうする気だー!!」

キュピル
「絶対壊さないって。別にゴミ袋漁って持ってきた訳でもないし店ってのは賞味期限より一日早く
捨てちまうんだ。だから翌日までに食っちゃえば実質賞味期限内で食える。」
キュー
「そういう問題じゃないよ・・。・・・何か急に食欲が・・・。」
キュピル
「食わないと次の仕事で体力切れ起こすぞ。」
キュー
「でもここ最近仕事来てないよね。」
キュピル
「・・・そういえば三日連続で仕事何も来なかったな。ずっとキューと雑談していた気がする。」
キュー
「仕事探しに行こうよ!!」
キュピル
「なんという発言。まるで俺がニートかのような(ry」

キュー
「前世のお父さんはそこそこお金あって、腕っ節も強くて、周りには信頼の置ける配下が一杯居たのに・・・。」
キュピル
「はいはい・・・。俺もそんな妄想してみたいな。」
キュー
「妄想じゃない!!」

キューがチャーハンを一気食いする。

キュピル
「でもそろそろ何か仕事舞い込んで来ないとちょっとヤバイな。
一年前とかと比べりゃ大分増えた方だが・・・。」
キュー
「これで増えた方なんだ・・・。・・・もう見てられない!アタシが何か仕事見つけてくる!!」

キューがガッツポーズを取りながら立ち上がる。

キュピル
「無理無理。」

キュー
「蹴るよ。」


キューが本気で怒る表情を見せる。

キュピル
「悪い悪い!冗談だって!!」
キュー
「あーあー・・・。こんな頼りないお父さん見たくなーい!!」
キュピル
「悪かったな・・。第一、その容姿じゃまともな所から仕事取って来れないだろう。
まずは髪をちゃんと梳かせ。寝癖も直せ!」

そういうとキュピルがブラシを持ちキューに接近する。
が、キューが後ずさりしながら両手を前に突き出して制止するポーズを取る。

キュー
「おーっと!!ブラシは勘弁だぜ!!第一アタシは風呂に入ってもこの髪は曲がったり跳ねたりしてるんだ!
だからブラシで梳かす程度じゃ直らないよ!」
キュピル
「やってみなければわからんっ!!」
キュー
「ギャァー!やめてーー!!」

キュピルがブラシを持ってキューを追い掛ける。
机を中心に狭い部屋をグルグルと回る。キュピルが机を飛び越え、キューの目の前に飛ぶ。
180°回転し再び背中を見せて逃げようとするキューを左腕を使ってしっかり抱きよせる。
そしてブラシを持った右手でキューの髪を梳かす。

キュー
「いたたたた!!痛い!!やめて!」
キュピル
「なんじゃこりゃ・・・。髪の毛が絡まってるのか?どういう生え方してるんだ。」
キュー
「だからアタシは凄い癖毛持ちだから勝手に絡まるんだって!だからブラシされると痛いんだ!だからやめて!」
キュピル
「流石に仕事先の相手と顔合わせする時に寝癖少女連れてきたら印象最悪になる。何とかして直す。」

キュピルが再びブラシを動かす。・・・ブラシに髪の毛が絡まってる気がする。

キュー
「痛い痛い!!助けて!!!誰か助けてーー!!!」
キュピル
「勘違いされそうな事叫ぶな!」




その時、クエストショップへと続く扉が勝手に開いた。
・・・いや、誰かが入ってきたのだ。


オレンジ色のバンダナをつけた女性
「あの・・・。何か叫び声が・・・。」





キュー
「助けて!!」






キュピル
「人生終了のお知らせ。」











・・・30分後



==クエストショップ



オレンジ色のバンダナをつけた女性
「なんだ・・そうだったんだ。びっくりましたよ。クエストショップにお頼みごとしようとしたら誰も居なくて・・・。
奥で叫び声がしたものですから様子を伺ったら一端の男性が12歳ぐらいの子を襲っているように見えましたから・・・。」
キュー
「現にお父さんは襲ってたー!!」
キュピル
「もう二度とキューとは口を聞かん!」

キュー
「あ、お父さんが拗ねた。にひひひ。」
キュピル
「おっと、冗談付き合ってる場合じゃない。先程クエストショップに頼みごとがあると仰っていましたが・・・?」
オレンジ色のバンダナをつけた女性
「あ、はい。ちょっと頼みたい事があってカウルからやって参りました。」
キュピル
「カウルですか、遥々遠くまで御苦労さまです。」
キュー
「カウル?」
キュピル
「カウルはラオ族と呼ばれる人間達が住んでいる村の事だよ。たまに誰かが民族村って呼ぶ。
ラオ族は村を作っても環境が悪くなると村ごと引っ越しするから定着した村は作らないんだ。
遊牧民みたいなイメージを俺は持ってるな。
でも攻撃に特化した武器とか呪術を扱っているテントとかあったりするから割と冒険者が立ち寄る事は多いかな。」
キュー
「へぇー。」
オレンジ色のバンダナをつけた女性
「そしてこの私が鍛冶屋を営んでいるビエタと申します。」
キュー
「あれ。なんかイメージと違う。鍛冶屋って聞くともっとゴツイ人とか出てくる!」
ビエタ
「確かに鍛冶は力仕事になりますけどラオ族代々に伝わる秘伝の製造技術がありますから武器の質は保証しますよ。それでお願いしたい事なんですが・・・。」
キュピル
「どうぞそこの椅子におかけください。」

キュピルとビエタが椅子に座る。キューも椅子に座ろうとキョロキョロと見渡すが空いている椅子がない。

ビエタ
「カウルの近くに春の洞窟という名前の洞窟があるのはご存知ですか?」
キュピル
「知っています。」
ビエタ
「その洞窟で私達は武器を製造するのに必要な鉄鉱石を採掘しているのですが
最近その洞窟でモンスターが増えだしてきているんです。一応戦える者に付いてきて貰っているんですが
強いモンスターも混ざりはじめて・・・。倒しても倒しても新しいモンスターが現れ打つ手がない状態です。
どうにかして春の洞窟にモンスターが寄りつかないようにしてほしいんですが出来ますか?」
キュピル
「・・・なるほど。・・春の洞窟からモンスターを追いだしてほしいってことか・・・。ふーむ・・・。」

この前のクラドでの依頼はモンスターを殲滅して欲しいとの依頼だった。
また新しくモンスターが住みついたらその時またこちらが出向くという形だ。

しかし今回は完全にモンスターを追いだして初めて依頼達成となる。
難易度としては結構高い。

キュピル
「・・・わかりました、引き受けましょう。しかし難しい話しですので失敗するかもしれません。」
ビエタ
「できれば・・・成功してほしいのですが・・。これに失敗すると新しい村に移民しなければいけないので。」
キュピル
「また随分と重たい状況ですね・・・。なるべく善処します。」
キュー
「善処しますって言葉は信頼できない言葉何だぜ。」
キュピル
「うるさい。」
ビエタ
「あ、これ置いておきます。」

そういうとビエタは机の上に白い羽を二枚置いた。

キュピル
「これは?」
ビエタ
「神鳥の羽と呼ばれる魔法アイテムです。これを持ってカウルに行きたいと念じれば
カウルまでワープする事が出来ます。」
キュピル
「おお、確かクラド名産品の魔法アイテムか。ありがたく頂戴します。」
ビエタ
「それではよろしくお願いします。」

そういうとビエタは新しい神鳥の羽を一枚取り出し何処かにワープしていった。恐らくカウルに戻ったのだろう。

キュー
「お父さん勢いで引き受けた感が強いけど本当にモンスターを追いだせるの?」
キュピル
「正直難しい・・・がやってみなければわからないな。最悪根性で殲滅する。」
キュー
「これは酷いぜ。」

キュピル
「さぁ、とりあえず考えても仕方ない!まずは現場調査だ。さっそくカウルに行こう。」
キュー
「夜だよ?向こうで一泊するよりこっちで一晩明かしたほうが経済的にお得だと思うけど。」
キュピル
「・・・全くもってその通りだ。寝るか。」
キュー
「なんだかな〜。」


私室に戻り、机を端に避けて布団を二枚敷く。
そして寝る支度を済ませ二人は眠りについた。







==翌日





キュー
「おー!ここがカウルかー!」

神鳥の羽を使ってカウルまでやってきたキュピル達。
トーテムポールが立ち並び、周りには厚い皮で作られたテントのような家が立ち並んでいる。
その辺を普通に家畜らしい豚が歩いている。

キュピル
「前世でカウルに行った事ないのか?」
キュー
「そういえばないなー。仮に行った事があったとしても遊牧した後で別名になってたかも。」
キュピル
「なるほど、可能性はあるな。さて、とりあえずモンスターをどうやって追い払うか考えるか。」
キュー
「モンスターを殲滅するのは非現実的だからなー。」
キュピル
「正直呪術も非現実的だとは思うんだけどね。でもなんとなく効果がありそうな呪術師に頼って見るか。」

そういうと呪術師が住んでいるテントの中へと入る。




==呪術師の家


テントの中はクエストショップ並に広く、とてもテントとは思えない。
中央にしっかりとした木の柱が立っておりこのテントを支えている。

キュー
「広いなぁー。お父さんの家もこのぐらい広ければな〜。」
キュピル
「いや、このぐらいはあるはずだ!・・・・ん?」

呪術師らしき人が誰かと話している。
・・・ショートヘアーの赤い髪の女性と話している。

赤い髪の女性
「えーっとえーっと!」
呪術師らしき人
「お譲さん。要点をまとめてから話しなされ。別に急ぐ必要はなかろう。」
キュー
「(・・・・・!)」

赤い髪の女性
「師匠に急かされているんです!!えーっと、そうだ!
呪術を覚える事の出来る巻物とかありませんカァー!!?」

赤い髪の女性が最後らへんで裏声になる。緊張でもしているのだろうか。
少なくとも街に住んでいる人やカウルに住んでいる人じゃないだろう。
服が道場着であり腰には刀を結び付けている。

呪術師らしき人
「・・・呪術を覚える方法・・・?お譲さん、やめなされ。生半可な人間じゃ覚えられんて。
ワシじゃってこの道50年歩んでおるが未だに呪術に関してはさほど分っておらんのだ。」
赤い髪の女性
「師匠は天才なので覚えられます!」
呪術師らしき人
「・・・まぁ覚えるのは本人じゃから巻物を複製して渡すぐらいならいいんじゃが・・・。
しかし使い道を誤ると非常に危険な物。このような巻物を簡単に渡すわけにはいかんな。」
赤い髪の女性
「どうすれば渡してくれますか!!?」
呪術師らしき人
「渡せぬ。」
赤い髪の女性
「そこをなんとかぁー!!」
呪術師らしき人
「・・・ふぅ〜ぬ・・・。・・・とりあえずまた後で来なされ。少し考えておく。」
赤い髪の女性
「は、はい!お願いします!!」

赤い髪の女性が出て行こうとする。

呪術師らしき人
「お主、名は何とゆう?」
赤い髪の女性
「琶月と言います!!」


キュピル
「・・・琶月?・・・なんかどっかで聞いたことある気がするな・・・。」
キュー
「琶月!!」
キュピル
「そうだ・・。前にキューが琶月って名前聞いた事ないか?って言われた記憶があるな。」


呪術師らしき人
「琶月のぉ・・・。・・・もしや龍泉卿の外れにある紅い道場の子かの?」
琶月
「はいそうです!!」
呪術師らしき人
「そこのお師匠さんが呪術を求めておる・・か・・・。・・・まぁ暫く経ったらまた来なされ。」
琶月
「はい!!!」

無駄に大きな声で返事し琶月という人がテントから出ようとする。
その時、キューが突然琶月という人に抱きついた。

琶月
「わっ!!」
キュー
「にひひ!!琶月!!!」
琶月
「何この子、邪魔!!

琶月がキューを引き離そうとするがキューは離れず、腕にしがみつく。

キュー
「はーつーき!はーつーき!」
キュピル
「こら、キュー!離れろ。」

キュピルがキューを琶月から剥がす。

キュー
「剥がすって何だー!!」
琶月
「私急いでいるので失礼します!!」
キュー
「あぁ、琶月〜!」

そのまま琶月という人は何処かに行ってしまった。

キュピル
「なぁ、琶月って誰なんだ?知り合いなのか?」
キュー
「前世で一緒に戦った仲間だよ!!お父さんも知ってる人物だったんだけどなー。」
キュピル
「はいはい前世前世。次は来世で一緒に戦った仲間〜とか言うのか?」
キュー
「酷い酷い!本当の話しなのに!!」
キュピル
「それより呪術師の人に話しを聞こう。」

キューがあーだこーだ後ろで叫んでいるが無視して呪術師に話しかけに行く。

キュピル
「すみません、貴方は呪術師エピシオさんですか?」
エピシオ
「ん、ワシがエピシオじゃが。用件はなんじゃ?」
キュピル
「用件から申しますと洞窟に巣食うモンスターを追いだす方法を知りませんか?
昨日ここカウルの鍛冶屋、ビエタさんから春の洞窟にモンスターが近寄って来ないようにしてほしいとの
依頼を受けたのですが殲滅してもまた来るとの事で何か良い呪術を知って居ないか聞きに来た次第です。」
エピシオ
「ビエタちゃんがお願いした者か。ビエタちゃんがお主に頼る前にワシの所にも来たがな。
『何が良い呪術はないですか?』っとな。」
キュー
「そうだよなー。普通はまず呪術に頼って見たくなるもんなー。普通もう頼ったって考えるのが
当たり前の気がするぜ。」
キュピル
「・・・まぁ確かにそうだが・・。」
エピシオ
「結論から言うとあるにはあるぞ。」
キュピル
「本当ですか!?」
エピシオ
「・・・ただ、ちぃーっとばかし材料を集めてもらうがね。」
キュピル
「必要な材料というのは何ですか?」
エピシオ
「殆どの材料はワシの所にある、ただ一つだけ持ってきて欲しい物がある。
それは『精霊草』じゃ。」
キュピル
「精霊草?」
エピシオ
「春の洞窟の奥地にひっそりと生えておる不思議な草じゃよ。光が何もない場所で輝いておるから
知らなくても分るじゃろうて。それさえあればある程度モンスターを春の洞窟から追い出す事ができる。
・・・ただ気をつけなされ。奥地には強力なモンスターが住みついておる。ワシ等ラオ族は鉄鉱石を採掘しに
行くのじゃが奥地までは最近は行かんからな。気を付けたほうがいい。」
キュピル
「分りました。・・・精霊草の事はビエタさんには言ったのですか?」
エピシオ
「言ってない。」
キュピル
「何故・・・?」
エピシオ
「あの子は頑張り屋さんだからの。こんな事言えば回りが反対しても一人で行ったに違いない。
そう考えるとあの子には言えんかった。まぁ断れば誰か他の人に頼るなっとは思っておった。
そしたら案の定お主が来てくれた。ビエタちゃんの変わりにお願いする、精霊草を取ってきておくれ。」
キュピル
「分りました。それでは行ってきます。」





==カウル



キュピル
「思ったより楽に行きそうだな。」
キュー
「精霊草一つでどうやってモンスターを追いだすのか気になるなー。」
キュピル
「何か祈祷とかしたりするんじゃないのかな。」

その時、近くで怒鳴り声が聞こえた。

キュピル
「ん?」
キュー
「魔法商店から聞こえるね。」

高飛車な態度の店主
「お前なぁー!これはとっても高い魔法アイテム何だぞ。あんた、これを弁償できるか?」
琶月
「ひぃ!!す、すみません!!わざとじゃないんです!わざとじゃ!!」
高飛車な態度の店主
「わざとじゃなければ弁償しなくても良いとでも思っているのか?」
琶月
「弁償します!します!!い、いくらですか!?」
高飛車な態度の店主
「これは150万Seedもする超激レア魔法アイテムだ。・・・当然払ってくれるんだろうね?」
琶月
「ひゃ、ひゃ、150万Seed!!!?」
キュピル
「ちょっと待て。」

二人の会話の間にキュピルが割り込む。

キュピル
「・・・これはただのヒールポーションじゃないか。これのどこが魔法アイテムだ?」
高飛車な態度の店主
「ふん!素人には分らないだろうね!なんだったらアンタが150万Seed肩代わりしてもらってもいいんだけど?」
キュピル
「嘘を突くな。これはナルビクで150Seedで売られているただのヒールポーションだ。」

キュピルが荷物から果物ナイフを取り出し、わざと自分の腕を傷つける。腕から血が滲みだす。

琶月
「は、早まらないで!!」
キュピル
「まぁ見てなって。」

割れた瓶の窪みに溜まっているポーションに指を突っ込み、粘着力のある液体を皮膚に塗り込む。
・・・見る見るうちに皮膚が再生し怪我が治って行く。

琶月
「お、おぉぉ・・・。」
キュピル
「見ろ、ただのポーションじゃないか。」
高飛車な態度の店主
「一瞬で傷が治っただろ?これはそういう超高級魔法アイテム何だ。」
キュピル
「何だったらこれをナルビクに持って行って鑑定してもらってもいいんだぞ。」

キュピルが小瓶を取り出し地面の上に溜まっているポーションを掬う。
それを高飛車な態度の店主に見せつける。

高飛車な態度の店主
「・・・ちっ、私の負けだ。早く出て行きな。今回は見逃してやる。」
キュピル
「むしろこっちの台詞だ。今回は見逃してやる。・・・琶月と言ったな?行こう。」
琶月
「あ、は、はい。」











琶月
「本当にありがとうございます!!!危うく借金まみれの人生を送る所でした・・・!!」

琶月が頭を深々と下げる。

キュピル
「気にするなって。俺はただ単純にああいう悪い事して生きていく奴が大嫌いなんだ。」
琶月
「何か、何かお礼したいです!」
キュー
「じゃー仲間になって!!」

琶月
「無理!嫌!ってか、くっつかないで。」


琶月が腕をぶんぶん振り回すが腕をしっかりと掴んで離さないキュー。

キュー
「意地悪!!絶対離さない!」
キュピル
「何かキュー曰く、琶月は前世で一緒に戦った仲間だとか言ってるんだ・・・。
電波な奴だから気にしないでくれ。」
キュー
「電波じゃない!!事実!!!!」

キュピルがキューを引き剥がす。

キュー
「むぅー・・・、アタシが大人だったら絶対にお父さんに引き剥がされたりしないのに。」
キュピル
「大人になったらな。」
琶月
「そっちの寝癖少女は置いといて・・・。な、何かお礼を!」
キュピル
「んー・・・それならば・・・。」







==春の洞窟





カウルからおよそ3Km程離れた所に春の洞窟は存在している。
洞窟は地面へ潜るように出来ており湿度が高く光輝く虫が辺りを飛んでいる。
入って数百メートルまでは地面は土だが、そこから先は少しずつ岩肌へと変わっていく。

キュピル
「湿度が高いな・・・。」

松明からジリジリと水分が蒸発する音が聞こえる。
恐らくこの松明の火が消えたらもう一度着火するのは油が無い限り難しいだろう。

キュー
「何で春の洞窟って言うの?」
キュピル
「分らない。何でこういう名前なんだろうな・・・。」
琶月
「この奥にある精霊草を取ればいいんですね!!?私に任せてください!
こう見えても私、紅の道場の当主輝月様の一番弟子何です!!」
キュピル
「聞いた事がないなぁ・・・。紅の道場だなんて。」
キュー
「にひひ、アタシは知ってるぜ!!」
琶月
「一般人が知らなくて電波が知ってるだなんて・・・。」
キュー
「だーかーらーアタシは電波じゃないって!!!」
キュピル
「その紅の道場とやらはどういう所なんだ?」
琶月
「強者が集い、そこで体と心と技を磨きお互い切磋琢磨しながら更なる強者へとなるための修行場所です!!
紅の林にありますよ。」
キュピル
「紅の林・・・あの龍泉卿から出て暫く離れた所か・・・。あそこはモンスターが滅茶苦茶強いからな・・・。」

キュピル達が住んでいる街ナルビクからおよそ二週間歩いた所に存在する異国の街。
やや古風的な街ではあるが温泉が湧き出てくる事で少し有名な街である。
しかし竹林に囲まれており道しるべなどといったものが無いため非常に迷いやすく
更にモンスターもナルビク周辺と比べると非常に強く上級冒険者でも時には命を落とす。

キュピル
「そんな場所にあるってことは実力は折り紙付きなんだな。」
琶月
「ふっふっふ。」
キュピル
「春の洞窟奥地目指して頑張ろう。頼りにしてるよ。」

琶月が「ドーンと来い!」っと胸をはる。

キュー
「無い胸張ってもね〜。」

二秒後、琶月がキューの髪の毛を引っ張りキューは琶月の頬を引っ張り喧嘩し始めた。

キュピル
「何やってるんだ、あんた等は。」








春の洞窟に入り始めて30分後。
少し妙な違和感に包まれる。

キュピル
「・・・少しおかしくないか?」
キュー
「ん?」

自分の頭を抑えながらキューが喋る。

キュピル
「・・・敵が全くいない。ビエタの話しと辻褄が合わない。モンスターがドンドンこの洞窟に住みついて
倒しても倒してもまたやってくる・・そう言っていたはずだ。」
キュー
「言ってた。」
キュピル
「だが俺達はまだ春の洞窟に入ってまだ一度もモンスターを見ていない。どういうことだ?」
琶月
「・・・・あれ?・・・これ見てください。」

琶月が座り込み、細長い紐のようなものを手に持つ。

キュー
「なにそれ?」
キュピル
「それはラルヴァの触覚だな・・。ここに巣食うモンスターの奴だな。・・・誰か倒したのか?」
キュー
「ふーん・・・。」

キューがラルヴァの触覚に触れる。伸ばしたり摘んだり千切ったり。

キュピル
「よく平然とそんな気持ち悪い物に触れられるな・・・。ラルヴァは蛾の幼虫みたいな奴だぞ」
キュー
「蛾の幼虫!!」

キューが慌てて触覚を捨て、キュピルの服で指を拭く。

キュピル
「うわ、きたね!」
キュー
「そんなことない!」

キュピルが春の洞窟の奥地へと逃げ始める。
それとキューが追いかけ、琶月も追いかける。



そのまま進み続けると段々とモンスターの残骸が増えてきた。
死体が丸ごと残っていたりはしてないがドクサと呼ばれるアザラシと犬が混ざったようなモンスターの
毛皮が残されていたりしていた。

キュピル
「一体何なんだこれは。」

どうみても誰かが先に春の洞窟にやってきてモンスターを蹴散らしているとしか思えない。

キュピル
「・・・ビエタさんに聞けばよかったな。今回の件を他の人にも頼んでいるかどうか。」
キュー
「そんなことしていいの?何だかアタシ達がまるで信頼できないって言われてるような気がする。」
キュピル
「別に複数に頼んではいけないという法律は存在しない。むしろ失敗に備えて保険をかける人は多い。
そういう場合は先に依頼を達成した人が支払われる事が多いな。まぁ、中には例外もあるんだが・・・。」
琶月
「・・・!誰かいますよ。」

琶月がいち早く人の存在に気付く。
キュピルが気にせず前に進み続ける。松明で回りを照らすと二人の人物がいる事に気付く。

銀髪の女性と紅色の髪の男性。

キュピル
「・・・・あ、あれは・・・!!」
キュー
「ん?知ってるの?」
キュピル
「シャドウ&アッシュのレイとシベリン・ウー!!」
シベリン
「お、今俺達の名前が呼ばれたな。」

身丈はある巨大な槍を岩肌に突き刺す。地面が割れ一瞬地鳴りがした。

キュー
「・・・・誰?」
琶月
「誰?」
シベリン
「ありゃ・・・。男は知っててお嬢さん方は知らないのね・・・。」
レイ
「・・・・。」
キュピル
「あの男の名前はシベリンと言う。大昔・・・ってまでじゃないんだが一時期シャドウ&アッシュでその名を轟かせた
ケレンス・ウーとペアを組み、ケレンスの指導の元でシベリンはその独特のセンスを発揮して
短期間で最高の傭兵とまで言わしめる程になった。・・『真紅の死神』と呼ばれてるな。」
シベリン
「ハハハ、結構俺達の事調べられてるみたいだ。」
キュピル
「(そりゃ同業者ですから)」
キュー
「あっちの女の人は?」
キュピル
「シベリンと同じく実力者なのは確かなんだが・・・。いかんせん彼女の無口な上にシベリンの言う事しか
聞かないらしく分らない事が多すぎる。」
キュー
「ふーん。シベリンの言う事しか聞かないんだ?・・・・にひひひ。」
シベリン
「お、おいおい。俺はそんなつもりはないんだって・・・。」
キュー
「にひひ。・・・でもそんな凄い人がどうしてここに?」
キュピル
「腕試しや修行にしてはここはぬるすぎるはずだ。何故?」
シベリン
「カウルの鍛冶屋のビエタちゃんから頼まれちゃってね。ビエタちゃんにはいつもお世話になっているし
可愛いからね。助けてあげたくなる気持ちも分るだろ?」
キュピル
「むむむ・・・。」
キュー
「あ!お父さんが嫉妬してる!」
キュピル
「ちげーよ!!」

キュピルがブラシを持ってキューを追いかけまわす。キューが全力で逃げる。

シベリン
「それで、貴方達はここに何しにきたのですか?」
キュピル
「俺達も同じくビエタさんから依頼として頼まれてここに来たんだ。恐らく内容は同じはずだ。」
シベリン
「なるほど、貴方達もここの春の洞窟のモンスターを追いだしてほしい・・・っと。」
キュピル
「ああ。」
シベリン
「・・・君の名前は?」
キュピル
「キュピルだ。」
シベリン
「ああ、あのナルビクに構えている小さなクエストショップのオーナーさんか。」
キュー
「アタシはキュー!お父さんの娘だぜ。」
シベリン
「なっ!!?こ、子持ち!!?」
キュピル
「この子は頭が狂ってるんだ。可哀相な子だけど、どうか暖かい目で・・・」
キュー
「狂ってなんかない!!」

キューがジャンプし、キュピルの背中に飛びつくと後頭部をがぶりと噛む。

キュピル
「あいででででででで!!!」

シベリンが二人のやり取りを無視し琶月に声をかける。

シベリン
「君は?」
琶月
「紅の道場当主一番弟子の琶月!!」
シベリン
「・・・聞いた事ない。知ってるか?レイ。」
レイ
「知らない。」
シベリン
「・・・クエストショップか何かか?」
琶月
「う、うぅぅ・・・何でこうも無名なの・・・。」

キュピルがキューを引き離し改めてシベリンに問う。

キュピル
「もう目的を達成したのか?」
シベリン
「ああ。春の洞窟のあちこちにナルビクで用意した結界石を置いた。
これでモンスターは入って来れない。ただ設置する前から居るモンスターはそのまま残れるからね。
ちょうど撃退し終わって帰っていた所さ。」
キュピル
「・・・そうか。」
キュー
「完全に仕事取られちゃったね、お父さん。」
キュピル
「・・・・・・。」

キュピルがなんともいえない表情で俯く。・・・完全に遅かった。

琶月
「それだったらあの二人を倒して報酬を横取りしちゃうってのは?決闘!」


・・・・。


・・・・・・・・・・・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



琶月
「あれ?」
キュピル
「発言したからには言って来い。頑張れ、琶月!実力を見せてくれ!」

キュピルが琶月の背中を押す。

琶月
「あっ!」
シベリン
「本気で俺達を倒して報酬を横取りしようと?悪いけどシャドウ&アッシュは傭兵ギルドだからな。
依頼達成のためには手段を選ばない事が多い。特に報酬の横取りなんて日常茶飯事だ。
もし来るというなら俺は受けて立つ。」
琶月
「うっ・・・えっとーそのー。」
キュー
「頑張れー、一番弟子ー。」
琶月
「・・・や、やけ!!キュピルさんには一応借りがありますし!!」

琶月が刀を抜刀し構える。

シベリン
「おいおい、お譲さんに戦わせて自分は傍観する気かい?」
キュピル
「一騎打ちってことで。」
シベリン
「・・・しょうがないね。」
キュピル
「いや、冗談・・・・。」

シベリンが地面に突き刺さっている槍を引き抜く。・・・聞こえなかったらしい。
先端が鉄で固められており恐らくあの槍だけでも20Kgぐらいの重さはあるだろう・・。
それをいとも簡単に持ちあげ振り回し、そして槍を構える。
キュピルが溜息をつく。・・・覚悟を決めたらしい。

キュピル
「あの槍に当たったらひとたまりもないぞー。琶月。」
琶月
「私は出来る、私は大丈夫、私は強い、私は死なない、私は一番弟子!!」
キュー
「これは酷い自己暗示」


次の瞬間、シベリンが一歩踏み出し巨大な槍を琶月に向けて突き出した。
琶月が何も出来ないまま吹き飛ばされ壁に叩きつけられた。

琶月
「ギブアップ!!!!」

キュピル
「弱!」


キュー
「にひひひ!琶月は結局前世と同じで戦闘能力皆無だなー」
琶月
「ひ、酷い!!」
シベリン
「むしろ俺のあの攻撃を受けて普通に喋れてる事に敬意を示したいね・・・。
さて、女性を先に戦わしたんだぞ?今度は君の番じゃないかな。」

シベリンがキュピルを指名する。

キュピル
「お互い恨みっ子なしだ。こっちも生活がかかってるからな。」

キュピルがスチールシャドウを抜刀する。

キュー
「おぉー・・・。今までにないぐらいお父さんから高い集中力が・・・」

キュピルとシベリンがそれぞれ武器を構える。
・・・二人とも一歩も動かない。
痺れを切らしたのか先に動いたのはシベリンだった。琶月の時と比べてその倍とも言える速度で槍を振り回し
槍の先端でキュピルを叩きつけようとする。一般人では目で追うのも大変な攻撃をキュピルは回避し
スチールシャドウで反撃する。

キュピル
「喰らえ!」
シベリン
「お、結構やるね。」

攻撃が届く・・・と思われたが槍の柄で防がれてしまった。
柄に剣がぶつかりキュピルがよろける。シベリンが槍を軸にして力強い蹴りを繰り出す。

キュピル
「くっ!」

間一髪の所で攻撃を回避する。
すぐにシベリンの足を脇で抱え転倒させようとする。

シベリン
「ははっ、甘いね。」
キュピル
「!?」

シベリンが飛びあがってもう片方の足でキュピルの頭を思いっきり蹴る。恐ろしい脚力だ。
後ろによろめくキュピルを槍で思いっきり突き刺そうとする。

キュピル
「・・・あぶなっ・・!!?」

辛うじてスチールシャドウで受け止める。しかし今嫌な音が聞こえた。
スチールシャドウにヒビが入っている。

キュピル
「・・・ス、スチールシャドウが!!?」
シベリン
「そら」

もう一度シベリンが追撃をかけキュピルのスチールシャドウを叩き壊した。

キュピル
「く、くそ・・・武器が・・・!!」
シベリン
「・・・勝負ついたな。俺の勝ちだ。」
キュピル
「・・・流石に武器なしじゃ勝てるとは思えない。大人しく降参しよう・・・。・・・伊達に死神のあだ名が
つけられていることはある・・・。」
シベリン
「いやいや、君もかなり健闘したほうだと俺は思うね。普通の人なら一撃でやられちまうからな。
最初の人みたいに。」
琶月
「うっ・・・。」
シベリン
「そいじゃ、お仕事頑張ってください。キュピルさん。」

そういうとシベリンとレイは春の洞窟から撤退していった。





キュピル
「・・・ちくしょう・・・。」

キュピルがその場に座り込む。

琶月
「・・・あの・・・すいません・・。」
キュピル
「しょうがない。こうなってしまったからには。・・・帰ろう。」
キュー
「カウルには寄る?」
キュピル
「ああ、ビエタさんとエピシオさんに一応会っておこう。・・・報酬はないけどな。」




・・・・。


シャドウ&アッシュ。


二人の首長を中心に構成された多国籍傭兵ギルド。
ギルドのやる事は基本、クエストショップと大差ない。
しかしギルドに所属しているメンバーは全員エリートでありギルド所属のメンバーしか引き受けられない仕事もある。
その一番良い例となるのが国からの討伐依頼だ。こういった依頼はクエストショップに流さずギルドに依頼する。

数あるギルドの中でもシャドウ&アッシュは屈折した実力を持っている。
お金さえ払えばどんなことでもやってくれる傭兵達。報酬によって仕事を選択する事はあるものの
依頼の達成率だけは異常に高い。その高さの裏には今回の件のように報酬の横取り、暗殺、裏工作など
黒い噂が広まっている。

しかし誰もが認める超一流ギルドである事には間違いない。



キュピルからすればライバル、いや天敵。












==キュピルのクエストショップ




キュピル
「・・・・・・・。」


仕事を失敗してからずっとクエストショップの部屋で椅子に座って考え事をしている。
それをキューはじぃーっと見ている。

キュピル
「・・・・・・・。」
キュー
「まさかだと思うけど、落ち込んでたりしない?」
キュピル
「いや、打開策を考えている。」
キュー
「打開策?」
キュピル
「・・・同業者の脅威・・・天敵・・・。・・・シャドウ&アッシュは脅威となる存在だ。
どうにかして対抗出来得る力を持たなければ・・・今回みたいに失敗に終わることだってある。
まぁ今回だけは琶月が勝手に吹っ掛けてそれに俺も乗っちまったのが原因だが・・・。」
キュー
「結局琶月は帰っちゃったねー。あーあ、一緒にクエストショップやりたかったなぁー!!」
キュピル
「無茶言うな。・・・・・。」

・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



キュピル
「決めた。」
キュー
「ん?」

キュピルが立ちあがる。


キュピル
「そろそろ本格的に動こう。そのためにも。」


キュピルがバンと机をたたく。


キュピル
「一緒に戦ってくれる仲間を探す。」

キューが満面の笑顔になる。

キュー
「にひひ!それでこそお父さんだぜ。やっと前世のお父さんらしくなってきたな〜。」
キュピル
「課題こそ多いが・・・このままではいつか潰される。動くときは動かねば。」



小さなクエストショップを舞台に今、奮闘が始まる。









キュピル
「っとは言った物の、給料出せないから結局探せないんだけどね。やっぱりのんびりいくか。」

キュー
「もうやだこのお父さん。」



続く



第三話  『植物人間』』


シャドウ&アッシュの脅威から守るために人員を増やそうとするが雇うためのお金がない。
結局のんびり一日を過ごすキュピル達。

キュー
「早く仕事を見つけろー!!」
キュピル
「なんという言い方。これではまるで俺がニート(ry」

キュー
「ニート!!」
キュピル
「ニート違う!!」

キュピルがキューの髪の毛をワシャワシャと乱す。

キュー
「ぎゃあぁあ!」
キュピル
「武器がな〜・・・。武器さえあればなー・・・。」
キュー
「ブッチャーズソードがあるじゃん!」
キュピル
「あんなので戦えるか!」
キュー
「おーおー前使っていた武器に文句言っていいのかー?」
キュピル
「・・・まぁ、戦えると言えば戦えるんだが・・・。」
キュー
「にひひ。弱気になったらそこまでだぜ!」
キュピル
「いっそのこと素手技習得するか!金要らないぞ!」
キュー
「その前にお父さんの腕の骨が砕けるからやめたほうがいいよ。」

キュピル
「さらっと酷い事を言ってくれる・・・。くっそー、討伐じゃない依頼来い!!」
キュー
「依頼を選り好みするなー!!」

その時、誰かがクエストショップの中に入ってきた。

キュピル
「お、仕事来たな!?」
キュー
「討伐系かもしれないよ。」

入ってきた人はナルビクの役所の人だった。

キュピル
「いらっしゃい。どうぞそちらの椅子にお掛け下さい。」
役所人
「失礼。」

キュピルと役所人が机を挟んで座る。

キュピル
「本日はどういったご用件で。」
役所人
「しばらく人の面倒を見て貰いたいのです。」
キュピル
「人の面倒?それは例えば・・・子供の面倒をみるとか?」
役所人
「その通りです。とは言いましても、相手は子供ではなく大人なのでそこの所だけご注意を。」
キュピル
「・・・失礼ですが、大人の面倒をみるというのは少しおかしい気が。大人何ですから面倒をみる必要ないのでは?」
役所人
「全く持ってその通りです。・・普通の大人ならば。ただ、今回面倒をお願いしたい人物は病人です。
それも寝たきりの病人。」
キュピル
「あぁ、病人でしたか・・。それは失礼致しました。具体的にどういう病気で寝込んでいるのですか?」
役所人
「・・・正確に言えば病人ではなく・・・半分死んだ病人。」
キュピル
「・・・半分死んでいる?」
役所人
「脳死状態です。これが面倒をお願いしたい人物の書類です。」

そういうと役所人は黒い鞄から一枚の書類を取り出した。

キュピル
「・・・ふむ・・。」

名前は「リーネス・フィン」
24歳の女性らしく脳死状態に陥ったのは12歳の頃のようだ。
脳死状態にはなっても専用の呼吸器等を使えば意識こそ絶対に戻らないが体を生かす事は出来る。
・・・俗に言う植物人間。

役所人
「彼女が12歳の頃、当時のナルビクの結界石はまだ魔力が高くなくモンスターの侵入を許してしまう事があった。
事の流れは省略しますが侵入してきたモンスターに襲われ頭を強くぶつけ遷延性意識障害に陥った。」
キュピル
「(昔は確かによく下水道とかからモンスターが入りこんできたな・・・。)」
キュー
「遷延性意識障害?」

普段、仕事に関する話しをしているときは黙っているキューだったが気になってしまったのか聞いて来た。

役所人
「重度の昏睡状態を指す病状。この病状を俗に植物人間と人々は言っています。」
キュー
「何で植物人間って言うの?」
キュピル
「植物ってとりあえず日の当たる所に置いて水だけやれば勝手に成長する。
・・・脳死状態になると植物に似ている所があってね。脳が死んでるから一切会話のやり取りとか出来ないけど
とりあえず点滴と呼吸器を使って呼吸させれば体は成長していく。恐らくリーネスさんの体は24歳の体に
なっているはずだよ。」
役所人
「その通りです。」
キュー
「・・・ふーん・・。」

キューが少し難しそうな表情をしている。

キュピル
「しかし面倒をみると言ってもこちらは特別な知識を持っていません。
何か問題が起きた時、対処できないのですが・・」
役所人
「余程の事が無ければ問題は起きないはずです。例えば災害で呼吸器等が故障してしまう・・等の事がなければ。
今回貴方に頼むのには二つの理由があります。」
キュピル
「二つの理由?」
役所人
「一つは数日間、彼女を見守る人が完全に居なくなってしまう事。
遠方で重症の患者が現れ彼女の容態を見守っている専属のドクターが一時的に離れてしまい
死んだ両親の変わりに保護していた方もつい三日前にお亡くなりになってしまいました。」
キュピル
「彼女の保護者は今いない・・・という事ですか?」
役所人
「その通りです。」
キュピル
「・・・何日間、見守れば良いのですか?」
役所人
「三日間だけお願いしたい。その後の事は全てこちらに任せてください。」
キュピル
「分りました。三日間、常に目を見張っておきます。特に最近のナルビクは治安が悪いので。」
役所人
「それではここに契約書があるのでサインを・・・。」
キュピル
「分りました。・・・一応形式上の事もあるのでこちらの契約書にもサインを・・・。」
キュー
「おーおー、サインだらけだなー。大人の世界は嫌な世界だなー。」

キュピル
「うるさい。」
キュー
「にひひ。」

キュピルと役所人がそれぞれ二枚の契約書にサインする。
・・・役所人の用意した契約書には報酬金の事も書かれていた。

報酬金は6万Seedのようだ。

キュピル
「(日給2万Seedとは随分と太っ腹・・・。)」
役所人
「それではお願いします。」
キュピル
「はい、任せてください。」
役所人
「これがリーネスさんの家の鍵です。どうか失くさぬよう・・・。」
キュピル
「厳重に管理します。」
役所人
「それでは私はこれで。」

そういうと役所人は席を立ち、クエストショップから出て行った。



キュピル
「植物人間か・・・。」
キュー
「よかったね?お父さん。討伐系の依頼じゃなくてしかも高給!」
キュピル
「責任は重大だけどな。さっそくリーネスさんの家に行こう。」
キュー
「どんな人かなー?眠り姫みたいに可愛い人かなー?」
キュピル
「・・・キュー、ちょっと不謹慎なんじゃないのか?」
キュー
「そういう感覚が狂っちゃってるから分らないぜ。」
キュピル
「そういうのは良くない。」

キュピルがキューの髪を片手でわしゃわしゃと撫でる。

キュー
「ぎゃー!そうやってまたすぐ髪の毛をかき乱す!!」

キューが両手を使って髪の毛を直す。
・・・・が、もともと癖毛が激しいので対して変わっていない。

キュピル
「行こう、歩いて10分の所だ。」

クエストショップから出ていつも通り鍵を閉め、立て看板をひっくり返す。



『ただいま外出中。御用の方はポストに手紙を入れてください』



キュピル
「良い天気だ。・・・そろそろ夏になるな。」
キュー
「夏になったら白いワンピースを着て麦わら帽子を被って砂浜を走り回る!皆に人気な白いワンピースだぜ?」
キュピル
「キューが白いワンピースか・・・。・・・・・イメージがつかない。」
キュー
「おーおー!言ってくれるじゃん!」
キュピル
「普通に白いシャツに短パンの方がイメージ付く。」


一秒後、キューがキュピルの背中に飛び蹴りした。




==リーネスの家


キュピル
「集合住宅か。」

アパートが立ち並ぶ白い建物の一つに入り、二階に登る。

キュー
「空気が悪いなー、この辺。」
キュピル
「夜は来たくないな。」

鍵を開け、キュピルの家と同じぐらい狭い部屋に入る。
観葉植物が沢山並んでおり、カーテンがかかっている窓のすぐ近くに入院ベットが一つ置かれていた。

キュピル
「・・これが呼吸器か。」

大きな呼吸器がベットの頭にありリーネスの鼻と口を覆っていた。
機械のお陰で体は生き長らえている。
キューがリーネスの顔を覗く。

キュー
「・・・あんまり可愛くない。」

細身で身長は大体160cm程度。
問題発言に近いが確かに可愛くない。平均的に見ても下の上に見える。
顔のパーツがやや垂れ下がっており、頬の皮膚などが垂れ下がっているように見える。

キュー
「スタイルはいいのに顔がとっても残念!」
キュピル
「こら、失礼な事言うな。」
キュー
「聞こえないって。」

キューが部屋のあちこちを探索し始める。・・・少し後悔し始めるキュピル。

キュピル
「・・・・・・。」

12年間、このリーネスという人はこのベットの上で横になっている。
一度も目を開ける事はなく、点滴と呼吸器によって半ば強制的に生かされている状態。

キュピル
「(脳死状態で12年間も生きるとは珍しい。)」

・・・・。

役所人の話しではリーネスさんのご両親は既に他界している喋り方をしていた。
そしてそのご両親の変わりにリーネスさんを見守っていた別の保護者も三日前に亡くなったと言う。

つまり今、リーネスさんを見守ってくれる人は誰もいないということ。

キュピル
「(医者が見守っているのかどうかは知らないが・・・)」

キュー
「あれ?お父さん。これリーネスさんの昔の写真?」

キューが棚の上に置かれていた写真立てをキュピルの所まで持ってきた。

キュピル
「ん?」
キュー
「これこれ。この人!」

両親らしき男女の間に子供が一人立っていた。
面影が全くない。何がどう違うかって言うと・・・。

物凄く可愛い。

キュピル
「・・・この人リーネスさんっぽいな。」
キュー
「・・・何でなんだろう。この人の昔の顔はすっごく可愛いのに・・・。
きっと大人になったら美しい人になるって誰が見ても思うぐらい可愛いのに!どうして今はこうなの?」
キュピル
「さらっと失礼な事言うな。・・・確かにリーネスさんがあのまま大人になっていけば誰もが認める
美人さんだったのは間違いないだろうな。」
キュー
「じゃー何で今はこうなの?って聞いても分らないよなー。」
キュピル
「・・・いや、なんとなく分る。」
キュー
「え、本当に?」
キュピル
「キュー。その人がカッコイイだとかさ、可愛いだとか美しいとかどうしてそう感じるんだ?」
キュー
「それはー・・・。・・・んー。」

キューが考えている。

キュピル
「もしもこの写真に写っているリーネスさんがずっと眉間にシワを寄せて怒っている顔だったら可愛いと思う?」
キュー
「流石に眉間にシワがよってると可愛くないな〜。」
キュピル
「そこなんだよ。その人が良い顔だって思うのはその人の表情が良い表情しているからそう思うんだよ。
写真に写っているリーネスさんが、もしずっと仏頂面だったり怒っていたり泣いてばっかりで
そういう表情が顔に染みついていたらここまで可愛くなかったかもしれないな。」
キュー
「今可愛くない理由は?」
キュピル
「とっても簡単な話だ。12年間、リーネスさんは一度も良い表情していないからだ。
・・・リーネスさんは今、極端な例の所にいるんだよな。一度も顔の筋肉を動かしていないから
退化して頬を支える筋肉が垂れ下がっちまってるんだ。写真に写っているリーネスさんはきっと
いつも笑っていたんだと思う。けど12年間、一度も笑う事なくこうやって寝たきりだから・・・・。」
キュー
「・・・なんだか可哀相になってきた。」

キュピルがキューの頭に手をポンと置く。

キュピル
「辛い事があっても笑っておけよ、キュー。じゃないと暗い顔が染みついちまって誰が見ても辛気臭い顔になっちまう。
幼いころ、どういう表情していたかで大人になったときの顔は決まると思うんだ。」
キュー
「・・・にひひ。アタシはいつも笑ってるぜ。お父さんは子供の頃笑っていた?」
キュピル
「むしろ笑う事しか出来なかったな。くそー、また失敗しちまったな、ハッハッハ。みたいな感じでな。」
キュー
「変なの。」
キュピル
「変な笑い方するキューに言われたくない・・・・。」
キュー
「にひひひ。」
キュピル
「・・・ま、笑う事が人を良い形に仕立て上げてくれる。」

キューが写真立てをリーネスの頭の所に置く。


キュピル
「(・・・・・・・・)」










==キュピルの家・私室




キュピル
「夜飯食べたらもう一度リーネスさんの家に行くぞ。」
キュー
「え?また?」
キュピル
「態々俺達に頼んだ理由が分らないか?あの周辺は治安が悪いんだ。
特にリーネスさんの現在の状況を知っている人がいたら悪巧みする奴も出てくるだろう・・・。
だからしっかり見張っておかなければいけない。」
キュー
「ふーん・・・。」
キュピル
「ほれ、チャーハンだ。」
キュー
「もうチャーハンは飽きた!!」
キュピル
「今日はちょっと隠し味を入れてある。まぁ食ってみろ。」
キュー
「・・・・・。」

キューがチャーハンを食べる。
・・・そして

キュー
「いつもと変わらないんだけど・・・。」
キュピル
「・・・あれ?おかしいな。くそー、革命的な味を持ったチャーハンは中々作れないな。」
キュー
「お父さんは何になりたいの。」

キュピル
「ほら、チャーハン早く食って行くぞ。」
キュー
「うぅぅ・・・。」

キュピルがチャーハンを一気食いし台所に行って食器を水につける。

キュピル
「よし!行くか。」
キュー
「早過ぎ!」

キューも負けずと一気食いする。

キュピル
「おーおー、いい食べっぷり。」
キュー
「アタシの真似?似てない似てない。にひひ。」
キュピル
「親に似てない子供ってどう思う。」

キュー
「あ、それは問題あるなー。やっぱり似てるってことで!」
キュピル
「やれやれ・・・。」
キュー
「お?お父さんもしかしてアタシが自分の子供だと認めてくれた?」
キュピル
「段々面倒になってきただけだ。」
キュー
「育児放棄!!!」
キュピル
「そもそも子供なんて居ない!!」



キュピルがリーネスの家の鍵を手に取り外に出る。

キュー
「あー、待ってくれよー。」

キューがチャーハンを一気食いしキュピルの後を追う。





==リーネスの家


キュピル
「流石に真っ暗だな。」

呼吸器による機械の光が点滅しているが流石にそれだけで光を明るくすることは無理だ。
部屋の明りをつけその場に座り込む。

キュピル
「いつ悪党が来てもいいように警戒しておかなきゃな。」
キュー
「来ないと思うんだけどな〜。」

キューがポケットから何かを取りだす。

キュピル
「それは何だ?」
キュー
「トランプ。手品見せてあげるぜ。」
キュピル
「子供だなぁ。」
キュー
「にひひ、アタシは子供だぜ。ほら、好きなカード一枚取って。」

キュピルが軽くため息つきながら微笑むと適当に一枚束から引き抜く。

キュー
「お父さんの引いたカードを当てて見せるよ。」
キュピル
「どれどれ。」

キュピルがカードの裏面を隠すようにして手に持つ。

キュー
「む、むー。」
キュピル
「ハハハ、まぁそうなるよな。」
キュー
「わかった!!スペードの1!!」
キュピル
「なっ!?」

キュピルの持っているカードはスペードの1。
・・・インチキトランプは大抵カードの裏面に何かの模様や仕掛けが施されていたりするのだが・・・。
裏面を隠していたのにも関わらず当てられてしまった。一体何故?

