Another Story

        
キュピルの放浪


目次


オープニング 

第一話 『出港』

第二話 『船乗り島』

第三話 『ロバート』

第四話 『発見物』

第五話 『意思』

第六話 『フリーシュ島』

第七話 『英雄』

第八話 『取り残された人と物』

第九話 『アテナ』

第十話 『派閥』

第十一話 『作戦』

第十二話 『兵』



オープニング


分らない。

心配だ。

まるで俺の心臓を誰かに鷲掴みにされているかのようだ・・・。


俺は本当に自分の意思で物事を決定してきたのか?


これまで俺が積み重ねてきた人生は本当に俺が選択して作りあげたものなのか?


「お前がこれまで経験した事の中で【考える】とは本当に自分で考えた事だったか?
生まれてこの方身に付けさせられた価値基準を単純に適用することを【考える】ことと取り違えているのではないか。
お前が見つけた自分の答えとは、実は他人の答えを自分で見つけた答えのように思いこんでいる事にすぎない。」


ちがう・・・ちがう・・!!

本当に・・・俺は本当に・・・!!


俺は自分の道を・・・歩んでいる!!!




作者に俺は踊らされてなんかいない!!ちゃんと自分で考えて道を決めて・・・・!!!







キュピル
「うわあぁっ!!」



体が奈落の底に落ちて行くかのような錯覚に思わずキュピルは飛び起きた。
寝巻きは汗でびっしょりと濡れており、ベッドのシーツも少し滲みている。

キュピル
「はぁ・・・はぁ・・・。・・・またこの夢か・・。」

・・・。

これも作者の仕業なのか?
いやいや・・・いくらなんでも考え過ぎだろう・・・。

・・・・・・。

これまで俺が体験してきた事は本当に・・・俺が自分で決めて歩んだ道のはずだ・・。


・・・・。

はずってなんだよ・・・。

何で俺はそんなに自信がないんだ・・・。


絶対・・・。絶対に俺が見つけて歩んだ・・・道・・・・なのに・・・。



キュピル
「・・・っぅ・・くそぉ・・・。」

自分が涙している事に気付き、余計に悔しさが込み上げてくる。
作者の言っていた言葉が脳裏にこびりついて離れない。



作者
「キュピル。お前は私が作った存在だ。無から様々な物質を取り入れ人という形成を作りだした。
お前は覚えていないはずだ。自分の過去の出来事を。物ごころがついたころからお前は戦争に巻き込まれていた。
答えられるか!?自分の親の事を!」
キュピル
「いや・・まて・・!根拠がない!!」
シルク
「そうだ!!そんなデタラメに騙されるな、キュピル!」
作者
「デタラメ!私の言う事がデタラメだと言うか!では聞こうキュピル!
お前がアノマラド大陸で危機に面した時!絶望的な状況に会い一般人なら確実に死に直面する場面で
お前はどうなった!」

走馬灯のようにキュピルの脳裏で様々な記憶がフラッシュバックした。

作者
「お前は人とは思えない力を発しその危機を乗り越えた!!!
今回の戦争でもそうだ!お前がジェロスと戦った時、突然覚醒したのは偶然だと思っているのか!?
黒い渦に飲み込まれそうになった時、アーティファクトと一緒に共鳴したのは偶然だと思っているのか!?
否!それは私がお前を生かしたからだ!ここで死なれては最高のショーが見れなくなってしまうからな!!!」
キュピル
「いや・・あれは・・!」
作者
「あれは、とは?自分の実力だったと言いたいのか!?」

キュピルが黙ってしまった。・・・確かに、考えてみれば突然力が湧きだしてきたあの現象は・・・
ハッキリ言っておかしい・・・・

作者
「キュピルよ・・・。お前は私の作った台の上でただひたすら踊っていただけなのだ。」
キュピル
「いいや・・違う・・!第一!アノマラドで起きた戦争は・・・」
作者
「あれも私が起こしたのだよ!!」