キュー
「にひひ!どうだー?アタシのマジックは!!」
キュピル
「いや、もう一回だ!もう一回!!」
キュー
「おーおー何度でも当ててやるぜー。」

キューがトランプをシャッフルしカードを適当に広げてキュピルに一枚引かせる。

キュピル
「(カードさえ見せなければ絶対に答えられまい)」

引いたカードを袖の中に隠す。

キュー
「あー!!」
キュピル
「おっと、どうした。」
キュー
「・・・何でもない。」

キューがちょっと不機嫌そうに答える。

キュピル
「(やっぱり何か種があったんだな。でも一体何だろうな・・)」
キュー
「・・・スペードの1!!」
キュピル
「またかよ。」

キュピルが袖の中に隠したトランプを引っ張り出す。
そこにはスペードの1が書かれていた。

キュピル
「え!!?どうやって当てた!!?」
キュー
「にひひ!!さーさー!アタシは絶対に当てて見せるよー!」
キュピル
「くそー・・・何としても外してやりたいな。」
キュー
「じゃーもう一回だけやってあげるぜ。その代り!条件があるぜ。」
キュピル
「条件?」
キュー
「またアタシが当てたら暫くチャーハンは作らないで。」
キュピル
「・・・いいだろう。」
キュー
「お!よーし、絶対あてるからなー。」

キューがトランプをシャッフルする。

キュピル
「(手で隠しても、袖の中に隠してもキューは的確にカードを当ててきた・・・。
考えられる事は二つ・・・。一つは俺が引いた瞬間にカードを識別している・・・。
もう一つは俺が引く前から何を選ぶか分っている・・・。
・・・前者はありえそうだが後者は・・・種が分らないな・・・。
俺はあくまでも無作為にカードを選んで引いているからな・・・・)」
キュー
「さ、お父さん!好きなカードを一枚引いて。」

キューがカードを横に広げる。

キュピル
「・・・そうか、そういうことか!!」
キュー
「え?」

キュピルがカードを一つの束にまとめシャッフルし、適当な所からカードを一枚引く。
そして即座にそれを袖の中に隠した。

キュー
「・・・・・・。」
キュピル
「どうだ、種は破ったぞ。」
キュー
「じゃー、お父さんが引いたカード当ててあげる。お父さんが引いたカードは!!」


???
「スペードの1ですね。」


突然どこからともなく澄んだ声が聞こえた。

キュピル
「誰だ!?」

キュピルが即座に立ちあがり武器を手に取る。
しかし自分とキューの他に誰もいない。

???
「ここです。」
キュピル
「ん?」

突然緑色の光がリーネスの横に現れ黄緑色の青年が現れた。
・・・白衣を着ているが背中には何か大きな黒いケースを背負っている。


キュピル
「・・・誰?」
キュー
「あ!!」
白衣を着た青年
「そのトランプを調べてみてください。全てスペードの1のはずですから。」
キュピル
「んなばかな・・・。」

キュピルがキューのトランプを取り上げ、手を高く上げて調べる。
キューが「返せー!」っと叫びながらジャンプするが届かない。

キュピル
「本当だ・・・全部スペードの1だ・・・・。こりゃ通りで当たる訳だ。」
白衣を着た青年
「その子が驚いた仕草をしたり難しそうな表情をしていたのは貴方を騙す・・ブラフです。」
キュー
「むー・・・。流石テルミット!!正解!」
テルミット
「ん?僕の事をご存知ですか?」
キュピル
「・・・テルミット?・・・そういえばキューがそんな名前を言っていたような・・・。」
キュー
「にひひ!テルミットは前世で一緒に過ごした仲間なんだぜ!
ヘルっていう人と一緒に大きな武器を持って世界を旅してて最後はお父さんと一緒に
世界を守る戦いに参加した人だよ!」
キュピル
「この電波少女もうだめだ。病院に行った方がいいかもしれない。」

キュピルのお腹に頭から突撃するキュー。

キュピル
「うわ!転ぶ!!」

かろうじてキューを受け止める。

キュー
「だぁー!」
キュピル
「ハッハッハ、最初は危なかったけど子供じゃそこまでだ。それより・・・テルミット・・・と言ったっけ?
一体どうやってここに?」

ぐりぐりと頭を押し付けてくるキューを抑え使えながら喋る。

テルミット
「リーネスさんの家に直接テレポートで移動してきました。なので鍵は必要ありません。」
キュピル
「テレポート・・・噂には聞いたことある魔法だけど本当に実在したとは・・・。でも何の目的を持ってここに?」
テルミット
「この白衣を見れば分ると思いますが、私は医者をやっていましてリーネスさんの容態を見に来ました。」
キュー
「えー!!テルミットが医者〜!?冒険家じゃないのー!?」

キューが急にテルミットの方に振りかえり色々騒ぎ始めるが、キュピルがキューの口を塞ぐ。

キュー
「ンンンー!」
キュピル
「なるほど、ナルビクのお役所さんが言っていた専属の医者とは貴方の事だったんですか。」
テルミット
「お話しは伺っております。キュピルさんですね?」
キュピル
「はい。」
キュー
「ガブッ!!」
キュピル
「いででで!!!」

口を抑えているキュピルの指を噛み、キュピルを突き飛ばす。
そしてデーンと仁王立ちする。

キュー
「にひひ!」
テルミット
「・・・お強い娘さんですね。」
キュー
「おーおー!初めて何の迷いもなくキュピルの娘って言われた!」
テルミット
「確かに見た目の年齢で比べると親子にしては歳が近すぎるように見えますが・・・。似てますからね。」
キュー
「にひひ!」
キュピル
「いででで・・・」

キュピルが指を振りながらその場に座る。

キュピル
「ところでテルミットさん。貴方は確か遠方の重傷患者を診るために離れていたのでは?」
テルミット
「はい。けど、もう治しました。」
キュピル
「早!?」
キュー
「軽傷患者の間違いだったんじゃないの?」
テルミット
「確かに重症でしたが内臓器には一切ダメージがなかったので回復魔法を唱えるだけで済みました。」
キュー
「へぇ〜。・・・その回復魔法とやらでリーネスさんを治してあげる事は出来ないの?」
テルミット
「・・・難しいです。彼女の脳の殆どは死滅しており生きている事が不思議なぐらいです。
現代医学、魔法医学二つを組み合わせても脳の細胞を蘇生させるのは難しい物があります。
脳幹反射は消失していますが脳波に限っては平坦ではなく・・・」
キュー
「ごめん、自分で聞いたけど分んない。」

テルミット
「簡単に説明しますとリーネスさんは完全に脳死と診断するには早い段階にいます。」
キュピル
「と、いうと?」
テルミット
「脳死判定の基準全てを満たしていない部分があります。そのひとつが平坦脳波です。
通常、脳死状態に陥った人間は刺激を与えても最低4導出で・・・」
キュピル
「すまん、自分で聞いたが分らん。」

テルミット
「分りやすく説明出来ずにすみません。」

テルミットが苦笑いする。

キュピル
「・・・とりあえず遠方の重症患者をもう治療させたので私の仕事は終了ですか?」
テルミット
「当分の間は診察依頼入っていないので問題ありません。三日経過すれば市役所の方が
毎日監視しに来てくれますから。」
キュピル
「・・・わかりました。」
キュー
「あーあ、せっかく美味しい仕事だったのにまたお父さん逃がしちゃったー。
でも一日は見たから二万Seedは貰えるかな?にひひ!」
キュピル
「・・・だからそういう不謹慎な事言うな!!」
キュー
「あぐぐぐ・・・」

キュピルがキューを羽交い締めにする。
キューが頭を動かして思いっきりキュピルに頭突きする。

キュピル
「グエッ!」
キュー
「アタシに勝とうだなんて100年早い!」
キュピル
「それはない。」

テルミット
「本当に元気な娘さんですね。」
キュピル
「本当の事を言うと・・・」

・・・続きを言おうとしてやめる。
「実は俺の娘じゃないんです」って言った所でどうこうなるものでもないし下手すれば
他人の子に手を出したと見られて嫌な目で見られるかもしれない。

キュピル
「・・・何でもないです。」
テルミット
「?」
キュピル
「さて、キュー。後はもうテルミットさんに任せても大丈夫そうだ。俺達は帰ろうか。」
キュー
「しょうがないなぁ〜。」
キュピル
「何で上から目線なんだ・・・。さ、帰るぞ。」
テルミット
「・・・・!・・思い出した・・・!!キュピルさん。」

帰ろうとしたその時、テルミットに呼び止められる。

キュピル
「はい?」
テルミット
「キュピルさんの名前を何処かで聞いた事があるような気がしてずっと思いだそうとしていたのですが今、思い出しました。
・・・ナルビクで一時期『黒鬼(こくき)のキュピル』と呼ばれていたキュピルさんですか?」
キュー
「黒鬼?」

キュピルが一瞬、面くらったような表情をする。

キュピル
「・・・まだそんな事覚えていた人がいたのか・・・。忘れてほしいな。」
キュー
「なーなー、お父さん一時期『黒鬼のキュピル』って呼ばれてたのかー?」
テルミット
「そうですよ。キュピルさんが大体12歳ぐらいの頃、一つの剣と共に・・・」
キュピル
「その話しは二度としないでくれ。」


普段温厚そうなキュピルから一瞬、殺意にも似た恐ろしいオーラが放たれたように感じられた。
思わずキューとテルミットが怯み、一瞬間を置いて

テルミット
「・・・アハハ、すみません。今後気をつけます。でも貴方にクエストショップの依頼として頼みたい事があります。」
キュピル
「ん?」
テルミット
「リーネスさんの治療に必要な素材を探して貰えませんか?」
キュー
「あれ?治療は出来ないんじゃなかったの?」
キュピル
「難しいとは言っていたが不可能とは言ってなかったはずだ。」
テルミット
「よく聞いていましたね。非常に難しいですが不可能ではありません。」
キュピル
「そんなに難しいのによく治そうと頑張るなぁ。感心するよ。」
テルミット
「僕はずっとリーネスさんの治療薬を作っていまして・・・。・・・医者としての一種のプライド・・でしょうか。
今まで治せなかった患者はリーネスさんだけで、何としても治してあげたいんです。」
キュー
「おーおー、自分で言ったぜー。」
キュピル
「ああいう熱心な所は見習うべきだぞ、キュー。」
キュー
「にひひ。アタシは何と言われてもお父さんの娘って主張するぜ。」
キュピル
「・・・・・・。」


キュピルが一度溜息をついてからテルミットに話しかける。

キュピル
「・・・それで、どんな材料を集めれば良いのですか?」
テルミット
「一つは仙人根、もう一つは地獄蔓。とりあえずこの二つを持ってきて貰えると嬉しいです。」
キュピル
「・・・全く聞いた事のない・・・。薬草か何かだろうか・・・。」
テルミット
「・・・ごくたまにその辺に生えている事があるそうです。僕は見たことありませんが。
色んなフィールドに出歩くキュピルさんに頼むのが一番適していると思い、ぜひ頼みたいのですが・・・。」
キュピル
「わかりました。何か資料みたいなのがあればもし見つけたら採集しよう。」
テルミット
「ありがとうございます。後日、資料を持ってそちらのクエストショップにお邪魔させて頂きます。」
キュピル
「了解です。」

キュピルが一度お辞儀し、キューを連れてその場を後にした。




テルミット
「・・・『黒鬼のキュピル』・・・。こんな所で本人に会うなんて思ってもいませんでした。
噂程の方には見えませんでしたが・・・・・。」









==キュピルのクエストショップ・私室




キュー
「なーなー、お父さん。」
キュピル
「ん?」
キュー
「『黒鬼のキュピル』について教えてくれよー。アタシすっごい気になる!!
お父さんにそんな設定作った覚えはないしな〜。」
キュピル
「設定って何だ設定って。」
キュー
「にひひ!前世のアタシがこの世界を作ってお父さんも作ったんだよ!でもそんな設定作った覚えはないな〜。」
キュピル
「もう前世を使った作り話は飽きた。」
キュー
「嘘じゃない!」
キュピル
「第一、仮に本当だとしたらキューが俺の母親にならないか?」
キュー
「え、えーっと、えーっと・・・。・・・ならない!」
キュピル
「嘘つくな!」


キュピルが机を端に片付け押し入れから布団を引っ張りだす。

キュピル
「歯は磨いたか?もう寝るぞ。」
キュー
「黒鬼のキュピルについて話してくれたら寝るぜ〜。」
キュピル
「んじゃおやすみ。」
キュー
「あー!逃げるなー!」

布団の上で横になるキュピルを揺するキュー。

キュー
「起きろーー!!話せー!!!」
キュピル
「zzz・・・・zzz・・・・。」
キュー
「寝た振りするなー!」

キューがいくら揺すってもキュピルは寝た振りを貫き通し、結局キューは諦め
キュピルの隣で横になり添い寝する。


キュー
「(絶対に聞いてやるー・・・・。・・・・zz・・・・・)」











キュピル
「(・・・・黒鬼のキュピルか。小さい頃あの名前がカッコよく感じた時もあったな・・・。
・・・ルイは元気だろうか・・・・。)」


続く



第四話 『黒鬼のキュピル』



黒鬼のキュピル。

ある刀を抜刀した瞬間。

キュピルはそう呼ばれていた。





==キュピルのクエストショップ




キュピル
「zzz・・・zzz・・・・。」
キュー
「(・・・おーっと、早起き成功したぜ!)」

突然パチッと目を覚ます。
時刻は午前五時半。

キュピルが起きないようにゆっくり布団から抜け出し部屋の引き出しを漁り始める。
普段中々触らせてくれない引き出しなどを中心に漁る。

キュー
「(んー・・・ガラクタばっかりじゃんかよぉー・・・)」

変な部品によくわからない瓶。
しわくちゃな紙に財布。

キュー
「(財布だ!)」

こっそり財布の中身を確認するキュー。
・・・中身は2100Seed。何故か空しい気持ちになるキュー。

キュー
「(・・・お金持ちにならないかなぁ・・・)」

財布を引き出しの中に戻し、別の所を探し始める。
・・・その時、鍵の掛った引き出しを見つけた。

キュー
「(あれ?こんな所に鍵のかかった引き出しなんてあったんだ)」

・・・鍵はどこにあるのだろうか。
思い当たる場所はただ一つ。

キュー
「(財布の中身だな〜!)」

もう一度引き出しを開け財布を手に取る。
財布の中身を念入りに探していると小さな鍵が入っている事に気付いた。

キュー
「(おー、これこれ。)」

小さな鍵を持って先程の引き出しの鍵穴に差し込む。
右に回して鍵を開ける。
ゆっくりと引き出しを開けていく。

キュー
「(あ、今度は引き出しの中身が綺麗だ。)」

引き出しの中身はクエストショップに関係する重要な書類が中心だったが
奥に何か変わった物がある事に気がついた。

キュー
「(・・・?なにこれ。)」

・・・奥に鎖で厳重に巻かれた黒い箱がある。
刺々しい南京錠がいくつも付いており南京錠から魔力を感じる。

キュー
「(・・・流石にこの南京錠の鍵はこの部屋には置いてなさそうだなぁ〜・・・)」

直感がそう感じている。
・・・鎖の間に何か一枚の写真が挟まっている。

キュー
「(何だろう。・・・・おーおー)」

幼少時代のキュピルとルイが映っていた。
少し色褪せているがまだしっかりと認識する事が出来る。

・・・ただ一つ気になる事がある。

キュー
「(・・・お父さんが確か6歳の時にルイは異国に連れて行かれちゃったんだっけ・・・。
・・・でもここに映っているお父さんとルイ・・・。どう見ても15歳ぐらいに見える・・・。)」

そしてキュピルの腰には黒い刀が一本。

キュー
「・・・・んー・・・・」
キュピル
「何が『んー・・・』だ。」

キュー
「・・・げ。・・・お、おはよう!お父さん!!にひひ・・・」

キューが逃げ出そうとした瞬間。先にキュピルがキューのお腹辺りを両手で掴み、
布団へ投げ飛ばした。

キュー
「ぎゃぁー!!」
キュピル
「勝手に私物を見るな!」

バサッと布団の上に落ちるキュー。全く痛くない。

キュー
「お父さん、今のもう一回やって!!」
キュピル
「全く反省していない・・・。」

キュー
「あの黒い刀は何々?鎖に巻かれたあの黒い箱は?お父さんとルイは6歳以降からも会ってたの?なーなー。」

キュピルがもう一度キューを持ち上げる。が、今度はお姫様だっこ。

キュー
「お?なになに?」
キュピル
「天罰!!!」

キュー
「え?」

キュピルがキューをお姫様だっこしたまま勢いよくクエストショップを飛び出す。

キュー
「おーおー、何処行くんだー?」
キュピル
「喰らえ!」
キュー
「え?」

クエストショップからたったの100m離れた所にある海へ全力で走り、そしてそのままキューを海に投げ飛ばした。
抱っこしてから海へ投げ飛ばすまでにかかった時間はたったの15秒。

キュー
「ぎゃああああぁぁぁぁ!!冷たい!!!・・・仕返しだーーー!!」

キューが砂浜の砂を両手で鷲掴みにし、キュピルに向かって投げ飛ばした。
しかし向かい風が吹き、投げた砂が全部自分の所に戻ってきた。

キュー
「うぎゃ!・・・目に入った・・・!」
キュピル
「それならば洗い流してやろう。」

そういうとキュピルはもう一度キューを持ち上げ、今度は遠くまで投げ飛ばした。

キュー
「児童虐待!!!」

キュピル
「罰だ、罰!!」

すぐにキューが泳いで砂浜まで戻り、全身濡れたままキュピルに抱きつく。

キュピル
「うわ!冷て!濡れるから離れろ!」
キュー
「にひひ!人を海に投げておいてその台詞はなしだぜ。」

キューもキュピルを海に突き落とそうとするがいくら押してもびくともしない。

キュピル
「ほれ。」
キュー
「ぎゃぁ!」

ドンと背中を押され、もう一度海に飛び込むキュー。
浅い場所に顔面から倒れる。

キュー
「・・・うぅぅ・・・降参だぜ・・・。」
キュピル
「これに懲りたら私物を覗かないことだ。」
キュー
「むー・・・。」
キュピル
「ほら、暑くなってきたがそのままでいると風邪引くぞ。一度風呂に入ったらどうだ?」
キュー
「にひひ。何だかんだで怒ってないんだな〜。」
キュピル
「キューの悪戯好きは今に始まった事じゃないからなぁ・・・・。」
キュー
「おーおー、言ってくれるぜ。」




・・・・・・。


・・・・・・・・・・・・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。




テルミット
「これが薬草の写真です。」


テルミットがキュピルに薬草の写真を見せる。
・・・仙人根と地獄蔓・・・。

当たり前だがこんな草は見た事ない。

キュピル
「・・・とりあえず見つけたら報告します。」
テルミット
「お願いしますね、キュピルさん。」

テルミットがほほ笑みながらキュピルに書類を渡す。

キュピル
「(しかしこんな薬草見つかるだろうか・・・。地獄蔓とかただの黒い紐にしか見えないぞ・・・)」
キュー
「なーなー、テルミット〜。その背中に背負ってる巨大な黒いケースは何なんだ〜?
医者にしてはとっても不釣り合いだぜ!」
テルミット
「あぁ、これですか?これはですね・・。」

テルミットがケースを床の上に降ろし、ケースを開ける。
中から巨大な弓が出てきた。

キュー
「あ、弓だ。」
テルミット
「僕の愛弓です。薬の調合にどうしてもモンスターがいるフィールドに出る事がありまして。
そのために使う武器がこの弓です。」
キュピル
「へぇ、テルミットさんは戦えるのか。」
テルミット
「呼び捨てで構いませんよ。それに黒鬼のキュピルさんにh・・・」

すこし間を置いてからテルミットが溜息をついた。

テルミット
「・・・すみません。」
キュー
「なー。何でテルミットは謝ってるの?お父さん、そんなに黒鬼のキュピルの事触れられるの嫌い?」
キュピル
「嫌いというかなんというか・・・。・・・とにかくその話しはやめてくれ。」
キュー
「むぅー。」

キューが不服そうな表情を見せる。
その後、キュピルとテルミットが仕事に関する打ち合わせをし始め
つまらなくなったキューはこっそりクエストショップを抜け出そうとした瞬間。
扉が開き、キューが扉と激突した。

キュー
「あぎゃ!」
キュピル
「ん?」

入ってきたのはマキシミンだった。

マキシミン
「ぜぇ・・・ぜぇ・・・。」
キュー
「おーおー、マキシミンだ!何で息切らしてるの?歳?」
マキシミン
「あ゙?その長い髪で首絞めるぞ。」
キュー
「にひひ。殺されちゃうぜ。」
マキシミン
「っと、冗談付き合ってる場合じゃねぇ。おいマヨネーズ!」
キュピル
「だからそのあだ名はやめてくれ!それよりどうした。」
マキシミン
「ナルビクの下水道に夥しい数のモンスターが忍び込んでる事が分った!
それも強力なモンスターがな。」
テルミット
「下水道にモンスターが・・?・・・リーネスさんの件を思い出しますね。」
マキシミン
「ほら、受け取りやがれ。」
キュピル
「おっと。」

マキシミンが巻物を投げつける。
・・・マキシミンからの依頼書かと思いきやナルビクの市役所が出した緊急指名手配書だった。
内容は下水道に住みついた親玉モンスターを討伐しろと書かれていた。

見事討伐した物には報酬として300KSeedを差し出すとのこと。
・・・30万とは随分と巨額だ。

マキシミン
「マヨネーズ。俺とコンビを組んで倒しに行くぞ。」
キュピル
「よりによって俺か。イスピンさんはどうした?」
マキシミン
「あいつは今遠くに出張中だ。」

マキシミンが苛立たせながら答える。

マキシミン
「だが仮にイスピンが居たとしても今回はお前と組みたい。」
キュピル
「何故?」
マキシミン
「指名手配されたモンスターを見やがれ。」

キュピルが丸められた書類を広げて最後に乗せられたモンスターの写真を見る。

キュピル
「・・・クノーヘンジュニアか・・。」
テルミット
「クノーヘン!?クノーヘンって・・・この国に存在するモンスターの中で一位、二位を争う強力なモンスターですよ!」

クノーヘン。
見た目は巨大な蝙蝠に近いが羽や長い手、そして胴体と全身に硬い鎧のような物を身につけており
生半可な武器ではまずダメージを与える事はできない。
そして赤くて硬い羽は自由自在に伸縮させる事が出来、硬い触手に変えて敵を突いたり真っ二つにすることができる。

冒険者にとって最も脅威と言われているモンスターの一つで単身で遭遇した場合生きて帰って来れない事が多い。

マキシミン
「幸いにもジュニアと判断されている。成体になる前のクノーヘンだから思ってるより強くはないはずだ。
それでも生半可な冒険者だと一瞬で殺されるだろうけどな。」
キュピル
「ますます俺とコンビを組む理由が分らなくなってきた。弱い俺と組むより強いイスピンと組んだ方が・・・。」
マキシミン
「寝言は寝てから言え。幽霊刀さえあればお前は誰と戦っても負けないだろ。早く取り出せ!」
キュピル
「・・・あれは封印した。」
マキシミン
「それがどうした。早く取り出せ。すぐに封印を解除できたはずだ。」
キュピル
「使いたくない。」
マキシミン
「・・・ナルビクにモンスターがあふれ出てもいいのか?俺の予測が正しければ
事態が収拾されるまでに何人もの冒険者が犠牲になるぞ。お前が幽霊刀を持っていけば
犠牲者は誰ひとり出さずに収拾できる。・・・それでも嫌だと言うのか?」
キュピル
「・・・・・・。」
マキシミン
「腐ったな、キュピル。お前の『誰かのためになる事ならどんな事でもやってやる』と言ったあの台詞は何処へ消えた。」
キュー
「(・・・幽霊刀・・・。またこの名前を聞く事があるなんて思っても居なかった・・・。)
・・・その刀を抜刀したらお父さんは黒鬼のキュピルになるの?」
マキシミン
「なんだ、チビは知ってたのか。」
キュー
「チビじゃない!!アタシの名前はキュー!!」
マキシミン
「どうでもいい。」


キューがマキシミンに立てつくが片手で抑えられてしまっている。

マキシミン
「キュピル。決断したか?・・・安心しろ、キュピル。何時ものアレが起きたらしっかり止めてやる。」
キュー
「いつものアレ?」
キュピル
「・・・・ちょっと待ってろ。」

キュピルが私室に戻る。

・・・・。

・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

数分後。

一瞬地響きのような物が起き私室から黒い光が漏れた。

キュー
「(・・・・)」

キューが固唾を飲んで見守っていると私室の扉が開いた。
・・・キュピルの腰に黒い刀が結び付けられている。
凄まじいプレッシャーを感じる。キュピルに近づくと時々ピリピリとした痺れに襲われる。

キュピル
「行こう。」
マキシミン
「あぁ。」
キュピル
「テルミットさん、しばらく待っててください。」
テルミット
「僕も手伝いますよ。」
マキシミン
「誰だか知らねーが危険だぞ。怪我したり死んでも文句言わさないぞ。」
テルミット
「大丈夫ですよ。こう見えても腕には自信がありますから。それに黒鬼のキュピルさんを
人目でいいですから見てみたくて。」
マキシミン
「なら好きにしろ。」

テルミットが「アハハ」と笑う。

キュピル
「キューは家で待っててくれ。」
キュー
「やだ!」
キュピル
「・・・それなら絶対に怪我しないようにモンスターから離れて見てるんだ。いいな?」
キュー
「お、やけにあっさりしてるな〜。」
マキシミン
「見捨てられたんじゃねーの?」
キュー
「だああぁぁっ!!」


キューがマキシミンに頭突きを喰らわせる。
しかしマキシミンがひらりと攻撃を交わし、そのまま勢いあまってキュピルに突進し、キュピルが両手で受け止める。

キュピル
「キューの性格上、一度でも嫌だって言ったら絶対に曲げないだろうなって分ってるから。」
キュー
「にひひ!その通りだぜ。」

キューが顔を上げる。

キュピル
「・・・行こうか。」

マキシミンが即座にクエストショップから出る。
続いてキュピル、テルミット、そしてキューが出た。
全員がクエストショップから居なくなったのを確認するとキュピルが鍵を閉め立て札をひっくり返す。



『ただいま外出中。御用の方はポストに手紙を入れてください』










==下水道入口




港の近くに鉄格子のかかった通路がある。
この通路の奥に下水道がありたまに業者が点検しにこの通路を通る。

ナルビクは港町にも関わらず近年雨が振らなくなってしまい専門家が分析しても原因がわかっていない。
雨が降らなくなってから数年間、深刻な水不足に悩まされたが海水を真水にろ過する装置が完成し
巨大なパイプが海水を吸い上げそれをろ過して真水に変え住宅などに送られていく。
しかし極稀に海中に生息するモンスターを一緒に吸い上げ装置が攻撃される事がある。
その場合ただちに常駐している警備員がモンスターを討伐するのだが今回、知能的であるクノーヘンが
モンスターを取りまとめこの巨大なパイプを通って下水道へと潜り込んだ。
異変に気付いた警備員が即座に市役所へ通報した記録があるが
モンスターに襲われたのか通報後、連絡が取れなくなったらしい。


肝心の下水道への入り口は沢山の冒険者とギルド員で埋め尽くされていた。


マキシミン
「おいおい、なんだよこれは!」
テルミット
「凄まじい数の冒険者ですね・・・!報酬300KSeedにやはり釣られたのでしょうか?」
マキシミン
「だが相手はクノーヘンジュニアだぞ・・。生半可な冒険者が倒せるものか!」

人が沢山いる割には誰も下水道に入ろうとしない。
・・・ただの見物客だろうか。
その時、誰かが下水道へと入って行った。

巨大な槍を持った紅い髪の男性と双剣を持った小柄な銀髪の女性。

マキシミン
「まずいっ!シベリンとレイが先に入った!」
キュー
「どうしてまずいの?」
マキシミン
「あいつ等は確かな実力を持っている。先にクノーヘンを討伐されちまうかもs・・・。」

マキシミンが一度咳をする

マキシミン
「・・・いや、今回はあいつ等でもかなり苦戦する敵だ。のたれ死ぬ前に助けにいかなければ。」
キュー
「おーおー、棒声になってるぜ。」
マキシミン
「うるせーな・・・。」

マキシミンが人ごみをかき分けて進む。出来た道をキュピル達が通る。

マキシミン
「どけ!俺達は下水道に入る!!」

マキシミンがそう叫ぶと見物客が道を開ける。
やはりここにいる人達の大半が入る気がないらしい。

マキシミン
「いくぞ、キュピル。」
キュピル
「わかってる。」


マキシミンが愛剣であるスチールシャドウを抜刀する。
テルミットも背中に担いであった巨大な弓を手に持つ。
キュピルはまだ幽霊刀を抜刀していない。
キューはキュピルの傍にぴったりくっついている。


四人が下水道へと突撃する。



==下水道




中に入るとさっそくシベリンとレイが鮫と人が合体した姿に似たアクアシャピアーと呼ばれるモンスターと
戦闘を繰り広げていた。
アクアシャピアーは両手に成長の過程で出来あがる天然のランスを持っており
この辺には生息していない強力なモンスターである。

しかしそんな強力なモンスターを相手に物ともせずシベリンが槍を激しく回転させ周囲の敵を一瞬にして薙ぎ倒す。
レイは軽快な動きでシベリンに対して不意打ちをかけようとするアクアシャピアーを各個撃破していく。

マキシミン
「不服だが、やはりあいつ等は強いな。」
キュー
「おーおー、助け出したいのに何で不服なんだー?」
マキシミン
「チッ、お前はさっきからうるせーな・・・。」
キュー
「にひひ。マキシミンの目的が見え見えだぜ。」
キュピル
「結局報酬金目的で俺を誘ったのか。」
マキシミン
「正直に話すと半分そうだが、お前なら被害を極限まで抑えられると思って誘ったのも事実だ。
とにかくこの場はあの二人に任せて奥へ行こうか。」

マキシミンが歩いて先に進む。
シベリンとレイがマキシミンの存在に気付き、先に進もうとするが後から現れたアクアシャピアーに奇襲を喰らい
迎撃に手こずり始めた。

キュピル
「行こうか。」
テルミット
「はい。」
キュー
「にひひ。300KSeed絶対手に入れようなー!」
キュピル
「お前も金目当てか・・・。」




==下水道・深部


下水道深部へと進む。通路の中央には生活排水が流れている・・・。
この先にある階段を通って海水をくみ上げるポンプが存在する場所に向かう。
市役所からの情報では親玉のクノーヘンジュニアはそこに居るらしい。

道中にアクアシャピアーは現れ進路を塞ぐ。

マキシミン
「邪魔だ、どきやがれ!」

マキシミンがスチールシャドウを振り回し一気にアクアシャピアーを叩きつぶす。
しかしその戦い方は剣術というより角材で敵をぶん殴る形に近い。
天井に存在する空調からアクアシャピアーが一度に三体落ちてきた。

テルミット
「撃ちます!」

テルミットが即座に矢を弦に番え地面に着地する前に一体を貫く。

キュー
「おー!すごい!」

残り二体が地面に着地する。着地した瞬間にマキシミンがスチールシャドウで一体を真上から叩きつぶし
怯んだどころを生活排水が流れている場所に蹴り飛ばし転落させる。
マキシミンがアクアシャピアーを蹴り飛ばした瞬間、残ったアクアシャピアーがマキシミンに攻撃を仕掛ける。
しかし攻撃が通る前にキュピルがアクアシャピアーに接近し全身でアクアシャピアーにぶつかる。
よろめいた所を思いっきり蹴り飛ばし生活排水が流れている場所へ転落させる。

マキシミン
「体術でも練習してるのか?」
キュピル
「剣術も強いが体術も強い。マキシミンも練習してみたらどうだ?」
マキシミン
「喧嘩でもう覚えている。」
キュー
「なー、お父さん。何でさっきの所で幽霊刀を抜刀しなかったの?」
キュピル
「幽霊刀は一種の切り札だ。最後に温存したい。・・・それと一度抜刀すると・・・。・・・まぁ見てればわかる。行こう。」

マキシミンとキュピルが先に進む。
キューとテルミットが一度顔を見合わせた後、後を追う。

走り続けると前方に錆びた階段が現れた
螺旋階段になっており下に長く伸びている。螺旋階段の半径が小さくここで敵と遭遇すると厄介だ。

マキシミン
「キュピル。幽霊刀はまだ抜刀する気ないか?」
キュピル
「こんな狭い階段だと仮に抜刀しても効果激減だ。」
マキシミン
「ちっ、しかたねーな。俺が先頭を取る!」

マキシミンが階段を下りはじめた時、突然地響きが鳴り響いた。

テルミット
「この地響きと地鳴りは・・・?」

・・・下から何か壊されていく音が聞こえる。

キュピル
「・・・!マキシミン、逃げろ!」
マキシミン
「そういうことかよ!!!」

マキシミンが即座に階段を登り離脱する。
その直後、クノーヘンジュニアが出したと思われる触手が現れ階段を突き壊した。
そして階段があった場所は触手で塞がれてしまった。

マキシミン
「ちっ・・・最短経路を失ったな。」

マキシミンがクノーヘンジュニアの触手を剣で軽く叩く。

カン、カン、と鉄の音が鳴り響く。

マキシミン
「・・・硬いな。これは剣で斬れるものじゃねーな。」
テルミット
「迂回路はありますか?」
マキシミン
「あるが遠い。一旦外に出て別の下水道へ入り直す必要がある。チッ、めんどくせーな・・・!」

・・・その時、もう一度地響きが鳴った。

マキシミン
「何だ?もう一回来るのか?」
キュー
「・・・何か怖い。」

キューがキュピルの手を握り締める。

数秒後。凄まじい衝撃波に襲われ全員転倒する。
壁や床を突き壊してクノーヘンジュニアの触手が現れた!

マキシミン
「おいおい!下水道の壁をぶち壊してここまで登ってきたと言うのかよ!」

退路を触手で完全に塞がれる。
やや狭いこの空間で閉じ込められ硬い触手に囲まれてしまった。

マキシミン
「おい、誰がどうみてもピンチだぞ!キュピル!!とっととその幽霊刀を抜け!!」
キュピル
「・・・止むをえないか・・・!キュー、離れろ!」

キュピルがキューを突き飛ばす。テルミットが突き飛ばされたキューを受け止める。

キュピルが叫びながら幽霊刀を抜刀する。
その直後、黒いオーラが幽霊刀から溢れだしキュピルを包み込む。
キュピルの目が赤く光る。



キュピル
「うおぉぉぉぉっっっ!!!!」




凄まじい勢いでキュピルが突撃していく。
地面から突き出ているクノーヘンジュニアの触手を一気に切り刻む。
鉄より硬いクノーヘンジュニアの触手がバラバラになって硬いコンクリートの上に落ちる。

テルミット
「お、おぉぉ・・・。」

三本のクノーヘンジュニアの触手が一斉にキュピルに襲いかかる。
一本目の触手をすぐに切断し、二本目の触手も一瞬でバラバラにする。三本目の触手を叩き落とそうとするが
先に攻撃され刀を手放す。
キュピルの能力が落ちる・・・かと思われたがそんなことは一切なくキュピルが目にもとまらぬ速さでバックステップを
繰り返し触手から距離を離す。右手を前に突き出すと突然銃弾らしきものが何処からともなく飛び
クノーヘンジュニアの触手を穴だらけにする。

キュー
「おーおー!これが黒鬼のキュピルかー!すげーなー!」

キューがはしゃぐ。

キュピル
「退路を確保する!」

キュピルが地面に転がっている幽霊刀を即座に拾い、退路を塞いでいる触手を一気に切り落とした。
そして溜めるような動作を取ってから、右手を前に突き出す。
突き出した瞬間、手のひらからエネルギー弾の塊がキュピルの横から勢いよく飛んで行き硬い触手にぶつかった。
凄まじい爆風が起き黒煙が上がる。

マキシミン
「もういい、刀を鞘に収納しろ。」

マキシミンが冷静に答える。
キュピルがハッと気付き慌てて幽霊刀を収納する。

キュピル
「・・・・とりあえず何とかなったか?」
マキシミン
「何とかなった。・・・お前、今自分の意思で幽霊刀を鞘に戻せたな。」
キュピル
「しばらく使っていなかったからな・・・。束縛されなかった。
久々に抜刀したから妙に張りきっていた。」
キュー
「張りきっていた?お父さんが?」
キュピル
「ん、そういうことにしておくれ。」
キュー
「・・・・?」

何か引っかかる。

テルミット
「・・・キュピルさん、マキシミンさん。頑張ればここから降りれるかもしれませんよ。」

テルミットが壊れた階段を観察している。
クノーヘンジュニアが思いっきり突きあげたせいで殆ど崩れ落ちているが
壁に突き刺さっている鉄の棒にロープを結び付け、一人ずつ降りれば何とかなるかもしれない。

マキシミン
「急ぐ必要がある。早く降りるぞ。」
テルミット
「わかりました。・・・・ロープありませんけど。」
マキシミン
「持ってないのにそんな事を視察していたのかよ!!」
テルミット
「ア、アハハ・・・。」
キュピル
「・・・・・。」

キュピルが何を思ったのか突然幽霊刀を抜刀した。
全員度肝を抜かれキュピルから離れる。

キュピル
「皆は迂回して下に降りてきてくれ。俺はここから飛び降りて先にクノーヘンジュニアを倒してくる。」
マキシミン
「おい、馬鹿な真似はやめろ。幽霊刀の力を借りたとしてもここから飛び降りたら少なくとも100mは落ち続けるから
ただじゃすまないぞ。」
キュピル
「・・・幽霊刀に束縛される前に決着をつけてくる。」

キュピルが飛び降りる。所々壁から突き出ている階段の破片を足の踏み場にして
少しずつ下に降りていく。

マキシミン
「・・・・早く隣の下水道に移るぞ。」
キュー
「・・・・・。」


マキシミン達が壊れた階段から離れる。
下水道入口へと戻っている最中、シベリンとレイに遭遇する。

シベリン
「どうした?マキシミン。怖気づいたか?」
マキシミン
「ククク。むしろ、いまだに入口付近にいたお前の方がびびって前に進めなかったんじゃないのか?」
シベリン
「おいおい、俺はナルビクの市街地に出て行こうとするアクアシャピアーを退治していただけだ。
どこかの誰かみたいに報酬金は目当てじゃないからな。」
マキシミン
「後で吠え面かくなよ。」


マキシミンがシベリンと口喧嘩している間にテルミットとキューが下水道から出る。



・・・・。

・・・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。





5m間隔で階段の破片に着地し降りていく。


キュピル
「・・・・・・・。」

『随分と張りきっていますね。私も張りきっていますけどキュピルさんの方が張りきってるんじゃないんですか?』

キュピル
「・・・・・・・。」

『・・・・はぁ・・・。どうして無視するんですか?
・・・無視だけならまだ耐えれますけど封印までされると流石の私でも心が傷付きましたよ。
何か嫌な事でもしましたか?』

キュピル
「・・・耐えられないんだ。」

『・・・耐えられない?』

キュピル
「・・力が強すぎる。・・・あのまま俺は刀を抜刀し続けていたら間違いなく廃人になっていた。
・・・ただ最初にこれだけは言っておく。・・・久々に会えて本当は嬉しいと思ってる。
でも迂闊に抜刀できないんだ。」

『でもそれでしたら封印しなくてもいいじゃないですか。』

キュピル
「・・・会いたいがために抜刀したらそれこそ・・・・」

『・・・・・ふふっ。まだ私が生きていれば・・・よかったんですけどね・・・。』

キュピル
「・・・・・・。」

『地面が見えてきましたよ。』


キュピルが地面に着地する。

・・・巨大なポンプとパイプが壁に張り巡らせている。
機械音がウォンウォン鳴り響いており広い空間にクノーヘンジュニアが待ち構えていた。
・・・ジュニアでありながら5mはあろうかと思われる体格。


『援護しますよ。』


キュピル
「頼む。・・・・ルイ。」



・・・・。


・・・・・・・・・・・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。




14年前。


俺の幼馴染が物好きな貴族に連れて行かれた。

・・・いわゆる一目惚れってやつだ。

当時六歳だった俺。そして八歳だったルイ。

・・・どうみてもアレな貴族だが・・・。貴族は貴族。
その財政力と権力を盾にルイを連れて行ってしまった。

何故か生まれた時から親の居ない俺にとってルイは唯一気を楽にして一緒に過ごせる人物だった。

そのルイが突然居なくなってしまった。

・・・ルイを連れて行った貴族が口止め料なのか一人になってしまった俺へに対する情けなのか。

500万Seedという大金を俺に残して何処かに消えてしまった。


・・・・。


残念かどうか分らないがこの500万Seedがなければ俺は今頃死んでいただろう。

当分衣食住には困らなかったし子供でもできる仕事をクエストショップから探し適当に食いつなげた。
資金がなくなる直前に俺はナルビクの安い土地の一角を買いクエストショップを立ち上げ
そこから更に食いつなげていった。

クエストショップを立ち上げた時、俺の年齢は12歳になっていた。
・・・歴史上、こんなにも若くしてクエストショップを立ち上げた人は居ない。
別にそんな事をしてはいけないルールもなければ法律もない。

勿論仕事を探すのに随分と苦労はした。

子供相手に依頼を任せる人なんて存在しない。

・・・・そんなある時。一通の手紙が届いた。



『ルイが死んだ。』



・・・あの貴族からだった。

・・・どうして死亡したのか。遺体はどうなったのか。
何も書かれておらず、ただ手紙にはルイが死んだ事を告げる事しか書かれていなかった。

猛烈な怒りと悲しみに嘆いていたある時。あの貴族が再び俺の目の前に現れた。

怒りに身を任せ俺はあの貴族を殺そうとした。
だが貴族は突然俺に一本の刀を俺に差し出し、こういった。


『お前の幼馴染はその刀の中で生きている。・・・危機に見舞われた時、お前の幼馴染は確実に助けてくれるだろう。』


そう言い残すと貴族はスッと消えてしまった。・・・まるで幽霊が成仏したかのように。


・・・俺は恐る恐る黒い刀を抜刀した。


・・・黒い光が刀から溢れる。


何処からともなく声が聞こえた。


『・・・お久しぶりです。キュピルさん。』


思わず俺はルイの手を握り締めようとした。だが透けてしまい床に倒れた。
床に倒れた俺をルイが苦笑いしている。

・・・・。

・・・・・・・・・。

ルイが戻ってきてくれた・・・?
あの貴族はルイを返してくれたのか?

・・・死んだルイ。でも目の前に存在しているルイ。

・・・不思議な気持ちになったがあの時は特に何も考えずに生き続けた。



・・・・。

・・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

あの刀には不思議な力が宿っている。

有事の際にあの刀を抜刀すると、まずルイが俺をサポートしてくれ
そして刀そのものが俺に強大な力を与えてくれる。

・・・・。

・・・・・・・・・・。

クエストショップの依頼で、初めて強大な敵に立ち向かった時もこの幽霊刀の力を借りた。

15歳の少年が大人100人がかかっても倒せない国家指名手配のモンスターを討伐した。
その噂は瞬く間に広がり・・・いつしか『黒鬼のキュピル』と呼ばれるようになった。
あの時の俺は天狗になっていた。何も出来ない事はない・・・っと。


幽霊刀を抜刀していればルイとお話しすることもできる。
強力な力を借りることもできる。

いつしか、俺は常に幽霊刀を抜刀しながら過ごしていた。


しかし世の中には卑怯な事をしてくる大人もいたもんだ。


このまま俺を放っておくといつしか自分達に仕事がいかなくなると思ったのか
俺を消そうと色んな人がけし掛けてきた。

・・・力ではなく。



法で。






・・・・。


・・・・・・・・・・・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。




ルイ
『キュピルさん!何思い出に浸っているんですか!!』


ルイが手に持っている銃を乱射し、クノーヘンジュニアの触手を跳ね返す。

キュピル
「大丈夫だ、次の一撃でクノーヘンジュニアは死ぬ。」

一度バックステップし距離を離す。
そして溜めるような動作を取ってから右手を前に突き出した。
右にエネルギー弾が現れる。
左にはルイが魔法を唱え、別のエネルギー弾を召喚していた。
二つのエネルギー弾が同時に飛び、クノーヘンジュニアにぶつかる。

怯んだ所をすかさず距離を詰め、クノーヘンジュニアの胴体を真っ二つに叩き斬る。

断末魔を上げながらクノーヘンジュニアが倒れていく。


キュピル
「・・・・倒した。」

ルイ
『・・・お疲れ様です。キュピルさん。』

キュピル
「・・・あぁ、お疲れ・・・。」

ルイ
『・・・・でも悲しいですね。これはキュピルさんが倒した事にはならないんですよね?・・・きっと。』

キュピル
「・・・そうだな・・。最後はマキシミンが倒した事にしてもらおう。」


その時、誰かがやってきた。


キュピル
「・・・皆がやってきた。・・・ルイ。・・・また会おう。」

ルイ
『・・・次はいつ、会えますか?』

キュピル
「・・・分らない。」


キュピルが幽霊刀を収納しようとしたその時、ルイの右手がキュピルの右手を掴む。
・・・・こっちから触れようとすると透ける癖にルイから触れると透けない。

ルイ
『・・・収納したらまた離れ離れになる。・・・本当にそれでいいのですか?』

キュピル
「・・・また『あの時』みたいに束縛する気か?」

・・・・・。

ルイ
『・・・・分りました。・・・でも私にはわかります。』

キュピル
「何が?」

ルイ
『・・・また近いうちにキュピルさんは幽霊刀を抜刀します。』



キュピルが幽霊刀を鞘に納める。その瞬間、ルイの姿が消えて居なくなる。



マキシミン
「キュピル!大丈夫か!?・・・って、もう倒し終わったのか。ククク、流石だな。」
キュー
「おーおー!お父さんが戦っている所見たかったぜ。」
テルミット
「あのクノーヘンジュニアを一人で倒すなんて・・・。・・・やはり黒鬼のキュピルという名前がついているだけはありますね。」

キュピルがマキシミンに近づく。

キュピル
「・・・後は頼んだ。マキシミン。」
マキシミン
「ああ、いつものだな?任せろ、俺は得しかしないからな。ククク。」
キュー
「いつもの?」
マキシミン
「あのクノーヘンジュニアは俺が倒したことになる。」
キュー
「・・・にひひ!マキシミンがおかしくなったぜ。」
マキシミン
「そうだろ?キュピル。」
キュピル
「ああ。あのクノーヘンジュニアはマキシミンが倒した。」
キュー
「えええーー!!何でお父さんもそんな事言っているの!!?また報酬なくなっちゃうよ!!」
キュピル
「おっと、マキシミン!」
マキシミン
「何だ?」
キュピル
「金だけはちゃんと後でよこしてくれよ。250K。」
マキシミン
「いいや、150Kだ。」
キュピル
「200K!」
マキシミン
「100K!!」
キュピル
「何故下げる!!」
マキシミン
「てめー今思いだしたぞ!!ボイスレコーダの件!!」
キュピル
「げっ!・・・・わかった、わかったよ!150K!」
マキシミン
「いや、100Kだな。」
キュー
「足元見るなー!!」

キューがマキシミンの脛を蹴る。

マキシミン
「ぐあぁっ!!?」


マキシミンが脛をさすりながらしゃがみこむ。

マキシミン
「うぐぐぐぐ・・・・。このクソガキィ・・・!!」
キュー
「にひひひひひひひ!」
キュピル
「・・・とりあえず俺達はクエストショップに戻ろう。後はマキシミンに任して・・・な。」
キュー
「なーなーお父さん!!本当にマキシミンに手柄渡すの!?頭おかしくなった!?」
キュピル
「失礼な・・・。」





・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・。



本当は俺が倒した!!って叫びたい。



でも、再び目立ったら潰される。



それを俺はよく覚えている。



あの時、あの日。


俺は幽霊刀を封印した。





そして今日。五年ぶりに幽霊刀を抜刀した。



・・・・二十歳を超えたルイ。二十歳になった俺。


・・・・久々にルイにあったが。

幽霊も成長するんだな。






続く



オマケ


翌日。ナルビクの新聞一面にはクノーヘンジュニアを倒した若者としてマキシミンの写真が写っていた。
満面ドヤ顔で。

マキシミン
「クックック。ギルド内の俺のポイントもウナギ昇り。いや、ほんとお前と組めて俺は幸せ者だね。ククク・・・・。」
キュピル
「・・・うぜぇ・・・。」




第五話  『犬猿』


ナルビクの下水道にクノーヘンジュニアが潜りこみ騒然となったが
キュピルが幽霊刀を使って討伐する。しかしその手柄はマキシミンに渡し、ひっそりクエストショップへと戻るキュピル。


・・・・。


・・・・・・・・・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。






==キュピルの家・私室



鍵のかかった引き出しをあける。
・・・南京錠と鎖。そして黒い箱が置いてある。
この中に幽霊刀を収納すれば・・・。

幽霊刀を黒い箱に収納しようとした瞬間、勝手に右手が動き幽霊刀を抜刀していた。
今のは自分の意思じゃない。・・・恐らくルイの仕業だ。



ルイ
『どうして、また封印しようとするのですか。』


幽霊刀からルイが飛び出る。
その顔は深刻そうだ。

ルイ
『・・・どうして避けるんですか・・・。』

キュピル
「この箱に仕舞わなければ幽霊刀を使い続ける。
・・・幽霊刀に俺が乗っ取られる・・・。あのクノーヘンジュニアとの戦いで更に分った。
このまま使い続けていたら間違いなく俺は・・・・。」

ルイ
『幽霊刀に操られる・・もとい、私に操られるのが怖くなったのですか?
それとも単純に私の事が嫌いになったのですか?』

キュピル
「い、いや。そういうことでは・・・。」

ルイ
『・・・ふふっ、冗談で言っただけですよ。キュピルさんは変な所で動揺しますね。』

キュピルが一度溜息をつく。

キュピル
「・・・わかったよ・・。一度幽霊刀の封印を解いてしまった俺だ。
自分の意思でもある程度コントロール出来るはずだから封印しないでおく。」

ルイ
『ふふっ、私がその気になればキュピルさんの意思なんて容易く折れますけどね。』

キュピルが一度溜息をつき、幽霊刀を鞘に収納する。
収納した瞬間、黒い光が幽霊刀へと吸い込まれルイも一緒に消えて行った。
部屋の隅へ幽霊刀を置く。

・・・幽霊刀が鈍く光っている。


==キュピルの家・クエストショップ


キュピルが私室から出た瞬間、目の前にキューが立っていた。

キュピル
「うわっ。びっくりした。」
キュー
「・・・・・・。」

キュピルが一度咳払いし

キュピル
「・・・さて、マキシミンに大分絞り取られたが手元に10万Seed残った!今日は美味しい物でも食べにいくかー。」
キュー
「・・・・・・。」
キュピル
「ん?どうした?疲れたか?」
キュー
「・・・どうしても分んない。何でお父さんは手柄をマキシミンにあげたの?
あんなに仕事欲しい欲しいって叫んでたのにいざ大きな仕事が来たら・・・。」
キュピル
「・・・大人の事情があるんだ。子供は難しい事考えずにとりあえず楽しく生きろ。」
キュー
「・・・・。」
テルミット
「そんなに悩んだ顔をしてますと怖い顔になってしまいますよ。」
キュー
「にひひ。笑ってる方が多いから大丈夫!
・・・・それより何でテルミットがまだいるの。帰らないの?」
テルミット
「自宅に帰っても何もありませんし、今はやることもありませんから。」
キュー
「さり気なく馴染んじゃってるよね。前世に一緒に過ごした仲間だから大歓迎だけどな〜!」
テルミット
「アハハ、面白い事言いますね。」
キュピル
「全くだ。」
キュー
「信じてくれないのが凄く寂しい・・・。」
キュピル
「さ!そんなことより今日は食うぞ食うぞ!!肉だ肉!!」
キュー
「肉〜!」

親子揃って手を上にあげる。
その姿を見てテルミットが苦笑する。

キュー
「ところで何処で食べるの?ナルビクって海鮮系がメインのお店が多い気がするんだけど・・。」
キュピル
「カウルのお店に行く予定だ。」
キュー
「えー!!カウルまで歩きたくない!!」
キュピル
「テレポートが出来る人物がすぐ近くにいるじゃないか。」

キュピルがテルミットに向き直る。

テルミット
「あ、えっとー・・。僕が使うテレポートは一人しか移動できないテレポートでして・・・。」
キュピル
「何だって・・・。テレポートって全員移動できる代物じゃなかったのか。」
テルミット
「全員移動するテレポートも一応ありますよ。テレポートオールっていう名前で。
・・・ちょっとまだ技術が追い付いていなくてテレポートオールはまだ使えません。すみません。」
キュピル
「謝らないでくれ。こっちが無茶ぶりしただけだから。それにもう一つ楽に移動できる手段がある。」
キュー
「何々?」

キュピルが私室に一旦もどり、引き出しから二枚の白い羽を見せる。

キュピル
「神鳥の羽だ!」
キュー
「あ!それって確か好きな街に移動できる羽だったよね?」
キュピル
「カウルのビエタに頼まれた時にもこの羽を使ったな。これでさっそくカウルに行こう。
テルミットさんは・・・テレポートでいい?」
テルミット
「はい、もちろんですよ。それではお先にテレポートしますね。」

そういうとテルミットが魔法を唱え緑色の光に包まれながらテレポートした。

キュー
「・・・ねぇ、お父さん。」
キュピル
「何だ?」
キュー
「この神鳥の羽。ちょっと黒ずんでない?」
キュピル
「・・・・そうか?」

確かに黒ずんでいるようにも見えるが・・・・。

キュー
「ビエタさんに渡された時は真っ白な羽だったよね。」
キュピル
「うーむ・・・。かなり安く売られていたから買ったんだが・・・・。怪しいか?」
キュー
「・・・・・。」

キューが居た堪れない目でキュピルを見る。

キュー
「やめたほうがいいんじゃないー?これ絶対偽物だよ。」
キュピル
「いや、そんなことはない。」
キュー
「その確信は一体どこから来てるんだー!!」
キュピル
「とにかく!俺達もワープするか。」
キュー
「テレポートとワープの違いって何?」
キュピル
「・・・秘密と内緒みたいなものだろ。」
キュー
「・・・何今の意味不明な説明。」

キュピル
「うるさいなぁ・・・。」
キュー
「おーおー、娘に暴言を吐く父親!!」
キュピル
「都合の良い所でその台詞を使うなって!」

キュピルが神鳥の羽を一枚、キューに押し付け使用する。
キューもすぐに心の中でカウルを念じながら使用しワープする。






==カウル

テルミット
「・・・・・・。」

先にテレポートしてから15分経過したがまだキュピルとキューがやってこない。

テルミット
「ハプニングでも起きたのでしょうか・・・。」

テルミットが再びテレポートを唱えキュピルのクエストショップへ移動する。



==キュピルのクエストショップ

テルミット
「キュピルさん、キューさん。どうかしましたか?
・・・って、いない・・・?」








==???


キュー
「ほらやっぱり!!偽物じゃんかー!!」

キューがキュピルの手を叩きまくる。

キュピル
「ま、まぁまぁ・・・・。」

飛ばされた場所はまったく知らない街。
モンスターのいるフィールじゃないだけマシとは言える。

キュピル
「とりあえず運がよかったって呟いてもいいんじゃないか?」
キュー
「何で?」
キュピル
「モンスターのいるフィールじゃないし、ここは異国っぽそうだ。
異国の食文化に触れることができるじゃないか。」
キュー
「んー・・・・。確かにここは異国だけど・・・。アタシここ来たことある。」
キュピル
「本当か?・・・って、まさか前世でっとか言わないよな?」
キュー
「にひひ。よくわかってるじゃん!お父さん!勿論前世で来たことあるぜ!」
キュピル
「はぁ・・・また前世か。でも構造が変わってないならキューに道案内頼めそうだな。」
キュー
「まー、龍泉卿で美味しいお店一応知ってるから紹介してあげるか〜。
・・・ところでテルミットはどうするの?」
キュピル
「さり気なく呼び捨てで呼んでるよな・・・・。
テルミットさんは・・・・。・・・・まぁ、危険地帯に送りつけた訳じゃないから多分何とかなるだろう。
合流した時に訳を話せばいいさ。さ、とりあえず食べにいこう。案内頼んだ。」
キュー
「にひひ、案内頼まれちゃったぜ。」

キューが先頭を取り、時々走ったり歩いたりして進む。
・・・正直面倒だ。

キューの後を追いながら景観を眺めるキュピル。
・・・どうやらこの街は竹林に覆われているようだ。
建物はナルビクと違い屋根が派手で龍らしき小さい石像が乗っかっている。
色もナルビクのようにコンクリート一色ではなく落ちついた色。

時々通りすぎる住民も物凄く厚い布の服を着ており何から何までナルビクと違う。

キュピル
「暑くないのか・・・?あんな暑い服を着て。」
キュー
「あれは和服って言うんだぜ〜。」
キュピル
「和服?・・・ふーむ。それにしても変わった街だ。ここはなんていう街なんだ?」
キュー
「龍泉卿っていう街!!ナルビクとかにある結界石とはまた違う特殊な結界がこの街全体を覆ってて
普通は中々この街に入れないんだけど・・・・。」
キュピル
「ますます運が良いな。・・・・それで、キューの前世の記憶ではあとどのくらいで店につくんだ?」
キュー
「あと五分!・・・・・ん。」

キューが目を細めて遠くを見る。
・・・人だかりが出来ている。

キュピル
「・・・なんだなんだ?」




和服を着た女性
「ふっ、そのような攻撃がワシに当たると本気で思っておるのか?」
フルプレートを身に付けた男性
「へっ、そんな事ほざいているが避けているだけで俺に反撃一つも与えられていねぇ!
これじゃ俺の重たい一撃が直撃するのも時間の問題だな。」

刀を持った紅い髪の女性と巨剣を持った紅い髪の男性が戦いを繰り広げていた。

キュピル
「おいおい、喧嘩か・・・?」

野次馬や刀を持った女性は皆和服という服を着ているが、巨剣を振り回している男性は
ナルビクでもたまに見かけるフルプレートを身につけて戦っている。

キュー
「フルプレートって何?」
キュピル
「フルプレートってのは見ての通り、全身に鋼鉄の鎧をつける装備のことだ。
普通は頭にも硬いフルヘルメットを被るんだが・・・あの男は装着していないな。」
キュー
「ふーん。」
キュピル
「・・・ところで、フルプレートを知らなかった癖にどうして突然説明を(ry
キュー
「にひひ、大人の事情!・・いや、子供の事情!!」


フルプレートを身に付けた男性
「うおおおおぉぉぉぉっ!!!」
和服を着た女性
「っ・・!?」

フルプレートを身に付けた男性が巨剣を前に突き出す。
巨剣が和服を着た女性の袖を突き破る。

琶月
「あぁぁぁっっっ!!師匠の高い和服がぁぁ!!!」

キュー
「あ、琶月。」

琶月
「げっ!!いつかの電波少女!!!」
キュー
「電波じゃないやい!!」

キューが琶月の背中に飛びつき、頭をがぶっと噛む。
琶月が悲鳴を上げながら回転しキューを振り落す。

キュピル
「いつかの人物じゃないか。名前・・・えーっと・・・一撃でやられた人・・・。」
琶月
「琶月です!!!ってかさっきそこの電波少女が
私の名前を言ったじゃないですか!!!」


キュー
「もう一回噛むぞー!!」
琶月
「す、すみません!!・・・って何で謝らなきゃ(ry」

キュピルがキューの前に立つ。キューがキュピルの背中をビシバシ叩く。

キュピル
「琶月が今師匠って叫んだ人物ってもしや?」
琶月
「その通り!!我らの紅い道場当主様!その名も輝月様です!!!」


フルプレートを身に付けた男性
「貰った!!」

輝月の一瞬の隙をついて巨剣を投げつける。
直撃するかと思われたが・・・。

輝月
「ふっ・・。」

輝月が不敵な笑みを浮かべ直撃する瞬間に横にステップして攻撃を回避する。
そのまま武器を持っていないフルプレートをみにつけた男性に勢いよく突進し刀で首を斬りつけようとする。
しかし籠手で攻撃を防がれ鍔迫り合いに近い状態が起きた。

キュー
「ふーん、輝月あんまり強くないなぁー・・・。」
琶月
「な、な、な、何を言うんですかああぁぁぁぁっっっっ!!!!」


キュー
「私の知ってる輝月はもっと強かった!!」
キュピル
「・・・キューの話しはともかくとして・・・。
・・・輝月とやらがイマイチ強さを感じられないのは一理あるな・・・。」
琶月
「ふ、二人して酷い事を!!」


フルプレートを身に付けた男性
「へっ、ここまで飛びこんできて。勝ち目があると思ったのか?」
輝月
「ぬぅっ・・・!」

キュピル
「(しかし何故だろうか・・・。幽霊刀を使わなかったら間違いなく輝月とかいう人は
俺より遥かに強いのは分る。・・・わかるが・・・無くても勝てそうだなって思えてしまう。
この矛盾は一体・・・。)」

その時、鍔迫り合いに新たな動きが起きた。
フルプレートを身に付けた男性が輝月を思いっきり突き飛ばした。
輝月が後ろによろめくとすかさずフルプレートを身に付けた男性が輝月にタックルをあびせ吹っ飛ばす。
そのまま輝月は背中から落ちて地面を強打するかと思われたが身をひるがえして華麗に着地する。

輝月
「今度はワシの番じゃな?反撃に移らせて貰う。」
フルプレートを身に付けた男性
「はっ、それはどうかな?」

フルプレートを身に付けた男性が腕を前に伸ばし、握りしめるような動作を取る。
そして見えない何かを自身に引っ張るかのような動きをする。
一見何をしているのか分らなかったが、その時。突然輝月が呻き声をあげバタリと倒れた。
背中からお腹にかけて巨剣が貫通していた・・・。

琶月
「し、師匠!!!!」

眺めていた琶月がすかさず輝月の元までかけよる。

フルプレートを身に付けた男性
「っしゃぁっ!!俺の勝ちだ!!!」

野次馬がざわざわと騒ぎ始めた。
どうやら輝月が負けたことに驚きを隠せないでいるらしい。

キュピル
「うわ!!流石にこれはやばいだろ!!」

キュピルが輝月の容態を確認する。
琶月が懸命に巨剣を引っこ抜こうとしていたが制止させる。

キュピル
「迂闊に巨剣は引っこ抜かないほうがいい。出血多量の原因になる。」
琶月
「師匠!!師匠おぉぉぉ!!死なないでください!!!!」
フルプレートを身に付けた男性
「そんな奴ゴミ捨て場にでも投げておけばいい。」
キュピル
「おい、お前。何があって喧嘩だか決闘だかしてたか知らないが今の発言は聞き捨てならないな。」

キュピルが立ちあがりフルプレートを身に付けた男性のすぐ傍まで近寄る。
・・・キュピルより20cmぐらい背が高い。少し見上げる形になってしまう。

キュピル
「名前は?」
フルプレートを身に付けた男性
「ヘル。俺から言わせてもらえば自業自得だ。俺の事を見下しやがって。女に負ける程弱くねぇ。」

キューが遠くから眺めている。

キュー
「(・・・やっぱりヘルだったんだ。・・・前世でも輝月とヘルは凄く仲が悪かったけど・・・)」

キュピル
「・・・本当なら俺が仇を取ってやりたいところだがあいにく武器を持ち合わせていない上に
早く輝月を助けてあげなければいけない。」

キュピルが再び輝月の傍に座り込み、どこから手をつければいいか考え始める。

ヘル
「ふん、本当は勝てないのを知ってるからそう言ってるんだろ?」

またしてもキュピルが立ちあがり、ポケットから一枚の名刺を取り出してヘルを押し倒す勢いで見せる。

キュピル
「ここに俺の住んでいる住所が書いてある。絶対倒してやるからかかってこい。」
ヘル
「・・・俺にこんな風に挑戦状をたたきつけてくる奴は滅多にいない。死んでも文句言わせないからな。」

ヘルがキュピルの持ってる名刺を荒々しく受け取る。
受け取ったのを確認すると再び輝月の傍まで戻る。

琶月
「あわわわわ・・・・・。」
キュピル
「とにかく早くテルミットを呼ばなければ・・・。
だがどうやって呼べばいい・・・。」
ヘル
「ん・・・。お前テルミットの知り合いか?」
キュピル
「・・・そうだが?」
ヘル
「・・・・・・。」

ヘルが無言でポケットからペンライトらしきものを取り出し、それを天に掲げる。
先っぽが発光する。
・・・そのまましばらく眺めていると突如テルミットがテレポートしてきた。

テルミット
「どうかしましたか、ヘルさん。」
ヘル
「あいつ、お前の知り合いだろ?呼んでたぞ。」
テルミット
「・・・・あぁ、キュピルさん。龍泉卿に・・・って、その人どうしたんですか!!?」
キュピル
「事情は後だ。この人を助けてくれ。」
琶月
「お願いします・・・お願いします!!!」

琶月が泣き喚きながら懇願する。

テルミット
「・・・こ、これは・・・かなり厳しいですね・・・。僕が運営する病院に連れて行ってあげなければ・・。
とにかく巨剣をまず引っこ抜いてください。」
キュー
「巨剣引っこ抜くよ。んんんー!」

キューが一生懸命引っこ抜こうとするが抜けない。キュピルが力を貸してやっと巨剣を引っこ抜く。

キュピル
「(なんて重さだ・・・。100Kgはあるんじゃないのか・・・?)」

物凄く重い巨剣を渾身の力で持ちあげヘルに投げつける。
その巨剣を片手でキャッチしてしまうヘル。

キュピル
「(・・・化け物だな)」
琶月
「あわわわ・・・あわ・・わ・わ・・わわわ・・・し、師匠の背中に大きな穴がぁ・・・。」

テルミットが即座に魔法石を取り出し輝月の傷口に埋め込める。
そして輝月の手に神鳥の羽を握らせテルミットもテレポートを唱えて何処かに移動していった。

・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・。

ヘル
「・・・・。」
キュピル
「待て。」

ヘルが無言のまま立ち去ろうとした時、キュピルが呼びとめた。

ヘル
「何だ?」
キュピル
「・・・ありがとう。」
ヘル
「・・・ふん。」

そのままヘルは何処かに行ってしまった。

キュピル
「・・・何だか飯食いに行く気分じゃなくなっちまったな。」
キュー
「・・・そうだね・・。」
琶月
「師匠ぉお・・・・。」
キュピル
「テルミットが何処に行ったのか分らない以上待つしかない。
クエストショップで待つしかない。琶月も来るか?」
琶月
「師匠の容態がいち早く分るなら行きます!!!」
キュピル
「わかった。」

キュピルがポケットから黒ずんだ神鳥の羽を取り出す。
それをみたキューが即座に奪い取り何重にも千切って何処かに投げつけてしまった。

・・・結局、龍泉卿に存在する魔法商店から高い金額を払って神鳥の羽を購入した。






==キュピルの家・クエストショップ




深夜二時。

キューは私室で既におやすみモードに入っている。
琶月は輝月が戻ってくるまでずっと起きていると叫んでいたが泣き疲れたのか途中で寝てしまった。
今は私室で寝かせている。


キュピル
「・・・・・・・。」



ヘル
『・・・俺にこんな風に挑戦状をたたきつけてくる奴は滅多にいない。死んでも文句言わせないからな。』



キュピル
「我ながら豪いことしちまった」

ルイ
『あら、怯えているのですか?』

キュピル
「そんなことはない。ただ感情に身を任せて思わずやっちまったなって。」

ルイ
『・・・・六年ほど昔。まだキュピルさんが幽霊刀を好んで使っていた頃は
感情に身を任せて全て動いていましたね。今も変わってないってことですね。』

キュピル
「・・・・・。」

ルイ
『ヘルさんが来たら戦うつもりですか?』

キュピル
「正直な気持ちを言うと今は少し面倒だ。しかし出してしまったものは仕方がない。来たら勝負する。」

ルイ
『その時は私を使いますか?』

ルイがすぅーっと移動し両手で幽霊刀を持ち上げる。
・・・もし、この場に人が居たら勝手に幽霊刀が浮いているように見えるだろう。

キュピル
「使わなければ絶対に勝てない。・・・残念だけど生身の俺はそんなに強くないから・・・。」

ルイ
『私に頼らなければキュピルさんは勝てない。いつかは私なしで強くなりたいと思っているようですけど
それは叶いそうもありませんね。』

ルイが魅惑の笑みを浮かべながらキュピルの目前に接近する。
ルイが生きている人間であるならば吐息が当たってしまいそうな距離。

ルイ
『私のご機嫌を取っておいたほうがいいですよ?
私への依存度が強くなればなるほどキュピルさんを操るのは容易くなりますからね・・・・。』

キュピル
「そんな事言うから封印しなければいけなくなる。この場で封印してもいいぞ。」

ルイ
『生身でヘルさんと戦うつもりですか?勝てるならそれでもいいですけど。』

キュピル
「・・・少し憎たらしい存在になったな、ルイ。」

ルイ
『ふふふ・・・・。』

キュピル
「・・・貴族に連れて行かれる前のあの清楚なルイに戻ってほしい。」

ルイ
『・・・・・・。』

ルイがしばらく無言になった後、宙を見つめながら喋る。

ルイ
『・・・あの時。私が死ななければ幽霊刀にとりつく必要もなかったのですが・・・・。
・・・幽霊刀の力は偉大です。・・・身も心も何もかも汚されていく。
私はもう元には戻れません。』

キュピル
「戻ってるじゃないか。今のその状態。昔のルイにそっくりだ。」

ルイ
『・・・そうですか?』

キュピル
「ああ。」


その時、突然緑色の光が目の前に現れた。
即座にキュピルは幽霊刀を鞘に収納し立ちあがる。
緑色の光からテルミットと輝月が現れた。

テルミット
「あぁ、キュピルさんまだ起きていてくれましたか。」
輝月
「琶月はどこじゃ。」
キュピル
「おかえり。・・・もう完治したのか?」
テルミット
「はい。元通りですよ。」
キュピル
「それはよかった。」
輝月
「お主!!聞こえなかったか!?早く琶月を出せ!」
キュピル
「おぉっと・・・。ヘル以上に威勢のいい方だ・・・。」

輝月がキュピルの襟首を掴み揺さぶる。

輝月
「二度とあやつの名を口に出すな!!聞くだけで腸が煮えくり返る!!」
キュピル
「アヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァヴァ」

キュピルを揺すり、最後には突き飛ばす。
・・・助けてあげたというのに全く感謝の気持ちが見られない。
プライドが滅茶苦茶高いようだ。

その時、私室から琶月が飛び出て来た。

琶月
「そ、その声はぁ・・・。し、師匠おおおおぉぉぉぉぉぉーーーーーーー!!!!!!!!」

琶月が輝月に飛びつく。
が、抱きつく瞬間に輝月がサッと横に避け琶月が地面に激突する。

琶月
「ぐえっ!!」
輝月
「帰るぞ、琶月!!」
琶月
「は、はい!!そのキュピルさん!!一度だけではなく二度も助けて頂いてありがとうございました!!」
キュピル
「テルミットに礼を言ってくれ。」
テルミット
「呼んだのはヘルさんですから一番礼を言わなければいけないのはヘルなんですけどね。」
輝月
「お主、斬るぞ!!」
テルミット
「す、すみません・・・・。」
琶月
「師匠・・・あの、一応命の恩人なんですから・・・。」
輝月
「・・・・ふん。」

輝月がクエストショップを出て行こうとしたその時。キュピルが輝月を呼びとめた。

キュピル
「輝月。」
輝月
「ワシを呼び捨てで呼ぶな!!」
キュピル
「ぐぬぬ・・・。・・・輝月さん。近いうちクエストショップにヘルがやってくるかもしれません。
一応お伝えしておきます。」
輝月
「・・・・ほぉ?」

輝月がいかにも「良い事を聞いた」とでも言いたそうな顔をする。
そのまま無言でクエストショップを出て行った。
琶月が一度慌てながら礼をし輝月の後を追う。

テルミット
「何故ヘルさんがまた来るようなことを伝えたのですか・・・!
下手すればまた・・・。」
キュピル
「いや、そうはさせない。」

キュピルがテルミットに幽霊刀をチラッと見せる。
テルミットが「あぁ〜・・・」と納得したような表情を見せる。

テルミット
「・・・それにしてもヘルさんは何一つ変わらない・・・。」
キュピル
「ヘルの事何処まで知ってる?」
テルミット
「実は僕とヘルさんは幼馴染でして・・・」
キュピル
「そ、そうなのか!!?」
テルミット
「はい。元々は僕も冒険家だったのですが・・・ちょっと訳あって今は医者をやっています。」
キュピル
「・・・ふむ・・・。・・・ふぁぁ〜・・・。」

キュピルが大きなアクビをする。

キュピル
「しまった・・。無意識でアクビしてしまった。」
テルミット
「もう夜も遅いですから。寝たらどうですか?」
キュピル
「そうするよ。それじゃおやすみ。テルミットさん。」
テルミット
「はい。」

テルミットがテレポートを唱え何処かに移動していった。恐らく自宅だろう。
キュピルも私室に入り寝る支度を済ませる。

キュー
「うぅーん・・・。琶月ぃ〜・・・。」

キューが寝言を言いながら枕に抱きついている。

キュピル
「何で琶月にそこまでこだわっているのか・・・。」

・・・小さな明りを消しキュピルも床に就いた。





続く



キュピル
「(・・・・やべ、そういえば夜飯食べてない)」



追伸


ちょっと短くてすいません。



第六話 『酒場に集う人と感情』


輝月とヘルに出会ったキュピルとキュー。
何か思いついたキュピルのようだが・・・?




・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・。


キュピル
「いらっしゃいませ、ご注文はいかがなさいますか?」
バンダナを結んだ青年
「生ビールと酢ダコで。それと船長来たら教えてくれ。ここでズル休みしてるのがばれたらまずい。」

そういうとバンダナを結んだ青年が卓上にドンと札と小銭を置く。
それをキュピルが回収し一礼する。

キュピル
「かしこまりました。少々お待ち下さいませ。」

キュピルがオーダーの伝票をキッチンに持っていく。

キュピル
「キュー、オーダーだ。生ビールと酢ダコ。」
キュー
「何で飲食店でアルバイトしてるんだろう・・・。」

キュピル
「しょうがないだろう・・・。仕事が来ないんだから。」

ナルビクの一角に存在する「ブルー・ホエール」という名の酒屋でキュピルとキューがアルバイトしていた。
本来豪快な海の男達がここでオーダーを取ったり調理したりするのだが短期旅行で居ないため
キュピルとキューに任せることになった。

キュー
「素直に休業にすればいいのに!!」
キュピル
「海の男たちはこの店が休みになると困るんだってさ。それに仕事が来たから俺としては幸運と思っている。」
キュー
「貧乏なお父さん・・・もう泣きたい・・・。」

キュピル
うるさい、いいからはやく生ビール持っていてくれ。オーダー出たら頼む。」
キュー
「はーい・・・。」

キュピルが厨房で酢ダコを作り始める。
・・・作る程のことじゃないかもしれないが。




キュー
「はーい、生ビール。」
バンダナを結んだ青年
「ん、可愛いお譲ちゃんが出てきたな。お譲ちゃんもお手伝いか?」

キューがコクリと頷く。

バンダナを結んだ青年
「働き屋さんだなぁ。お父さんのためにも頑張れよ。」
キュー
「むしろお父さんがもっと頑張ってほしい。いや、頑張らせる。」

バンダナを結んだ青年
「はぁ・・・?」
輝月
「お主。私が頼んだクラーケンの白刺身はどうした。」
琶月
「あの、師匠。ここは先払いしなければいけないお店らしいのでお金を払わないと・・・。」
輝月
「琶月!!」
琶月
「は、はい!!」
輝月
「払うのだ。」
琶月
「酷い。」


琶月が泣く泣く自費で注文する。
キューがニヤニヤしながら二人のやり取りを眺める。

輝月
「第一あの殺めたい者は何時来るのだ・・・!キュピルという者が来ると言ったから
遥々遠出してまでここに来たというのに。・・・琶月!!」
琶月
「はい!?」
輝月
「米酒!!勿論琶月の自費でな?」
琶月
「ああああああああぁぁぁぁぁっっっ!!!」


マキシミン
「おい、ちびっ子。生ビール持ってこい。」

マキシミンが小銭をドンと机の上に置く。
別の席からも注文が聞こえる。

シベリン
「可愛いお譲さん、こっちにもブービングのサラダ炒めお願い。」

シベリンがキューにウィンクするが華麗に小銭だけ取って無視する。

シベリン
「あらら・・・。」
レイ
「・・・馬鹿。」

キュー
「うーん、何か今日はお父さんの知り合いが多い気がする・・・。」


キューがぶつぶつ呟きながらキッチンに走る。

キュー
「おとーさーん!クラーケンの白刺身注文入った!!あと、別のお客さんから生ビールと
ブービングのサラダ炒め。それと米酒!!」
キュピル
「あー、くそー。猫の手も借りたい状況だな!!」

キュピルがタコと格闘しながら叫ぶ。

キュピル
「こうなったら魔法を使うしかない!!」
キュー
「え!!?お父さん魔法使えるの!?」
キュピル
「勿論だとも。ちょっと目を瞑ってくれ。」

キューが期待した表情しながら目を瞑る。
その隙に幽霊刀をこっそり抜刀し適当な場所に放置する。

ルイ
『おや、こんな所で私を呼び出すなんて。暴漢でも来ましたか?』

キュピル
「(調理してくれ)」

キュピルが貯まったオーダーを指差す。

ルイ
『・・・う、うーん・・・・。』




キュピル
「目、開けていいぞ。」

キューがパッと目をあける。包丁と具材が勝手に動いている。

キュー
「す、凄い!!本当に魔法使っている!!」
キュピル
「どうだ、見直したか。」
キュー
「・・・・ん?」

キューが幽霊刀が端っこに置かれている事に気付く。
しかし幽霊刀から魔力を引きだしていると自己解釈しそのままスルーする。

ルイ
『私の声がキュピルさん以外に聞こえないからって言いたい放題ですね。』

ルイの文句をさらっと無視するキュピル。
ルイが溜息をつき、なれた手つきで調理を再開する。
死ぬ直前までメイドとして働いていただけの事はある。

・・・・。

キュピル
「(おっと、いかん。ぼーっとしてる場合じゃないな)」

調理はルイに任せすぐに出せる物を用意しよう。





キュピル
「生ビールと米酒お待ちのお客様。」

輝月とマキシミンが手を上げる。
先に席が近いマキシミンの所へ移動する。

キュピル
「・・・20万Seedぼったくったから贅沢しやがって。」
マキシミン
「あぁ?元々はお前が俺のボイスレコーダーをぶっ壊したのが原因だろ?」
キュピル
「・・・ったく。」

キュピルがドンと生ビールの入ったジョッキを置く。
マキシミンが「ククク」っと笑うとそれを一気飲みする。


キュピル
「米酒のお待ちのお客s・・・。」
輝月
「ワシの方から来ないとはいい度胸しておるな・・・・。」

輝月が物凄い目付きでキュピルを睨む。
圧倒的な威圧感に一瞬後ずさりする。

キュピル
「こ、効率よく作業しないと間に合わないんだって・・・。
第一何でこんな所に・・・・。」
輝月
「お主が『奴』が近々来ると言ったから待ってやってるのだ!!」
キュピル
「酒場にまで来るなんて無駄に律義だな・・・。」

米酒を卓上に置く。

輝月
「キュピルと言ったな?お主は『奴』と戦うつもりか?」
キュピル
「奴ってのは・・・ヘルのことか?」
輝月
「その名を口にするな!!聞くだけで腸が煮えくり返る!!」
キュピル
「何か口に出来ないって逆に輝月が恐れて口に出来ないって感じがするな・・・。」

その言葉に輝月が過剰に反応しキュピルの胸倉を掴んで揺する。

輝月
「そのような事は一切ない!!!貴様が望むなら何度でもヘルと叫んでやる!!」
キュピル
「アガガガガガガガ。」

琶月が何とか輝月を抑えて座らせる。

輝月
「全く、お主も癪に障る男じゃ・・・。」
キュピル
「俺何も悪い事していない。

とにかくこの米酒でも飲んで落ちつけって・・・。」

琶月がキュピルの腕を掴む。

キュピル
「ん?」
琶月
「・・・そ、その・・・。師匠にお酒飲ませると・・・。」
キュピル
「把握。」

琶月
「物分りがとても良くて助かります!!!」
輝月
「琶月・・・破門させるぞ。」

輝月がこれ以上ないぐらい恐ろしい目付きで琶月を睨む。
すぐに琶月が涙目になり土下座して輝月に謝る。
仕方なく米酒を卓上に置きその場から離れる。

厨房へと戻るキュピルの横をブービングのサラダ炒めを持ったキューが通りすぎていった。

キュピル
「(流石ルイだな・・・。作るの速い)」


カラン、コロン

店の入り口のベルが鳴った。新しいお客が入ったようだ。
カウボーイハットを被っており顎髭が中途半端に生えた渋い中年男性がカウンター席に座る。

キュピル
「いらしゃいませ、ご注文がお決まりになりましたr・・・」
カウボーイハットを被った中年男性
「ん、今日はビルドラクはいないのか?」
キュピル
「店主の事ですか?現在旅行に出かけており不在です。」
カウボーイハットを被った中年男性
「・・・そうか。・・・あんた、名前は?」
キュピル
「キュピルと申します。」
カウボーイハットを被った中年男性
「キュピルか。男性にしちゃ少し珍しい名前だな。俺の名前はディバン。暇だったら適当に話しに付き合ってくれ。」
キュピル
「分りました。」
ディバン
「とりあえずラム酒持ってきてくれ。ついでに海鮮鉄板焼きもくれ。」
キュピル
「かしこまりました。」

接遇用語を交えながら会話を進める。
厨房に戻ると既にルイがブービングのサラダ炒めを調理し終えていた。

ルイ
『キュピルさん、クラーケンの白刺身も調理しましたよ。』

キュピル
「助かる、それと海鮮鉄板焼きも作ってくれ。」

ルイ
『えぇっ!?凄く時間かかる物じゃないですか!』

キュピル
「さぁー、頑張れ頑張れ。」

ルイ
『・・・後で報復しますから。』

キュピル
「怖い事言う・・・。」

ルイがすぐに調理にかかりはじめる。
キュピルもクラーケンの白刺身を片手で持って運ぶ。




キュピル
「えーっと、クラーケンの白刺身を注文したお客さんは・・・・。・・・って、輝月か。」

厨房から少し離れた卓上まで移動する。
・・・・輝月が机の上に突っ伏している。

琶月
「・・・・・・・。」
キュピル
「お待たせしました、クラーケンの白刺身・・・って何で輝月がぶっ倒れてるんだ?」
琶月
「師匠お酒飲むとすぐ睡魔に襲われる特異体質らしくて・・・・。」
キュピル
「寝てるのか・・・・。てっきりすぐ悪酔いするのかと思ったがそういうわけじゃないんだな・・・。
で、このクラーケンの白刺身どうする?」

キュピルが卓上にクラーケンの白刺身を置く。

琶月
「え、えーっと・・・。・・・・返品で?」
キュピル
「お金が返って来なくてもいいなら戻そう。」

琶月
「食べます!食べまーす!!!」

琶月が懐から何故か箸を取り出しクラーケンの白刺身を食べ始めた。
大丈夫そうだと判断し厨房へ戻るキュピル。



シベリン
「お譲ちゃん大人になったら絶対魅力的なお姉さんになるね。絶対。」
キュー
「にひひ、よくわかってるじゃん!」
シベリン
「世間が許すというのであれば今すぐお付き合・・・。」

キューが180°回転して厨房へと戻る。

シベリン
「え?俺何か気に触る事言った?」
レイ
「・・・ロリコン。」
シベリン
「いぃっ!?ち、違!?」

キュピル
「(何やってるんだ・・・)」

バンダナを結んだ青年
「おーい、こっちにも海鮮鉄板焼き頼むよ。」
キュピル
「かしこまりました。」


伝票に卓上番号と注文を書き厨房へと持っていく。





ルイ
『はい!!海鮮鉄板焼き出来あがりました!!!』

キュー
「にひひ、お父さんの魔法凄いな〜!難しい料理もすぐ出来あがる!!」
キュピル
「凄いだろ?さて、また海鮮鉄板焼きの注文入ったから作らせr・・・。」

その時、まな板が勝手に浮かび上がり何故かキュピルを襲い始めた。

キュピル
「あいででで!魔法の反抗だ!?」


ルイ
『労いの言葉さえかけていれば反抗しなかったんですけどね・・・・!』


ルイがまな板を両手で持って反抗する。が、元々非力だったのかそれとも幽霊だからか
あるいは遊びでやっているのか。振り回すまな板もぶつかっても全然痛くない。
ルイが最後にキュピルの頭をまな板で叩くと再び調理に戻った。

キュー
「変わった魔法だな〜。」
キュピル
「だろ・・?」

小さな声で呟く。

キュピル
「・・・とりあえず海鮮鉄板焼き運んだら少し店を巡回するか。」
キュー
「アタシも巡回する!」

二人とも厨房を出る。

ルイ
『・・・・うぅーん・・・・。』







フロアーに戻るや否、いきなりキューが琶月の隣の席に座り雑談を始めた。
相変わらず琶月の何に固執するのがいまだによくわからない。

キュピル
「お待たせしました。海鮮鉄板焼きでございます。」
ディバン
「ありがとう。」
キュピル
「今なら雑談できますよ。」
ディバン
「若いの。料理は作らなくていいのか?」
キュピル
「魔法で作らせているので問題ありません。」