俺は・・・俺は作者に作られた存在・・・。
これまで自分が歩んできた人生も・・・選択も・・・奴が・・奴が俺にそうさせて・・・あたかも俺が考えて・・選択させたかのように思わせている・・・。


キュピル
「だめだ・・!!だめだ!!!こんなんじゃ奴を倒せないっ・・!!!」

キュピルが拳を振り回し、拳を壁に叩きつけた。
ドンと鈍い音が部屋に鳴り響いた。今ので隣で寝ているジェスターが起きてしまったかもしれないが今のキュピルにそこまで気を回す余裕がなかった。

キュピル
「くっそぉぉっ・・・。作者ぁ・・!!」

あの出来事から・・・もう何か月も経過して・・もうすぐ一年経とうとしているのに・・・。
どうしてあの記憶がまだ消えない・・・。
記憶を消したい。忌々しい奴を殺せばこの記憶も消えるか?

殺す・・・。

絶対に殺す!!

奴さえ死ねば俺は奴から解放され、自分で考えて選択した道は誰でもない俺自身が決めた本当に道になるはずだ・・!!


・・・また「はず」だ。

俺を弱気な考えにさせているのは作者の仕業か?
それともこれこそが本当に俺の考えて捻りだした台詞の一つか?
俺はそんなにも弱々しいのか?奴は今俺を見てほくそ笑んでいるのか?


キュピル
「くっ・・・こ、このやろぉ・・!!!」

再び拳を振り回し見えない敵を殴り続ける。
その時、振り回していた拳を誰かに止められキュピルの顔が青ざめる。
み、見えない何かに止められた・・・?作者・・・!?

ルイ
「キュピルさん!!私の事が分りますか!!?」
キュピル
「あ・・・・。」
ルイ
「・・・分りますか?」

ルイが両手でキュピルの拳を必死に受け止めていた。
ゆっくりと体の力を抜いて行く。

キュピル
「ルイ・・・。」

自分の拳を受け止めた正体がルイだと分った瞬間、体の緊張が解けて行き次第に脱力していった。
ベッドの上に横になるキュピルをルイが心配そうに顔を覗きこむ。

ルイ
「・・・悪い夢でも見たのですか?」

とても小さな声でキュピルに囁く。

キュピル
「・・・あぁ・・。・・・また作者が夢に・・・。」

右手で目元覆う。こんな弱々しい自分をルイに見られたくない。
キュピルの胸元にルイの手が乗っかった。

ルイ
「また・・・。・・・大丈夫ですよ・・キュピルさん・・・。絶対にキュピルさんは作者に勝てますから・・。」
キュピル
「そうじゃない・・・。」
ルイ
「え・・・?」

自分が選択した道は本当に正しいのか。いや、違う・・・。自分が選択した道は本当に自分の意思で決定したものなのか・・・。
今自分がルイと話している事ですら実は作者が仕組んだ事ではないのか。
疑いが疑いを呼ぶ。

ルイ
「キュピルさん・・・。何を悩んでいらっしゃるのですか・・・?私に話してください。」

か細い息を吐き続けながらルイが問い掛ける。
・・・だがそんな事をルイに話せる訳がない。ルイの言動は作者が仕組んだ事と言えば、それはルイの存在を否定している事にもつながる。
それは自分にとっても、ルイにとっても認めたくない事。

この話しそのものが強くルイの存在を否定しているのだ。

キュピル
「・・・ごめん・・・言えない・・・。」
ルイ
「またそうやって悩みを抱え続けるのですね・・・。」
キュピル
「・・・・・・・・。」
ルイ
「キュピルさん・・・。私の事・・・嫌い・・ですか?」

ハッとし、上体を起こす。ルイが涙目になりながらこっちを見ている。

キュピル
「違う。そんな事は絶対にない。」

それだけは本当だ。

・・・でも本当なのか?

作者が無意識的に私にそう思わせているのでは?


・・・。

キュピル
「・・・・・。」
ルイ
「キュピルさん・・・・。」
キュピル
「・・・あぁぁー!!くそ!!だめだだめだ!!!」

自分の髪をわしゃわしゃと掻き乱す。

キュピル
「(だめだ・・・。完全に自分を見失っている・・・。こんな時、一体どうすればいいんだ・・・。)」
ルイ
「キュピルさん、とりあえず横になりましょう?ね?」

ルイがそっと右手でキュピルの胸を押し、左手で背中を支えながらゆっくりと寝かせる。

ルイ
「今日は一緒に寝て貰いますよ?・・・凄く心配ですから。」
キュピル
「・・・うん。」

子供のような返事をし、そのままゆっくりと目を瞑る。
ルイがベッドに上り布団の中に入ってきた。・・・布団の中が暖かい。

・・・・・・。

しばらくするとルイの手が横から伸びて抱きしめてくる。
安心し何故だかとても心が安らいでいく。

・・・・。

ルイが寝息をたてると同時にキュピルも眠りに落ちた。




そして夢を見た。



いや、これは夢なのか?



キュピルが子供だった頃の夢だ。




キュピル
「(・・・・そうだ・・・。昔の俺って・・・ずっと放浪して知りたい事をずっと知ろうとしていたんだ・・・。)」



信じられるのは自分の目で見た事を耳で聞いた事・・・。


師匠のシルクがそう言っていた。










 突然キュピルの意識が覚醒した。すっと眠気が引いて行く。
ふとカーテンの方に目をやると陽の光が少し透き通って部屋を明るく灯していた。
・・・朝を迎えたようだ。

キュピル
「(・・・凄い目覚めの良い朝だ・・・。)」

起き上がろうと上体を起こした瞬間、突然ルイが腕を伸ばしキュピルをベッドの中に引き戻した。

キュピル
「うわっ。」
ルイ
「・・・だめ・・もう少し・・・。」
キュピル
「・・・・・・。」

思わずドキドキしてしまい二度寝所ではなかった。

キュピル
「(う、う~ん・・。可愛い・・。)」

時刻は午前6時。それからルイが起きるまで約30分の間、ずっと布団の中で拘束されていたキュピルだった。





・・・。

・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・。





 朝食を済ませ今日もいつもの一日が始まる。
ジェスターとキューがリビングでおもちゃを持ってわーわーはしゃぎ回り、ファンが自室に籠って何か新しい研究を始めている。
ルイが朝食の後片付けを済ませるとコーヒーを二杯作り、うち一つをキュピルに差し出す。

ルイ
「今日も頑張りましょうね。」
キュピル
「あぁ、ありがとう。」

コーヒーを持ってクエストショップへ続く扉を抜ける。
扉の先には既にヘルと輝月が待ち受けており、二人は朝から喧嘩を始めていた。やれやれと肩を落とし、いつも通り仲裁に入る。
ヘルは輝月を解雇するように文句を言い、輝月はヘルを解雇するように文句を言う。これはもうテンプレートだ。どうすれば二人を共存させる事が出来るのか・・・。


・・・・。

・・・・・・・・・。

キュピル
「(・・・・今日も何一つ変わり映えしない一日だ。)」

このまま同じ事を繰り返しているとまた夜に同じ夢を見る気がした。
・・・夢・・・。

朝、起きる前に見ていた夢の事を思い出す。

キュピル
「(・・・そうだ、俺が幼少時代の頃・・・。師匠のシルクと一緒によく世界を放浪して回ったな・・・。
あの時はただ適当に放浪し・・その街で疑問に思った事があれば足を使って調査し、そして解決したらまた次の街へとドンドン移り回っていたな・・・。)」

あの頃は本当に楽しかった。シルクの力に依存している所も多かったが色んな人間に会ったお陰で自分の中で沢山の価値感が生まれた。
その価値観は今でもキュピルの支えになっているし、放浪の経験は同じく今も役に立っている。