そう言いながらディバンの隣の席に座る。

ディバン
「魔法か。昔と比べて随分と便利な世の中になったもんだ。」
キュピル
「昔と比べて?昔にも魔法というのはあったと思うのですが・・・。」
ディバン
「あったが今ほど便利な物じゃなかった。なにしろ魔法の扱いが皆下手だったからな。
参考書すら少なかったし今こそ多いが魔法アイテムすらなかったぐらいだ。
それと若いの。こんな所で接遇用語使ったって意味がないから元の口調に戻したほうがいい。」
キュピル
「さようで・・?」
ディバン
「こんな場所で態度を気にする奴はいないだろう。」
キュピル
「・・・・それもそうか。」

指摘されたので元の口調に戻す。

ディバン
「・・・それと若いの。」
キュピル
「ん?」
ディバン
「・・・名前もう一度頼む・・・。」
キュピル
「キュピルだ。」
ディバン
「キュピル、わかった。今度こそ覚えた。」

ディバンが右手を前に軽く突き出して覚えたぞっとポーズを取る。
・・・・少し怪しいが。

ディバン
「キュピル。お前は普段どこで働いているんだ?」
キュピル
「ナルビクの角にある小さなクエストショップで働いている。」
ディバン
「ってことはキュピル、お前も冒険者なのか?」
キュピル
「冒険者のはしくれなのは間違いないが実はその小さなクエストショップでオーナーを務めている。」
ディバン
「ってことは人を使って稼いでるってわけか。」
キュピル
「いや・・・ところがうちのクエストショップは一味違う。
頼まれた依頼を他の冒険者に紹介するんじゃなくて自分で実行するんだ。
簡単な依頼だと引き受けてくれる冒険者も少ないがこっちではそんなことはない。
今回この酒場で働いているのもビルドラクに依頼されたから働いている。すぐに動けるってところがキーポイントだ。」
ディバン
「・・・・・・・。」
キュピル
「ん、どうした?」
ディバン
「お前のその目がいい。」
キュピル
「・・・目?」
ディバン
「ああ。自分の店を紹介していた時のその目。楽しそうな目をしていた。
この仕事をやって苦に思っていないんだな。」
キュピル
「苦に思う事はたまにあるがやめたいとは思わない。・・・なにより色んな所に行くのが好きだからな。」
ディバン
「・・・少し聞いてもいいか?」
キュピル
「ん?」
ディバン
「お前のクエストショップは人員募集してないのか?」
キュピル
「あー・・・人手を増やしたいなって思うときは結構あるんだ。ただ場所が狭くて・・・。
とてもじゃないが誰かを寝泊まりさせたりするスペースはない。」
ディバン
「一つ相談なんだが・・・。俺はトレジャーハンターってのを職業にしている。
僅かな手掛かりからダンジョンに眠る財宝を掘り出すんだが、とにかく自分から情報を探しに行くとえらい時間かかる。
そこでだ。お前のクエストショップの一員になってトレジャーハントの依頼が来たら俺に回してもらいたい。
勿論掘り当てた宝の一部はやる。どうだ?」
キュピル
「かなり唐突だな・・・。俺から見るとメリットしかないが・・・本当にいいのか?」
ディバン
「構わん。最近同業者が増えてトレジャーハントする機会が減ってきてて退屈している。
一日でも多くトレジャーハント出来れば俺はそれで十分だ。」
キュー
「分け前はディバンが3!依頼者が5!お父さんが2でどう?」
キュピル
「うお、キュー。」


キューがカウンター席の小さな隙間を潜ってキュピルの膝の上に乗る。

ディバン
「お前の娘か?」
キュピル
「いちお・・・」
キュー
「にひひ!そうだぜ!アタシはキュピルの一人娘だぜ。」

キューがキュピルの言葉を遮って大きな声で喋る。

ディバン
「元気な娘さんだな。・・・娘持つ年齢に見えないが・・・お前等歳いくつだ。
キュピル
「20。」
キュー
「12。」
ディバン
「お前・・・・・。」


キュピル
「もう察してくれ。」



キュピルが嘆きながら答える。「わかった、適当にこっちで解釈する」とディバンが流す。

キュピル
「一員になるのは大歓迎なんだがさっきも言った通り寝泊まりする所はないぞ?」
ディバン
「俺は俺でちゃんと家はある。ちょくちょくお前の所に顔を出しにいくからその時に依頼が来ていれば
俺に渡すだけでいい。元々トレジャーハントってのは時間がかかる。多少遅れても問題ないだろ?」
キュピル
「まぁそもそもギルドはトレジャーハントを受け付けてくれないから時間かかっても大丈夫だとは思うが・・・。
とりあえず了解した。これからはトレジャーハントの依頼も引き受ける。」
ディバン
「よろしく頼む。」

ディバンとキュピルが握手する。

キュピル
「おっと、そろそろ海鮮鉄板焼きが出来あがる頃だな。厨房に戻る」
キュー
「いってらっしゃいだぜ!」

キューがキュピルの膝から降りる。
キュピルが席から降りて厨房に戻るとさっきまでキュピルが座っていた席にキューが座る。

ディバン
「で、お前等はどういう関係なんだ?」
キュー
「正真正銘の親子だぜ。にひひ。」
ディバン
「・・・まぁ、適当に解釈するしかなさそうだな。」
キュー
「ところでディバン!お父さんのクエストショップの一員になったの?」
ディバン
「まだ正式にはなっていないが一員になろうとは思っている。」
キュー
「ディバンがクエストショップにいると心強いな〜。」
ディバン
「何故だ?」
キュー
「にひひ、前世で一緒に冒険したからな〜。ディバンの頼もしさはよく知ってる!!」
ディバン
「・・・・前世?」

ディバンが顔を顰める。半信半疑な気持ちになるのは無理もない。
キューが「にひひひ」と笑い続ける。

ディバン
「子供だから妄言吐くのも仕方ない」
キュー
「おーおー言ってくれるぜ。ところでディバンの事だから今みたいな契約は他にもしてるでしょ?」
ディバン
「・・・子供のくせに察しがいいな。」
キュー
「にひひひ。で、何件ぐらい跨いでるんだー?」
ディバン
「7件ぐらいだな。」
キュー
「・・・・・。」



ちょっと離れた席でキュピルが海鮮鉄板焼きを持って卓上に運んでいく姿が見えた。
・・・何故かお玉がゆらゆら飛んでキュピルの頭を軽く叩き続けていた。


ルイ
『あのー、キュピルさんー。私そろそろ幽霊刀に戻っていいですかー?』

ルイが軽くおたまでキュピルの頭を叩き続けるが無視されている。

キュピル
「お待たせしました、海鮮鉄板焼きでございます。」
バンダナを結んだ青年
「おっと、ディバンの話し聞いてなかったのか?こんな所で接遇用語使う必要なんてないさ。」
キュピル
「ん、ディバンと知り合いなのか?」
バンダナを結んだ青年
「ここブルーホエールの常連の一人だよ。うちの船長とよく宝の地図を取引しているから俺もよくしっている。」
キュピル
「ディバンのトレジャーハンターとしての実力はどうだ?」
バンダナを結んだ青年
「本物だね。そこら辺の自称トレジャーハンターとは一味違う。戦闘能力が一切ないのに
敵を上手くやり過ごしながら宝を持っていく。何度か修羅場は潜ってきた事があるらしいから
実力はかなりあるはずだよ。」
キュピル
「ほぉ・・・・。」

そんなディバンがうちのクエストショップの人員になる。
・・・・唐突ではあるが、確かにトレジャーハントの依頼ってのは滅多にみない。
冷静に見えたが実はある意味藁にもすがる思いで頼んだのだろうか・・・?

ルイ
『もう戻ります!』

キュピル
「いてっ。」

最後にコンと強めにキュピルの頭をお玉で叩き厨房に戻ろうとしたその時、新しいお客さんが入ってきた。


カランコロン

キュピル
「おや、いらっしゃいませ。」

5人ほどの団体客が入り空いている席が全て埋まってしまった。
これはまた少し忙しくなるかもしれない。
厨房に戻ろうとしたその時。


カランコロン


キュピル
「はっ、申し訳ございません。ただいま満席・・・」

キュピルより20cmほど背が高くフルプレートを身に付けた男・・・。

キュピル
「うげぇっ!?」
ヘル
「ん。・・・てめーそんな所にいたか。クエストショップにいないから逃げたと思ったぞ。」
キュピル
「俺も忙しいんだ。仕事しなければ食っていけないしな。」
ヘル
「ふん・・・。仕事が終わるまで待ってやる。・・・・む。」

ヘルが机に突っ伏している輝月の姿を発見する。
・・・一番見られたくないのを見られた。

ヘル
「こんな所にいつかの負け犬がいやがる。」

琶月
「はっ!!し、師匠。ささ。今日はもう帰りましょう・・・ね?」
輝月
「ぬぅ・・・なんじゃ琶月・・・・。」

ヘルが輝月に近寄りいきなり後頭部をガンと殴りつける。

輝月
「ぐぁっ!?」
ヘル
「どけ。満席だから座る所がない。」
輝月
「き、貴様ぁ・・!ここで会ったが100年目・・・。今度こそお主を殺す!!」
ヘル
「ふん、お前も運が悪いな。偶然足を踏み入れた所にまた出会っちまうとは。
地獄に叩き落としてやる・・・。」

鋭く睨む輝月に雁を飛ばすヘル。一触即発の状態に回りもシンと静まる。

キュピル
「はいはい二人とも、そ・こ・ま・で・だ!」

二人の間に割って入り肩を押して引き離す。

輝月
「邪魔じゃ!!」
ヘル
「どけ!!」
キュピル
「キュー、手伝ってくれ!」

キュピルがヘルを抑えつける。キューが輝月を抑えに入り、琶月も加わる。

琶月
「師匠!こんな所で喧嘩したって意味ないですよー!!」
輝月
「奴との決着にはお主の存在より遥かに意味がある!!」
琶月
「さり気なく酷い事を!!」

キュー
「きーつーきー!!!」

流石に体つきの良いヘルをキュピル一人で抑えるのは無理がありその場に居合わせたマキシミンに
協力を要請し、二人がかりで抑えつけようとするがそれでも抑えつけられない。

ヘル
「どけっ!」
キュピル
「うおっ!?」
マキシミン
「ぐあっ!・・・てめーいい加減にしやがれ!!」

マキシミンとヘルが乱闘し始める。
が、ヘルが巨剣を抜刀しマキシミンを威嚇する。

マキシミン
「ちっ・・・今は武器がない。丸腰であの巨剣は相手できねぇ!」
輝月
「邪魔じゃ!!」

輝月がキューと琶月を突き飛ばし刀を抜刀する。
そしてヘルと輝月が武器を前に突き出し互いに突進、そして鍔迫り合いの後決闘が始まってしまった。

シベリン
「ちょっとこれはまずいな・・・。流石にこんな事態は想定していなかったから武器持ってきてない・・。」
レイ
「・・・・・。」

キュピル
「やばいやばい!!」

キュピルが慌てて厨房に戻る。




キュピル
「(ルイ!!)」

心の中でルイの名を叫ぶ。
ちょうど幽霊刀に戻ろうとした瞬間だった。

ルイ
『・・・あら、どうかしましたか?』

ルイがふてくされながら答える。

キュピル
「(ルイの力が必要だ!!)」

ルイ
『私はもう料理作りませんよ!!』

キュピル
「(そっちじゃない!!純粋にルイ『の』力を貸してくれ!!!)」






輝月
「お主だけは絶対に生かして帰さぬっ・・・!!!」

輝月が怒涛の勢いで攻め続ける。龍泉卿で戦った時はヘルが攻めまくっていたがあの時と逆転し
今は輝月が押している。

ヘル
「この猪口才な!!」

ヘルが巨剣を一振りする。輝月の刀がヘルの鎧を突いたが弾かれてしまった。
だが輝月はよろける事はなくヘルの攻撃を回避すると更に攻め続けた。

ヘル
「なんだこいつ・・・!?」
輝月
「殺す・・・!ここでお主を抹殺する・・!!」

琶月
「いけー!師匠ー!!やっちゃってくださいー!!」
キュー
「うっ・・・。アタシとしてはどっちも死んでほしくない・・・。何とか止めないと・・・。」

その時、冷たい空気がフロアーに流れた。
輝月とヘルの間に何かが一瞬で割り込み二人を壁へと叩きつけた。

輝月
「ぐっ!!?」
ヘル
「うがっ!?誰だ!!」
キュピル
「こんな所で喧嘩するな!!店が壊れたら俺の責任になる!!!」

幽霊刀を持ったキュピルが叫ぶ。
・・・刀から黒いオーラーが湧き続けておりキュピルの周囲を渦巻いている。

ディバン
「ん、あれは・・・。・・・まさか噂の黒鬼のキュピルか!?」
バンダナを結んだ青年
「こ、黒鬼のキュピル・・!?悪い、俺は逃げる!!!」

黒鬼のキュピルと聞いた何人かがすぐさま店から逃げるようにして出ていく。

キュー
「(黒鬼のキュピルって聞いた何人かの人たちが逃げていく・・・・。
歓声だとか見物客が寄って来ない・・・・?)」


輝月
「キュピル・・・お主・・。今何をしでかしたか分っておるのか!!?」
ヘル
「戦いに水を注すような真似は俺は一番大っ嫌いなんだよ!!」
キュピル
「二人がまだ決闘を続けるというのであれば悪いが俺はここでお前等を『倒す』。」

圧倒的な威圧感に一瞬二人がたじろぐがすぐに突進しキュピルに襲いかかった。


キュピル
「(来る・・・!!)」

身構えた瞬間、突然周りの景色がモノクロ調になり二人の動きが止まった。
二人だけじゃない。キュー、琶月、ディバン、他の人達も皆瞬き一つ動かなくなった。

・・・そして俺も動けなくなっている。

ルイ
『キュピルさん。・・・二人を同時に相手する事の意味を分っていますか?』

ルイが動けなくなっているキュピルの前にふわりと舞い降りる。

ルイ
『二人を倒すにはそれ相応の力が必要ですよ?』

キュピル
「・・・・・・。」

ルイが黒い玉をキュピルの前に見せる。

キュピル
「それは・・・・。」

ルイ
『キュピルさんが15歳の時に解放したあの玉と全く同じ物です。
・・・私を封印する切っ掛けになったものです。』

キュピル
「二人を倒すのにそんな巨大な力は必要ないはずだ!」

ルイ
『いいえ。・・・キュピルさんは気付かないのですか?二人の実力は予想以上のものですよ。
・・・ここでこのパンドラの箱を開けなければ無傷ではすみません。』

キュピル
「・・・・・・。」

ルイ
『・・・迷っていますね。でももう後戻りできません。」

キュピル
「・・・え?」

ルイ
『・・・キュピルさんを操らせてもらいます。」

キュピル
「・・・・!!!!」

ルイが黒い玉を握りしめ破裂させる。








キュピルに向かって突進したはずのヘルと輝月が気がつけば再び壁に叩きつけられていた。


キュー
「・・・・・?」

・・・さっきのキュピルと何かが違う。

ヘル
「何だ、今の突風は・・・・。」

キュピルが右手を前に突き出し、レバーを引くような動作をする。
その瞬間、ヘルがキュピルの方に引き寄せられキュピルの持っている幽霊刀がヘルの鎧事叩き斬った。

ヘル
「うぐあぁぁっ!!!」

ディバン
「あの重鎧を刀で叩き割ったか!?」
マキシミン
「まずい!!キュピル、目覚ましやがれ!!!」
キュー
「え?」

マキシミンが何かに気付いたらしく即座にキュピルに飛びかかる。
その時、突然膝の力が抜けマキシミンがその場に横たわる。

マキシミン
「なんだ・・・?足に力が入らねぇ・・・。」

キュピルが輝月に向き直る。

輝月
「っ・・・・・。」

輝月が刀を構え直すがキュピルから溢れ出るプレッシャーと今の光景を見せつけられたせいか
刀先が震えている。慌てて琶月が二人の間に割り込む。

琶月
「あ、あのー・・・。キュピルさん!?ほら!とりあえず片方が倒れましたから!!喧嘩終了です!!
だから・・・えっとー・・・。これ以上戦う必要なしです!!」

琶月が作り笑いしながら語りかける。


キュピル
「・・・・ぐっ・・・・うおぉぉぉぉぉぉっ!!!!!

琶月
「ヒィッ!!!」


琶月がその場に伏せる。・・・・が、キュピルはただ刀を鞘におさめただけだった。

琶月
「あ、あれ・・・?あ、話し通じた・・?流石キュピルさん!物分りがとてもいいです!!」
ディバン
「お前の語りかけがとても通じたようには見えなかったが・・・。」
キュピル
「はぁ・・・・はぁ・・・。」

全身から汗が噴き出ている。
・・・心拍数が物凄くあがっている。

・・・被害が拡大するのを防いだ。

・・・・・・・。

だめだ・・・。・・・ルイは五年たった今も変わっていない・・・・。
・・・何回か抜刀して以前より鋭さがなくなったから大丈夫だと思ったが・・・。
違う。あの時みたいにまだ隙を狙っている・・・。

このままじゃいつか完全に支配される・・・。

キュー
「・・・・お父さん?」
キュピル
「・・・大丈夫だ、キュー。」

大きく深呼吸し立ち上がる。
輝月がまだ刀を構えている。

琶月
「師匠、もう終わりましたから刀を納めてください!!」
輝月
「・・・!・・・・そ、そうじゃな・・・。」

まるで今気付いたかのように慌てて刀を鞘に納める。

キュピル
「・・・ヘルに重症を負わせてしまった。確か懐にテルミットを呼ぶ謎のアイテムがあったはずだ。」

倒れているヘルの懐に手を忍び込ませる。・・・細長い物が手にふれた。

キュピル
「これか。」

ペンライトのような物を取り出す。それを頭上に掲げると緑色のライトが光り出した。
・・・しばらくして目の前にテルミットがテレポートしてきた。

テルミット
「また何かありましたか?・・・・って、あ、あああぁぁあぁっ!!ヘルさん!!!」

倒れているヘルの元にテルミットが駆け寄る。

テルミット
「キュピルさん!一体ヘルさんに何が!?」
キュピル
「すまない・・・。俺がヘルを叩き斬った。」

キュピルが幽霊刀をテルミットに見せる。
一度テルミットが固唾を飲みもう一度喋る。

テルミット
「・・・とにかくヘルさんを治療してきます。」
キュピル
「頼む。」

テルミットがヘルの手に神鳥の羽を握らせテレポートを唱えながら二人は何処かに移動した。


・・・・。

・・・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

ディバン
「飯食う気分じゃなくなっちまったな。」

気がつけばこの場にはシベリン、レイ、マキシミン、ディバン、琶月、輝月、そしてキューしか居なかった。

キュピル
「・・・契約違反だが閉店しよう。」
シベリン
「帰ろう、レイ。閉店だ。」
レイ
「・・・・・。」

レイがコクリと頷き店を後にする。

マキシミン
「・・・・キュピル。」
キュピル
「分ってる。・・・・・・・。」

キュピルが幽霊刀を見続ける。



ルイ
『ふふふ・・・・。』


キュピル
「!?」


キュピルが後ろを振り返る。・・・しかしルイの姿はない。

キュピル
「(・・・抜刀していないのに声が聞こえた・・・?)」

マキシミン
「おい、キュピル。聞いてんのか!」
キュピル
「いでっ。」

マキシミンがキュピルの頭を叩く。

マキシミン
「とにかくその幽霊刀はとっとと封印しろ。クノーヘン終わった後でもその幽霊刀を封印していなかった事に
俺は驚いたぞ。」

・・・キュピルがマキシミンにしか聞こえないように小声で喋りかける。

キュピル
「・・・一度昔のルイになった気がしたんだ。・・・ルイ自身が幽霊刀の束縛から抜け出しつつあるのかと
思った・・・そして封印しなくても大丈夫かもしれないっと判断した。・・・だけど何も変わっていなかった。」
マキシミン
「・・・少し淡い期待を抱いていたが駄目だったか。おい、黒チビ。」
キュー
「誰が黒チビだー!!」

マキシミンの背中によじ登り頭にかみつく。

キュー
「がぶっ!!」
マキシミン
「いでででで!!って、遊んでる場合じゃねえって!とにかくお前がキュピルを部屋に連れてって早く寝かせろ!
今日のこいつはどうかしてる。店の戸締りだけは俺がしてやるから早くいけ。」
キュー
「なんてことない輝月とヘルの喧嘩がこんなことになるなんて・・・・。」

キューがマキシミンの背中から降りキュピルの手を握る。

キュー
「帰ろ?お父さん。片付けは明日やればいいよ!!」
キュピル
「あ、あぁ・・・。」

キュピルとキューが店を後にする。

マキシミン
「お前等も早く帰れ。」
輝月
「・・・うぬ。行くぞ、琶月」
琶月
「は、はい・・・・。」

輝月と琶月が酒場から出る。
・・・ディバンも椅子から立ち上がり店の外へ出る。
店に誰も居なくなるとマキシミンがひとり言を呟く。

マキシミン
「・・・ったく、ルイの奴め・・・。・・・・・・・・。」

しばらく考えてからぼそりとぼやく。

マキシミン
「・・・あの時、ルイが死んで幽霊刀に取りつかなければ・・
こうも歪んだ関係にはならなかったのかもしれないな・・・。」



倒れている椅子と机を適当に戻しながら呟いた。



続く



第七話 『裏路地』



・・・・。

・・・・・・・・・・・・・。




深夜二時。

キュピルは私室で熟睡している。残った作業はすべて明日やると決め込んだらしく
布団に入ってすぐに眠りに付いた。



キュー
「・・・・・。」


・・・・。

キュー
「(アタシの知ってる幽霊刀と何か違う)」

・・・前世・・・。キューがこの世界を作り直す前に琶紅やギーンと共に誕生石を集めるたびに出た事を思い出す。
あの時は幽霊刀というのはただの武器であり、自身の能力を極限まで引き出してくれる便利な武器としか思っていなかった。

見た目も形も全く同じの幽霊刀。

・・・でもこの幽霊刀。何かが違う・・・。

キュー
「(・・・霊感だったか何かの能力が足りないと使えない武器だけど・・・。前世のアタシが使えたんだから
今のアタシでも使えるはず。)」

・・・この幽霊刀に何か秘密がある気がする。
キュピルが一度だけこう呟いたのを覚えている。

『久々に抜刀したから妙に張りきっていた』

・・・。

よくよく考えるとこの発言。おかしすぎる。
まるで何かが見えていたかのような・・・・。

・・・。

抜刀すればすべて分る。


部屋の隅に置いてある幽霊刀に手を触れる。
・・・一瞬、ピリッと電流が走る感覚に襲われたがその後は襲いかかって来なかった。
大丈夫だ、抜刀できる。

ここで抜刀するとキュピルに気付かれる恐れがあるためクエストショップの部屋に移動しそこで抜刀する。




==キュピルの家・クエストショップ


ゆっくりドアを開け、音を立てないようにドアを閉める。
・・・キュピルが起きていないと確信し部屋の真ん中に立つ。

キュー
「・・・抜刀。」

一気に鞘から幽霊刀を引き抜く。
その瞬間、急に体が重くなりその場に崩れ落ちる。

キュー
「えっ・・な、なに・・・・。」

・・・前世の時と全く違う。
体は軽くなるどころか重くなっている。



『迂闊でしたね、生半可な人では幽霊刀を抜刀した瞬間に私が自由自在にコントロールできてしまいますよ?』


キュー
「・・ぃぃ・・!?」

・・・何処からともなく声が聞こえる。
次の瞬間空間が歪みだし、ぐにゃぐにゃと動き始めた。
体も揺さ振られた感じが吐き気がこみ上げてくる。

キュー
「うっ・・・気持ち悪い・・・。」

まるで乗り物酔いしたかのような感覚・・・。
濁った色が時々眩しく発光し更に気持ち悪くなる。


『・・・でも、貴方とは一度お話ししてみたいと思っていたので好都合です。』

目の前に誰かがいる。
・・・必死の思いで目を開けると、そこには見た事のある人物が立っていた・・・いや、浮かんでいた。

キュー
「・・・ル、ルイ・・!!?
何でルイがここに・・・・!?お父さんは今ルイは異国にお屋敷でメイド長やってるって・・・」

ルイ
『・・・見ての通り、勤めていませんよ。いえ、勤めていました・・・と言ったほうが良いでしょうか?』

キュー
「・・・やめたの?」

ルイ
『・・・やめた・・・。・・・いえ、違います。・・・10年前に不慮の事故に巻き込まれて私は死んでしまいました。』

キュー
「死んだ・・・?どうして?」

ルイ
『・・・・そこまで話す義務はありません。貴方の言うお父さんとやらに聞いてみてはいかがでしょうか?』

キュー
「お父さんに聞いても何一つ答えてくれない!ルイが死んでるってことさえ今初めて知った!!」

ルイ
『・・・やっぱりキュピルさんは私の存在を否定したいのでしょうか・・・・。』

キュー
「否定・・・?」

ルイ
『・・・なんでもありません。
・・・・・。』

ルイがキューの姿をマジマジと見つめる。
何か反応を返そうと思ったが酔いが邪魔して何も反応を返せない。

ルイ
『・・・・・・・。』

五分程ルイがキューの事を見つめ続ける。
・・・そして。

ルイ
『・・・ちょうどいいですね・・・。』

キュー
「・・・?」

ルイ
『悪気だらけですが、貴方を支配させて頂きます。』

ルイが右手を前に突き出した瞬間、私室に続く扉が開いた。

キュピル
「この気・・・!!ルイ!!」

キュピルが私室から飛び出し、キューが手に持っている幽霊刀を蹴り飛ばした。
ルイが一瞬険しい表情を見せたがすぐににこやかな笑顔をキュピルに見せる。

ルイ
『・・・どうかしましたか?キュピルさん。』

キュピル
「むしろルイこそ、どうかしたか?」

キュピルも作り笑いをルイに見せる。
・・・少し間を置いてからルイが

ルイ
『いえ、どうもしていませんよ。』

と答える。

キュピル
「・・・・。」

キュピルが無言で床に転がっている幽霊刀を拾い上げ鞘に収納する。
それと同時にルイの姿が消えていなくなった。

キュピル
「・・・・キュー。」

キュピルが後ろを振り返る。・・・が、キューがいない。

キュピル
「・・・・って、あれ?」

・・・・。

・・・・・・・・・・・。

机の下に何かいる・・・。

キュピル
「キュー!!」
キュー
「わっ!!ごめんなさい、お父さん!!!」
キュピル
「大丈夫か?」
キュー
「え?」
キュピル
「・・・いや、問題なければいいんだ。早く寝れ。それともう二度と幽霊刀を抜こうと思うな。・・・嫌な目に会いたくなければ。」
キュー
「・・・ねぇ、お父さん!幽霊刀から出てきた人って・・・」
キュピル
「早く寝ろ。」

キュピルがキューの髪を一度クシャクシャにすると私室に戻っていった。

・・・なんともなかった?


・・・違う。



キュー
『ふふ・・・・。誰かに撫でられるなんて。・・・何年振りでしょうか?ふふ・・・。』

キューの瞳が一瞬濁った。





==翌日




ディバン
「青年。昨日の騒ぎは思ったよりも広がっている。・・・本当に予想外な事ではあるんだが・・・。」
キュピル
「・・・具体的にどうなってしまっている?」
ディバン
「どうも噂好きかつ臆病な奴が昨日の酒場に居たらしくてな。お前の気にやられたのかびびったのか
手当たりしだいに噂を広めている・・・っと、言った所だ。」
マキシミン
「俺のコネを使ったとしても広がりすぎた噂はもう止められん。
・・・正直、俺としては皆目どうでもいい事ばかりだがこれ以上噂が広がり続けるならば
お前の業務に良くも悪くも影響が出てくるんじゃないのか?」
キュピル
「良くも悪くも?」
マキシミン
「ああ。シャドウ&アッシュに努めているから良く分かるが犯罪ごとに手を染めれば染める程
アクシピター・・・国家ギルドに所属している正義のヒーローの連中等に目をつけられるようになる。
が、それと同時に表舞台に立てない連中等から高額報酬の依頼がよく届くようになる。
良くも悪くも、そいつは色んなチャンスを掴んでいる事になるが・・・お前も少し立場が似てきたな。」
キュピル
「・・・それはつまり、『黒鬼のキュピル』の噂が広がって一部の人からは避けられるが・・・
噂を聞きつけた人が高額報酬である難題な依頼を持ちかけてくる可能性がある・・・ってことか?」
マキシミン
「大体その通りだ。それだけじゃないだろうけどな。」

マキシミンがチラッと後ろを見る。・・・何故かヘルと輝月がにらみ合っている。その影で琶月が慌てふためいている。

キュピル
「何で二人がうちのクエストショップに・・・。」
ヘル
「昨日のお前・・・いや、キュピルさんの実力を見せつけられた俺は思い知った。
自分の実力のなさに。俺は旅人だ、出来る事ならばもっと力が欲しい。
どうすれば力が手に入るのか?それを知るために暫くキュピルさんの所に居させてもらいます!!」
テルミット
「へ、ヘルさん・・・。キュピルさんに迷惑かかるって!」
ヘル
「頼む!後をついていくだけでいい!寝泊まり、飯、金は一切用意しなくたっていい!」
キュピル
「・・・まぁ、ついてくるだけならいいが。」
ヘル
「よっしゃ!」
キュピル
「・・・・で、輝月は?」
輝月
「・・・ワシは単なる興味本位じゃ。現にワシはお主より実力は上だと自負しておるからな。飽きたら帰る。」
琶月
「師匠・・また見栄・・・いえ、何でもありません!!」

数秒後、鞘で頭を強打され床の上で悶え苦しむ琶月。
キューが琶月を突いて遊んでいる。

キュピル
「・・・やれやれ。何にしても暫くは派手な事はしないほうがよさそうだ・・・。
・・・最近幽霊刀を抜刀しすぎている。自粛しないと。」

あれほど自分で幽霊刀を使うまいと心に決めていたのに。
いざ、有事が起きるとすぐ幽霊刀を抜刀してしまう。

・・・気が付いたら心のロックが外れている。これも幽霊刀の力なのだろうか?それとも・・・。
その時、誰かが入ってきた。

キュピル
「ん。」
役所人
「どうも、こんにちは。」
キュピル
「これはこれは、ナルビクの役所人殿。」

以前、リーネスの面倒を三日間見てくれるよう頼んで来た役所の人だ。

役所人
「今日は賑やかでございますな。」
キュピル
「騒がしくて申し訳ありません。して、本日は何用で?」
役所人
「実は急遽、手に入った情報なのだが・・・。・・・ナルビクのとある裏路地にて
密売取引が行われるっという情報が手に入った。
その密売人を取り締まってもらいたい。」
キュピル
「密売人の取り締まり?依頼されたからには勿論引き受けますが・・・。
何故ギルドではなくクエストショップに?」
役所人
「手続きに時間がかかりすぎるからだ。アクシピターでは間違いなく手続きで一日が終える。
シャドウ&アッシュは信用できない。」

マキシミンが鼻で笑う。
が、役所人は無視してキュピルに説明を続ける。

役所人
「どうですか?引きうけてくれますか?貴方ならばハンコ一つで依頼できる。」
キュピル
「分りました、引き受けましょう。」
役所人
「流石、話しが速くて助かる。ではこちらの契約書にサインを・・・。」
キュピル
「分りました。それとこっちの契約書にもサインを・・・。」
キュー
「またサインしてんのか〜。」

キューが軽く突っ込む。
数分後、役所人が黒い鞄からやや厚い書類をキュピルに差し出した。

役所人
「ここに密売取引に関する書類があります。
こちらで掴んだ情報によると本日の深夜11:30。密売取引が行われるそうで。
詳細な位置情報も書類に含まれているので必ず目を通すように。」
キュピル
「分りました。・・・しかし・・急遽手に入った情報とは。珍しいですね?」
役所人
「仰る通り、珍しい出来事です。何せ突然市役所に匿名で誰かが密告してきましたから。」
キュピル
「匿名で誰かが密告?」
役所人
「仲間割れでも起きているのかどうか知りませんが。何にせよお願いしますよ。」
キュピル
「はい、わかりました。」
役所人
「それではごきげんよう。」

役所人が立ちあがり、一礼してからクエストショップから出て行った。

ヘル
「へへ、聞いたぜ。キュピルさん。その密売人の取り締まり。俺も協力させてもらいます!!」
輝月
「討伐しに行くようじゃな?面白そうじゃからワシもついてゆくぞ。」
キュピル
「・・・大人数で行くと駄目な気がするんだが・・・。」
ヘル
「任せろ、俺は隠密行動も出来る。隣の臭い赤髪は知らんけどな。」

輝月が刀を即座に抜刀しヘルに斬りかかる。が、巨剣で受け止められてしまった。

ディバン
「臭うか?全く臭わんが。」
テルミット
「むしろヘルのほうが・・・。」
ヘル
「うるせぇ!」
輝月
「ふっ・・・。」

輝月が勝ち誇った感じの顔をしてヘルを蔑む。
・・・その後、こっそり自分の服の臭いを嗅ぐ輝月。

ディバン
「さて、俺はそろそろ出かけるとするか。」
キュピル
「どこに?」
ディバン
「適当にだ。トレジャーハントの依頼がないか各地のクエストショップを回ってくる。依頼頑張れよ、じゃあな。」

そういうとディバンは足早にクエストショップから去って行った。

マキシミン
「俺もそろそろ行く。せいぜい頑張れよ。」
キュピル
「何がせいぜいだよ・・・。」

マキシミンもクエストショップから出て行った。

・・・・。

・・・・・・・・・・・。

キュピル
「・・・・夜まで待つか。」

その時、ふとキューの様子が気になり話しかける。
・・・今日はやけに大人しいな。昨日悪戯したから反省でもしているのか?

キュピル
「キュー。」
キュー
「何?お父さん。」
キュピル
「大人しいな。昨日の出来事でも反省してるのか?」
キュー
「うーん、一応反省・・してるぜ?」
キュピル
「へぇ、キューでも反省する事あるのか。」
キュー
「おーおー、言ってくれるぜ。にひひ。」

キューがニヤニヤ笑う。
・・・別になんともなさそうだ。

キュピル
「(ただの思いすごしか)」
キュー
「それより夜まで待てないぜ。何して過ごせばいいんだよー。暇ー!時間セレブ!!」
キュピル
「琶月と遊んだらどうだ?」
琶月
「え゙っ。」
キュー
「そうする!」
琶月
「しなくてもいいです!!!」

キューが逃げる琶月を追い掛け背中に抱きつこうとする。

輝月
「よかったな?無能な琶月にファンが出来て。」
琶月
「よくないです!!」
キュピル
「(昼寝するか・・・・)」

座り直し、腰を深く落として軽く瞼を閉じる。

キュピル
「(・・・何だろうな・・・。今日はやけに幽霊刀から力が感じられないな・・・。)」


・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


輝月
「ふむ。」

輝月が幽霊刀を勝手に持ちあげ、軽く刀を鞘から引き抜く。

輝月
「・・・ん?何じゃ?酒場であやつがこの刀を抜刀した時は強烈な力が感じられたが
今は全く力が感じられぬな・・・。」
キュピル
「・・・ん、ちょっとまて!」

キュピルが目を開けバッと起き上がる。

キュピル
「何故輝月が幽霊刀を抜刀出来ている。」
輝月
「・・・それはどういう意味じゃ。ワシが刀一つすら持てぬ非力な人間と言いたいのか?」
キュピル
「違う違う。」

キュピルが半ば無理やり輝月から刀を奪い取る。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


幽霊刀にルイがいない。


キュピル
「(これは一体・・・。)」

いつもなら幽霊刀を抜刀した瞬間、即座にルイが現れ何かしらのリアクションを見せてくれたのだが・・・。

キュピル
「(・・・・)」
輝月
「変な奴じゃな、お主は・・・」

輝月がキュピルから離れ適当な椅子に座る。

キュピル
「(・・・一体何が起きているんだ?)」


キュー
「・・・・・・。」









・・・・・。


・・・・・・・・・・・・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



琶月
「zzz・・・・zzzz・・・・」
キュー
「zzz・・・zzz・・・。」

キュピル
「本当に琶月置いて行く気か・・?」
輝月
「あやつを連れて行った所で足を引っ張るだけじゃ。」
ヘル
「ふん、お前も足引っ張るから残れ。」

輝月が何も言わずにヘルを鞘で叩く。
が、籠手で攻撃を防ぐ。

輝月
「そういうお主こそキューとやらは連れて行かぬのか?」
キュピル
「キューは好奇心が強いから待ち伏せに向いていない。
それに武器の関係上キューを守りきれる自信がない。」

幽霊刀を握り締める。・・・相変わらず幽霊刀からは力が消えている。
消えてしまった事に気づいてから不安な気持ちが消えて無くならない。
・・・不安になっているってことは気付かぬ間に幽霊刀の力に依存していた?

キュピル
「(・・・まぁ、でも取引の阻止程度なら棒きれ一本でも行ける気がするな。そろそろ行くか。)」

時刻は10時。
待ち伏せしなければいけないため少し早めにクエストショップを出る一行。



キュー
「・・・・。」







==ナルビク・中央通り


ナルビクで最も広い道と言えばこの中央通り。
この中央通りからフリーマーケット、酒場、銀行にギルドなど全ての道と建物に面している。
それゆえ昼間は物凄い数の人で溢れる。

しかし夜になると一転し中央通りからは殆どの人が消えて居なくなる。
単純に夜になると殆どの店が閉店するからといった理由もあるが最大の原因は・・・。



キュピル
「ここから先は危険だから気を引き締めてくれ。」
ヘル
「街中で危険な場所ってのはあまり聞かないな・・・。」
キュピル
「夜のナルビクは昼間と逆でかなり危険な街になる。特に腕に自信のない人が裏通りに入ると
ただでは帰って来れない。」
輝月
「ほぉ?」

キュピルが先頭を歩き建物と建物の間に存在するとても狭い道を通って行く。
その後を二人がついて行く。



しばらく進んで行くとほんの少しだけ広い道に辿りついた。
しかし中央通りと比べると遥かに汚くあちらこちらにゴミが転がっている。

ヘル
「きったねーな。」

ヘルが地面に転がっている瓶を踏みつぶす。

キュピル
「(さり気なく凄いな・・・)」

臭う蒸気が勢いよく噴き出ている道を進み500m程進んだ所で左折する。
更に中央通りから離れていく。

輝月
「・・・・。・・・・ぬ。」

輝月が唐突に後ろを振り返る。・・・しかし誰もいない。

キュピル
「ん、誰か出てきたか?」
輝月
「・・・・・気のせいだったようじゃ。」
ヘル
「虫にでも刺されたんじゃねーの?」

再び輝月が鞘でヘルの後頭部を叩こうとするがサッと首を傾け肩で攻撃を受け止める。
気にせずドンドン進んで行くと大分広い間に出た。
とはいっても建物は汚れていたり落書きされていたり、やや臭かったり裏道にいるというのはすぐ実感できる。

ヘル
「一体ここは何なんだ?」
キュピル
「ここは裏の世界で生きる人達が作りあげたナルビクのもう一つの街だ。
こんな所で絶対に武器や薬は買うな。何掴まされるか分らない。」
ヘル
「それだけじゃなさそうな、ここは。」
キュピル
「・・・噂では覚醒剤や人身売買も密かに行われているらしいが・・・。」
輝月
「お主、やたらと詳しいな?まさか手を出している訳ではあるまい?」
キュピル
「書類に書いてあった事を言っただけだ。」
ヘル
「しかし、そんなヤバイ場所ならギルドの連中・・特にアクシピターの奴らが
何とかしてくれそうな気がするんだが。」
キュピル
「実際に手は打っているらしいがアクシピターにスパイでもいるのか名簿が全て流出しているのか、
アクシピターの連中等が来ると途端に武装化された連中等がここに集まって簡単には制圧できないらしい。
武装化された連中の中にはシャドウ&アッシュのメンバーも居るとか・・。」
輝月
「ふむ、そこまで危うい場所だったとは。琶月を連れて来なくて正解だったようじゃな。」
キュピル
「(キューを連れて来なくて正解だった・・・)」
ヘル
「・・・。」
キュピル
「時刻は今・・・11時か。そろそろ急いだ方がいいな。
えーっと、取引場所は・・・。・・・ん、これ良く見ると建物の中か?」

脇道なのか建物の中なのか。目印が少し曖昧で良くわからない。

ヘル
「見せてくれ。」

ヘルが紙を目に近づけてマジマジと見る。

ヘル
「・・・建物の中じゃないのか?」
輝月
「お主のせいで場所を間違えたら洒落にならぬからな。ワシにも見せろ。」

輝月が紙を無理やり奪い取る。

ヘル
「何するんだてめー!!」
輝月
「・・・これは脇道だとワシは思うが?」
キュピル
「まいったな・・・。」

正直どちらとも取れる目印。ナルビクの役所方・・もっとしっかりしてくれっと心の中で悪態を突く。

キュピル
「・・・さて、どうするか。」

一分ほど熟考し、そして結論を出す。

キュピル
「しょうがない、二手に分かれて貰おうかな。二人とも実力は申し分ない。」
輝月
「ワシは絶対こやつとは組まぬぞ。」

輝月がヘルを指差す。

ヘル
「それはこっちの台詞だ。」
キュピル
「分った分った!場所の関係上、輝月を一人にさせるのは心配だから俺と輝月が組む。
ヘルは建物の中に入って待ち伏せしてくれ。誰かが取引している所を見かけたら問答無用で斬りかかってもいい。
・・・口は悪いが万が一対象を間違えたとしてもここは法の存在しない場所だ。罪には囚われない」
ヘル
「へっ、任せろ。一瞬で真っ二つにしてやるよ。」
輝月
「ふっ、叩きつぶすの間違いではなかろうか?」

ヘルが巨剣を手にしたがすかさずキュピルが輝月の腕を引っ張って指定のポイントへ急いだ。



キュピルと輝月が脇道に、ヘルが建物の中に入った時。もう一人、誰かが裏広間にやってきた。



キュー
「・・・・・。」
ゴロツキ
「・・・ん?・・ヘッヘッヘ、お譲ちゃん?こんな所に一人で何しに来たんでちゅかー?危ないでちゅよー?」

ゴロツキがキューの左腕を掴む。

キュー
『気持ち悪い・・・。』

キューの右手が黒色に染まりゴロツキの手を叩き斬った。

ゴロツキ
「うお、うおぉぉぉ!!?」

ゴロツキの右腕が黒色に染まり、そして右腕が爆発しはじけ飛んで行った。

裏広間の住人
「何だ何だ!?」

騒ぎを聞きつけた何人かが爆発した場所に集まりだしたがその場にはもうキューは居なかった。






==脇道



輝月
「ここじゃな?」
キュピル
「ああ。・・・さて、何処かに身を隠さなければ。」
輝月
「身を隠す必要などない。奇襲しなくともワシは勝てるからな?」
キュピル
「そういう意味で身を隠すんじゃない。ここにいたら密売人が来なくなるかもしれないだろ?」
輝月
「ぬ・・・。」

輝月が少し悔しそうな表情をする。

キュピル
「・・・この木箱、割と大きいな。」

キュピルが木箱を開け中身を確認する。

キュピル
「缶と瓶がいくつか捨てられているだけか。
俺はこの中に隠れる。」
輝月
「ではワシもその中に隠れさせてもらおう。」

輝月とキュピルが木箱の中に入る。
もし、この場にヘルが居たとしても恐らくヘルも入る事は出来ただろう。
キュピルが幽霊刀を使って箱に小さな覗き穴を開ける。

キュピル
「(さて、いつでもこい。)」






==廃墟



ヘル
「おらぁっ。」

ヘルが扉を思いっきり蹴り飛ばし中に入る。
中には誰も居ない。

ヘル
「・・・入口はここ一つのようだな。それならこの柱に隠れて入口を監視すれば終わりだな」

近くの柱に隠れ監視を続ける。

ヘル
「さぁ来い。」





・・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。







11時半。

予定の時刻になった。



輝月
「どうじゃ?来たか?」
キュピル
「シィッー!喋るな。」
輝月
「・・・・つまらぬ。」

覗き穴で必死に外の様子を伺うキュピル。
しかし一向に密売人らしき人物は見当たらない。

キュピル
「・・・まさか、取引は建物の中だったか?」
輝月
「何じゃと?」
キュピル
「もう少し様子を伺ってからヘルの所と合流しよう。輝月の言葉を信じるんじゃなかった・・・。」

輝月が無言のまま鞘でキュピルの頭を強く殴った。

キュピル
「(いでっ!!!)」

心の中で思いっきり叫ぶ。
・・・その時、外から誰かが近づいて来た。

キュピル
「来たか?」

小声で輝月に伝える。
もう一度輝月がキュピルの頭を鞘で強く叩く。

キュピル
「いでっ!!今度は何だよ!?」
輝月
「疑った罰じゃ。」

無視して外の監視を続ける。
・・・箱を通りすぎて少しの所で止まった。

キュピル
「(ここで止まったってことは・・・密売人で確定か?)」

しばらくすると金具の音が聞こえ始めた。

キュピル
「(金具の音・・・。密売取引って貴金属に関する何かか?
・・・もしかすると強奪してきた宝石や貴重な貴金属・・・。)」


ガシャン!