・・・・。

答えが見つからない時は何時も放浪していた。長い旅路の果てに必ず自分を納得させる答えがあった。
勿論その答えは一日や二日で見つかるものではない。長い時では二年もかかった事もあった。

キュピル
「(・・・・・・・。)」

俺は本当に自分の意思で物事を選択し道を選んでいるのか?作者の言いなりや無意識的に与えられた価値観に従って動いているのではなく
自分の頭で考えた事をその通りに動いてきているのか?自分の価値観や基準に従って動いているのか?

キュピル
「(自分の価値観・・・でも、その価値観もまた人に与えられたものをあたかも自分の基準とすり替えている事だって・・・。)」
輝月
「ええい、人の話しを聞いておるのかお主は!!!」


突如輝月が両手でキュピルの机を叩き大きな音を立てた。机の上に乗っかっていたコーヒーとスプーンが衝撃で一瞬宙を飛んだ。

キュピル
「・・・!ど、どうした?輝月?」

目を丸くし驚いた表情を見せながら輝月に問い掛けた。
輝月が物凄い不満な表情を浮かべながらキュピルに文句を言う。

輝月
「ワシの要求を何一つ聞いておらんかったようじゃな・・・。いい度胸をしておる・・・。一度痛い目に遭わねば治りそうもないな?」
琶月
「あの、師匠。そうやって実際に痛い目に遭ったのは師匠の方ですよね?」
輝月
「五月蠅い!」

輝月が刀を鞘から抜きブンッと琶月に向かって斬りかかる。琶月が素っ頓狂な声を上げながら寸の所で回避し盛大に尻餅をついた。

キュピル
「ご、ごめん。今度はちゃんと聞く。それで?」
輝月
「・・・もう良い。」

輝月が拗ねた表情を浮かべ、キュピルに背を見せてその場から立ち去ろうとした。
が、数歩進んだ所で再び振りかえりキュピルに詰め寄った。

キュピル
「・・・・?」
輝月
「・・・で、お主。一体何を考えていたのだ?」

輝月がやや心配そうな表情をしながらキュピルの顔を覗きこんだ。

キュピル
「ん、心配してくれているのか?優しいな。」
輝月
「か、勘違いするでない。技を教えるお主が上の空では、技の完成度が下がる気がしただけじゃ。」
琶月
「わぁっ。テンプレみたいなツンデレですね。師匠可愛い!!」

再び輝月が琶月に向き直り、逃げる琶月の背中を突き飛ばし転倒させると馬乗りに乗っかって琶月の頭をボカスカ殴り始めた。

琶月
「ぎゃー!!和服着てる人がやる技じゃありませーん!師匠ーー!!!」
キュピル
「(面倒な事になる前に退散しよう。)」

輝月に捕まる前に自分の家へ続く扉を潜ってリビングに戻る。



・・・・。

・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・。



 今日は一体何をしたか。
どうでもいい仕事を請け負い、記憶に残らない他愛のない会話をし、そして答えの見つからない考え事をしていた。

・・・かれこれ数日間、これを繰り返し続けている。

段々自分が減退し続けているのが分る。筋肉質な男でも数カ月もトレーニングをさぼれば緩んだ体になるのと同じような感じだ。

キュピル
「・・・・・。」

・・・大きな決心をする時が来たのかもしれない。
この日常を打破するためにどうすれば良いのか。答えはもう知っている。そしてそれを実行に移すための方法も分っている。



それは放浪。



幼少時代の時のように・・・街から街へと移り渡りいつか自分の元へ訪れる答えを待つ。

だがアノマラド大陸に存在する街はもう殆ど行き尽くしている。それにワープポイントで5分も経たずに大陸の端から端まで行け日が暮れるまでに自宅に帰れるのでは放浪の意味を持たない。



今、自分が求める本当の放浪をするのなら大海原を横断できる船を持ち大陸の外へ飛び出る事だ。

だが、これを行うには・・・これまで自分が築き上げてきた物を一度投げ捨てなければいけない。
当然クエストショップを休業させる必要があるし輝月やヘルの面倒を見ることも出来なくなるため二人は何処かへ行ってしまう可能性がある。
そうなれば琶月もテルミットも当然それぞれ慕っている者と一緒に何処かへ行くだろう。

ジェスター、ファン、ルイは恐らく家に残り続けてくれるだろう。
帰るべき場所をきっちり最後まで守ってくれる。その確証はある。

・・・・。

キュピル
「(・・・うん、今日の夜。ルイとファンに相談してみよう。)」










ルイ
「本気ですか!!?」


開幕いきなりルイが机を両手で叩いた。そりゃそうだ、いきなり船を買って海を超え一人で放浪をすると言えば・・・恋人なら確実に怒るだろう。
大きな音にジェスターとキューがビクッと震え二人ともジェスターの部屋に逃げてしまった。
体を前のめりにしキュピルに詰め寄る。

ルイ
「そ、そうやって・・・そうやってまた勝手な判断を下して・・・私の気持ちにも気付いてください・・・・!!」
キュピル
「・・・ルイ。」
ファン
「・・・ルイさんの事は一旦置いて・・・僕からの意見ですが・・・。
・・・僕はキュピルさんの行おうとする事を全て止めません。」
ルイ
「ファンさん!!」

ルイが前のめりの姿勢のままファンに大声をあげる。
しかしファンは表情を変えずに冷静に、淡々と話しを進めた。

ファン
「出来れば最後まで僕の話しを聞いてください。
キュピルさん。僕は貴方がこれまで行ってきた行動は全て正しい行動で今回もきっと正しい行動だと信じています。
ペットである僕が主人のキュピルさんに向かってこう言うのは大変失礼ですが、キュピルさんは何を考えているのか分らない時があります。
それは裏を返せばキュピルさんが常に何かに迷っている証でもあると思います。
ですが、キュピルさんは計画もなしに無鉄砲な行動に出る人ではありません。・・・今回は、恐らく何かの答えを見つけたいから放浪をするのですね?」

キュピルがルイをなだめながら喋る。

キュピル
「驚いたな・・・。よくあれだけの話でそこまで推測出来たな・・・・。」
ファン
「長いお付き合いですから。」

なだめるキュピルの両腕をルイがぎゅっと握りしめた。

ルイ
「・・・だったら・・・だったらお願いです・・・。その放浪・・・一人旅なんか言わず・・・私も連れて行ってください・・・。お願いです・・・。」
キュピル
「・・・・・・。」

ルイを連れて行くかどうか、激しく悩んだ。
だが自分のルイに対する不信感はこれ以上ないぐらい大きくなっている。

俺は作者に作られた存在だ。奴がその気になれば俺の人生を勝手に捻じ曲げる事が出来ると言う。

そしてルイも・・・また作者に作られた存在だ。
これまでの作者の発言からルイがどのような存在なのか、重々分っている。
・・・もしかしたら、俺が外の大陸に行き関与が難しいと判断したらルイを操作して俺に関わってくるかもしれない。

そう一度でも考えてしまったら答えを見つけるまでもうルイを信用する事が出来なくなってしまった。

無常だ。蝶の木の下でのルイの告白に俺は完全に不意打ちを喰らい、不覚にも。ルイに恋をした。
だが婚約者の存在。その婚約の約束を破る訳にはいかず一度はルイの告白を無碍にした。
ところが幼少時代に婚約したミティアは実はルイである事を知ったあの時の俺は・・・。