キュピル
「(うおっ、なんだ!?)」

突然箱にネジが何本か飛び出し危うくキュピルと輝月に刺さる所だった。
声が聞こえる。

「へっへっへ、マヌケな奴め。嘘の情報に踊らされて掴まってやんの。」

キュピル
「げぇっ!?罠だったか!!?輝月、脱出するぞ!」
輝月
「ぬぅ・・・。お主、後で斬るぞ!」

キュピルが幽霊刀を抜刀し箱を壊す。が、木箱を壊した先には鉄の板が張られており流石にこれを
破壊することは難しい。

輝月
「ぐっ、こっちにも鉄の板が張られておるか・・・。」

輝月も刀で反対側の板を壊すが鉄の板が張られており弾かれてしまった。

キュピル
「完全に捕えられたか・・・!?」

「そこでしばらくお寝んねしてな。へへへ・・・。」

輝月
「キュピル!!とっとと幽霊刀とやらで鉄の板事斬れ!!ヘルの鎧ごと斬ったお主なら出来るはずじゃろう!?」
キュピル
「くっ・・・!」

幽霊刀の刀先に気を集中させる。だが幽霊刀から一向に力が溢れてこない。

キュピル
「・・・だめだ、幽霊刀から力が出てこない・・・。」
輝月
「やはりこやつはただの凡才じゃったか・・・。ワシも末期じゃな・・・。」
キュピル
「悪かったな!」










ヘル
「・・・・・。」


ギシ・・・ギシ・・


ヘル
「(・・・足音!来たか!?へ、輝月めざまーみやがれ。俺のが正しかったようだな!)」

足音がこっちに近づいてきている。左から来るか?右から来るか?

ヘル
「(・・・左か!)」

足音がいよいよ近くなってきた。

ヘル
「(今だ!!!)」

柱から飛び出て目の前の人物を巨剣で一刀両断する。

ヘル
「死ねっ!!」
キュー
「うっ!!!」
ヘル
「なっ!?」

斬りつけた目の前の人物を見て驚愕するヘル。

ヘル
「や、やべっ!!キュピルさんの娘じゃねーか!!おい、お前何でこんな所にいるんだ!!」

ヘルが倒れているキューの体をゆする。
その時、突然キューの体が青く発光し強烈な風が巻き上がりヘルを吹き飛ばした。

ヘル
「ぐわっ!」

キュー
『・・・はぁ・・・。別行動していたとは少し予想外でした。
それもよりによって貴方。キュピルさんや輝月ならまだマシだったのですが・・・。』

ヘル
「何だ・・・?いつものチビの声じゃない!?」

キュー
『もうすぐここにキュピルさんと輝月が来る。その前に貴方を倒します。』

キューの体が浮き上がり、右手を前に突き出し、左手も軽く腕の上に添える。
次の瞬間、赤い魔法弾がいくつも現れヘルに向かって飛び出て行った。

ヘル
「くっ!よくわからねーが、黙らせてやる!!」

ヘルが魔法弾を巨剣で真っ二つにする。

キュー
『その剣・・・魔法攻撃に対して耐性があるんですね。』

ヘルが巨剣を前に投げつける。
しかしキューがサッと横に移動し攻撃を回避する。
巨剣のキューの足元に刺さる。

ヘル
「喰らいやがれ!」

ヘルがガッツポーズを取る。
その直後、巨剣が大爆発しキューを吹き飛ばした。

キュー
『くぅっ!?』

爆炎の中から巨剣がくるくる回りながらヘルの元へ飛んでいく。それを片手でキャッチし
吹き飛んでいるキューに追撃をかける。

ヘル
「とどめだ!」

キュー
『残念。』

キューが突然姿を消した。

ヘル
「なっ!?」

ヘルの背後にキューが現れ力強い蹴りを浴びせる。
数メートルほど吹き飛び床の上を転がるが即座に起き上がる。

ヘル
「くそ!なんて奴だ。魔力が感じられるぞ・・。流石にこいつをこのまま相手にするのはまずい。
仮にもキュピルさんの娘だしな・・・。」

ヘルがポケットから白い玉を取り出す。

キュー
『逃がしません!』

ヘル
「特製の煙玉だ。」

ヘルが煙玉を地面に叩きつける。
その直後、キューの手から槍のような物が現れヘルが立っていた場所に飛んで行った。
ところが槍が煙に吸収され消えてしまった。

キュー
『魔力吸収型の煙玉・・・。』


ギシ、ギシ


走って逃げる音が聞こえる。
出口に向けて魔法弾を乱射する。しかし全て煙に吸収されてしまい攻撃が届かない。

キュー
『くっ・・・。・・・仕方ないですね。今回は逃がしてあげましょう・・・。』


キューが回復魔法を唱えながらしゃがみこむ。
そして隠し床を開け地下に入る。








キュピル
「出せ!」

キュピルがタックルを繰り返し鉄の板を剥がそうと奮闘する。

キュピル
「はぁ・・はぁ・・・だめだ、びくともしない。」

「てめー、ちったぁ黙りやがれ!」

一瞬だけ箱の蓋が開いた。
その瞬間を輝月が見逃さなかった
即座に刀を前に突き出し隙間に差し込む。これで再び箱を閉じる事はできなくなった!
それと同時に青い玉が箱の中に転がってきた。

輝月
「ぬ、何じゃ?」

その瞬間、青い煙が箱の中で広がり充満した。
急に眠くなり始めた。

キュピル
「こいつは・・・眠り・・・・。」

最後まで言い切る前にその場で倒れ眠り始めるキュピル。
そしてその上に重なるようにして輝月も倒れる。

「やっと静かになったか。こんな刀へし折ってやる。」
















琶月
「zzz・・・・zzz・・・・」
ヘル
「てめー、起きろ!!」
琶月
「あんぎゃぁっ!!」

ヘルが琶月の背中を踏みつける。

琶月
「な、な、な、何するんですかああぁぁぁっっ!!!!」
ヘル
「てめーの糞師匠とキュピルさんが敵に掴まったぞ!一人だと歩が悪いからてめーも手伝え!」
琶月
「え、ええええぇぇぇぇぇぇ!!!!!?」
ヘル
「えーじゃねぇよクソ野郎!!」

ヘルがもう一度琶月を踏みつける。
ギャーギャー騒ぐ琶月を余所に胸ポケットからペンライトのような物を取り出しそれを頭上に掲げる。
緑色の光が発光し、しばらくしてテルミットがワープしてきた。

テルミット
「はいはい、今度は何ですか?」
ヘル
「キュピルさんとクソ野郎が捕まった。少し手伝え。」
テルミット
「え、あ、はぁ・・・?ちょっと事情が呑み込めません・・・・。」
ヘル
「だああ!説明してる暇はねぇー!!とっとと来い!」

琶月とテルミットの腕を引っ張りながらクエストショップを飛び出るヘル。
もう一度裏路地へと突撃する。



続く



第八話 『quiet』


・・・・・・・・・。



キュピル
「・・・くっ。」

眠りから覚め起き上がる。変な体勢で寝たせいか体が物凄く痛い。

キュピル
「ここはどこだ・・・。いでっ!?」

立ちあがった瞬間に天井にぶつかりすぐにしゃがみ込む。
・・・檻の中?

キュピル
「おい、この檻小さすぎる!動物じゃないぞ俺は!」

満足に横になれない程狭い。

「・・・いや、ここに来たからには君はもう動物同然。」

キュピル
「誰だ?」

「横。」

左を見る。誰も居ない。

「逆だ。」

振り返ると檻越しにまた檻があり、その中に誰かが座っていた。
・・・黒いマントを身につけ座りこんでいる。姿はマントに包まれているせいで良くわからない。

キュピル
「動物同然って・・・どういうことだ?」
マントを見に付けた男
「ここに居る者は全て人身売買の商品としてかけられる予定だった者達だ。
だが何らかの理由で出品が出来ない、競売が始まる前に即札等の理由で競売にかけられる者達がここに集まる。」
キュピル
「・・・・・・。」
マントを身に付けた男
「どうやら君は競売が始まる前に即札されたようだな?人気でもあるのか?」
キュピル
「いや、ただの一般人だ。そういう君こそ人気でもあるのか?」
マントを身に付けた男
「・・・私が目が覚めたらここにいた。」
キュピル
「目が覚めたら?変な事言うもんだ・・・。」
マントを身に付けた男
「変?私が?・・・確かに変かもしれないな。」
キュピル
「・・・・。・・・そうだ、輝月は!?輝月!居るなら返事してくれ!」

キュピルの声が部屋に木霊すが輝月からの返事は帰って来ない。

マントを身に付けた男
「あの着物を着た女性か?」
キュピル
「合っている、輝月は何処に連れて行かれた!?」
マントを身に付けた男
「・・・返事がないということは予定通り人身売買の競売にかけられるのだろう。」
キュピル
「くそ、呑気にこんな所で休んでる場合じゃない!何とか出て助けないと・・・。」
マントを身に付けた男
「助ける?あの女性は君の大切な人、あるいは彼女か何かなのか?」
キュピル
「そんなんじゃないが・・・とにかく助けてやらないと!」
マントを身に付けた男
「・・・助けに行く理由が私には分らないな。」
キュピル
「助けに行くのに理由が必要なのか!?そんなもんはない!」
マントを身に付けた男
「面白い事言う。それならば君はここに居る者全て助けるのか?助けるのに理由は必要ないのだろう?」
キュピル
「それは・・・。」

・・・今、心の中では輝月だけを救おうと考えていた。
確かに理由がないのであれば・・・それは他の人達にも当てはまる事にもなる。

キュピル
「・・・・・・。」
マントを身に付けた男
「・・・それより、ここから出る手段でもあるのか?」
キュピル
「むむむ・・・・。」

檻を壊す、鍵を壊す・・・色んな方法を考えるが手元に幽霊刀がないため素手で破壊するのは流石に痛いし無理がある。

マントを身に付けた男
「脱出出来なければ輝月という名の女性を助け出す事も無理な願いになるな。」
キュピル
「・・・いや、こうしよう。ここに閉じ込められてても少なくともいつかは檻から出されて
何処かに連れて行かれる。その時に反抗して脱出する!」
マントを身に付けた男
「檻から出されるのが一カ月後だったらどうする?檻から出されず君を檻事運ばれたらどうする?
眠らされてから出されたらどうする?」
キュピル
「・・・・あぁ〜!ちくしょう!!さっきから次から次へと!」

キュピルが自分の頭を掻き毟る。

キュピル
「大体あんたはここから出ようとは思わないのか!?」
マントを身に付けた男
「・・・気が向いたらな。」
キュピル
「気が向いたら?それなら気が向いた時出れる手段でも持っているのか?」

マントを身に付けた男がマントの中から右腕を出し手に持っている物をキュピルに見せつける。

キュピル
「それは・・・。」
マントを身に付けた男
「ここの牢屋の鍵だ。」
キュピル
「鍵!?脱出できるなら何故今すぐ脱出しない!?」
マントを身に付けた男
「気が乗らないからだ。ここから出た所でやる事はないからな。」
キュピル
「だったらその鍵俺にくれ。俺はやる事がある。」
マントを身に付けた男
「・・・・・。」

檻の隙間から鍵を投げつけ、キュピルの檻の中へ放り込む。

キュピル
「ありがとう!!」

さっそく檻の隙間に手を突っ込み、南京錠に鍵を差し込み回そうとした。
・・・が、鍵が入らない。

キュピル
「・・・ん、くそ。上手く入らないな・・・。」

三分ほど格闘するが結局鍵は入らなかった。

キュピル
「入らん!」
マントを身に付けた男
「当たり前だ、その鍵は私の檻にかかっている南京錠にしか入らないからな。」
キュピル
「開かないなら渡すな!!」

キュピルが鍵をマントを身に付けた男に返す。

マントを身に付けた男
「・・・君は面白いな。」
キュピル
「はぁ・・ちくしょう、どうすればいいんだ。」
マントを身に付けた男
「君と一緒に入れば少しは私の人生も面白くなるか。」
キュピル
「・・・?」
マントを身に付けた男
「気が向いた。ここから出て君に力を貸そう。」

そういうと男はマントを広げる。
・・・いや、マントだと思っていた物は黒い羽だった。
男の目が一瞬赤く光ったかと思えば次の瞬間には檻が粉々に壊れていた。

キュピル
「!!?」
マントを身に付けた男
「私の名前はクイエット。君の名は?」
キュピル
「・・・キュピルだ。」
クイエット
「キュピル、君に力を貸してやろう。」

そういうとクイエットは鋭く尖った羽を大きく広げ両羽で檻を思いっきり叩きつける。
鉄の檻が粉々に割れ、多少怪我を負ったものの檻から脱出することに成功した。

キュピル
「あの檻を破壊するなんて・・・。一体何者なんだ・・・。それにその羽に赤い目・・・。」
クイエット
「・・・私の事をヴァンパイア・・そう呼ぶ人もいる。」
キュピル
「・・・吸血鬼・・・。」

・・・実在するなんて夢にまで思っていなかった。

クイエット
「それより早く輝月とやらを救いに行ったらどうだ?君がここに捕らわれてから結構な時間が経過している。
そろそろ競売にかけられる頃だ。」
キュピル
「それはまずい、急がないと!・・・でも何処に向かえばいいんだ・・・!?」

クイエットが無言で前方を指差す。
キュピルが走って競売場を目指す。

クイエット
「少し待ちたまえ、武器も持たずに行く気か?」

クイエットが目の前に魔法陣を召喚し、ぶつぶつ何か呟くと魔法陣が光り出し目の前から
一本の刀が現れた。・・・幽霊刀だ。

クイエット
「これは君のものだろう?」
キュピル
「俺のだ。・・・随分と便利な魔法だな・・・。失くし物とかすぐ見つけられそうだなぁ。」
クイエット
「失くし物を探す・・か。全てが見つかる訳ではない。現に私の失くし物は何一つ出てこない。」
キュピル
「はぁ・・?・・・すまないが先に行くぞ。」

キュピルが競売場目指して全力で走る。
その後をクイエットが少し浮遊しながらついていく。





==競売場


司会
「今回の目玉商品だ!名前は輝月、年齢は17!それも女性!!」

物影から両手首を拘束された輝月がガタイの良い男二人に連れて来られる。
意外にも暴れずに大人しくしている。

司会
「さぁ、張った張った!!」

スーツを身に付けた男性
「可愛い子だ、1MSeed。」(補足:1M=100万)
巨体のハゲ
「ゲハハハ、あんなまな板はいらねー。」
貴族っぽい女性
「私のメイドにしたいわ。1.5Mでどうかしら?」
スーツを身につけた男性
「ぐ、輝月は私の物だ。2MSeed!!」
輝月
「気安くワシの名を呼ぶな。」
超不潔な男性
「強気な子は俺の好みだ・・。5MSeed。」
スーツを身に付けた男性
「くそ、ここまで高額になるとは・・・。」

司会
「おいおいー!500万Seedで決まりか?こいつはもっと値打ちがあるぞー!
なんとあの紅の道場の当主!!実力は折り紙つきだ。そこのお客様が仰ったメイドとしての素質だけではなく
ボディーガードとしての素質も持ち合わせている!
ただし、見ての通り気性は激しいのでしっかり調教する必要はありますが。」
巨体のハゲ
「ぎゃはは!こんなチンピラ野郎に掴まってる時点で実力はクズ以下だろ!
やい、ゴミはとっとと行け!」
輝月
「何じゃと!!お主!!許さぬ!!!」

輝月が激しく暴れ出すが両側に立っていた男が即座に輝月の腕を抑え大人しくさせる。

輝月
「ぬぅっ!!」
司会
「入札者は以上か?本当にいいのですか?500万Seedはまだまだ安い方だ!まだまだいける!」

しかし誰もこれ以上入札しようとしない。

司会
「・・・仕方ありません!では輝月はそこの18番のお客様が落札というk・・・」


「100MSeed!!」



突然誰かが競売場に乗り込み有り得ない価格を叫びながらステージに上がり込んできた。

輝月
「キュピル!」
キュピル
「さぁー、輝月を解放してもらおう!!」
司会
「でましたぁぁ!!100MSeed!!!即決!!」

司会者がバンと机を叩く。

司会
「では、あちらの部屋へどうぞ。すぐに輝月を連れていきますので。」

ガタイの良い男二人に引っ張られ違う部屋に連れて行かれる輝月。
その時、高速に何かが飛んで行き輝月の両腕を高速していた金具が壊れた。

司会
「ん?」
キュピル
「おらぁっ!」
司会
「へべれ!!」

キュピルが司会者をタックルで押し倒し転落させる。

輝月
「失せろ!」

即座に隣に立っている男に強烈なパンチをお見舞いする。怯んだ瞬間、クイエットが翼を広げながら突進し
すれ違いざまに羽で男の腕を切り刻む。

ガタイの良い男1
「うぎゃぁっ!?」
ガタイのいい男2
「きっさまぁぁぁっ!!」
クイエット
「静寂な闇に連れてってやろう。」

突然ガタイのいい男の足元に魔法陣が現れ闇色の柱が昇り男を包むと次の瞬間にはステージから消え去っていた。

輝月
「お主、誰じゃ。」
クイエット
「クイエット。・・君の探し物はこれか。」

クイエットが魔法をもう一度唱え、目の前に魔法陣を作る。
魔法陣からは折れた輝月の刀が現れた。

クイエット
「折れているな。直してあげよう。」

鎖と鎖をつなげるように無理やり輝月の刀と折れた刃を繋ぎ合わせる。
一瞬刀が光り刀は修復されていた。

輝月
「ほぉ・・・。不思議な力じゃな。」
キュピル
「感心してないで戦ってくれ!」

キュピルが幽霊刀を我武者羅(がむしゃら)に振り回し敵を自身に近づけさせないように頑張っている。

クイエット
「戦い方が下手だな。」
輝月
「あやつの本気はあんな物ではなかったはずじゃが・・・。」

輝月が即座にキュピルの前に割り込み目の前の敵を薙ぎ払う。
会場は大混乱に陥り、競売の参加者が出口に向かって逃げ戸惑う。

巨体のハゲ
「おでが!!おでが一番最初に逃げんだよぉぉお!!」
輝月
「お主、さっきはよくも愚弄してくれたな?死ね。」
巨体のハゲ
「ほ、ほえええええええ!!!!」
キュピル
「輝月、長居は無用だ。早くここから脱出しよう。」
輝月
「こやつだけは殺さねば気が静まらん!」

巨体のハゲが近くにいた人間の腕を掴み輝月に向けて放り投げる。
しかしサッと攻撃を避け巨体のハゲに向かって突進しすれ違いざまに斬り捨てた。

輝月
「ふっ・・・。」
キュピル
「もういい、いくぞ!」
クイエット
「何処へ行く気だ?」
キュピル
「何処でもいい、とにかくこの場から離れる!」
クイエット
「それならばお勧めの場所がある。」

クイエットがキュピルと輝月の腕を掴む。
そして次の瞬間、地面に大きな穴が空き三人は深い深い穴の中へと落ちて行った。
三人が穴に落ちると穴は何事もなかったかのように塞がれた。












司会
「も、申し訳ありません!!ハプニングが発生してしまいお客様がご指名したキュピルという者は逃走を・・・。」

「・・・そんな事が許されると分って言っていますか?」

司会
「も、もちろん許されぬ出来事でございますが!!ですがこちらも予想だにしないハプニングでして・・・ぐあぁっ!!?」

司会者の腹にエネルギー弾が炸裂しすぐ後ろの壁に叩きつけられ動かなくなってしまった。



キュー
『・・・流石キュピルさんと言ったところでしょうか・・・。あともう少し・・・だったのですが・・・・。
・・・でもキュピルさん。貴方がやった事はナルビクの裏の世界に住む人達を怒らせました。
これを利用しない手はありませんよね。ふふ・・ふふふ・・・。』








==???



キュピル
「うおぉぉおー!!?」
輝月
「お主!!このままでは地面に叩きつけられて皆死ぬぞ!?」
クイエット
「焦る必要はない。ここは私の良く知る世界だからな。」

突然真っ暗な世界から抜け出し紫色の空間に現れた。
・・いや、ただの夜だ。ナルビクから見える月より遥かに大きい紫色の月が世界を照らしている。
クイエットが大きな羽を横に広げ二人を運びながら滑空する。

輝月
「一体ここはどこじゃ。」
クイエット
「Quiet。この世界はそう呼ばれている。」
キュピル
「Quiet・・・クイエット?」
クイエット
「正しい発音ではないが別にいい。」
輝月
「クワィエットと聞こえたがな?で、どういう世界なのだ?」
クイエット
「どういう世界?・・・どういう世界だろうな。私もこの世界については良く知らない。
いや、私自身の事も良く知らない。一つ言える事は私の故郷だ。」
輝月
「お主の事は聞いておらん。とにかく早く降ろしてもらおう?腕が痛い。」

ずっとキュピルと輝月の片腕だけを掴んで飛んでいたため、そろそろ二人の肩が痛くなってきた。

クイエット
「いいだろう。」

クイエットが急降下し激突寸前で一度止まり、ゆっくり地面の上に降ろす。
キュピルが一度大きく深呼吸する。

キュピル
「ふぅ・・・。・・・何はともあれお互い無事でよかった。」
輝月
「・・・ふっ、しかし100MSeedか。まだ安い方じゃが・・覚えておくぞ?」
キュピル
「ん?何が?」
輝月
「・・・ふん。」
キュピル
「・・・?・・・何にしてもクイエット、ありがとう。助かったよ。」
クイエット
「・・これからどうする気だ?」
キュピル
「・・・・ヘルの安否が気になる。可能であればもう一度ナルビクの裏広間に戻りたい。」
輝月
「何じゃ、あんな奴はどうでもよかろう?勝手について来たのじゃから何が起きても責任はあるまい?」
キュピル
「そういう輝月こそ勝手についてきた揚句捕まった癖に。」
輝月
「それはお主のせいじゃ!!」

輝月が鞘でキュピルの頭を叩こうとするがぶつける瞬間に止める。

輝月
「・・・今日の所は礼を言う。」
キュピル
「はいはい、どういたしまして。・・・クイエット、さっそくで申し訳ないんだが
ナルビクの裏広間に連れてって貰えないか?」
クイエット
「一度この世界に来ると中々地上に戻れない。すぐには連れて行けない。」
キュピル
「・・・具体的にはどれくらい?」
クイエット
「魔力の回復に三日は要する。それまで待て。」
キュピル
「三日・・・。・・・俺達はいいとしてもヘル・・・キューは大丈夫か・・・?」
輝月
「三日・・・。それまでが暇じゃな。」

クイエットが近くの木に寄りかかり羽で自分の体を覆う。
檻で初めてクイエットを見た時と同じ姿になる。

クイエット
「魔力が回復するまで寝る。三日経てば起きるから無視していい。」

そういうとクイエットは目を閉じ眠り始めた。

輝月
「・・・さて、キュピルよ?この三日間。どうするつもりじゃ?」
キュピル
「・・・とりあえず水と食料確保しようか。」








==ナルビク・裏広間



ヘル
「ついたぞ。ここがナルビクの裏広間だ。」
琶月
「ひ、ひぃぃ・・・。こんな所来たくありません・・・!!帰りましょう!!

ヘルが琶月の背中を蹴る。

琶月
「ぎゃぁっ!!」
ヘル
「逃げんな、カス!」
琶月
「酷い酷い!!カスって言ったほうがカスなんだー!!!」
ヘル
「(こいつ・・・連れてくるんじゃなかった・・・)」
テルミット
「ヘルさん、それでどうしてキュピルさんと輝月さんが捕まったと分ったのですか?」
ヘル
「・・・信じられない話しだがキュピルさんの娘、キューが二人はもうすぐここに来ると言っていた。
つまりキューは必ずここに連れてこれる何かしらの策があったってことだ。」
テルミット
「・・・キューさんが?・・・ちょっと信じられませんね。」
ヘル
「嘘じゃねぇ!現に俺はあいつに攻撃された!!・・・そういえば声がいつもと違う気がしたが・・。
とにかく俺が襲われた所に行くぞ!」
テルミット
「あぁ、待ってください!」

ヘルが疾走しテルミットもその後を追う。

琶月
「あぁー!!置いてかないで!!!」








==廃墟


ヘルが襲われた廃墟に辿りつく。

ヘル
「ここだ。ここで俺が待ち伏せしていた時にキューが現れて襲われた。」
テルミット
「・・・何ともない廃墟に見えますけど・・・。誰かと見間違えたってことはありませんか?」
ヘル
「あんな特徴だらけの子を見間違うはずないだろうが!とにかくこの建物を隅々まで探してくれ。」
テルミット
「わ、わかりました・・・。」

テルミットが適当に辺りを見回す。

琶月
「はぁー・・・。師匠〜・・。何処行ったんですかー・・。私こんな人と一緒に居たくないですよー・・。」
ヘル
「てめぇ今すぐ売り飛ばすぞ。」

琶月
「ヒィッ!!ごめんなさいごめんなさい!!!」

琶月が慌ててヘルから逃げる。その時。

琶月
「ギャァッ!!」

突然足元の床が開き下に落ちて行った。

ヘル
「ん。・・・おい、テルミット。こんな所に階段が出て来たぞ。」
テルミット
「え?・・本当ですね。琶月さん、大丈夫ですか?」

・・・まだ階段から転げ落ちている音が聞こえる。

テルミット
「ちょっと痛そうなので早く行きましょう・・・。」
ヘル
「しょうがねぇな・・。」




琶月
「あんぎゃぁっー!」

何十段も転げ落ち階段の踊り場でようやく止まる。

琶月
「うっ・・うぅぅ・・・。もう嫌だ・・・。」
テルミット
「琶月さーん!大丈夫ですか?」
琶月
「(・・・死んだふりして心配かけさせよう・・・)」

テルミットが階段を駆け下り琶月の容態を確認する。

テルミット
「琶月さん?」
琶月
「・・・・・・・。」
ヘル
「おら、とっとと起きやがれ。」
琶月
「あぎゃっ!」

ヘルが倒れている琶月の背中を踏みつける。

ヘル
「死んだふりして誤魔化そうだなんて百万年はえーんだよ!」
琶月
「もう嫌・・・うぅぅ・・・。誰か助けてー・・・。」

じたばた暴れる琶月を余所にヘルが地下の内部を考察する。

ヘル
「(キューがここに来た理由は地下に用があったからなのか?
だとするとキュピルさんやクソ野郎がここに居る確率は高いな・・・)」
琶月
「私の着物が汚れた!!謝罪と賠償金を要求しまーす!!」
ヘル
「うっせぇ。」

背中をもう一度強く踏みつける。
地下に琶月の絶叫が木霊した。

テルミット
「・・・!ヘルさん、誰か階段を登ってきますよ。」
ヘル
「観光客の振りしてりゃいい。」

男数人が階段をかけ足で登って行く。
テルミットや琶月を踏み続けているヘルに目もくれず慌てて外へと逃げて行く。

ヘル
「なんともなかったな。」
テルミット
「・・・僕には何かあったようにも思えますが。
・・・!また誰かが登ってきますよ・・。」

さっきの足音とは違いゆっくり階段を登ってきている。

ヘル
「・・・・・おわっ!?」
キュー
『・・・・ん。』
テルミット
「キュ、キューさん!!こんな所で一体何を・・・!」
キュー
『・・・ちょうど良い所で出会えましたね。』
テルミット
「・・・え?」










キュピル
「凄い世界だな・・・。」

やや赤黒い雲に覆われている世界。
生えている植物も地面から硬い殻に覆われた変な物から
やたらと異臭を放っている物と全く見た事のない植物がある。

輝月
「ふむ・・・。」

硬い殻に覆われた変な植物を引っこ抜き、殻を割って中身を見る。
割った瞬間強烈な汚臭に襲われ思わず投げ捨てる。

輝月
「本当にこんな所に食べ物や飲み水はあるのか?」
キュピル
「流石に三日間飲み食いなしはきついからなぁ・・・。特に水は深刻だ。」
輝月
「ふっ、自分の血でも飲んだらどうじゃ?」
キュピル
「自分の血を仮に飲んだ所で相対的保水量は変わらないだろう・・・。」

輝月が投げ捨てた変な植物を拾いマジマジと観察する。

キュピル
「・・・ん・・・この変な物・・。何処かで見たことあるな・・・。」
輝月
「ぬ?」
キュピル
「えーっとなんだっけか・・・。」

少し考える事数秒。

キュピル
「思い出したあぁっ!!!」


輝月
「な、なんじゃ。そんな声を荒げて。」
キュピル
「これはテルミットが探していた薬草の一つじゃないか!!!」

ナルビクで寝たきり状態のリーネスを治療するのに必要な薬草の一つ。
名前は・・・思い出せない。

輝月
「・・・・。」
キュピル
「保管したい所何だが・・・。臭いがキツイな・・・。
輝月
「お主、それを持ったままワシに近づくでない・・。向こうへ行け。」

輝月が刀を抜刀してキュピルを遠くの方へ追い払おうとする。

キュピル
「そこまで嫌か・・・。」

少し嫌そうな顔をしながらポケットの中に変な植物を入れる。

キュピル
「・・・貴重な薬草とかが沢山あるのかもしれない。しばらく探し続けるか・・。」

手当たりしだい生えている草や岩の隅などチェックし始める。

輝月
「・・・ワシは寝る。体力を消耗したくないからな?」

そう言い放ち近くの岩場に身を任せて目を瞑る。

キュピル
「どうぞご自由に。」

・・・・。

・・・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


キュピル
「う〜む・・・。同じ薬草は見つかるんだが・・・やっぱり同じ場所に生えている訳ないか。
・・・・喉渇いたな・・・。多少汚くてもいいから川とかないだろうか・・・。」

何処か遠くへ行こうと思ったがあまりクイエットから離れるのもまずい。

キュピル
「・・・輝月。」
輝月
「・・・なんじゃ」
キュピル
「寝るんだったらクイエットの近くで寝てくれ。今からクイエットが寝てる場所をスタート地点にして
少し遠くまで散歩してくる。」
輝月
「・・・散歩じゃと?こんな嫌悪感しかない世界で散歩とはお主も変な奴じゃな・・・。」
キュピル
「一応水探しという目的もある。」
輝月
「お主、悪い事は言わぬ。大人しくここで三日待つ事を薦める。」
キュピル
「何故?」
輝月
「少し考えれば分るじゃろう。ここは人が住める場所ではない。
そうなると水も食料も労力に見合った分が手に入るか分らぬ。
それならばここで寝て消耗を抑えるべきじゃろうて?」

確かに輝月の言う事には一理ある。

キュピル
「・・・選択に迷うなぁ・・。」
輝月
「・・・ふん、お主の好きなようにすれば良い。ワシは寝るぞ。」

結局輝月はクイエットと離れた場所にある岩陰によりかかり寝始めた。

キュピル
「・・・・もういいや、俺も寝よう・・・。」

岩陰の反対側に回り地面の上に横になって眠り始める。

キュピル
「(寝れるといいな・・・)」

・・・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。




















クイエット
「起きろ。・・・中々起きないな。」
輝月
「お主、いい加減に起きろ。」
キュピル
「ぐえっ!」

輝月が寝ているキュピルのお腹を踏みつけ無理やり起こさせる。

キュピル
「ぐおぉぉ〜・・・。・・・何する!!」
輝月
「こやつの話しではもう地上に帰れるそうじゃぞ?」
キュピル
「なんだって?・・・まさか俺三日まるまる寝ていたのか・・・?」
輝月
「そう言う訳じゃないようじゃが?」
クイエット
「キュピル、君の住む世界から一瞬だが魔力が溢れた。
その魔力を少し貰った。・・・幸運だな。」
キュピル
「・・・魔法のことについてはよくわからないから幸運だと思っておこう。
さぁ、ナルビクに早く帰ろう。・・・ナルビクの役所人に文句言ってやる。」

クイエットが目の前に魔法陣を召喚し背中の悪魔の翼を大きく広げる。
・・どんどん大きく広がって行きクイエットを含め三人を包み込むと黒いボールに変化し
しばらく経つと粉々に割れて消えてしまった。









==ナルビク


強烈な衝撃に襲われナルビクに辿りついた瞬間キュピルと輝月が尻餅を付く

キュピル
「いでっ!」
クイエット
「呪文を少し間違えた。」
輝月
「・・・・・・。」

輝月が無言のまま立ち上がる。

輝月
「・・・キュピルよ。」
キュピル
「ん?」
輝月
「・・・ワシの記憶違いでなければよいが・・・。
そこにお主のクエストショップとやらがあった気がするのじゃが。」

輝月がナルビクの角を指差す。
キュピルが振り返る。


そこには倒壊したキュピルのクエストショップがあった。











キュピル
「いいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃっっっっっ!!!!???????????」








続く



第九話 『ルイの陰謀』


キュピル
「う、うわわわわ・・・・。」

倒壊しているキュピルのクエストショップ。
よくみると建物その物が焼けおちている。誰かが火を投げ込んだということだ。
そこにあったはずの自分の家が無くなってしまったことに動揺しクエストショップがあった場所に向けて走るが
転び、すぐに起き上がりまた転びと二度三度繰り返しやっと目の前に辿りつく。
その場に膝を突き、目の前の状況をどう整理すればいいのか分らないでいる。

輝月
「・・・・・・。」

輝月が無言で焼け落ちた敷地に入り瓦礫を適当に動かし始める。

クイエット
「何をやっている?」

クイエットが日陰に隠れながら輝月に話しかける。・・・日が辛いのだろうか?

輝月
「遺体があるかどうか探しておる。」
クイエット
「遺体?」
キュピル
「そ、そうだ・・!キュー!まさかここにキューの死体とかあったりしないよな・・・!!?」

キュピルが慌てて敷地に入り瓦礫を投げ飛ばし始める。

輝月
「お主、少し落ちつくんじゃ!危うくワシに当たる所じゃったぞ!」
クイエット
「瓦礫を退かせばいいんだな?」

クイエットが一瞬宙に浮き、地面を思いっきり叩きつける。
その瞬間、瓦礫が宙に浮き上がりそのまま空中浮遊し始めた。

輝月
「馬鹿者。瓦礫と瓦礫の間に死体が挟まっていたらどうするんじゃ。そのやり方じゃと本当に死体がないかわからぬぞ。」
クイエット
「・・・。」

クイエットが一つ一つ瓦礫を地面に降ろし確認していく。
・・・30分ほど経過し瓦礫は元通りになったが死体は発見できなかった。

キュピル
「・・・なさそうだな・・・。はぁ・・・よかった・・・。」
輝月
「・・・しかし琶月は何処へ行ったのか。道場へ戻ったか・・?」

輝月がボソボソ呟きながらキュピルの元から離れて行く。

クイエット
「何処へ行く?」
輝月
「こ奴が言う『家』とやらに戻るだけじゃ。」

輝月がキュピルを指差しながら何処かに行ってしまった。

クイエット
「・・・・・。」
キュピル
「そうだ・・・!」
クイエット
「妙案でも思いついたか?」
キュピル
「何が起きたのか調査しないと・・・。市役所に行けば必ず何か分るはずだ。」

キュピルがナルビクの市役所へ向けて走り始めた。
クイエットも堂々と日の当たる所を通ってキュピルの後を追う。別に日に当たっても平気らしい。




==ナルビク・市役所



キュピルが市役所に乗りこむと真っ先に顔なじみの役所人を捕まえた。

役所人
「・・・・!ご無事だったようで。」
キュピル
「教えてくれ、俺がいない間に一体何が。」
役所人
「ここだと場所が悪い・・・。向こうに来てくれ。・・・そこにいる見ない方は?」

役所人がクイエットを指差す。

キュピル
「一応俺の仲間だ。」
役所人
「それならばお仲間さんも早くこちらへ。」

役所人に連れられて市役所にある個室に入る。



==市役所・個室


役所人
「貴方が聞きたい事は分ります。単刀直入に申します。
家は裏の世界に住む者が燃やしました。・・・とにかく早くこのナルビクから逃げてください。」
キュピル
「どういうことだ!?」
役所人
「貴方が人身売買所を襲撃し問題を起こしたからだ。」
キュピル
「ちょっとまて、ナルビクに人身売買所があることを市役所は知っていてまさか黙認していたのか?」
役所人
「・・・こちらにも色々と事情があります。とにかく早くナルビクから逃げてください。
闇の世界で住む方達が貴方を探しまわっています。」
キュピル
「だめだ、まだナルビクから離れるわけにはいかない。養s・・・違う。俺の娘とはぐれてしまった。
見つけ出すまでここを抜け出す訳にはいかない。」
役所人
「・・・・。貴方と私の付き合いは意外にも長かった。貴方の性格の事は良く知っているつもりでしたが
少し思い違いしていたようです。」
キュピル
「・・・身を案じてくれているのにすまない。」
役所人
「謝らないでください。私が見誤ったと感じたのは貴方は私が思っていたよりも熱い気持ちを持っていたんだって事に
気付いた事です。黙っているつもりだったのですが正直に話します。貴方の娘さんは・・さらわれています。」
クイエット
「・・・本当か?」

クイエットが過敏に反応する。

役所人
「キュピルさんの家で問題が起きた時、アクシピターが鎮圧しに向かったそうですが
その時アクシピターからそういった情報が流れています。」
キュピル
「・・・裏広間に行かなければ。」

キュピルが立ち上がり裏広間に行こうとした時、役所人が引きとめた。

キュピル
「止めないでくれ。」
役所人
「違います。・・・とにかくこれを受け取ってください。」

役所人が一枚の地図をキュピルに手渡す。

キュピル
「これは?」
役所人
「トレジャーハンターの方にお願いする予定だったのですが貴方に渡します。
その地図には秘境の地への生き方が記されています。」
キュピル
「秘境の地?」
役所人
「我々はその秘境の地を『妖精の森』と呼んでいます。・・・行って帰ってきた物が妖精を見たと言っていたがために
そんな名前がつけられていますが・・・。本当に妖精がいるのかどうかは怪しい物です。
とにかくそこは通常の地図では分らないような辺境の地にあります。自体が大きくなった場合は
その妖精の森で事が静かになるまで隠れてください。」
キュピル
「・・・ありがとう、失くさないようにする。・・・そろそろ俺は行く。裏の世界に住む人達が俺を狙ってるんだろ?
あんまりここに長居しちゃ危険に晒しちまうよな。」
役所人
「なんとなく・・・って気がするだけですが。貴方と会うのはこれで最後になる気がします。」
クイエット
「・・・キュピル。あまりよくない気配がする。どうせあの場にもう一度行くなら私が空から連れて行ってやろう。」
キュピル
「凄い事言うな。それじゃまたいつか会おう!」

クイエットがキュピルの腕を掴み、魔法を唱えると何処かに瞬間移動してしまった。

役所人
「・・・しかし貴方も酷い人だ。家に火をつけ、自分の父親を陥れるために私に嘘の地図を持たせ・・・。
一体何のためにこんな事を。」

壁から一人の女性・・いや、子供がすりぬけてきた。

キュー
『幽霊刀に住みつくと分ります。』











==ナルビク・上空


キュピル
「おわぁっ!?」
クイエット
「暴れるな。落としてしまう。」
キュピル
「そ、空を飛んだのは初めてなんだ!!お、恐ろしいな・・・。」
クイエット
「一度空を飛んだではないか。私が住む世界に来た時に。」
キュピル
「あれは飛んだんじゃない。落ちていた!!」
クイエット
「私にはその違いが分らない。ナルビクの裏路地とやらのどこに降りたい?」
キュピル
「・・・とにかく白昼堂々と裏広間に降りる訳にはいかないな。
キューは・・・一体何処に居るのか・・・。」
クイエット
「もし本当にさらわれたとするならばこの前と同じく人身売買にかけられている可能性が高いな。」
キュピル
「よし、そこだ。そこに乗り込もう!」
クイエット
「・・・時々お前は何も考えずに行動しているのか、それとも考えて行動しているのか分らなくなる。」

クイエットが急降下し物凄い速度で滑空する。

キュピル
「早い!早すぎる!!激突して死ぬぞ!?」
クイエット
「ドラキュラはこの程度じゃ死なない。」

・・・・・。

クイエット
「・・・すまない。君は人間だったな。」
キュピル
「じょ、冗談はよせ!!ぶ、ぶつかる!!?」

クイエットが建物に激突する瞬間に身を翻し、自らをクッションにしてキュピルを受け止めた。

クイエット
「これで問題ないだろう。」
キュピル
「クイエットと一緒に居ると寿命が縮む。」
クイエット
「私と一緒に居るだけで寿命が縮むのか?人間は面白いな。」
キュピル
「そういう科学的なもんじゃない!」

キュピルが幽霊刀を即座に抜刀し建物の中に入って行った。

クイエット
「ますます君という人間に興味を持った。」

クイエットが翼で自分自身を巻き、マントに形を変えキュピルの後を追う。




==???


壁に張り付き、奥の通路の様子を伺うキュピル。

クイエット
「何をやっている。」
キュピル
「シッ、喋るな。」

クイエットが頭の上に?を浮かべ奥の通路へ歩く。

キュピル
「待て、そっちに敵が!」
ゴロツキ
「ん、お前まさかキュピルか!」

突然後ろから話しかけられ振りかえる。3人のゴロツキがキュピルを発見するや否、いきなり武器を抜き
キュピルに襲いかかった。

キュピル
「こうなったら乱戦でも何でも来い!!」

何の力も宿っていない幽霊刀を抜刀し応戦し始めた。
一方クイエットも奥の通路にいた何人かのゴロツキと戦っているようだ。

キュピル
「このっ!」

キュピルが刀を前に突き出し牽制する。
一人が攻撃を武器で防御し、残り二人がキュピルに向かって襲いかかってきた。
幽霊刀を水平に寝かせ横に薙ぎ払うようにして二人の接近を防ぐ。

キュピル
「(こっちの方がリーチは長いか?)」

ゴロツキが持っている武器はどちらかというと短剣に近い。
刀の方がリーチは長い。

一人が正面から攻め続け、残り二人は左右に分かれキュピルの横に回って攻撃し始めた。
囲まれるとそこから切りぬける実力は持っていないため囲まれまいと後ろに後退するキュピル。
気がつけば敵の攻撃を防ぐ事に専念してしまい攻撃に手が回らなくなっていた。

キュピル
「(くっ・・・素の状態の実力の無さが悔しすぎる・・・。)
うおらぁっ!」

刀を大きく振りかぶって一度敵を後ろに後退させる。
が、振り終わったの隙を狙って三人が一斉に短剣を突き出してきた!

キュピル
「(やばいっ!)」

「うっわぁぁっぁああぁっーーー!!」

クイエット
「避けろ、キュピル。」

突然後ろからクイエットの声が聞こえわざと後ろに転倒して身を低くする。
背後から人が何人か飛んで来てゴロツキ三人共を巻き込んだ。
クイエットが物凄い怪力で人を投げ飛ばしている。
まるでピンポン玉を連続で投げつけるかのように素早い動作でドンドンゴロツキを投げ飛ばしていく。

クイエット
「弾けろ。」

クイエットがそう叫ぶと投げ飛ばしたゴロツキが爆発し周囲を巻き込んだ。

キュピル
「うわっ!」

爆風に巻き込まれそうになり慌ててクイエットの所まで戻る。

キュピル
「何て恐ろしい技を使うんだ・・・。」
クイエット
「さっき一人の男を問い詰めて競売にかけられる者の牢屋の位置を知った。」
キュピル
「ナイス!先導してくれ。」
クイエット
「向こうらしい。」

クイエットが先頭に立ち狭い通路を歩く。
20秒程歩き突然足をとめた。

キュピル
「どうした。」
クイエット
「ここだ。」
キュピル
「随分と近いな・・・。拍子抜けしちまった。」

クイエットが錆びた鉄の扉を片手で開ける。

キュピル
「(よく片手で開けられるな・・・。これは相当重たそうだぞ・・・)」

扉の先は真っすぐに伸びた長い一本の通路だった。
そしてその通路の両脇に牢屋がいくつも存在していた。

キュピル
「ん、殆ど人がいない・・。」
クイエット
「既に競売が終わった後かもしれないな。」
キュピル
「そ、それはまずい・・・!」

キュピルが走って誰か人がいないか探し始める。
・・・誰かが牢屋に入っている。

キュピル
「ん・・。・・・って、ヘル!テルミット!」
ヘル
「・・・!キュピルさんか!」
テルミット
「気をつけてください!罠です!!」
琶月
「何故か名前呼ばれなかったけど私もいるから!!!!」

琶月が鉄格子にしがみつく。

キュピル
「罠?」

キュピルが辺りを見回す。
・・・別に天井が落ちてくるとか地面に穴が開くとかそういった罠は見当たらない。

テルミット
「違います・・!キューさんg・・・」

その時、ヘル達が閉じ込められている牢屋の床が突然開き穴のへと落ちて行った。

琶月
「ヒ、ヒィィィ!!」

鉄格子にしがみついていた琶月だけが落ちずに済み落ちまいと必死に鉄格子にしがみつく。
何とか足場を見つけこらえ続ける。

琶月
「お、お助けーーーー!!!」
クイエット
「この鉄格子・・・硬いぞ。」

クイエットがコンコンと鉄格子を叩く。

クイエット
「我が羽をもってすれば斬れるがこの子にも被害が及ぶ。」
琶月
「誰だか知らないけど私にも被害が出るのは勘弁〜〜!!」
キュピル
「テルミットが何か言いかけた時突然穴が開いた・・・。誰かがここを監視してるとしか思えない。」
琶月
「そうなんです!!!今この部屋はキューさんが監視していて・・・。
理由は分らないんですけど私達をここに閉じ込めたのもキューさんで・・・あわわわわわわ・・・。」
キュピル
「落ちつけ!文脈が滅茶苦茶で何言ってるのか分らない!」

「あ、お父さん!!!」

突然キュピルが入ってきた扉から一人の女の子が走ってきた。キューだ!

キュピル
「キュー!!」
キュー
「お父さん!!!」

キューがキュピルに抱きつく。それをキュピルは受け止める。

キュピル
「無事でよかった・・・。家が無くなってた時は本当にビックリしたぞ・・。」
琶月
「キュピルさん!!駄目です!!キューさんから離れてください!!」
キュピル
「さっきから何滅茶苦茶な事言ってるんだ!キューが一体どうしたって言うんだ!」
キュー
「にひひ、ピンチだから気が動転しちゃってるだけだぜ。きっと。」
キュピル
「・・・気持ちはなんとなくわかる。とにかく次は琶月達を助けないと・・・。」
クイエット
「琶月・・と言うのか?一旦その穴の中へ落ちろ。」
琶月
「何で!?嫌です!!」
クイエット
「君がそこにいては鉄格子事斬ってしまう。穴の中に飛び込めば私の攻撃を回避できる。
斬った後助けに行こう。」
キュー
「え、この鉄格子を斬れるの!?」
クイエット
「可能だが少し硬すぎる。ピンポイントに斬るのは難しい。」
琶月
「あ、穴の下が見えないんです・・・!もしかすると数百メートルも落ちてそのまま・・衝撃死・・・あわわわ・・・。」
キュー
「鍵を探した方がいいよ!!」
キュピル
「いつここにゴロツキ共がやってくるかわからない・・。出来る事ならば鉄格子を斬って琶月達を助けたい。」
クイエット
「さぁ、穴に落ちろ。数百メートルもあるなら落ちる前に助けれる。」

その時、穴の下からヘルの声が聞こえた。


ヘル
「おい!!穴の下はモンスターだらけだ!!なるべく早く引き上げてくれ!武器がない!!」


クイエット
「鍵を探してる余裕はなさそうだ。」
キュー
「・・・・・。」
クイエット
「さぁ、落ちろ。」

クイエットが琶月の手を拳で思いっきり叩く。

琶月
「ギャッ!!・・・あんぎゃあああぁぁぁぁぁぁっっっっーーーーーーー!!!!!!」

琶月が叫びながら穴の中へと落ちる。
その瞬間、クイエットの身を包んでいたマントが悪魔の羽へと変わり全開に羽を広げる。

キュー
「悪魔・・・?」
クイエット
「ふんっ!」

体を捻って羽で鉄格子を斬り落とす。いや、破壊したと言ったほうが正しいか?

クイエット
「二人はそこで待ってるがいい。」

クイエットが牢屋へと入り穴の中へ落ちる。

キュピル
「クイエット・・・本当に頼もしい人だ・・いや、頼もしいドラキュラだ・・・。」
キュー
「・・・・・・。」
キュピル
「キュー、大丈夫か?少し顔色が・・・。」
キュー
『スリープ。』
キュピル
「え?・・・な、なんだ・・・?」

一瞬ルイの声が聞こえた。
急に睡魔に襲われ五秒後には意識を失っていた。

キュー
『・・・クイエット・・。私の計画に支障が出そうな人物ね・・・。でも、もう計画は達成出来たも同然・・。
・・・ふふ・・・。キュピルさん・・・。もう少しですよ・・・。』









クイエット
「掴まれ。」

クイエットが腕を伸ばす。
琶月も腕を伸ばし、クイエットの手を掴む。

クイエット
「青年二人。ここから脱出するぞ。」
ヘル
「誰だか知らねーが助かる!」
テルミット
「お願いします!!」

クイエットがヘルとテルミットに透明色の魔法弾をぶつける。

ヘル
「何だ?・・・うわ!」

透明色の魔法弾をぶつけられた瞬間、体が宙に浮きあがった。

クイエット
「行くぞ。」

クイエットがジャンプし翼を羽ばたかせながら空を飛ぶ。

琶月
「ヒイィィィッー!」
クイエット
「暴れるな。落としてしまう。」

琶月の動きがピタリと止まる。
すぐに穴から離脱し牢屋の外へと出る。

テルミット
「助かりました・・・。・・・あれ、キュピルさんと問題のキューさんは・・?」
ヘル
「何処行きやがったあのチビ野郎!!見つけたらただじゃおかねーぞ!!」
クイエット
「私は事情を知らないがあの子供がどうかしたのか?」
テルミット
「あの子はキューと言いキュピルさんの娘さんです。」
クイエット
「・・・。」
テルミット
「年齢が何故かそんなに離れていませんが・・・。・・・先日、キューさんは僕達に対して・・・。」
















==????



「・・き・・・」

キュピル
「・・・・。」


「お・・・て・・。」


キュー
「起きて!!」
キュピル
「うわっ!」

突然顔面に冷たい水をかけられ飛び起きるキュピル。

キュピル
「何をする!」
キュー
「だってお父さんが全然起きないから、こうするしかないだろー?」
キュピル
「・・・ここは一体どこだ?」

目覚めた場所は森の中だった。日の光は全て何重にも重なった葉によって遮られ森の中は
まるで夜のように真っ暗だった。

キュー
「・・・お父さんが持っていた『妖精の森』って書かれた地図を頼りにここまで逃げてきた。」
キュピル
「逃げてきた?」
キュー
「私とお父さんが再開した時、お父さんが敵の攻撃で気を失って・・。
それでここまで逃げてきた・・・。お父さん運ぶかなり辛かった!!」
キュピル
「・・・・・。」

記憶がかなり曖昧だ。確かにキューと再開した記憶はあるのだが・・・。

キュピル
「・・・・・・。」
キュー
「ん?」

キュピルがキューの顔をマジマジと見る。

キュー
「・・・にひひ。私の顔に何かついてるのかー?」
キュピル
「・・・お前は・・キューじゃないな!!?」

キュピルがバッと後ろに飛退き幽霊刀を抜刀する。

キュー
「え!!?お父さん突然何を言い出すの!?」
キュピル
「何故かは知らないがキューは本当に俺の実子のように感じられる。
・・・親は子の事を良く知っている。いいか、キューは自分の事を『私』とは言わない。」
キュー
「・・・・。」
キュピル
「それにそのイントネーション・・・。・・・・まさか・・・ルイか?」

突然、キューがその場でバタリと倒れる。
慌てて駆け寄るが突然後ろからルイに羽交い締めにされる。

キュピル
「ぐっ!何をする、ルイ!!」
ルイ
『流石キュピルさんです。しっかりキューさんの事を見ていますね。』

キュピルが反射的に肘打ちをルイの顔面に浴びせるがそのまますり抜けてしまった。

ルイ
『無駄です、幽霊の私にはこちらから干渉しない触れることすら叶いません。』
キュピル
「ルイ・・!目的は一体何なんだ!?」
ルイ
『キュピルさんを永遠に幽霊刀に封印します。』
キュピル
「一体何のために!!!」
ルイ
『ふふ・・・単純に私の楽しみの一つのために・・・ですよ。妖精の森。
こんな所へ連れて行った理由も単純に誰かが幽霊刀を拾うのを万に一つの可能性を潰すためです。』
キュピル
「く、くそ・・・!!楽しみって一体何だ!!俺はおもちゃなんかじゃない!!」

必死に拘束を解こうとするがもがけばもがくほどドンドン体力が失って行く。
どれだけ反抗してもキュピルの攻撃は全てすり抜けルイが取り押さえようとするとしっかり取り押さえられてしまう。
押し返す事も出来ない。押し返そうとすると体をすり抜ける。

キュピル
「(・・・くっ・・・う・・・駄目だ・・・意識が・・・)」

まるで生気を吸い取られているかのような感覚。

キュピル
『(・・・幽霊刀を用いて5年前に引き起こしたあの大事件ですら・・・ルイは・・ちゃんと俺の言う事を聞いて
制御する事が出来た・・・だが・・・幽霊刀の封印を解いて一カ月も経っていない中で・・何故突然に・・・。
・・・はっ・・・!?)』

自分の体が段々と透けてきているのが分る。

ルイ
『さぁ、永遠に幽霊刀の中で彷徨いましょう。もう誰も貴方の事を探してくれる人なんていません。
家は焼きつくされ、ナルビクに帰っても貴方を探す悪者で溢れている。
身内は全て貴方から離れ、残ったのは私と貴方だけ。もう帰る場所なんてない。』

意識が途切れる寸前に最後の声を聞いた。

ルイ
『・・・いや、帰る場所はありましたね。・・・幽霊刀。ここが新しい貴方の帰り場所です。』


意識が吹っ飛んだ。
失ったというよりは本当に何処かに飛ばされたに近い感覚。

キュピル
『(ルイ・・・・・)』







追伸

かなり短くてすみません。



第十話 『キュピルとルイ』



・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



キュピル
「・・・ここは?・・ここはどこだ?」


重力が全く感じられない世界。
目を開けてもそこは真っ暗な世界で何もない。

キュピル
「・・・・・。」

しばらくそのまま流れに身を委ねていると何かが見えてきた。

キュピル
「あれは・・・?」

バタ足して宙を進む。
・・・どこかの部屋?

・・・一瞬知らない部屋かと思ったがこの部屋の形・・もしかすると・・


キュピル
「・・・これ・・・14年前のルイの家なのか・・・?」

玄関に誰かがいる。・・・幼少期の頃の俺とルイだ。

キュピル
「(あぁ・・・この会話・・・。もしや・・・)」



ルイ
『・・・本当にいいの?』
キュピル
『俺は別に全然気にしないぜ!つーか、行かないとぜってー損するって!
貴族のメイドになれるんだろ?毎日美味いもん食えるってことじゃないか!
今日で貧しい生活も終わりになる。』
ルイ
『・・・私はキュピル君の事が心配。』
キュピル
『俺?何で心配なんだ?』
ルイ
『一人にしたらヤケを起こして勝手に死んじゃいそう・・・。』

キュピル
「(今思えば、あの頃の俺は自分に出来ない事は何もないって思っていたな。
小さい頃は今の台詞の意味が分らなかったが・・・。ルイは俺がいつか壁にぶちあたって
自暴自棄に陥るかもしれないって心配してくれて言った台詞なのかな・・・・。)」

キュピル
『そんな意味不明な事しないって。ほら、早く行けって。』
ルイ
『わっ。・・・じゃ、じゃぁ・・・。いつかここに帰ってくるから。待ってて・・。』
キュピル
『おう!このナルビクで永遠に待ってるぜ!!』

そしてルイは家から出て行った。
・・・しばらくして。


貴族
『君のお陰でルイは私の元へ来る事に大きなためらいがなくなった。』
キュピル
『これで・・これでいいんだろ?これでルイはお腹を減らさずに済むんだろ?』
貴族
『もちろんだとも・・。これはほんのばかしのお礼だ。』

そういって貴族はキュピルに500万Seedの大金がはいったアタッシュケースを机の上に置く。

貴族
『時々君に手紙を書くようルイにもちゃんと言ってあげよう。』
キュピル
『・・・・・・・・。』

それだけ残して貴族は何処かに行ってしまった。



キュピル
「(あの時、あの貴族は本当にルイにそんな事を言ったのだろうか・・・・)」

・・・その証拠として12歳になるまで手紙が届く事は一度もなかった。

キュピル
「(心の中で必死に返事がないのは良い知らせって言い聞かせたな・・・。)」

・・・貴族に連れて行かれた後・・・。ルイはちゃんと幸せに暮らしていけてたのだろうか・・・。



ルイ
「キュピルさんはあの時、本当は寂しい気持ちを抑えて気丈に振る舞い私を送りだしましたね。」
キュピル
「ルイ?」

後ろからルイが歩いて来た。
・・・身体が透けてない。思わず手を前に伸ばしルイに触れようとする。
ルイはそのまま動かず、右手がルイの頬に当たる。

キュピル
「・・・透けない。」

ルイがキュピルの右手を優しく掴み両手で握る。

ルイ
「同じ世界に居ますから。
・・・キュピルさん、あの後私は貴族の元で幸せに暮らしてたと思いますか?」
キュピル
「そうじゃなかったのか?」
ルイ
「いえ、確かに生活面での保障は凄かったですよ。衣食住は勿論困りませんでした。
キュピル
「幸せじゃないか。」
ルイ
「・・・あまり『幸せ』という単語を連呼しないでください。気分を害します。」

一気にルイの威圧感が変わった。
思わず手を引っ込めルイの手を振りほどく。

キュピル
「・・・何でだ。別に気分を害するような事は何一つ・・・。」

突然ルイの姿が消えた。
再び真っ暗な世界に落とされ奈落に落ちて行く感覚を味わされる。
体が何回か回転し、そのまま落ち続けていると再び体が浮遊し始めた。

・・・また別の部屋が見えてきた。



レースの施されたカーテン。
三人ぐらいは裕に寝れそうな広いベッド。
シックな机とタンスが置かれあり窓の向こうは海のように広がっている庭・・・。

ここは・・・あの貴族の部屋なのか?


キュピル
「(・・・いや、違う。ここは・・・)」


貴族
『今日からここが君の新しい部屋だ。自由に使いたまえ。』
ルイ
『・・・・・・・。』
貴族
『・・・・・・・。』

ルイは終始無言を徹し、貴族も無言のまま部屋から出て行ってしまった。
・・・雰囲気が悪いな。

キュピル
「(・・・ルイ・・・。ナルビクにやっぱり残りたかったのか・・・?)」

・・・あの何もないナルビクに・・・?


・・・そのまま時は経過して行く。
夏・・・秋・・・冬・・・そして再び訪れる春。

ルイはこの館での暮らし方、メイドとしての働き方を覚えていった。

・・・食事は当然豪華だしメイドと言っても重労働には見えず、むしろ家事のお手伝いの範囲にしか見えない。

キュピル
「ルイは一体これの何が幸せじゃないと感じたんだ?
少なくとも・・・あのままルイと一緒にナルビクを過ごしたとしてもこんな待遇は無理だ。」
ルイ
「私は待遇を求めていたんじゃありません。」

再びルイが後ろに現れた。

ルイ
「キュピルさん。私はキュピルさんとある一つが共通していることに気付きませんか?」
キュピル
「共通?」
ルイ
「その共通点に気付けば私が何を求めていたのか。絶対分るはずです。」
キュピル
「・・・求めていた物・・・。だが、こんなお姫様のような暮らしをしていて尚そのある物を求めていたのか?
俺からすればそれは少し贅沢だと・・・。」

キュピルが言い終わる前にルイがキュピルに飛びかかりキュピルを押し倒す。
そして首を強く両手で絞めつける。

キュピル
「ぅっ・・ぐぁ・・・!!」
ルイ
「まだ分らないのですか・・・・!!!!」

ルイが10秒ほど首を絞めつけた後更に喋る。

ルイ
「この贅沢な暮しを何の代償もなく永遠に暮らせていたと思っているのであれば大間違いです!!」

それだけ言い残すと、ルイの手の力を緩めそのまま何処かに消えてしまった。

キュピル
「ぐ・・・。はぁ・・・はぁ・・・。い、今のは・・一体何なんだ・・・。」

ルイから恐怖を感じた。
・・・殺意は感じられなかったが・・・。

キュピル
「・・・・贅沢な暮らしを何の代償もなく・・・永遠に暮らせていたと思っていたのか・・・て・・・?
・・・何の代償もなく・・・?」

突然キュピルを突風が襲った。
突風に吹き飛ばれそのまま何処かに飛んでいく。
再び真っ暗な世界に連れて行かれ風に身をゆだね続けていると新しい部屋が見えてきた。

・・・・いや、違う。同じ部屋だ。ルイが使っている部屋・・・。


部屋にルイと貴族がいる。

だが異常な光景が目に入った。

キュピル
「・・・!な、なんだ・・・!!?」

貴族が鞭を持ち、ルイに向かって何度も鞭を振りおろしていた。
服が破け、皮膚が蚯蚓腫れ(みみずばれ)を起こし所々血を流していた。
鞭で打たれる度にルイが絶叫を上げ涙を流しながら枕にしがみつきジッと堪えていた。

キュピル
「い、一体これは何なんだ!!!!」
ルイ
「これが代償の一つです。」
キュピル
「代償って・・・・。」
ルイ
「・・・あの貴族は各地を時々歩きまわり自分が気に行った人物を見つけてはスカウトして屋敷に連れて行っています。
しかし殆どはメイドとしての素質があるかどうか疑問に思う者ばかり。
私の場合、当時まだ八歳という子供・・・。純粋に家事としての戦力を求めるのであれば
ちゃんとメイド用に教育した場所から契約するのが普通です。それなのになぜ私のような人達をメイドにしたのか?
・・・分りますか?」
キュピル
「・・・・まさか・・・・。」

嫌な言葉が脳裏を横切る。

ルイ
「・・・サディズム・・・加虐性欲に溢れた人物です。
身体的、または精神的に苦痛を与えることに寄って満足感が得られる・・・。
あの貴族はそういった嗜好を持っています。」
キュピル
「・・・・っ!・・・・ばかな!?」

一瞬信じられなくなり目の前の光景から目を逸らす。
だがルイが無理やりキュピルの首を捻り光景を直視させる。

ルイ
「・・・手紙・・・。届きませんでしたか?」
キュピル
「手紙・・・?送ったのか!?」
ルイ
「一カ月に一度。暗号文を混ぜた物を。」
キュピル
「・・・そんなものは一枚も届いていない・・・。・・・暗号文を混ぜてあるっと言うことは・・・。」
ルイ
「・・・結局、助け出される前に死んでしまいましたけどね。」

光景に映る幼少時代のルイがトゲのついた鞭を喰らい痛みのあまりに気絶した瞬間。
窓ガラスが割れたかのように光景が粉々に散って行き再び真っ暗な世界に戻って行った。



『た・・・助けて・・・・。』



『キュ・・・ピル・・・・』



キュピル
「(・・・・・・・・・)」


キュピル
「五百万Seed・・・か・・・。・・・・はぁ・・・。」

思わず心の底から深いため息が出てしまった。

キュピル
「・・・・・・・。」

考えてみればあの500万Seed。どちらかというと口止め料と考えるべきだったんだな・・・。
じゃなければ、こんなことはしない。


ルイが再び後ろに現れ、キュピルの背中にもたれかかる。

ルイ
「どれだけ裕福な生活が保障されていようとも・・・・。」
キュピル
「もう言わなくたって分る!こんな生活で幸せになれるはずがない!!」
ルイ
「・・・仮にあんな目に合っていなかったとしても。きっと私は幸せにならなかったと思いますよ。」
キュピル
「・・・一体どうして。」
ルイ
「あの時、キュピルさんと離れてしまったから。」


今度は波に押し流される感覚に襲われ、再びどこかに連れられて行く。
何も抵抗せず、ただその流れに沿う。
ぷかぷかと宙を浮かぶ。


・・・・そして何かが見えてきた。

キュピル
「今度は・・・。・・・何だ・・・?この石畳に囲まれた壁は・・・?」

一言で言うならば・・・。

石畳に囲まれた部屋でルイの絶叫が聞こえた。
壁には無数の拷問道具とも呼べる物が飾られていた。

・・・その名の通り、拷問室だ・・・。
壁の拘束具に身の自由を奪われひたすら拷問を受けるルイ。


ルイ
「良く見ていてください。もうすぐ・・・私が死にますから。」

死ぬ。そう聞いて心臓の鼓動が速くなる。

キュピル
「・・・ぬな・・・。」
ルイ
「・・・?」
キュピル
「死ぬな・・・・。死ぬな・・・・!!!」

思わずキュピルが映像と分っていても貴族に殴りかかり止めさせようとする。
しかし当然すり抜けてしまいその場で転ぶ。

そして貴族の持っていた長く鋭い棘の生えた鞭がルイの胸に突き刺さった。
貴族の顔が「やっちまった」って顔をしている。
ルイの体が一瞬激しく痙攣し、しばらくしてグッタリとし動かなくなってしまった。


ルイ
「結局。私は何も満たされる事なく。人生に幕を降ろしました。
・・・幽霊刀に斬られるまでは。」
キュピル
「・・・何も満たされる事なく・・・。・・・満たす・・・?」
ルイ
「・・・今思えば、私とキュピルさんが一緒に暮らしていた時。私はそれに満たされていましたね。
でも離れ離れになって、一気に満たされなくなった。」
キュピル
「俺がルイを満たしていた・・・?何を・・?」
ルイ
「・・・ただひたすら。私はそれに満たされたい。永遠に・・・永遠に・・・・。」

目の前の光景がゆらゆらと揺れ、そしてフェードアウトしていく。


・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・。

キュピル
「・・・・・・・。」

罪悪感に苛まされる。
・・・全てはあの時・・・。ルイを送りだしてしまった所から始まってしまったという訳か・・・。
手に入れた500万Seedで俺はクエストショップを立ち上げ、生活していった。
そして自力で生きて行く力を手に入れた。

・・・ルイを引き換えに・・・ということになるが。



気がつけば新たな光景が目の前に現れていた。

そこには焦土と化した屋敷があった。
襲撃されたらしい。

廃墟となってしまった屋敷から一人の女が現れた。・・・長く伸びた黒髪。・・・何故か見覚えがあるような気がする。
その女は左手にはルイの死体、右手には幽霊刀を持っていた。
女がルイの死体を宙に投げ、そして幽霊刀でバッサリと斬った。
そのままバラバラになってしまうかと思ったがバラバラにはならず、ルイの死体は青い光に包まれ
そして幽霊刀に吸収されていった。

そして女は幽霊刀を空高く投げ、何処かに消えていってしまった。

キュピル
「今のは・・・?」
ルイ
「私が死んでたった二日後の出来事です。
突然あの女性が現れ屋敷を破壊しつくして行きました。そして私だけの死体を持ちあげ
幽霊刀で斬り・・・そして私を幽霊刀に閉じ込めました。」
キュピル
「・・・何故ルイだけを・・・。」
ルイ
「・・・早い話。あの貴族の拷問を受けて実際に死んだのは・・私だけなんです。
あの頃・・私はまだ12歳でしたから・・・。体力も無く最後の時も既に息絶え絶え・・・。
・・・死ぬと思いました。」

そして本当に死んでしまった・・・。

キュピル
「・・・。ある時、あの貴族から一通の手紙が届いた。」

手紙にはルイが死んだという事が書かれていた。
しかし手紙には死亡したということしか書かれておらず
原因や遺体がどうなったかについては一切触れられていなかった。

だが死んだという事はしっかり俺に伝えてきた。

伝えてきた・・・・。


目の前の光景が遠くに吸い寄せられ、別の光景が目の前に現れた。



・・・手紙を読み、怒りと悲しみを嘆き大声で泣いている自分の姿があった。
泣いている時、突然目の前にあの貴族が現れた。
怒りに身を任せ貴族に襲いかかろうとした時、貴族は突然俺に一本の刀を差し出し言った。

『お前の幼馴染はその刀の中で生きている。・・・危機に見舞われた時、お前の幼馴染は確実に助けてくれるだろう。』

そう言うと貴族はスッと消えた。
・・・光景に映る俺は恐る恐る幽霊刀を抜刀する。

・・・黒い光が刀から溢れ・・・そして・・・。



『・・・お久しぶりです。キュピルさん。』






キュピル
「・・・よくわからない。」

何故、あの女が屋敷を襲いそしてルイだけを幽霊刀に閉じ込めたのか。
何故、目の前に貴族が現れたのか。
何故・・・・こうなってしまったのか。


キュピル
「・・・・あの貴族は・・・実は後悔していたのか・・・?」

・・・拷問で死んでしまったのはルイだけ。
・・・殺すのは趣味ではなかった・・?

・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・。


ルイ
「キュピルさん。私は一体何に満たされたかったのか。わかりますか?」

ルイが目の前に現れ近づきながら言う。

ルイ
「キュピルさんと離れ離れになる前はそれで溢れていました。
・・・屋敷ではそれが全くなく・・・日に日に私はそれに餓えました。」
キュピル
「・・・・・・。」
ルイ
「・・・・私が最も満たされたかった物・・・。・・・愛ですよ。」

ルイが倒れるようにしてキュピルによりかかった。

ルイ
「・・・私もキュピルさんも何故か親が居ない。
いつも一人・・・。そんな時に同じ境遇のキュピルさんに出会い・・・二人が最も欲しかった愛情を
互いに求めあった・・・・。」
キュピル
「・・・一人の時の寂しさは一人にならないと分らない。
俺にとってルイはある種の母のようにも感じられたし頼りがいのある姉のようにも感じられた。」
ルイ
「私にとってキュピルさんはやんちゃな弟にも見えましたしどんな敵も追い払ってくれる頼もしい兄のようにも見えました。」
キュピル
「それまで、愛情という物を全く知らずに育ってきた俺達だったから・・・な。」

よりかかっているルイを支えようとした瞬間、またルイが消えた。
沢山の気泡が下から溢れ見えていた光景を上に押し上げて行く。
キュピルも泡に包まれ、何処かに運ばれていく。

・・・・・。

泡に色が出始めた。
初めは色の原色に塗られそして徐々に様々な色が混ざりあい始めた。
・・・泡に景色が映り始めた。




ルイ
『いつも幽霊刀を抜刀していてください。その刀を閉まっていると私は幽霊刀から出る事ができませんから・・・。』
キュピル
『あぁ、勿論さ。』


キュピル
「(・・・この会話・・・。幽霊刀を手に入れてからまだ間もない時の会話か・・・)」

ルイが刀の事を幽霊刀と呼ぶからいつしか、その刀の事を幽霊刀と呼ぶようになったが・・。
この刀に正式名称はあったりするのだろうか?

・・・色が濁りだし、景色が見えなくなった。
・・・しばらくするとまた別の色が抜け、新しい光景が見え始めた。


ルイ
『いいものですね。こうしてまた私とキュピルさんとで生活出来るようになって。』
キュピル
『何人かナルビクで知り合いは出来たけれどもルイが居ない間は寂しかったからなぁ・・・。』
ルイ
『やっぱり寂しかったんですね?私を送りだした時は気丈に振舞っていたようですけど。』
キュピル
『あの時は何が何でもルイを送りださなきゃ絶対に行けないって思ってたからな・・・。』
ルイ
『・・・私を送りださなきゃいけない・・・。・・・・送ってほしくなかった・・・。じゃなきゃ・・・あんな目に・・・。』
キュピル
『・・・?途中よく聞こえなかった。』
ルイ
『ううん、なんでもない。それより早く食べないとご飯冷めちゃいますよ。』


・・・・。

キュピル
「(・・・・・・)」


再び色が濁り、そして別の光景に変わった。


ルイ
『・・・・・。』
キュピル
『ルイ・・。落ち込まないでくれ。』
ルイ
『・・・代償が・・あまりにも大きすぎます・・・。どうして・・普通に生活する事ができないのでしょうか・・・。』
キュピル
『・・・・・・・。』
ルイ
『・・・私はキュピルさんにしか見えない・・・。普通に買い物することも・・・。誰かとお話しすることも・・・
・・・もう私には・・・本当にキュピルさんしか居ないんです・・・!だから・・・。』

光景に映るキュピルがルイに触れようとする。だが手はすり抜け、ルイに触れることは出来ない。

ルイ
『・・・キュピルさん・・・。』

ルイがキュピルに触れる。ルイが触れようとした物に触れることはできない。
だがキュピルがそれに応えようと少しでも力を入れるとすり抜けてしまう。

・・・実体のない体。・・・すり抜けていくたびにお互いの意思もすり抜けて行ってしまうようにも感じられた。




ルイ
「もうこの時から私にはキュピルさん以外に頼れる人・・・話しさえ出来る人もいませんでした。」

右の方向からルイが漂いながらやってきた。

ルイ
「・・・どんな手を使ってでも・・・私はキュピルさんと長く一緒に居たいと思った。
・・・長く一緒にいるために・・私は幽霊刀に秘められていた力を解放しました。」
キュピル
「幽霊刀に秘められていた力?・・・あの強大なパワーの事か?」
ルイ
「そうです。」
キュピル
「・・・俺と長く一緒に居たい・・それと幽霊刀の力の解放に何の関係が?」
ルイ
「・・・そこから私の野望が始まりました。」
キュピル
「野望?」
ルイ
「・・・私はキュピルさんと長く一緒に居たい。長く・・ではなく・・永く。永遠に・・・。
どうすればキュピルさんと一緒に長く居る事が出来るか?
・・・あの悪魔のような屋敷に住んでいましたから、答えはすぐ出てきました。」

あの屋敷に住んでいたから出せた答え・・・。




ルイ
「キュピルさんを私なしでは生きられないようにしてしまえいばいい。」





泡が弾け再び深い奈落の底へと落とされていく。

キュピル
「・・・・・・・。」

目を瞑り、ルイの事を考える。

キュピル
「(ルイなしでは生きられないようになる・・・・。
・・・ルイは今、俺の事をどう思っているのだろうか。
ルイの中では俺はもうルイなしでは生きられない人間だと思っているのだろうか?
それともまだそうはなっていない・・・と思っているのだろうか?)」


・・・・。

頭の中で過去の記憶を探る。


キュピル
「(・・・幽霊刀の力を手にしてからは・・・考えてみればやりたい放題だったな・・・)」

まずクエストショップでの討伐依頼は全て幽霊刀の力を使った。
簡単なお使いでも幽霊刀の力を借りて移動速度などを早めたりもした。

キュピル
「(・・・・・。)」

あまり思い出したくない事が一つある。

キュピル
「(・・・何度かルイの事より幽霊刀の力を優先した時もあったな・・・)」

そうして幽霊刀の力を使い続け・・・・。

キュピル
「(俺が15歳になった時、事件とも呼べるあの出来事が起きたんだよな・・・・)」

奈落の底へ落ち続けていた体がゆっくりと減速しだし、最後はふわふわ浮かぶような形になった。
ゆっくりと落ち、そしてある部屋に着地した。

・・・昔の俺の家だ。


キュピル
『ルイ!ルイーー!すげぇ依頼来たぜ!!』

・・・国家が大々的にあるモンスターの討伐依頼を出してきた。
全てのギルド、クエストショップにこの討伐依頼は出され倒した者にはそれなりの名誉と報酬金が手に入る。
小さなクエストショップではあったがこの討伐依頼はキュピルの元にもやってきた。

ルイ
『・・・あら、また随分と大きな依頼ですね。』
キュピル
『ルイの力さえあれば絶対倒せる!勿論一緒に言ってくれるよな!?』
ルイ
『ふふっ、勿論ですよ。・・・キュピルさんが承諾してくれるのであれば、とっておきの力を差し上げますよ?』
キュピル
『とっておきの力・・・?何にせよ倒せるなら大歓迎だ。』
ルイ
『分りました。』

ルイが笑う。
・・・あの頃の俺はただ普通にルイが笑ったように見えた。
だが今見ると・・・。

キュピル
「(・・・思惑通りに進んだと・・企みが混じった笑顔だな・・・)」

・・・・。

そして場面は進み、俺とルイは指定討伐モンスターが存在するエリアまでやってきた。
この時、既にモンスターを討伐しようと戦いに挑んだ者はかなりいた。
もう討伐されていないか・・あの時はヒヤヒヤしたが・・・現場は既にそういった空気ではなかった。

ちょうど到着した瞬間に複数のギルドで組み合わせた連合チームがモンスターに戦いを挑んだ所だった。
その数およそ100。数で倒してしまおうという判断らしい。
ギルドの中でもエリートから上位までのランクの人間で組んだチームだったようだが・・・。
結果は敗北。モンスターの範囲攻撃によってまとめて蹴散らされてしまった。

この敗北に回りの冒険者やハンター達の士気が激減。戦う前から敗北ムードが漂い始め
やる前から潰走状態に陥っていた。


ルイ
『・・・キュピルさん。この黒い玉を握りつぶしてください。』
キュピル
『・・・これは?』
ルイ
『その中に、キュピルさんが求めている力がありますから』
キュピル
『よし、わかった。』

・・・ルイがキュピルに黒い玉を手渡す。
それをキュピルが両手で思いっきり潰し破裂させる。

黒い玉が破裂した瞬間。キュピル周辺に黒いオーラが渦巻きはじめた。
年齢に不相応の気。

キュピルが刀を前に向け、地面を思いっきり蹴って前に飛び上がる。
誰かが叫ぶ。

『む、無茶だ!!』

しかし次の瞬間。幽霊刀がモンスターに突き刺さり、そのまま真っ二つにしてしまった。
・・・文字通りの一刀両断。

たった一太刀でモンスターを倒してしまった。

大人100人かかって倒せなかったあのモンスターを子供一人が倒した。



キュピル
『・・・ぅ・・・っはぁ・・・はぁ・・・な・・・なんだ・・・?この・・・苦しい感覚は・・・?』

頭にハンマーを振り下ろされてるかの如く頭痛。
その場に崩れ頭を抑える。
ルイが与えた力があまりにも大きく、身体に大きな影響を及ぼしている。

キュピル
『ル・・・ルイ・・。も、もういい・・・。力を戻してくれ・・・。』
ルイ
『・・・・・・・。』
キュピル
『・・・ル・・・ルイ・・・?』
ルイ
『キュピルさん。今の力はまだ幽霊刀が持つほんの僅かな力です。
これを全て解放したらどうなると思いますか?』
キュピル
『別に良い・・・力を戻してくれ・・・。力を・・・失わせてくれ。』
ルイ
『そうは・・・させませんよ。キュピルさん。
・・・キュピルさんはもう私の手中の中・・・。』
キュピル
『手中の・・中・・?一体何を言い出す・・・・。』
ルイ
『こういうことですよ。』

ルイが右手を前に突き出し、下から上へと動かす。
その瞬間、キュピルの体が勝手に立ち上がった。

キュピル
『こ、これは・・!?』
ルイ
『キュピルさんはもう私の物・・・。私のおもちゃです。
幽霊刀の力を解放させ、幽霊刀と深くリンクしました。
これでもう・・・キュピルさんは・・・。』





キュピル
「(・・・この時、俺は初めてルイがとても怖く感じた。近づきたくない。離れたい。
心の底からそう感じた・・・。・・・そう感じたからか・・・。一瞬だけ体の自由が戻った。)」




キュピル
『ル、ルイ・・・!あっちへいけ・・・!!来るな!!!』
ルイ
『・・・・!!?』

幽霊刀を鞘に納め・・・そして幽霊刀を地面に叩きつける。

ルイは幽霊刀に引き戻され、そして力は消え体に自由が戻った。



キュピル
『はぁ・・・・はぁ・・・・。・・・危険だ・・・。
幽霊刀の力を解放することには・・・大きなリスクがありすぎる・・・。
・・・・ルイ・・・一体・・・どうしたんだ・・・・。』


・・・・。

・・・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


ここからはもう。俺とルイの考えが一致することは二度となかった。

俺は幽霊刀を日常的に抜刀しなくなった。


実質的にルイの居ない生活に戻った。





ルイ
「・・・しくじった。素直にそう思いました。」

ルイの声が聞こえる。しかし辺りを見回してもルイはいない。

ルイ
「でもいつかまた抜刀してくれる・・・。そしたら素直に謝って・・また計画を振りだしに戻そう。
そう思っていたのですが・・・結局。キュピルさんは一度も抜刀することはありませんでしたね。」
キュピル
「・・・俺はルイの事が怖くなった。初めは幽霊刀に取りついた結果、幽霊刀のせいであんな事を
言いだしたのか?っと思ったぐらいだからな・・・・。」
ルイ
「・・・あの日から一週間後。キュピルさんはモンスターを倒した報酬金全てを使って
幽霊刀を封印する箱を買いましたね。」
キュピル
「・・・ああ。」
ルイ
「・・・そんなに私の事が怖かったのですか?」
キュピル
「別の理由もある。」
ルイ
「別の理由・・・ですか?」
キュピル
「そうだ。・・・『黒鬼のキュピル』。あのモンスターを討伐して以来、俺はそういう名前をつけられるようになった。
幽霊刀の力を引き出した時、黒いオーラーに身を包まれ姿が見えなくなり・・・
そして鬼人の如き力で敵を薙ぎ払う。」
ルイ
「・・・黒い鬼。そのあだ名がつけられた事が嫌だったのですか?」
キュピル
「いや、そこまで捻くれていはいない。
・・・あのモンスターを討伐した時に手に入れた名声・・・。あれがもう一つの原因だ。」
ルイ
「名声?」
キュピル
「大の大人が子供に負けた。冒険者やギルドの人達のプライドが傷付いたんだろうな。
あのまま放っておけば自分達にとって害しかなくなる。
大きな仕事は全てあの子に回り自分はこのまま小さな存在で終わる。
そう感じたあいつ等は俺を消そうと色んな手を使ってきた。」
ルイ
「・・・ふふ・・・。キュピルさん。そんな時こそ、私を頼ってほしかったです。」
キュピル
「いや、ルイに頼れなかった。」
ルイ
「怖かったから・・・ですか?」
キュピル
「違う。・・・あいつらは法で俺を消そうとしてきたんだ。」
ルイ
「法で・・・ですか?」
キュピル
「些細な事でさえ針小棒大に言いふらし、事を大きくし最後は法で俺に攻撃。
クエストショップを営業停止に追い込もうとしてきたんだ。
・・・結局、俺はひっそり暮らして行こうと決め・・・力は不要と判断して俺はルイを封印した。」
ルイ
「・・・五年間。・・・とてもとても長い期間でした。」

・・・目の前にルイが歩いてやってきた。


ルイ
「・・・封印されていた五年間・・・。・・・とても・・・とても辛かったです・・・。
正直に言えば自業自得・・・だという事は分っていますが・・・。
また一人になってしまったから・・・。・・・孤独の状態。
それがあの悪魔のような屋敷での生活を思いだされて・・・・。」

ルイがキュピルに向かって走る。

ルイ
「・・・五年後。キュピルさんは封印を解き・・再び私を呼び出しました。
・・・・・そして用が済んだらまた封印しようとした・・・。
その時、改めて思ったのです。・・・ずっとキュピルさんといるためには・・・
キュピルさんを私なしでは生きられないようにしてしまえばいい・・・と。」

ルイがジャンプし、キュピルに飛びかかる。
そのままキュピルを押し倒し上にのしかかる。

ルイ
「・・・その後は私にも運が向いてきていましたね。
幽霊刀を使わなければ危機を脱せない場面に連続で直面。
・・・後はもう、キュピルさんを堕とすのはとっても簡単でした。」
キュピル
「・・・・・。」

五分ほど沈黙が続く。
・・・お互い目を逸らさずじっと見つめ続ける。
すると不意にルイが泣きだした。

ルイ
「キュピルさん・・・。私には埋められない深い傷跡があります。
その傷跡を少しでも・・埋める・・・事を出来るのはキュピル・・さんだけなんです。
生まれた時から親がいなくて・・・キュピルさんと出会って・・・そして屋敷に連れていかれて・・・。
親身になって話しができたのも・・・親身になって話しをしてくれたのも・・キュピルさん・・しかいなかったんです・・!!」

頬を伝って涙がキュピルの頬の上に落ちる。

ルイ
「・・・もう二度と・・キュピルさんを離しません。
ここで永遠に・・誰にも連れ去られず・・・一緒にここで時を過ごしましょう・・・。」
キュピル
「・・・ルイ・・・。・・・だが・・・。俺にはやらなければいけないことが・・・。」
ルイ
「やらなければいけないこと!?一体それは何なんですか!!」

ルイが泣き喚く。

キュピル
「・・・もし・・・俺に残された物がもう本当にルイしかいなければ俺はここでルイと永遠に生きても良かった。
きっと俺もルイの事を永遠に離さなかっただろう。
・・・だけどすまない。・・・ルイが封印されていた五年間。俺は様々な物を得てしまった。
ナルビクに住む友人。・・・クエストショップで知り合った仲間。
そして・・俺の娘だと語るキュー。」
ルイ
「その人達はキュピルさんの事を必要としているのですか!!?
キュピルさんじゃなければいけないのですか!?」
キュピル
「仕事は確かに誰かが代わりになれるかもしれない。
だけど人その者の変わりになんてのは絶対になれない。
・・・もし。俺が本当にキューの父親であるならば、父親の代わりになる人なんて絶対にいないはずだ。」
ルイ
「そんな確証もない話をキュピルさんは信じるのですか!?
そして会ってまだ間もないそのキューという人物を・・・私よりも・・・私よりも優先すると言うのですか・・・!!?
キューなんて・・・どうだったいいじゃないですか・・・!!!」

キュピルがルイを突き飛ばす。
そして起き上がり、ルイから距離を離す。

キュピル
「・・・ルイ、分らないか?・・・キューだって一種の孤児なんだ。
俺達と同じ孤児なんだ。・・・もしかしたら親元が分らず、どうしようもなくなって嘘だと分っていながらも
俺の事を父親だと嘘を言い通して一生懸命食いつなごうとしているのかもしれないんだぞ・・・。
キューは・・昔のルイと境遇が似ている。もし、ここで俺がキューの事を見捨てたら
ルイを見送った時と同じように・・あいつは一人になってしまう・・・。
・・・この幽霊刀の中で俺はルイの話を真面目に聞いて真面目に考えた。
ルイの生涯は確かに悲劇だったと俺は思う。・・・いや、悲劇以外の何物でもない。
こんな事は二度と起きて欲しくない。
・・・だが・・・近くに同じ事が起きてしまいそうな子がいる・・・。
ナルビクに戻れば俺を探す悪い奴等が一杯居る。・・・その悪い奴等が人質としてキューを捕まえるかもしれない。
捕まったら何されるかわからない・・・。もしかしたらルイの時以上に災難な目に合うかもしれない。」

ルイ
「だからって・・・だからって私よりもキューを優先するなんて・・・私には・・・理解できませんっ・・!!」

キュピル
「・・・いいか・・・?・・・俺はルイの事を大切にしたいと思っている。
ルイが俺を求めてくるように・・・俺もルイの事を求めている。
歪んではいるが愛してくるように俺もルイの事を愛したい。
・・・ルイが大切な人になればなるほど・・・それと同じようにキューも大切な人になってくる。
キューに・・・ルイの悲しみを体験ほしくない。」

キュピルがルイに背を向け、歩きだす。

キュピル
「ルイ。・・・すまない。・・・だが分って欲しい。
・・・俺は単純にキューを辛い目に合わせたくないだけなんだ。」

そのままどんどんルイから遠ざかって行く。

キュピル
「・・・それに・・・俺達の仲はもう昔に戻らない・・・。
・・・ただ一方的な愛が通って行く。・・・そんなのは愛じゃない。」

キュピルが振り返る。ルイが相変わらずしゃがんだままだ。

キュピル
「・・・だけど。諦めたりはしない。
・・・いつか、またルイと分り会える日が来る事を俺は信じている。
こんな歪んだ関係じゃなく・・・健全な関係が来るって。
・・・だから・・待っててくれ。・・・その日が来たと確信したら・・・。
俺はルイの事を迎えに行く。・・・絶対に。」












ルイ
「・・・キュピルさんが・・・遠ざかって行く・・・。」


・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



ルイ
「・・・ふ・・ふふ・・・ふふふふふ・・・・・。」





キュピル
「・・・・・。」






・・・・ルイ・・・。



このまま歩き続けて行けばきっと、出口に辿りつける気がする。
何故かそういう自信と希望に満ち溢れていた。



その時。





ルイ
「キュピルさん。何か勘違いしていませんか?」
キュピル
「!!」

突然ルイが目の前に現れた。

ルイ
「ここは私の住む世界・・・。幽霊刀が私に用意してくれた私とキュピルさんだけが住む世界・・・。
ここでも私はキュピルさんよりも圧倒的に強いんですよ。」
キュピル
「・・・・!!ル、ルイ・・・!!」
ルイ
「逃がしません。・・・絶対にっ・・・!!!」

ルイが両手を前に突き出し、赤色の玉を連続で放つ。
数発は避けたが連続で飛び出てくる赤い玉を全て全て避けきる事は出来ず当たってしまった。

キュピル
「っ・・!!か、体・・・がっ・・・!!?」

体の自由がきかなくなりその場に崩れ落ちる。・・・声を出す事も出来なくなった。

ルイ
「・・・こうなってはもう・・・仕方ありません・・・。
キュピルさん、諦めてください。・・・私はキュピルさんを『お人形』にして・・ここで暮らす事にします。」



・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



魔法のせいだろうか。
体を動かす事も。何かを考える事も出来なくなった。


ルイ
「悪いようにはしませんよ・・・・ふふふふふ・・・・・・。」
































==妖精の森



長く伸び荒れた草の上に幽霊刀が一本落ちている。
・・・その横に倒れているキュー。意識が戻る気配がない。

・・・このまま永遠に、誰にも見つからずに放置されていく。


そんな風に思えた。




しかし。




その光景を一部始終眺めていた人が居た。

















ジェスター
「・・・じぃー・・・・。」



続く



第十一話 『天の羽』




ジェスター
「じぃー・・・・。」

目の前に突然一人の少女と男性が現れ、一悶着起こした後少女は倒れ男性は刀に吸い込まれてしまった。
その光景を一部始終見ていた白いワンピースに白い髪の生き物・・・。
限りなく人に近いその生き物はジェスター種と呼ばれるとても愛らしい生き物。
よく街中でペットとして見かける事の多いこの種族。しかし街中で見るジェスター種は人工繁殖によって増やした物であり
野生のジェスターはその愛らしさのせいで乱獲に合い殆ど見かけなくなってしまった。
人工繁殖とは言えどその殆どはクローン技術に用いて増やした物であり
この方法で増やしたジェスターは皆殆ど似た姿をしている。(唯一違うのは飼い主の趣味によって着せかえた服装や着色程度

一部の学会では野生のジェスターとクローン技術で増やしたジェスターは今はもう見た目が殆ど違うのでは?
本当は普段目にしていて気付かないだけなのでは?っと言った学説を上げる者がいる。
ジェスター種の共通する特徴として目立つツインテールに近い髪型をしており
上下に動かし自ら風を巻き起こすと小さく浮遊し飛行する事が出来る。
中には魔術に長けたジェスター種もいるらしくクローン技術を用いて増やしたジェスター種は皆魔術に優れている。

では野生ではどうなのか?
生物学を学ぶ研究科が調査しようとしても今では滅多に見かけなくなった野生のジェスター種。
調査する術はない。


ジェスター
「・・・・悪い人?良い人?」

あの男性はこの場にいないからともかく少女からは今、怖い気配はしない。
興味本位で腰まで長く伸びたボサボサ髪の子に近づく。

ジェスター
「じぃー・・・・。」

・・・つついてみたりゆすってみたりするが起きる気配はない。
深い睡眠・・・というよりは昏睡状態と言ったほうがいいのだろうか?

ジェスター
「死んじゃったのかな?」

「こら!ジェスター!」

ジェスター
「わっ!!」

バッと立ち上がり寝ている少女を隠しながら振り返る。
今ジェスターに話しかけたのもまたジェスター種のようだ。
しかし今話しかけたジェスター種は殆ど見た目は人だ。外見は人間を基準にすると18歳程度の女性に見える。

殆ど人の姿をしたジェスター
「危ないでしょ!!そんなに外の世界に出たら!!」
ジェスター
「だってー!村の中にいてもつまんなーいんだもん!それにリリだって外の世界に出てるじゃん!」

リリが両手を腰に添えて困った顔をする。

リリ
「ジェスターが頻繁に外の世界に出るから心配して見に行ってるだけよ・・・。
・・・所でその倒れている人間は何なの?まさか・・・襲ってきたのを倒した訳じゃないでしょうね!?」
ジェスター
「ううん。何か勝手にワープして勝手に倒れた!!」
リリ
「勝手にワープして勝手に倒れた・・?」

ますます意味がわからなくなり頭を悩ます。

リリ
「(ジェスター種にとって人間は天敵・・・。きっと今でも人間は私達野生のジェスターを探してるだろうから・・・
もしこの人間達が野生のジェスターを探しに来てたら・・・・)」
ジェスター
「ねーねー、この女の子連れて帰っていいー?」
リリ
「だ、駄目に決まってるでしょ!!」
ジェスター
「えー!!!」
リリ
「えーじゃない!大体人間は悪い種族っていつも言い聞かせてるでしょ!!」
ジェスター
「私と変わらないぐらい小さな子供も悪い種族なの?」
リリ
「大人にそういう風に教育されているから悪い種族です。」
ジェスター
「でも中には良い人も絶対いるよねー?」
リリ
「その子は悪い人です。」
ジェスター
「何で?」
リリ
「私にはそう分るからです!」
ジェスター
「どうして?」
リリ
「長年の経験からそう判断できるの。」
ジェスター
「リリっておばさんだったの?」
リリ
「ち、違ーう!!」
ジェスター
「じゃー長年じゃないじゃん!長年ってのはおばさんぐらいになって初めて長年って言うんだって!」
リリ
「誰からそんな事聞いたの・・・。」
ジェスター
「リリ。」
リリ
「えっ、そうだったかしら・・・。」
ジェスター
「あ、物忘れ。やっぱりリリはおばさんだったんだねー!」
リリ
「う、うるさいわね・・・。とにかく駄目な物は駄目!長老にも叱られるわよ?」
ジェスター
「えー・・・。・・・だったらこの剣!この剣は持ちかえろうよ!」

そういうとジェスターは幽霊刀を手に持とうとするがビリッと痺れその場に落とす。

ジェスター
「痛い!」
リリ
「わわわっ!!ジェスター!大丈夫!?怪我した!?絆創膏いる!?」

リリが慌ててジェスターの手を掴み怪我の具合を確認する。
・・・・別に何ともない。

ジェスター
「別にー?何ともないよ?」
リリ
「・・・嘘ついたね!!?」
ジェスター
「嘘ついてない!!触ったら痺れたのー!!!」
リリ
「そんな武器はありません!」
ジェスター
「じゃーリリ触ってみてよ!!」

ジェスターが幽霊刀を手に持ち、そしてビリッと手がしびれその場に落とす。
落とした幽霊刀がリリの足の上に落ちリリが痛みに悶える。

リリ
「ぐぐぐぐ・・・・。」
ジェスター
「ね?痺れたでしょ?」
リリ
「・・・ジェスターの馬鹿あああぁぁぁ!!!!」
ジェスター
「い、いたたたたたー!!」

リリがジェスターのこめかみを拳でグリグリ押しつける。
ジェスターも負けずとリリの頬を引っ張ったり髪の毛を引っ張ったり反抗する。
二人が10分ほど叩き合う。

リリ
「ぜぇ・・・はぁ・・・。もうヤメにしましょう・・。私の負けでいいから・・。」
ジェスター
「えっへん。」

胸を前に突き出し勝ち誇ったポーズを取る。

ジェスター
「それで、この子をお家に連れて帰りたいんだけどいいー?」
リリ
「だーかーらー駄目に決まってるでしょ!!」
ジェスター
「でもよくよく考えたらここに放置するのも危険だよね?下手したら村に入ってきちゃうよー?
大人の人にも判断聞かなきゃいけないから一度連れて帰るのが利口だよー!」
リリ
「う・・・・確かに言われてみれば・・。」

この少女は今昏睡状態にいる。何かアクションを起こしても目覚める可能性はとても低い。

リリ
「・・・しょうがないわね、一度連れてかえりましょう。でもその後の処分はしっかり言う事聞いてもらうわよ?」
ジェスター
「はーい!!」

リリが横笛をポケットから取り出しその場で演奏し始める。
しばらくすると勝手に少女の体が浮きはじめた。浮いたのを確認すると演奏を中断する。

リリ
「さ、村に帰るわよ。」
ジェスター
「うん!・・・あ、この剣どうするー?」
リリ
「それは剣じゃなくて刀って言うの。反ってるのが分るでしょ?
・・・別に武器なんていらないでしょ。」
ジェスター
「あ、それもそうだよね。じゃー置いてこー。」

黒髪の少女だけを自分達の村へと連れて帰る。

ジェスター
「いいなー・・・。私も早く魔法使えるようになりたーーい!!!」
リリ
「普通の子ならもうとっくの昔に魔法使えるようになってるわ・・・。」
ジェスター
「この笛がいけなーい!!」
リリ
「笛の所為にしない!!」
ジェスター
「だってー・・・。」
リリ
「練習すること。いい?」
ジェスター
「えー。」
リリ
「えーじゃないの!」

長く伸びた草の根をかき分け僅かな手掛かりから自分達の村がある場所へと進んで行く。
普通の人間ならば通りすぎてしまいそうなどうでもいい場所をかき分けて進みある地点で二人とも立ち止まる。
ジェスターとリリがポケットから光る石を取り出しそれを天に掲げると二人と黒髪の少女は光に包まれ
その場から居なくなってしまった。




==ジェスターの村


ジェスター
「たっだいまー!!」

ジェスターが元気よく喋る。本当ならコソコソ帰るのだが今回はリリがいるので怒られる心配はない。
村の入り口を守っている番人が挨拶が返事する。

番人ジェスター種
「おかえりなさい。」

この番人もジェスター種だ。鉄の兜に右手に簡単なスピアーこそ持っているがこのジェスター種も女性のようだ。
番人が連れて帰ってきた黒髪の少女に気付く。

番人ジェスター種
「ん・・・。えっ!!それまさか・・・人間!!?」
リリ
「さっき森の中を散歩していたら見つけたの。下手に置いていくよりは連れて帰ってその後処分決めた方が
いいかなって思って。長老は今御在宅?」
番人ジェスター種
「長老ならたった今この村に戻ってきたよ。家に行けば会えると思うよ。」
リリ
「ありがと。」
ジェスター
「長老はいいなー。一人で村行っても誰にも怒られないし。」
番人ジェスター種
「長老は特別。第一ジェスターはまだ子供だし・・・。
ところでまだ名前はジェスターなの?」
ジェスター
「私の名前はずっとジェスター!えっへん。」
リリ
「変・・・。」
ジェスター
「あー!人の名前にケチつけたー!!」

ジェスターが暴れる前にリリが黒髪の少女を運びながらササッと長老の家へと向かう。
ぷんぷん怒りながら腕を振り回しその後を付いて行くジェスター。






==ジェスターの村・長老の家



てっぺんが見えない大木に取り付けられた扉にノックする。

リリ
「長老、今よろしいですか?」

「ええ、どうぞ。」

リリ
「失礼します。」
ジェスター
「おじゃましまーす!」

ジェスターが扉を開けて長老の家に走って入る。
長老の家は大木の中に存在する。長老曰く、これが本当のツリーハウスだとか。

ジェスター
「遊びに来たよー!」

ジェスターが椅子に座っている長老に抱きつく。
腰まで長く伸びた銀色の髪に175cmぐらいありそうな身長。ジェスター種にしては非常に大きい方だ。
見た目は人間を基準にしてもリリと同じく二十歳前後に見える。
しかし何よりもこの長老は見た目は殆ど人間と同じという特徴を持っている。

長老ジェスター
「まぁ、ジェスターちゃん。残念だけど今日はお土産ないのよ?」
ジェスター
「えー!・・・あ、だけど今日私がお土産持ってきたよ!」
長老ジェスター
「お土産?」
リリ
「えっと、この子なんですが・・・・。」

リリがずっと昏睡状態に陥っている黒髪の少女を長老の目の前に運ぶ。

長老ジェスター
「まぁこの子・・・・。」
リリ
「はい、仰りたい事は分ります・・・。人間の子供で・・・。」
長老ジェスター
「違うわ。この子人間とジェスターのハーフよ。」
リリ
「え、ええええええええぇぇぇぇぇぇーーーーーーーーー!!!」


リリがビックリ仰天し尻餅をつく。

リリ
「そ、そんなオゾマシイ事があるのですか!!?」
長老ジェスター
「あら、別におぞましくも何ともないわよ。そうね・・・まだ人間が私達ジェスター種を乱獲する前までは
そういった事もよくあったわ。」
リリ
「そ、そうなんですか・・・。随分と物好き・・というより悪趣味・・というか・・・なんというか・・・。」
長老ジェスター
「念のため言っておくけど私も人間とジェスターのハーフよ?」
ジェスター
「あー。リリが長老けなしたー。」
リリ
「めめめめ、滅相もございません!!お、お許しを!!」
長老ジェスター
「いいのよ、別に。今じゃ滅多にそういった心優しい人間を見なくなったから・・・。
・・・それで、この子どうしたの?」
ジェスター
「森の中で散歩していたらね。」

ジェスターが見つけた経緯を長老ジェスターに話す。
突然目の前に黒髪の少女と変わった刀を持った男性が現れた事。
しばらく眺めていると黒髪の少女は倒れ、刀を持った男性は自身が持っていた刀に吸い込まれてしまった事。
そしてこの黒髪の少女だけを連れて帰った事。

長老ジェスター
「・・・なるほどね。」
ジェスター
「ねーねー、この子飼ってみたい!!」
リリ
「人間を飼うとか危険だからやめなさい!!・・・あ、人間とジェスターのハーフの子だっけ?」
長老ジェスター
「その子が心優しい子かどうかは分らない以上簡単に許可は出せないわねぇ・・・。」
ジェスター
「えー!!ケチー!」
リリ
「こら!!長老に向かってケチなんて言わない!」

リリがジェスターの頭に拳骨を落とそうとするがサッと避けられてしまった。・・・手慣れている。

ジェスター
「リリは心優しくなーい!!」
リリ
「な、なにをー!!」
長老ジェスター
「リリは心優しい子よ。」
ジェスター
「えー。」
リリ
「えーって・・・。」
ジェスター
「どうすれば許可出してくれるの?」
長老ジェスター
「そうね・・・。部外者とは言えどその子も私達ジェスター種の血が通っている子。
無条件追放というのは私も少し心苦しい。そこで、ジェスターに試練を与えようと思うわ。」
ジェスター
「私に試練ー?」
長老ジェスター
「そう。ジェスターちゃんにし・れ・ん。」
ジェスター
「私に出来るかな?」
長老ジェスター
「この子と一緒に暮らしたいという気持ちが強いならきっと出来るはずよ。」
リリ
「長老・・・。」
長老ジェスター
「あぁ、リリ。別に心配することはないわよ。危険な試練や無理難題な試練を与えるつもりはないから。」
リリ
「それを聞いて安心しました。」
ジェスター
「それで何をやればいいの?」
長老ジェスター
「今この少女は昏睡状態に陥っています。このまま放置すればいずれ死を迎えてしまうでしょう。
勿論起こす事が出来てご飯も食べられるように回復したら生きて行く事は出来るわ。
一緒に暮らすにはまず起こさないといけないでしょう?」
ジェスター
「うんうん。・・でもどうやったら起こせるかな・・・。起きろ〜。」

ジェスターが黒髪の少女を揺するが当然起きる気配はない。

長老ジェスター
「流石に揺するぐらいじゃ起きないわね。」
ジェスター
「どうすればいいの?」
長老ジェスター
「そこはジェスターちゃんのここで考えて答えを出してね。こ・こ・で。」

長老ジェスターがジェスターの額を軽く突く。
突かれるたびにジェスターがギュッと目を瞑る。

ジェスター
「頭?うーんうーん・・・。
この子は病気?それとも寝てるだけ?」
長老ジェスター
「そうねぇー・・・。どちらかといえば病気かしら?」
ジェスター
「じゃーお医者さんに見て貰う!リリ、運んでー!」
リリ
「あー・・・。自分じゃ魔法使えないのよね・・。ちょっとまってて。」

リリが再び笛を取り出し演奏する。
しばらくすると魔力が宿り黒髪の少女が浮き始めた。

ジェスター
「行ってきまーす。」
リリ
「もうちょっと待って。」
ジェスター
「?」

リリが2、3分程演奏を続け・・そして。

リリ
「うん、これで大丈夫。まる一日は持つはずだからしっかりその子の治療方法を見つけてきなさいよ。」
ジェスター
「はーい!」

ジェスターが浮いている少女の腕を引っ張り外に出る。

リリ
「上手く行くかしら・・・。」
長老ジェスター
「結構簡単に治せるんじゃないのかしら?一応村の者に伝えておきましょう。」








==ジェスターの村


ジェスター
「お医者さん、お医者さん。」

髪を上下にパタパタ動かしジェスター自身も軽く浮遊しながらとある小屋へと向かう。
行く先々で様々なジェスター種とすれ違い、そのたびに全員黒髪の少女に注目する。
目的地の小屋に辿りつきドアを開けて中に入る。

ジェスター
「こんにちは!」
白衣を着たジェスター種
「あら?ジェスターちゃん。お話は聞いているわよ。」
ジェスター
「もう?」
白衣を着たジェスター種
「長老の魔法は凄いからね。それで問題の子ってその子かしら?」
ジェスター
「うん、診てあげて。」









ジェスター
「どんな感じ?」
白衣を着たジェスター種
「うーん、人間なんて初めて見たからちょっと難しいわね・・・。」

聴診器をあちこちに当て容態を確認する。
時々魔法を唱えたりしている。

白衣を着たジェスター種
「・・・病気とかは一切かかってなさそうね。脳や体に異常は殆ど見当たらなかった。」
ジェスター
「えー。でも長老がどちらかと言えば病気って言ってたよ?」
白衣を着たジェスター種
「た、確かにどちらかと言えば病気なんだけど・・・。」
ジェスター
「どういうこと?」
白衣を着たジェスター種
「この子からマナが溢れてる。もしかすると魔法で意識を無理やり封じ込めてるのかもしれないね。」
ジェスター
「あ!ってことは魔法を解除してあげれば治るんだねー?」
白衣を着たジェスター種
「ちょっと魔術はあまり詳しくないから確証は持てないけど・・・多分そうだと思うよ。」
ジェスター
「ありがとう!」

ジェスターがそう言うと再び宙に浮かぶ黒髪の少女の腕を引っ張って外に出る。







腕を広げながら村を走る。目指すは魔法使いの帽子を模った建物。
村の真ん中にある大きな樹木で作られた噴水を横切る。この噴水から湧き出る水は地脈から湧き出る水で
この村を支えている貴重な生活用水だ。その噴水の前に小さなジェスター種達が屯っている。

チビジェスター種1
「あれ?ジェスター?その子誰?」
ジェスター
「友達ー!」
チビジェスター種2
「そんなに急いで」
チビジェスター種3
「何処にいくの?」
ジェスター
「今ちょっと無理ー!」

噴水の前で屯っている小さいジェスター達を無視して目的地へと移動する。






==ジェスターの村・豊かな魔法店


ジェスター
「こんにちは!」
ぶかぶかなローブを着たジェスター種
「おろ、随分と早い・・・。こんにちは。」
ジェスター
「早い?来る事知ってたの?」
ぶかぶかなローブを着たジェスター種
「長老がいつかここに来るって言ってたからね。話しも全部聞いてる。」
ジェスター
「ふーん・・・。じゃー早く診てー。」
ぶかぶかなローブを着たジェスター種
「興味無さそうな台詞・・。どれどれ。」

自分の裾を踏みながら歩く。
マジマジと黒髪の少女の顔を覗きこむ。

ぶかぶかなローブを着たジェスター種
「・・・ありゃりゃ。こりゃ随分とまた高位魔法・・・。
この魔法をかけた人は相当な怨念持ってるね・・・。こんな強い怨念見た事ない・・・。」
ジェスター
「怨念?それって何?」
ぶかぶかなローブを着たジェスター種
「呪いの事。」
ジェスター
「うーん、呪いって言われても分んない。」
ぶかぶかなローブを着たジェスター種
「・・・ウワァァァッッッ!!!」
ジェスター
「わっ!!!」
ぶかぶかなロープを着たジェスター種
「みたいな感じが呪い。」
ジェスター
「ただの脅かしじゃん!」
ぶかぶかなローブを着たジェスター種
「・・・ジェスターの癖に妙に賢いなぁ・・・。」
ジェスター
「・・・じぃー・・・。」
ぶかぶかなローブを着たジェスター種
「あー、はいはい。早く診ますよ。」

ジェスターが半信半疑な目でずっとぶかぶかなロープを着たジェスター種を見つめる。
・・・色んな魔法やら瓶やら取り出し色々施す。

ジェスター
「まだ?」
ぶかぶかなローブを着たジェスター種
「静かにして!」
ジェスター
「じぃー・・・。」

・・・。

・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

三十分ほど経過した。
突然ぶかぶかなローブを着たジェスター種が瓶と魔法石を後ろに投げつけた。
当然瓶は粉々に割れ魔法石も割れてしまった。

ぶかぶかなローブを着たジェスター種
「あー、もう解呪できなーい!!」
ジェスター
「えー!!それじゃこの子どうなっちゃうの!」
ぶかぶかなローブを着たジェスター種
「もういいじゃん別に・・。死んじゃっても。」
ジェスター
「それは絶対に駄目!!」

ジェスターが怒り心頭に発しローブをぐいぐい引っ張る。

ぶかぶかなローブを着たジェスター種
「ちょ、やめ!脱げちゃう!」
ジェスター
「何とかしないとこのお店滅茶苦茶にするよ!」
ぶかぶかなローブを着たジェスター種
「やれるもんならやってみなってね!」
ジェスター
「あー!言ったね!?」

ジェスターがローブから手を離し棚に乗せられている瓶や魔法石を手当たり次第落としていく。

ぶかぶかなローブを着たジェスター種
「ハッハッハ、無駄無駄〜。後で全部魔法で治しちゃうもんねー?」
ジェスター
「むー!なら!」

ジェスターが適当な魔法石を手に取りぶかぶかなロープを着たジェスター種に向けて使用する。

ぶかぶかなローブを着たジェスター種
「あ!ちょ、タンマ!!使ったら無くなっちゃう!!」
ジェスター
「一斉発射!!」

十個ぐらい魔法石を手に持って魔法弾を乱射する。
火炎弾に電撃弾、氷塊弾から貴重な光弾から闇波弾まで。店の壁に向けて激射する。

ぶかぶかなローブを着たジェスター種
「わあああああああぁぁぁぁぁ!!!!分った分った!!負け負け!!アタシの負けでいいから!!!」
ジェスター
「えっへん。」

胸を前に突き出し、両手を腰の上に当てて勝ち誇ったポーズを取る。
これがジェスターのお決まりのポーズである。

ぶかぶかなローブを着たジェスター種
「・・・とは言ってもなぁ〜・・・。こんな強い怨念・・。呪いをかけた本人じゃなきゃ絶対呪解出来ないよぉ・・。」
ジェスター
「んー。じゃー呪いかけた人探せばいいの?」
ぶかぶかなローブを着たジェスター種
「誰にかけられたか分んない呪いだからなぁ・・・」
ジェスター
「私呪いかけられて倒れる所見たよ。」
ぶかぶかなローブを着たジェスター種
「ほんとに!?」
ジェスター
「うん。最初男の人と話しててしばらくしたら倒れちゃったんだもん!
絶対あの男の人が呪いかけたに違いない!!」
ぶかぶかなローブを着たジェスター種
「それでその男の人は何処に?」
ジェスター
「えっと、その男の人が持ってた刀に吸い込まれちゃった。」
ぶかぶかなローブを着たジェスター種
「吸い込まれたぁ・・・?夢でも見てたんじゃないの?」
ジェスター
「また魔法アイテム乱射するよ。」
ぶかぶかなローブを着たジェスター種
「ゴメン。」
ジェスター
「うんうん。分ればよろしい!」

再びお決まりのポーズを取る。

ぶかぶかなローブを着たジェスター種
「・・・こうなったら別の手を使うしかないかぁ・・・。」
ジェスター
「別の手?」
ぶかぶかなローブを着たジェスター種
「この子の延命。このままだと三日持たないから最低でも一カ月は持つようにする。
その間に解決策を探す。それでどう?」
ジェスター
「うんうん。そうしようー。で、どうやるの?」
ぶかぶかなローブを着たジェスター種
「肉体の負担を極限まで減らす。」
ジェスター
「どうやれば減らせるの?」
ぶかぶかなローブを着たジェスター種
「会話のテンポを悪くするねぇ・・・ジェスター・・・。
方法は簡単。肉体から魂を抜いちゃう。」
ジェスター
「え?魂?」
ぶかぶかなローブを着たジェスター種
「そ、魂が体を全てコントロールしているからね。早い話親玉が居なくなっちゃえば体はフリーになって
活動が完全に停止しちまうのさ。」
ジェスター
「うーん。もうちょっと詳しく?」
ぶかぶかなローブを着たジェスター種
「詳しく知る必要なんてないさ。結果さえわかればいいだろ?
ただこれをやるのに必要なアイテムが足りないねぇ・・。さ〜〜っきどぉ〜〜っかのだぁ〜〜れかさんが
きちょぉおお〜〜〜なぁ魔法アイテムを乱射しちゃっったからなぁぁああ〜〜〜〜・・・??」
ジェスター
「ふーん。」
ぶかぶかなローブを着たジェスター種
「ふーんじゃないよアンタぁぁああ!!!」
ジェスター
「ぎゃぁっーーー!!!!」

ぶかぶかなローブを着たジェスター種がジェスターのこめかみをグリグリ押しつける。

ジェスター
「集めるから許して!」
ぶかぶかなローブを着たジェスター種
「よくぞ申した!さ、集めてきなさい。」
ジェスター
「何処にあるの?」
ぶかぶかなローブを着たジェスター種
「さぁ?きちょぉぉぉおおおおおおお!!な!!アイテムだからねぇ??」
ジェスター
「うざいよ。」

ぶかぶかなローブを着たジェスター種が腕をぶんぶん振り回して攻撃してきたので
お店から退避するジェスター。








・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


==ジェスターの村


ジェスター
「あーあ・・。一日が終わっちゃった。」

結局、名前も分らない貴重アイテムを見つけ出すのは当然無理な話。

ジェスター
「・・・あ、そうだ。確かリディアンが呪いをかけた人なら解けると言っていたから・・・。」

ぶかぶかなロープを着たジェスター種・・・リディアンという名のジェスター種が言っていた事を思い出す。

ジェスター
「呪いをかけた人を見つけ出そう!!」
リリ
「こらっ!いつまで外にいるの!」
ジェスター
「わっ!だって命がかかってるんだよー!!」
リリ
「だからと言って夜11時まで出る子供なんかいません!」
ジェスター
「今私がここで寝たせいであの子が死んじゃったらどうするの!!」
リリ
「なんで子供はこう時々正義感に溢れて時々悪になるのかしら・・・。
ハーフと言えど人間の血が通った子によく必死になれるわ・・・。」
ジェスター
「頭突きするよ。」
リリ
「女の子なんだからもっと『お・し・と・や・か』になりなさい。」
ジェスター
「この村に住んでる人全員が女性じゃん。全員おしとやかだったら静かな村になっちゃうよ?」

ジェスター種は不思議な事に産まれてくる者の殆どが女性として生まれる。
肉体的に強く村を守る男性がいない種族。女性ばかりなので捕獲した際外れが滅多にない。
そういった様々な要因が絡み合った結果ジェスター種が乱獲にあってしまった最大の原因ともされる部分だ。
ではジェスター種はどうやって増えているのか?
クローン技術を用いて増やしたジェスター種は繁殖する気配が全く見えない。
野生のジェスター種の村に秘密でもあるのか?
それが最も今学会が研究しており、結果ますます野生のジェスターは見なくなってしまった。

リリ
「・・・こんな言葉使うんじゃなかったわ・・・。
とにかくお夕飯が冷めちゃうから早く家に戻りましょ?もうすぐお風呂も沸くわよ。」
ジェスター
「あ、お風呂入ってご飯食べるー!!」

それまでの使命感を丸ごと無かった事にしそそくさに自宅に帰るジェスターであった。











翌日。


ジェスター
「いってきまーす!!」

今日も元気よく家を飛び出す。目的は勿論、黒髪の少女の救命だ。

リリ
「あ、待ちなさい。ジェスター。」
ジェスター
「ん〜?」
リリ
「長老が呼んでたわよ。気に入られてるからって失礼のないようにね。」
ジェスター
「あ、わかった。もう一回いってきまーす!」

玄関から勢いよく飛び出し長老の家へと向かう。






ジェスターの家と長老の家はちょうど反対側の方角にある。
樹木で出来た噴水を横切り大きな木に見える家に辿りつく。長老の家だ。

コンコン



「どうぞ」



ジェスター
「おはよー!おはようー!」

元気よく長老の家に上がり込む。

長老ジェスター
「あら、おはようジェスターちゃん。お姉さんから聞いてここに来たのかな?」
ジェスター
「うんうん。何かあったの?」
長老ジェスター
「んっとね、昨日ジェスターちゃんが助けようとしていたあの黒髪の子なんだけど・・・。
私が想定していたよりちょ〜っと容態が重かったみたいね。」
ジェスター
「うん・・。色んな人に聞いたけどアイテムが必要と言われちゃって・・。
そのアイテムの名前も分らない!」
長老ジェスター
「そのアイテムの名前は魂の蝋燭(ろうそく)・・。」
ジェスター
「魂の蝋燭?」
長老ジェスター
「そう。蝋燭とかそんな小さな道具は一杯あるからいいんだけど
唯一足りないのは魂。」
ジェスター
「うーん・・・でも魂なんて地面に落ちてる物じゃないよ?」
長老ジェスター
「うん、そうそう。落ちてないわよね。」
ジェスター
「えー・・。長老何かもう分ってる顔してる・・・。」
長老ジェスター
「そうねー・・・。じゃ、私から特別に大ヒント♪
魂の蝋燭について色々調べてみなさい。もし、明日になっても分らなかったら私の元まで来る事。
なぜならその日にその子は死んじゃうから。いいね?」
ジェスター
「分った!魂の蝋燭について調べればいいんだね?
いってきまーす!」
長老ジェスター
「あ、そうそう!あの黒髪の少女はリディアンの所にいるから忘れないようにね!」

ジェスターが手を上げて応えると再び玄関から飛び出て行った。

長老ジェスター
「良い子ね・・・。」






・・・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。





ジェスター
「何処にあるんだろう・・・。」

村にある少し大きな図書館で本を探すジェスター。
調べ物といえば図書館。そう判断したのだ。

ジェスター
「うーん・・・蝋燭大辞典とかないのかな。」

そんなマニアックな本は存在しない。

リリ
「何で私まで探し物手伝ってるのよ・・・。」

隣で脚立に乗ってボソボソ呟くリリ。

ジェスター
「だってこんなに広いんだよ!!一日中かけても全部タイトル読み切れないよ!」
リリ
「魂の蝋燭・・。それだけのキーワードでこんな広い図書館から目的の本を探し出すのは無茶だわ・・・。
もっとキーワードを絞り込めないかしら・・・。そもそも魂の蝋燭って何に使うのよ?」
ジェスター
「うーん。黒髪の子を助けるのに使う。」
リリ
「もっと精確に!助けるにしてもそれをどうやって使うのかしら?」
ジェスター
「うーん・・・。長老に聞いてくるー!」

ジェスターが図書館から飛び出す。
途中管理人に注意をされげんなりしたのか髪が真下に垂れていた。

リリ
「・・・今のうちに雑誌でも読もうっと。」






==ジェスターの村・長老の家



ジェスター
「長老〜!」
長老ジェスター
「あらら?もうわかったの?」
ジェスター
「ううん。図書館で調べようとしたけど本が多すぎて・・・。」
長老ジェスター
「そうねぇ・・。ちょっ〜っと図書館じゃ本が多すぎて困るわね。」
ジェスター
「だからちょっと情報をまとめることにした!質問してもいい?」
長老ジェスター
「うん、いいわよ。」
ジェスター
「魂の蝋燭って種類に分けると何なの?ただの置物?それとも魔法道具?」
長老ジェスター
「ううん、違うわ。魂の蝋燭は呪術道具よ。」
ジェスター
「えー!ここでも呪い!?でも呪術道具ってのが分ったから一気に調べる範囲が決まった!ありがとう〜行ってきまーす!」

間髪いれずに喋り続け再び図書館へと向かう。

長老ジェスター
「張りきってるわね。そろそろ準備しようかしら・・・。」









==ジェスターの村・図書館


ジェスター
「リリー!」
リリ
「ん?もう聞いて来たの?」

リリがちょうど雑誌を片手に持った所だった。

ジェスター
「うん!呪術道具なんだって。だから呪術と道具をキーワードに探してみたいから手伝ってー。」
リリ
「かなりキーワード絞り込んだわね。これならすぐ見つかりそう。」

図書館とは言えど呪術の本はかなり少ない。
ましてやそこに道具をソートにしてかければもはや数冊しかない。
呪術に関する本が置かれてるエリアに移動しそこで更に道具について書かれている本を探す。
すると『呪術必需品』と書かれた本を見つけ手始めにそこから魂の蝋燭を探すことにした。
ジェスターが必死にページをめくり魂の蝋燭に関するページがないか探す。
その間にリリが別の本を調べ魂の蝋燭について調べる。

・・・・。

・・・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。

リリ
「・・・あ!ジェスター!これの事じゃないの?」
ジェスター
「ほんと?」

ジェスターが本を覗きこむ。頬と頬がピッタリとくっつく。

『魂の蝋燭

呪術の中位に当たるやや使いどころが変わった蝋燭。
呪術をかけたい対象の魂と煌術によって魔力が込められた蝋燭を用意しその二つを合成。
最後に炎を灯した瞬間、対象の魂が具現化(視覚化)する。
具現化した者は体が生きている間この世を彷徨う事が出来るが蝋燭の火が消えた瞬間、魂は消滅し
体も同時に息絶える。主に精神面の拷問に使われる。』

ページを読み終えた瞬間、二人とも息を飲みこんだ。

リリ
「お、恐ろしい物ね・・・。」
ジェスター
「でもこれを使えば延命できるんだって・・。」
リリ
「呪いで延命だなんてまるで裏の裏の裏をかいてるようなものね・・・。これでお望みの情報は手に入った?」
ジェスター
「手に入った!」

ジェスターが本を持ったまま図書館から飛び出す。
再び管理人から注意され、更に本を無断で持ち出そうとした事を叱る。
また微妙な顔になり髪を真下に垂らしながら逃げるようにして図書館から出て行った。







==ジェスターの裏・長老の家



ジェスター
「長老〜!わかったよー!魂が何処で手に入るのか!」
長老ジェスター
「まぁ。それで魂は何処で手に入るのかしら?」
ジェスター
「黒髪の少女本人から!」
長老ジェスター
「正解♪よくここまで自力で探したわね。偉い偉い。」
ジェスター
「えっへん!」

長老ジェスターがジェスターを褒める。

長老ジェスター
自分で調べて打開する事はとても重要な事・・・。
どんな困難に当たっても調べる力を身につければきっと豊かな人生になるわ。
必要な物が分ったからさっそく実行しましょう。」
ジェスター
「でもやり方がわからないよ?」
長老ジェスター
「そこは私がやってあげる。本当はここもジェスターに調べて貰おうかなって思ったんだけど
ちょ〜っと難しいからね。そこは大人に任せなさい。」
ジェスター
「じゃーお願いしまーす!」
長老ジェスター
「さっそくリディアンの所に向かうわよ。」





==ジェスター種の村・豊かな魔法店


魔法商店にジェスターと長老が入る。

リディアン
「ん、いらっしゃいませ・・・ってな雰囲気じゃなさそうね。例の件?」
長老ジェスター
「そうよ。私から与えた課題は全てこなしたから後は私達がやりましょう。」
ジェスター
「ところで呪術に必要なレアアイテム・・・私が使っちゃってないんじゃなかったっけ・・・。」
長老ジェスター
「・・・?別にレアアイテムなんて・・・。」
リディアン
「あーあーあー!ささ、長老様!下準備は全て整っておりますからすぐに実行しましょう!」
長老ジェスター
「・・・そうしましょう。ジェスターはそこでお待ちなさい。いいわね?」
ジェスター
「うん。」

長老ジェスターとリディアンが店の裏へと移動する。


・・・・。



リディアンが棚の裏を動かし、二人は秘密の地下室へと入って行く。
明りが一切灯されていない湿気の多い石階段を下りて行く。
リディアンが指先から炎を召喚し辺りを明るく照らす。

階段を30段程降り続けると少しだけ広い間に出てきた。
中央に倒れている黒髪の少女がいた。既に魔法陣の上に寝かされており正反対の方角には蝋燭があった。

リディアン
「長老。いつでも呪術をかけられますよ。心の準備はいいですね?」
長老ジェスター
「・・・ええ。少しドキドキするわ。私以外の人間とジェスターのハーフを見るのは・・・。
ここでしっかりと見極めないといけないわ。」

蝋燭に魂が込められ火が灯された瞬間。呪術の効果により黒髪の少女が具現化する。
別の言い方をすれば黒髪の少女が一時的に幽霊のような状態になって目覚めるのだ。
もし、少女が悪い人間でこの村を探し乱獲を手伝う者であったのならば長老ジェスターはすぐに火を消し
この黒髪の少女の命を奪うだろう。

ジェスターの前ではいかにも絶対に助かりそうな雰囲気を演出していたが実際は間逆。
長老の判断一つでこの少女の命は容易く変わるのだ。

長老ジェスター
「始めてちょうだい。」
リディアン
「行きますよっと。」

リディアンが煌術を唱え蝋燭に特殊な魔力を込める。
魔力が込められた瞬間魔法陣がゆっくりと回転し始めた。
リディアンが両手を前に突き出し念を唱える。

徐々に魔法陣の回転が速くなり風が巻き起こり始めた。
真冬のように冷たい風が小さな広間で渦巻き始める

リディアン
「はああぁっ!」

リディアンが叫び片腕を天井に掲げると黒髪の少女から半透明の球体が出てきた。
その瞬間魔法陣は破裂し渦巻いていた風は止んだ。
半透明の球体を蝋燭へと近づけさせる。

・・・・。

・・・・・・・・・・・・。

蝋燭は徐々に茶色く変色し半透明の球体が消えた。

リディアン
「火、灯します。」

長老ジェスターが無言でうなずく。







魂の蝋燭に火が灯された。
その瞬間、ピクリとも動かなかった黒髪の少女が一瞬呻き声を上げ再び動かなくなった。
・・・そのまま待つ事数分。

徐々に少女の上のうっすらと・・・ぼんやりと少女自身が立っているのが見えてきた。

長老ジェスター
「人間とジェスターのハーフよ。我の名はアドゥマ・アースキン。
我が同族・ジェスター種の長を治める者だ。
よく聞くがいい。貴女は我が森に迷い込み意識を失い、そして死を迎える直前で一人の同族が貴方を助けた。
しかし私はこの種そのものを治める者。万が一、貴女が我が問いによって我々にとって脅威と為す者であるならば
貴女を排除する。」

長老ジェスター。・・・アドゥマが更に語りかける。

アドゥマ
「・・・まず初めに貴女の名を名乗れ」

絶対的な力によって黒髪の少女の意思に反して口が勝手に動き出す。

キュー
「・・・・キュー・・。」
アドゥマ
「キュー。意識を失う直前まで、何を目的に行動していたか口にせよ。」
キュー
「お父さんが・・・幽霊刀をアタシの前で始めて抜刀してから・・急に変に・・・なって・・・。
心配になって・・・幽霊刀を抜刀しようとした・・・。・・・そこで意識が乱れ・・記憶がありません・・。」
アドゥマ
「・・・・・・・・。」
リディアン
「・・・長老・・・。」

二人とも唖然とした。
その口から何一つ自分達にとって関連する言葉が出て来なかった。
そもそもこの村に辿りつくには妖精の森と呼ばれる場所を通らなければいけない。
しかし、長老とリディアンによる功名な魔術によって正確な地図を手にしなければこの辺境の森に辿りつく事は絶対に出来ない。

莫大な労力をつぎ込みようやくこの森に辿りついた者ならば必ず妖精の森の名を口にするはずだ。
万が一、本当に万が一このキューという名の少女が妖精の森に迷い込んでしまったのであれば
森から抜け出すために出口を探していたなどといった言葉が出てくるはずだ。

少し趣向を変えた質問をする。

アドゥマ
「記憶が途切れる瞬間まで貴女は何処に居た。」
キュー
「・・・ナルビク・・・。」
アドゥマ
「貴女は森の中で倒れていた。それは何故だ。」

アドゥマの問いから逃れる術は絶対にない。
嘘をつくことも黙る事も出来ない。
アドゥマの問いによって放たれた言葉は絶対真実。

キュー
「・・・わかりません・・・。・・・アタシは・・・夜更かしして・・・お父さんに・・ばれないように・・・
秘密が隠されてる・・・幽霊刀を・・・抜刀しただけ・・・。」
アドゥマ
「・・・もういいわ。」

アドゥマの威厳が一気になくなる。

アドゥマ
「どうやら貴方は私達、ジェスター種にとって脅威にはならない存在のようね。
・・・何故、突然妖精の森に飛ばされたのか・・・そこだけがとても不思議だけど私達は貴方を歓迎するわ。
ようこそ、我が村『天の羽』へ。」

アドゥマがにっこりと笑う。
リディアンが謎めいた顔をしながらアドゥマを見る。

リディアン
「・・・長老。まだ問いを続けているのは何故?」

・・・アドゥマの問いがまだ終わっていない。
キューは体をふらふらと揺らしている。

アドゥマ
「ちょっとまだ気になる事があるの。
キューちゃんだっけ?貴方は人間とジェスターのハーフみたいだけど一体誰と誰が結婚して子を産んだのかしら?
愚かな人間が連れまわしているジェスター種はクローン技術によって増やした哀れなジェスター達・・。
クローン技術によって産まれたジェスターは絶対に個体を増やすことはないわ。
なぜならベースとなった彼女の生殖能力を私が奪ったから。
つまり貴方の母親は必然的に私達の同族・・・野生のジェスターのはずよ。
私は全てのジェスター種の名を把握している。・・・母親の名を述べなさい。」

キューがしばらく間を置き・・・そして。

キュー
「・・・ジェスター・・・。」
アドゥマ
「・・・えっ・・!!?」



リディアン
「そぉ〜んなば〜かなぁーーー!!!!!!」















ジェスター
「ん〜?」










リディアンがくるくる回転しながら頭を抱え、その場でバタリと倒れた。
アドゥマも冷静を装いながら冷や汗をかいている。

アドゥマ
「そんなはずはないわ・・・絶対に・・・。
キューちゃん、嘘をつくのは・・・・え・・・・。」

自分で言っておきながら違和感に気付く。

・・・アドゥマの問いはまだ終わっていない。
キューは絶対に嘘をつけない。

・・・どうして?

ジェスター程変わった名前はない。
何故ならば名前そのものが種族の名前だからだ。
例えば、人間という種族ならば『人間』という名前をつけられるようなものだからだ。
そしてアドゥマの持つ名簿には当然ジェスターという名前のジェスター種は当然本人一人しかいない。

アドゥマ
「・・・貴方・・・何か重大な隠し事を持ってたりしない・・・・?
貴方の一番大事な隠し事を述べよ・・!!」

アドゥマが止まらない冷や汗をかきながら発言する。
キューが虚ろな瞳をアドゥマに向けながら喋る。


キュー
「・・・・ギーンの後頭部に10円ハゲ見つけた・・・。作者によるストレスだと思う・・・。
・・・シジューゼが見つけた・・・。」

アドゥマ
「・・・・。」

アドゥマが黙り、そして次第にニヤニヤし始め最後には大爆笑し始めた。

アドゥマ
「アッハハハハハハハハ!!ギーンって現トラバチェスを治める統領様の事!?
なんでキューちゃんがそんな事知ってるのよ!アッハハハハハハハハ!大体作者って何よ!」

必然的に問いになってしまった。

キュー
「作者は・・・二人いる・・・。」

アドゥマ
「あ、答えなくてもいいのよ。キューちゃん。もう全て水に流すわ。お母様の事とお父様の事はまた今度聞かせて頂戴。
問いを終わらせます。」

アドゥマが振り返り階段を登って行く。
その瞬間キューの意識がハッとする。

キュー
「・・・あー・・・あの問い・・一体何なんだ・・・?勝手に喋っちまったぜ・・・。
・・・前世の記憶のせいでちょっとゴダゴダに・・・。」

キューが階段を登って行く。
・・・まだ体が半透明だという事には気付いていない。

階段を登り続けると出口にアドゥマが待っていた。


アドゥマ
「キューちゃん。この子が貴方の事を助けてくれたのよ。」

眩しさのあまりにあまり目を開けていられないが段々と目が慣れてきた。


アドゥマ
「ジェスターちゃん。この子の名前はキューちゃん。とっても心優しい子よ。」
ジェスター
「よろしく〜キュー!」



キュー
「・・・あ・・・!!!!おかあ・・・じゃなくて・・・。
ジェスターだーーー!!!」

キューがジェスターに抱きつく。
ジェスターが驚くが何故か数秒後には対抗するように抱きつきお互い顔をすりすりし始めた。

アドゥマ
「お互い仲良く過ごしてね♪」


アドゥマが階段を再び降りる。








アドゥマ
「・・・・さて・・・あの子の呪い。どうにかしないとね・・・。」

・・・呪いを解くのは非常に困難。
呪術をかけた人物は不明。

・・・絶望的だ。




続く




追伸

ジェスターのひとり言を読まないと辛い展開は困るよね・・・やっぱり。



第十二話 『集結』




ジェスター
「いただきまーす!!」
キュー
「あ、アタシは食えるのかな・・・。」

卓上に並ぶ料理。
一応ジェスターとリリなりに歓迎の意を示したつもりなのだが問題点が二つある。
一つはキュー自身が幽霊的な何かの状態である事。
料理に手を伸ばす。・・・ちゃんと触れられるし感覚もある。

キュー
「・・・口には頬り込めそうだけど・・・。」

隣をチラッと見る。

ジェスター
「ガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリガリ」

・・・問題点その2。
今、卓上に並んでいる料理と呼んでいる物の殆どが機械のネジだ。

ジェスター
「あれ?食べないの?ごちそうだよー!」
キュー
「う・・・うぅぅ・・・・。そ・・・そういえば・・・アタシの前世の記憶にジェスター機械のネジ食べてたような・・・。」
ジェスター
「うんうん。食べてる食べてる。」

適当に相槌を打つジェスター。

リリ
「人間の口には合わないのかしら・・・。」
キュー
「(琶月が居たら全部食べさせるのに・・・・)」

・・・流石に死ぬだろうか?

キュー
「え、え〜っとー・・。ほら・・。アタシこんな状態だからお腹とか減らないし・・・それに食べれるかどうかも分らないから!」
ジェスター
「試しに一つだけ食べてみたら〜?」
キュー
「(ありがた迷惑〜〜〜!!!!)」

心の中でジェスターにどつく。

ジェスター
「ペットの面倒を見るのが飼い主の務めー!ほら、あーん。」
キュー
「うんぐぬぬぬぬぬぬ・・・・」

・・・もうこうなったら今の状態にかけるしかない。
決死の思いで口の中に頬り込まれた機械のネジを食べる。

・・・噛めない。
まずい。
体が異物を飲みこんだと判断して何度も吐こうとしている・・・。

キュー
「・・・あ、ちょっとトイレ借りるよ。」
ジェスター
「ん〜?」

キューが席から立ちトイレに入る。

・・・・。

・・・・・・・・・・・・。

キュー
「い、今のでお腹一杯になっちゃった。」
ジェスター
「要らないのなら私が食べるー。ガリガリガリガリガリガリガリガリ・・・・」
リリ
「ガリガリガリガリガリガリガリ・・・」

・・・何か恐怖を感じるキューであった。










==深夜


キュー
「さっぱりしたぜ。」

バスタオルで頭をごしごし拭きながら居間へと歩くキュー。

ジェスター
「幽霊でもお風呂入れる事にびっくり。感覚ないと思ったんだけど・・・。」
キュー
「にひひ。体がちょっと透けてる以外別になんともないぜ。
ジェスター、髪全然拭けてないぞー!」

ジェスターが髪をばさばさっと動かして水滴を落とす。

キュー
「うわっ!・・・こらー!借りたパジャマが濡れた!!
おりゃりゃりゃりゃりゃりゃっーー!!」
ジェスター
「ぎゃぁっー!」

キューがバスタオルでジェスターの頭をごしごし拭く。ちょっと痛そう。

ジェスター
「むぅっー!反撃ーーーー!!」
キュー
「あ、暴れるなー!」
リリ
「二人とも早く寝なさい!!!結構灯りを灯す魔力は貴重なのよ?」
ジェスター
「うっ・・・。」

キューが小声で呟く。

キュー
「貴重だとは思えないんだけど・・・」
リリ
「何か言ったかしら?」
キュー
「何でもないぜ!アタシは・・・何処に寝ればいいんだろう?」
ジェスター
「ベット二つしかないから一緒に寝よう〜!」
キュー
「何から何まで借りっぱなしだぜ。」

ジェスターに腕を引っ張られ部屋の中に入る。
リリもランプを消し明日に備える。




==ジェスターの部屋


ベットの中に入りお互い「おやすみー」と小声で喋る。

・・・。

・・・・・・・・。

ジェスター
「もうちょっとだけお話しない?」
キュー
「いいぜー。」

お互いボソボソ呟く。

ジェスター
「キューは何処から来たの?」
キュー
「ナルビクって街にずーっと居たんだけど・・・何故か知らないけど意識がはっきりしたらここにいた・・・。
ジェスターは森でアタシを助けたんだよなー?」
ジェスター
「うんうん。何か男の人と会話してて暫く経ったらキューが倒れた。」
キュー
「え?男の人?・・・アタシまさか誘拐された訳じゃないよなぁ・・・。」
ジェスター
「黒い髪に黒い刀持ってた。何処からどう見ても不審人物!」
キュー
「あ!それお父さんだ!!」
ジェスター
「え?キューのお父さん?」
キュー
「アタシが倒れた後アタシのお父さんはどうしたんだ?」
ジェスター
「黒い刀に吸い込まれたよ。悪は滅びる!」
キュー
「勝手にアタシのお父さんを悪にしないで・・・。
・・・幽霊刀に吸い込まれた・・・。」

・・・・意識を失い、そしてここで目覚めるまでの間・・・。
一体キュピル達に何が起きたのか・・・。

キューはそれが何一つ分らない。

ジェスター
「キューに呪いかけたのってお父さんじゃないの?」
キュー
「百歩譲ってお父さんがアタシの事恨んでたとしても呪術使える程強くないぜ。」

・・・が、言った傍から幽霊刀の力を思い出しまさか・・と心配になるキュー。

ジェスター
「ふーん。」
キュー
「自分から聞いて興味なさそうな顔してるな〜。」
ジェスター
「キューって人間とジェスター種のハーフなんだよね?」
キュー
「・・・うん、そうだよ。」
ジェスター
「キューのお母さんってやっぱりジェスター種なの?」
キュー
「だと思うよ。」
ジェスター
「思う?」
キュー
「アタシね、ずーっとお父さんと一緒に暮らしてるからお母さん全然見た事ない。
産まれたその時からお父さんしかもういなかった。」
ジェスター
「ってことはお母さんに一度も会った事ない?」
キュー
「一応そういう事にしておいて。」
ジェスター
「・・・・?」

・・・前世の記憶を頼りに過去を思い出す。
・・・お父さんは何でジェスターに全てを託したんだろう。
どうしてルイじゃなかったんだろう・・・。

勿論、今となってはそんな事絶対に分り得ない。
頭の中から追いやり消し去る。

キュー
「今度はアタシが質問するぜ。
この村は天の羽っていう名前の村らしいけど何処の国なんだー?アノマラド?」
ジェスター
「ん〜?私外の世界については全然わかんなーい!」
キュー
「・・・外の世界?」
ジェスター
「この村の外の事。皆絶対に村の外の森から出ちゃいけないって言われてるの。」
キュー
「どうして?」
ジェスター
「外は悪い人間が一杯いるからだって。」
キュー
「あー・・・そりゃちょっとアタシも思い当たる節が多いぜ・・・。」
ジェスター
「ふーん・・・・。
・・・でも外行きたいなー・・・。」
キュー
「何で?」
ジェスター
「こーんな狭い所飽きたーーー!!」

・・・確かに。キューでも1日あれば建物の中含め全て回れてしまえそうな広さだ。

ジェスター
「あ!そうだ!キューは外の世界分るんだよね?
こっそり外の世界案内して〜。」
キュー
「アタシは別にいいけど大人の人達はそれを許可してくれるのかー・・・?」
ジェスター
「勿論秘密行動!絶対秘密だよ?」
リリ
「秘密にするならもっと小さな声でお喋りしましょうね?」

ジェスター
「あ・・・・。」

扉が開きリリが仁王立ちしていた。

リリ
「私の部屋まで声が筒抜けよ!何大きな声で喋ってるのよ・・・。」

最初は小声だったのに段々と声が大きくなっていたようである。

ジェスター
「・・・寝る!」
キュー
「んぐぐぐぐ・・・。」

ジェスターがキューを人形のように強く抱きしめながら寝始めた。
リリがふぅと溜息をつき扉を閉めた。

・・・ジェスターが超小声で語りかけてきた。

ジェスター
「呪いが解けたら外の世界案内してね?」
キュー
「・・・絶対秘密だからなー?」

それだけ言うと二人とも目を閉じ眠り始めた。
・・・何も考えずにすやすや眠るジェスターと複雑な思いを胸に秘めるキュー。

キュー
「(・・・お父さんが心配・・・。・・・どこ行ったのかな・・・。
どうしてアタシ森の中に倒れていたんだろう・・・。)」












ジェスター
「行ってきまーす!!」
キュー
「行ってくるぜー!」

翌朝。ジェスターとキューが手を繋ぎながら外に飛び出し長老の家へと向かう。
目的は勿論、キューの肉体にかけられた呪術の解呪の方法。

リリ
「会ってまる一日も経ってないのに仲良いわね、あの子達。」



==長老ジェスターの家


ジェスター
「おはよう〜!」

ジェスターが元気よく長老の家に上がり込む。

アドゥマ(長老ジェスター
「おはよう♪今日もよく来たわね。」
キュー
「(走って10分もしないけどね・・・。)」
アドゥマ
「キューちゃんもおはよ。」
キュー
「にひひ、おはようだぜ。」

初めて会った時と打って変わって雰囲気が違う。

アドゥマ
「今日も勿論、キューちゃんにかけられた呪いを解くために来たのよね?」
ジェスター
「うんうん。」

アドゥマがチラッとキューを見る。

アドゥマ
「魂の蝋燭を使ってキューちゃんの命を少しだけ引き延ばしたけれど、蝋燭の火が消えたその時が
キューちゃんの最後。あと一カ月はきっと持つと思うけど少し時間が短いわねぇ・・・。」
ジェスター
「呪いを解くのって結局呪いかけた本人探し出さないと駄目なの?」
アドゥマ
「本当なら解呪の魔法やお薬は一杯存在するんだけれどこの子にかかってる呪いはとても強力なの。
キューちゃん、誰かに呪いかけられた記憶はある?」

キューが目を瞑って考える。

キュー
「・・・うーん・・・。アタシのすぐ傍に呪術が使える人なんて一人も居なかったからどうしてアタシに
呪いが掛かってるのか皆目見当がつかないよ・・・。」
アドゥマ
「本人の記憶が曖昧なのがとても難しいわね。
この呪いはかけられて数日で死に至るからつい最近にかけられたのは事実ね。」
キュー
「記憶を失っている間に呪いをかけられた事になるんだ・・・。」

だがいくら考えても呪術が扱える人物は思い当たらない。
恨みを抱えている人はいるかもしれないが少なくとも思い当たる人物は呪術を使えない(琶月とか?

ジェスター
「ねーねー、やっぱり私が見たあの男の人が呪術かけたんじゃないのかな?
黒髪で黒い刀を持ってた男の人ー。」
キュー
「だからそれはアタシのお父さん・・・。」
アドゥマ
「キューちゃんのお父さん?ねぇ、キューちゃん。もしかすると貴方に呪いをかけた人物。
お父さん知ってるかもしれないわよ。話しを聞くとキューちゃんの記憶がない間もお父さんと一緒に
行動してたみたいだからね。」
キュー
「それだー!お父さんを探そう!!」
ジェスター
「でもキューのお父さんは変な黒い刀に吸い込まれちゃったよ。」
アドゥマ
「とりあえずその黒い刀をここまで持ってきましょうね。ジェスターちゃん、その黒い刀何処に落ちてたか覚えてる?」
ジェスター
「えーっとー。」

ジェスターがしばらく間を置いて

ジェスター
「・・・・忘れた〜!わかんな〜〜〜〜い!!!」



















==紅い道場

琶月
「た、ただいまー・・。」

まる一日かけて自分の住む道場へと戻ってきた琶月。
畳の上で瞑想していた輝月がすぐに目を開け立ちあがる。

輝月
「・・・!琶月・・・。ようやく帰ったか。全く帰って来ないものじゃから少し心配したぞ。」
琶月
「おぉぉっ!師匠!師匠〜〜〜!!やっぱり道場にいらっしゃったんですね!!
そして師匠が私の事を心配してくれている!!」
輝月
「従者がいないせいで不便な生活をしたぞ。はよ仕事に取り掛かれ。」
琶月
「やっぱりこうなるんですね・・・。」

はるばる遠地からこの道場へ修業しに来る者は多いが輝月が相手したり稽古つけたり技を伝授するだけで
実際ここに泊まって生活するのは輝月と琶月二人だけ。

琶月がすぐに暖簾(のれん)をくぐって裏側へと回り台所に立って調理を始める。
しばらくすると輝月も暖簾をくぐって台所にやってきた。

琶月
「あれ?どうかしました?」
輝月
「お主が一体どこをほっつき歩いていたか聞きに来た。」
琶月
「え、えーっと・・・。キュピルさんとヘルと師匠が密売なんちゃらってのを退治しに行った後
しばらく寝ていたら突然ヘルに叩き起こされてキュピルさんと師匠が捕まったって聞いたので助けに行ったんですけど・・・。」
輝月
「ほぉ?」
琶月
「そしたら途中キュピルさんの娘のキューに会ったんですが・・・突然裏切られて・・・。
不覚にも私とヘルとテルミットさんも捕まってしまいました・・・。」
輝月
「・・・あやつの娘が?」
琶月
「はい。どうもキュピルさんを誘い込む罠として捕まえたようで確かにキュピルさんは来たのですが・・・。
その後少し色々あって落ちついた時にはキュピルさんとキューは行方不明になっていました。」
輝月
「ほぉ。」
琶月
「ヘルとテルミットさんはキューを倒すために今も探し続けているようですけど私は師匠を探さないといけなかったので
それで道場に戻ってきたらやっぱり師匠がいた!・・・っという経緯を・・・。」
輝月
「・・・そうか。あやつとその娘は行方不明になったか。」
琶月
「あれ?師匠もしかして寂しかったりします?」
輝月
「ぬ、そのような事はない。しかし奴にあって今に至るまで短期間に様々な事があったなと思っただけじゃ。」
琶月
「確かにそうですねー・・・。凄く濃厚な一週間でした。考えてみれば私一週間も道場から離れたの始めてです・・・。」
輝月
「ふむ、言われてみればワシもそうじゃな。」
琶月
「でも、今日からまたいつも通りですねー。やっぱり普通が一番ですよー。
えーっと、お味噌汁の具材、具材っと・・・。・・・・あああああああ!!!やっぱり腐ってる!!!」
輝月
「ちゃんと処理するのじゃぞ。」
琶月
「もう嫌。」


輝月が再び暖簾を潜り広間へと移動する。
座禅を組み、再び瞑想に戻ろうとした時扉の開く音が聞こえた。

輝月
「またか・・・。誰じゃ。」

カウボーイハットを見に付け少し顎髭が伸びた男性・・。

輝月
「ん、お主・・・。以前何処かで会ったな?」
ディバン
「お前の知り合いのキュピルが酒場を手伝ってた時に会ったろ。」
輝月
「また奴の名が出たか。それで一体ワシに何の用じゃ。」
ディバン
「トレジャーハント行くついでにキュピルを助けに行く。力を貸してくれ。俺は戦う事が出来ない。」

ディバンが懐からバッと一枚の地図を見せる。

ディバン
「秘境の地・・『妖精の森』へと続く地図だ。キュピルはここに逃げ込んだらしい。」
輝月
「確かにそこにキュピルがおるのじゃな?」
ディバン
「有力な情報を得ている。こいつ等達からな。」

入口から何人かが入ってきた。

ヘル
「ここが糞野郎の本拠地か。ぼろっちぃな・・・。」

すぐに輝月が刀を抜刀しヘルと乱闘し始めた。

琶月
「ボロいって言うーなー!!!」

琶月が包丁を振り回しながら広間に入ってきた。

テルミット
「ぜ、全然ボロくありませんから安心してください!!」
クイエット
「この建物はまだ2年は持つ。」
琶月
「えっ、今凄く嫌な年数が聞こえました。」

ディバン
「輝月。協力してくれるのか?しないのか?」

ヘルと鍔迫り合いしている輝月に問い掛ける。
力で劣っている輝月がヘルを押し飛ばす。一瞬ヘルがびっくりした顔を見せる。

輝月
「奴に借りが残っておる。その借りを返さねばならん。琶月、出陣の支度をせい!」
琶月
「せ、せっかくお料理作ってたのにー!!!」

琶月が泣く泣く倉庫に戻り携帯食料等の備蓄を確認しに行く。

ディバン
「準備している間に少し打ち合わせするぞ。」
テルミット
「そうしましょう。僕達妖精の森について何も知りませんので詳しくお願いします。
ヘル、作戦会議するから聞いた方がいいよ。」

二人が再び鍔迫り合いしていたが今度はヘルが押し切り、輝月を畳の上に突き飛ばす。

ヘル
「聞こう。」

ヘルがテルミットの隣に座る。
輝月が物凄い怪訝な顔をしながら適当な場所に座る。
クイエットは壁にもたれかかったままだ。

ディバン
「妖精の森はライディアとケルティカの間辺りに位置する・・・らしいな。」
ヘル
「らしいだと?」
ディバン
「トレジャーハントをやってもう数十年になるがこの森にトレジャーを挑んだ同業者は極僅かだ。
俺以上の大ベテランでも詳細な情報を手に入れることすら出来ずに帰還してきたからな。
コンパスが狂い、同じような景色が延々と続き方向感覚を失い今自分が何処に居るのか分らなくなる。
そして気がつけば森の外れに出てしまう。この森の正確な地図が無ければ中心部に辿りつけないと言われてるな。
今回この妖精の森の地図を手に入れることに成功した。」
テルミット
「そんな貴重な地図を一体どこから・・・。」
ディバン
「ナルビクの市役所から拝借した。この地図の送り主を役所人は知っていたようだが誰から受け取ったかまでは
聞き出せなかった。俺以外にもこの地図を持ってる人物がもう一人いるらしい。」
輝月
「誰じゃ、そやつは。」
クイエット
「キュピル。俺はその場に居合わせていた。」

全員クイエットの顔を見るが再びディバンが喋り出すとそっちに顔を向ける。

ディバン
「元々その地図はキュピルに渡すようにきつく言われていたらしいな。
だがこいつは想像以上に貴重な地図だ。役所人がばれないようにコピーしたようだな。
俺が持っているこの地図はコピーした物だ。」
テルミット
「ディバンさんはその地図さえあれば妖精の森の中心部に行けるのですね?」
ディバン
「絶対という保証はないが十中八九行けるだろう。
問題は中心部に行けば必ずキュピルに会えるとは限らないが貴重な宝を見つけることは出来るかもしれないな。」
琶月
「お宝!!!!」

琶月が倉庫から沢山の装備を持って飛び出て来た。
何故か輝月とヘルも期待した表情を浮かべている。

ディバン
「良い話ばかりしてしまったが問題点も多い事も忘れるな。
未知の土地故に情報が皆無だ。罠や恐ろしいモンスターがいるかもしれん。」
ヘル
「へっ、モンスターなんかこの俺が一瞬で葬り去ってやる!」
輝月
「やつより早く仕留めてみせよう?」

テルミットがすぐさま会話に割り込む。

テルミット
「ディバンさん、素朴な質問になりますがどうしてこの森は妖精の森と言われているのですか?」
琶月
「あ、確かに気になる・・・。本当に妖精がいるのかな。」
ディバン
「らしいぞ。」
琶月
「えっ!」
ディバン
「妖精の森から戻ってきた同業者が帰り道に妖精を見たと言った奴が居る。
以降、その森は妖精の森と呼ばれるようになった。妖精が悪戯して俺達の行く手を邪魔しているってな。」
テルミット
「アハハ、もし本当にそうだとしたら少し可愛らしいですね。」
ディバン
「後は実際に行ってみなければわからん。長期化する事を踏まえて十分に装備を整えておいた方が良い。」
ヘル
「俺達はもう出来ている。」
琶月
「あ、すぐに支度を整えますから少々お待ちを!!」

琶月がまたドタバタと倉庫へ戻って行った。
その時、クイエットが不意に会話に入ってきた。

クイエット
「意気込んでる中悪いが、私は妖精の森には行かない。」
テルミット
「え?・・・随分と唐突ですね。てっきり行くかと思っていましたが・・・」
クイエット
「あまり面白味を感じなくてな。」
ディバン
「トレジャーハントの面白味を教えてやろう。」
クイエット
「遠慮する。」
ディバン
「・・・そうか。」
輝月
「面白味で判断するとは変な奴じゃな・・・。」
クイエット
「なら君は何のために妖精の森へ行くのだ?」
輝月
「ぬ?奴・・キュピルに借りがあるからな。借りは返さねばならぬ。」
クイエット
「なら君は?」

クイエットがヘルとテルミットを指差す。

ヘル
「俺は倒したい奴がいる。」
テルミット
「僕は一連の騒動を最後まで見たい気持ちがあります。」
クイエット
「君は?」
琶月
「はい?」

倉庫から出てきた琶月を指差す。

クイエット
「何のために妖精の森へ行く?」
琶月
「あ、師匠が行くからです!」
クイエット
「目的はあるのか・・・。・・・また気が向いたらまた会おう。」

そういうとクイエットは粒子化し何処かに消えて行ってしまった。

ヘル
「何だあいつ?」
テルミット
「とても強そうな御方だっただけに居なくなってしまったのは残念ですね・・・。」
輝月
「琶月。準備はよいか?」
琶月
「はい!ばっちりです!」
ディバン
「よし、行こう。」

全員立ち上がり紅の道場から出て行く。
目指すは妖精の森だ。

琶月
「あ、ここから歩いてどのくらいかかるんですか?」
ディバン
「丸々二週間だな。道中神鳥の羽を使ってショートカット出来る場所がないからな。」
琶月
「ぎょ、ぎょえぇ〜・・・・」


全員旅の準備を済ませ紅の道場から出て行く。

琶月
「あ、掛札かけないと!」

琶月が高さ1.5mぐらいの板を裏から運び出し入口の前に置く。


『当主不在につき立ち入りを禁ずる』


ヘル
「当たりめぇの看板かえてどうすんだよ・・・。看板立ててなければ自由に泥棒してくれってか?あ?」
テルミット
「ヘルさん、そんな風に言わなくても。」
ヘル
「・・・気に食わない奴等だ・・。」
ディバン
「あまり無駄な所で体力を消耗させるな。今回はどれくらいで帰ってこれるか分らん。
特に琶月。俺はお前が心配だ。」
琶月
「え!?どうしてですか?」
ディバン
「貧弱そうだからな。」

ヘルに大笑いされ、輝月に「そうじゃろうな」っと言われ、テルミットに失笑される。

琶月
「も、もうだめだぁー・・・。立ち直れないぃ〜・・・。」
輝月
「我が道場に弱者はいらぬ。普通の従者として働くか?」
琶月
「ああああああ!!!嫌です!!駄目です!!!」

琶月がすぐに立ち上がり輝月に泣きつく。

輝月
「ぬぅっ!離れろ!」
ディバン
「もっと言えば俺は輝月も心配だ。」
ヘル
「貧弱だしな。」
ディバン
「違う。服装に問題がありすぎる。何故和服で出かけようとする。」
テルミット
「そういえば輝月さんの和服姿あまり見た事ない気がします。キュピルさんの家に居た時は確か道着でしたよね?」
輝月
「うぬ。お主等の言う私服がワシの場合和服じゃ。何もない日は和服を着ておるのだが出かけるときは道着を着る。」
ディバン
「早く道着に着替え直せ。着替え終わるまでここで待ってやる。」

ヘルが舌打ちする。

ヘル
「とっとと道着着てきやがれ糞野郎!!!」

ヘルが輝月に蹴りを入れようとしたが避けられてしまった。
輝月がヘルを睨む。

テルミット
「さっき輝月さん外出するときは道着を着るって仰っていましたよね。
今まさに出かけるのに何故和服で・・・。」
琶月
「あ、師匠が和服で出かけるときはもう一つ理由g・・。」
輝月
「斬るぞ。」
琶月
「ヒィッ!す、すみません!!」
テルミット
「・・・理由?」
輝月
「・・・そう言う訳じゃ。ワシは足手まといなどならぬ。万が一足手まといになったら捨てるが良い。」
ヘル
「その言葉覚えてやる。」
ディバン
「しょうがない奴等だ・・。行くぞ。」

ディバンが先頭に立ち、妖精の森へと目指して旅立って行った。



続く



追伸

区切りがよかったもんだからつい(ry



第十三話 『天の羽へと続く道』


妖精の森へと向けて進み始めたディバン達。

ディバン
「(・・・妖精の森に何があるか分らん。もしかすると野獣やモンスターがいるかもしれんし罠があるかもしれん。
そのために戦う事の出来るこいつ等を連れてきたが・・・)」

ディバンがチラッと後ろを見る。
巨剣と巨弓を持つ二人の青年と和服を着た少女一人と道着を着た少女一人。
・・・特に巨剣を持った男。この人物からあまりよくない気配がする。

ディバン
「(・・・人選間違えたかもしれないが・・・一番戦力として期待出来るのもあの男だ)」




・・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・・。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。




一週間後。

ライディアを中心に広がるペナインの森を抜けだし、ケルティカとライディアの間に位置する
未開拓の森へと入る。ここまでくると一般的な地図には何も載っていない辺境の地となる。
唯一、ディバンの持っている特別な地図だけがこの辺りの経路が書かれている。

琶月
「よくわかりますね・・・その地図を見て今何処に居るのか・・。」
ディバン
「地図持っていても迷うときは迷う。特にこんな密林の中にいたらな。」
琶月
「え゙っ。まさか今道に迷ってたりしませんよね!?」
ディバン
「それに関しては心配するな。幸いにもここは太陽も見えれば山脈も見える。
今俺達が何処に居るか。その位置は用意に割り出せる。」
琶月
「そ、遭難だけはやめてくださいね・・・。」
輝月
「ディバンよ、目的地まであとどれくらいじゃ?」
ディバン
「さぁな・・・。ここから先は実際に歩いて見なければ分らない。だがスムーズに行けば後四日でたどりつけるはずだ。
・・・スムーズにいけばな。」
テルミット
「確かディバンさんの話しでは妖精の森へ何人もの上級トレジャーハンターの人が探検しに行き
結果、気がつけば全く違う場所に出ていたんですよね?」
ディバン
「全く違う場所にも出た奴もいれば気がつけばライディアに戻ってきた奴もいる。
連中は口々に皆こう言う。『まるでワープしたように突然違う場所に出た』ってな。
中には妖精が悪戯してきた所を見たって発言した奴もいる。」
ヘル
「・・・最初に見つけた奴は間違いなく富を築くな。」
ディバン
「どうだろうな。正確な地図が出来あがるだけかもしれんぞ。」
ヘル
「正確な地図でも名は残りそうだけどな。」
ディバン
「名は残るな。」


更に北へと進み妖精の森へ着々と近づいて行く。

ここまでは順調に進んできた一向。時々高木に登り周りの地形を確認。
太陽の位置と地図を照らし合わせ今自分達が何処に居るのか正確に割り出し、そして正しい道へと進んで行く。
まさに上級トレジャーハンターだからこそ為し得る技を使い道に迷うことなく進む。

そして三日後。

ここまで順風満帆だった行軍が突如止まってしまった。


ディバン
「・・・何だ?どういうことだ?」
輝月
「何じゃ。道にでも迷うたのか?」
琶月
「え゙っ。」
ディバン
「いや、微妙に違う。」
ヘル
「何が起きたって言うんだ。」
ディバン
「戻っている。」
テルミット
「戻っている・・・ですか?」
ディバン
「いいか。俺達はずっとこの道を通ってここまでやってきた。
この方位磁石の針が常に北を向いているからには確かに北へと進んでいたはずだ。
・・・だがこの方位磁石を見てみろ。」

・・・・赤い針が今自分達が通ってきた道の方を示している。
この赤い針が向いている方向へひたすら進めば実質的に妖精の森へと辿りつけるはずだった。
そしてその赤い針が示す方向へ歩いていたが突然その赤い針が後ろを指したのだ。

ヘル
「方位磁石が狂ったってことはないのか?」
ディバン
「念のため方位磁石を修正しよう。」

磁石を取り出し、赤い針にはN極。白い針にはS極を向けて撫でる。
矯正しもう一度方位磁石をかかける。・・・再び赤い針が進行方向へと向き直った。

ヘル
「・・・方位磁石が狂っていただけじゃねーか。」
琶月
「なーんだ・・びっくりしたぁ・・・。」
ディバン
「・・・怪しいな・・・。今日はここでキャンプを張る。」
琶月
「え?まだ昼の三時ですよ?」
ディバン
「構わん。今日は思う所がある。とにかくテントを張ってくれ。」

出発した時はヘル以外テントを張るのが苦手だったがここ数日の行軍で全員テントを張るのが上手くなってきた。
特に琶月の上達は目覚ましい物がある。

琶月
「それじゃーまたいつも通りテント二つ立てますね!」

琶月が小さいテントと大きいテントを二つ取り出し立てられそうな所を探して杭を打つ。
輝月は適当な岩の上に座り作業を傍観している。

ディバン
「便利な従者だな・・っと言ってやりたいが少しはお前も手伝え。」
輝月
「断る。」
ディバン
「・・・全く。」

ヘルはその場で寝転び昼寝しはじめ、テルミットは弓の整備をし始めた。

ディバン
「(・・・さっきの現象を究明しないといけないな)」

方位磁石をずっと眺め続ける。
・・・思う事が一つだけある。

・・・・・・もしあの話しが本当ならば・・・。



・・・・。

・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



琶月
「テント立てましたよー!・・・って皆何か凄い事に・・・。」

ヘルは熟睡しテルミットは弦の張り直しに集中している。
輝月も気がつけば睡眠状態に入りディバンは一心不乱に方位磁石を見つめ続けている。

琶月
「・・・師匠。そこで寝てると和服汚れちゃいますよ。」

琶月が輝月の肩を軽く揺する。

輝月
「・・・ぬっ。・・・既に汚れておるだろうが。」
琶月
「そ、そうですけど・・・。・・・師匠、和服着てるってことは・・・。」
輝月
「お主の読み通りじゃがそれ以上余計な事を言わぬ方が得策じゃぞ。」
琶月
「ひ、ひぃ・・・。・・・で、でもあの!一つだけ教えてください!相手は誰ですか?妖精の森に知ってる人がいるのですか?」
輝月
「余計な事は言わぬ方が良いと今言ったばかりじゃぞ。」

輝月が琶月の髪の毛を軽く引っ張る。
琶月がギャーギャー悲鳴を上げすぐに口を閉じた。


ディバン
「・・・・・・・。」

・・・・地図と地形を照らし合わせ現在位置も確認した。
方位磁石が突然狂った場所に今、ずっと留まり続けているが何処かにワープした形跡はない。
ましてやこれまでずっと道に迷っても居なければ迷う要素も少なかった。

・・・方位磁石が突然狂ったのは本当にただの偶然か?
・・・それとも。

ディバン
「・・・・・・・!」

その時、ずっと進路の方を示していた赤い針が突如勝手に動き再び南の方へと刺した。
・・・確かに今、勝手に方位磁石が回った。

ディバン
「(この辺りに強力な磁場でも発生しているのか?)」

荷物から黒光りする砂を取り出す。

琶月
「・・・あれ?それ何ですか?」

琶月がきらきら光る物に気を引かれやってきた。

ディバン
「ただの砂鉄だ。だが物凄く軽いからな。ほんのちょっとでも磁場が発生していればたちまちくっつきに行く。」

そういうとディバンは少量の砂鉄を宙に撒いた。
・・・すると突然撒いた砂鉄が一本の木に吸い込まれていった。

琶月
「わっ!」
ディバン
「こいつか!」

ディバンが一本の木を調べ始める。
ナイフを取り出し木の表面を削る。
数センチ程削り削った面を指でなぞる。

ディバン
「・・・・・・。」
琶月
「何か分りましたか?」
ディバン
「・・・一見すると普通の樹木だ。だがこいつは間違いなく偽物だ。
こんな密林で水分が全くない木ってのは聞いた事がない。・・・む、なんだこいつは。」

削られた部分から微量ながら光が漏れている。

ディバン
「・・・この木を伐採する。おい、ヘル。起きろ。」
ヘル
「・・ん、何だ?」
ディバン
「お前のその自慢の巨剣であの偽物の木を伐採してくれ。」
ヘル
「偽物の木ってか・・・。」

ヘルが若干寝ぼけながら起き上がり巨剣を片手で持ちあげる。
テルミットも一旦弓から目を離しヘルとディバンの方に顔を向ける。

琶月
「(よくあの巨剣を片手で持ちあげられるなぁ〜・・・。あれって十数sはあるよね・・。)」

ヘル
「ふんっ。」

ヘルが巨剣を両手で持ち、大きく振りかぶって水平に切り払った。
周囲の樹木も巻き込み偽物の木と三本の木が薙ぎ倒された。

ディバン
「やり過ぎだ。」
ヘル
「他は斬り倒すなっと言われていない。」

そういうとヘルは再び地面の上に寝転び昼寝をし始めた。眠いらしい。
テルミットが苦笑し、再び弓の方に顔を向けた。

輝月
「ぬぅ、なんじゃ・・・・。今の音は。」

再び寝付き始めた輝月だったが樹木の倒れる音に気付き起き上がる。

輝月
「ぬ、この倒れた方・・・。誰がこの樹木を薙ぎ倒したのじゃ?」
琶月
「あ、ヘルです・・・。」
輝月
「・・・・・。」

明らかに不満そうな顔をし輝月も対抗するかのように刀を抜刀した。
そして一本の樹木を一刀両断し薙ぎ倒す。

ディバン
「馬鹿野郎!これ以上森林伐採するな!今の音に気付いてモンスターがやってきたらどうするつもりだ!」
輝月
「ワシが全て倒す。これで問題なかろう?」

自己満足に浸り再び岩場を背にしてうたたねを始める。

ディバン
「・・・困った連中だ。とにかく本命の偽物の木は倒れた。調査するとしよう。」
琶月
「何があるのかな。」

水平に薙ぎ倒された偽物の木。年輪は無く偽物である事が立証された。
そして中央に一本の鉄っぽい管が通っている事に気付く。
・・・切り株にも一本の管が通っている。

ディバン
「何だこれは。」

斧を取り出し邪魔な部分をドンドン削って行く。
光が漏れている所を中心的に削り続けて行くと一際光る石が木の中から出てきた。

ディバン
「こいつは・・・。」

光る石を鷲掴みして引っこ抜く。
・・・見た目はガラスで出来たダイヤモンドのような形をしており中が透き通って見える。
石の中に魂のような物が二つくるくる渦巻いている。

琶月
「わっ!!宝石!!!!」

琶月が手を伸ばして宝石を手に取ろうとするがディバンが上にあげて取らせない。

琶月
「ケ、ケチー!」
ディバン
「少し静かにしろ。」

ディバンが胸ポケットにしまってあった分厚い手帳を一冊手に取りページをめくり始めた。

ディバン
「この形状、そして中で渦巻く白い物体・・・。古の魔力か?」
琶月
「古の魔力?」
ディバン
「テルミット、ちょっと来てくれないか。」
テルミット
「はい?」

巨弓をその場に置きディバンの元まで走る。

テルミット
「何か見つけたのですか?・・・!そ、それは・・・。」
ディバン
「分るか?」

ディバンが光る石をテルミットに渡す。琶月が頬膨らませてもう一度ディバンに向かってケチと文句をつけた。

テルミット
「これは古の魔力じゃないですか!?」
ディバン
「テルミット、お前もそう思うか。」
テルミット
「その木の中から出てきたのですか?」
ディバン
「ああ。こいつが俺達を邪魔していた。」

ディバンが方位磁石を近づける。針がクルクルと回転し始め止まらなくなってしまった。

琶月
「古の魔力って何ですか?」
テルミット
「説明するととても長くなってしまうのですが・・・。」
琶月
「え、えーっと私魔法について全然詳しくないので出来る限り簡単に・・・。」
テルミット
「魔法の仕組みについてよく知らないと古の魔力について説明するのも難しいです・・・。」
琶月
「そこをなんとか!このままだと話しのボッチに(ry」














ジェスター
「古の魔力〜?」
アドゥマ
「そう。キューちゃんの呪いを解くもう一つの方法ね。古の魔力さえあればいくら強い呪いといえど
絶対に解呪できるわよ〜。」
ジェスター
「そもそも私魔力とか魔法とか全然詳しくないんだけど・・・。」
キュー
「あー・・・そういえばアタシも魔法使ってた時期もあったけどどうして魔法が使えたのかよく理解しないで使ってたなぁー・・。」
アドゥマ
「あらあら、キューちゃん魔法使えるの?」
キュー
「昔だけどね・・・。今はちょっと使えないかも・・・。」
ジェスター
「そもそも魔法って何ー!」
アドゥマ
「そうねぇ・・。魔法は言いかえると『エネルギー』よ。」
ジェスター
「エネルギー?」
アドゥマ
「そう。身近な物で考えてみましょうか。例えばぁ・・・。
水力発電って分る?」
キュー
「知ってるぜー。流水を使って水車を回すんだよなー?」
アドゥマ
「そうそう。その中にあるタービンを回して電力を生み出してるの。ジェスターちゃんわかる?」
ジェスター
「んー・・・。川の流れを使って水車を回して電気を生み出してるって事でいいの?」
アドゥマ
「その通り。水の力を借りて電力を生み出してるって事になるわ。
次に太陽光発電。分る?」
キュー
「聞いた事ないぜ。」
アドゥマ
「ソーラーパネルと呼ばれる板に太陽の光が降り注ぐだけで電力が生まれる科学の結晶品ね。
異国で生産されててアノマラドじゃ見ないけどねぇ・・。
まとめると太陽の力を借りて電力を生み出してるの。」
ジェスター
「ふーん。」
アドゥマ
「色々な方法はあるけれど電力を生み出して人間は夜の街を灯したりしてるわね。
魔法はそれととてもよく似てる。大気にマナという物が溢れてて私達はそのマナと呼ばれる物を使って
各種属性エネルギーに変換。そのエネルギーを使って魔法を発動させてるのよ。」
ジェスター
「わかんなーい!!」
アドゥマ
「もうちょっと簡略に言うとぉ・・。
私達が住んでるこの星がマナという物を生み出すの。これをさっきの話におきかえると電気ね。
そのマナを使って私達は各種属性エネルギーに変換。電気を使って熱を生み出したり物を動かしたりって所ね。
そして属性エネルギーで魔法を発動。電気のお陰で生活が豊かになった!って所かしら・・・。
今ここにもマナが溢れてるから実演するよ。」

アドゥマが両手を広げマナを吸収する。見た目ではただ両手を広げてるようにしか見えない。

アドゥマ
「マナの吸収が完了。次に各種属性エネルギーに変換。」

アドゥマが右手を前に伸ばす。手のひらから赤い玉が現れた。

アドゥマ
「今マナを炎のエネルギーに変換した所よ。これをぶつけるだけで痛いわよ。
ここから様々な炎の魔法に変化させる事ができる。でもこれは使い手がどこまで経験したかによるわね。」

アドゥマが赤い玉をそのままボンッと破裂させ消滅させた。

アドゥマ
「以上、簡単な魔法講座終わり♪分ったかしら?」
ジェスター
「なんとなく?
あ、一つだけ質問ー!」
アドゥマ
「はい、どうぞ。」
ジェスター
「マナってどうやって生まれるの?」
アドゥマ
「実はマナの殆どは自然に発生してるの。天然水晶からマナが溢れたり大地からマナが飛んだり・・・。
星が無尽蔵に生み出していると考えていいわ。」
キュー
「へぇー。それで話しは最初に戻るけど古の魔力ってどういうこと?」
アドゥマ
「実はマナにもどう言う訳か世代交代する時があるのよねぇ・・。
厳密に言うとマナにも複数のエネルギーに分かれてるんだけどややこしくなるから割愛するね。
とっても簡単に言うと昔はあって今はなくなっちゃったマナね。」
ジェスター
「使いすぎちゃったのかな?」
アドゥマ
「うーん、どうかしらね。私達もマナについては究明出来ていない所が多いからねぇ。」
キュー
「それでその肝心の古の魔力は何処に行けば手に入るんだー?」
アドゥマ
「あ、実はね。持ってるの。古の魔力。」
ジェスター
「ほんと!?」
アドゥマ
「うんうん。この村に不審者が入って来ないようにある魔法を常に発動していてその触媒として使ってるんだけど・・。
・・・・・。」
ジェスター
「んー?」

アドゥマが黙る。

アドゥマ
「ごめんね、どこに古の魔力置いたのか忘れちゃった。」
ジェスター
「えーーーーーーーーーー!!!!!!!」

















テルミット
「これで魔法の基礎説明は終わりますが・・・分りましたか?」
琶月
「あわわわわわわわ・・・・・」
ディバン
「駄目みたいだな。」
琶月
「で、でもとりあえず昔存在して今は存在しないマナってのだけ把握しました!!!
でも何でこんな所に古の魔力があったんだろう・・・・。」
ディバン
「これはあくまでも俺の推論だが妖精の森には高度な文明を持つ何かがあるかもしれん。
この古の魔力は俺達が正しい道へ行くのを妨害していた。」

ディバンが紫色の袋を取り出す。

テルミット
「それは何ですか?」
ディバン
「こいつは全てのマナを遮断する特殊な袋だ。元々は宝に付加された呪いにかからないように保護するための物だが
こいつの中に古の魔力を入れて罠へのマナの供給を断つ。」

ディバンが紫色の袋の中に光る石を入れ紐を結ぶ。これで古の魔力を触媒に動いていた罠や魔法は全て止まるはずだ。

・・・・。

・・・・・・・・・・・。

突然回りの景色が変貌し始めた。

ディバン
「何だ?」

ゴゴゴと大地が軋む。

ヘル
「何だ!?」

ヘルが慌てて飛び起き、輝月も異常な光景に驚き飛び上がる。
さっきまで空が見え明るい森の中に居たのに途端に回りは暗くなり太陽の光が届かない深い木々の中に居た。

テルミット
「ワープ・・・したのですか?」
ディバン
「・・・どうだろうな。現在位置を把握し直そう。」

ディバンが登れそうな木を探すが、何故か間伐や枝切りされた跡がありとてもじゃないが登れそうにない。

ディバン
「・・・こうなっては迂闊に動けないな。ここを拠点として暫く地形把握に全力を注ごう。」
輝月
「お主。一体どうなっておるのだ?」

何も知らない輝月がディバンに問う。
すかさず琶月が輝月の前に移動しこれまでの経緯を全て話す。
同じくヘルもテルミットに経緯を聞きだす。

ディバン
「・・・近くに高度な文明があるとしか思えないな。」

古の魔力を扱う文明。
他国と出会わないように巧妙に隠そうとしている文明。

・・・キュピルとキューは妖精の森に辿りついたのか。

頭の中で様々な憶測や推測が飛び交う。








・・・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。





キュー
「うーん、結局どっちの方が得策なのかなぁ。」
ジェスター
「長老の話しだと古の魔力探した方が早そうだよー?
呪いかけた人が分らないからね〜。・・・本当にあの怪しい男の人がかけたんじゃないの?」
キュー
「だからアタシのお父さんは呪術なんで扱えないぜ。
第一アタシとお父さんは近年稀に見る仲良し親子だぜ。アタシに呪いかける理由が分らない!」

と、口にこそ出してみるが色々思い返すと何故か冷や汗が流れる。

キュー
「(・・・い、いくらなんでもあの程度の事で呪いかけられたりはしないはずだよなー・・。
どっちみちお父さんは呪いつかえないし・・・)」
ジェスター
「・・・あれ?」

槍を持った沢山のジェスター種が慌てながら長老の家に入って行った。
いつも街の見回りという名の暇つぶしをしてるジェスター種や居眠りしてる事の多い門番が慌てている。

キュー
「ん・・・?」






門番ジェスター種
「ちょ、長老!緊急事態ですー!!」

鉄の兜を被り右手に長槍をもつ門番ジェスター種が慌てながら報告する。

アドゥマ
「どうした?」
門番ジェスター種
「何者かが何らかの方法で罠を突破し妖精の森に入ってきた模様です!!」
アドゥマ
「・・・次から次へと問題が尽きないわね・・・。今すぐ斥候部隊を派遣、侵入者を偵察して参れ。
くれぐれも見つかるな。」
門番ジェスター種
「は、はい!!」

ガチャガチャと音を鳴らしながら全員長老の家から出て行った。

アドゥマ
「・・・古の魔力・・・持ってかれたかもしれないわね。」




続く


追伸

ちょっとゴチャゴチャになったかも。ごめん。
そしてまた短め・・・。