もう完全にルイを手放さないと心に誓っていた。

キュピル
「(・・・結局・・・俺はどっちなんだ・・・。本当にルイを大切にしたいと考えているのなら・・・。)」

・・・作者の存在。作者からの見えない攻撃を受けているかのようだった。
目の前に居て、手を伸ばせば自分の愛しい人に触れる事が出来る。なのにその愛しい人の体にはまるで爆弾がついていて触れたら即座に起爆しお互い即死してしまう。
そんなありもしない錯覚に・・・ずっとキュピルは追いやられている。

ルイ
「キュ・・ピルさん・・・・。」

嗚咽を堪え切れなくなったのか、ルイの目から涙がポロポロと肌を伝って滴り落ちていく。
前のめりになっていた体を元に戻し、椅子に座ると頭を下げ泣き始めた。
だめだ、もう耐えられない。これ以上・・・ルイを悲しませたくない。

キュピル
「泣かないでくれ・・・ルイ。・・・わかった、一緒に行こう。それでいいか・・・?」

ルイがすぐに顔を上げ、目頭に涙を浮かべながら驚きの表情を見せた。すぐにルイの顔に笑みが戻りそして

ルイ
「・・・っ!・・はいっ・・・!」

大きく返事をした。

・・・もうこれでもいいだろう。
もし、仮に作者がルイを通じて俺に何か関わって来たとしても・・・それもまた奴の真意を読みとる一つの機会になるだろう。
開き直って考えてみれば俺がいくら秘匿した所で作者には何考えているのか筒抜けなんだ。

ファン
「自宅とクエストショップは僕がしっかり管理しておきますので安心して旅に出てください。」
キュピル
「何から何まですまない。」
ファン
「でもあまり無理しないでください。旅の途中で死なれてしまうのが一番困るので。」
キュピル
「大丈夫。・・・俺とルイは絶対変な所で死なない。」

死ぬときは作者の手によって死ぬ。
心の中でそう付け加えた。

ファン
「キュピルさんが言うと説得力がありますね。」
キュピル
「そうかな。」

今のは本音だ。

ファン
「そうですよ。」
キュピル
「そっか。・・・さて、この話しはお終いだ。明日すぐに出発する訳じゃない。また改めて日程の目途がついたら話しをするとしよう。」

話しが終わったと知ったからかジェスターとキューが部屋から出てきた。
二人とも髪の毛が少しだけ逆立っている・・・気がする。

キュー
「お父さん何処か遠くに行っちゃうのか?」
キュピル
「結論から言えばそうだね。」
キュー
「おーおー、子を置いて一人旅とは育児放棄かー?」

キューが拳を前に突き出しドンッとキュピルのお腹を殴った。
キュピルがキューの細くて柔らかい腕を優しく掴んでゆっくりと引きよせた。

キュピル
「育児放棄をする訳ないじゃないか。お前は俺の核心何だ・・。」

キューにしか聞こえない小さな声で語りかけた。キューが「何の事?」っと疑問を浮かべた表情を見せた。
その疑問にキュピルは笑って返すだけだった。

キュピル
「(そう。キューは・・・作者の手で作られた子じゃなくて、俺ともう一人の子によって産まれた子供だ。
いつか作者を倒す切り札になる・・・。)」

自分の子供を作者と戦わせる切り札と考えている。親としてそれは最低な事だが・・・。

キュピル
「さて、放浪の準備をしようか。」



続く



第一話 『出港』


放浪を始めるための準備が終えるまで時間がかかった。とにかくヘルと輝月を説得するのに苦労した。
旅の目的を言っても二人は断じて認めず、自分も付いて行くと言って聞かないのだ。
確かに思いだしてみれば二人ともここで俺から訓練を受けるために入ったと言っていた訳だから、その俺が居なくなってしまったら二人は困るのだろう。
そういう意味では二人がここに残る意味というのはなくなってしまう。ファンがこのクエストショップを管理すると言っていたから気持ちとしては二人には残っていて貰いたい。手始めに輝月から説得してみたが

輝月
「お主がワシを連れて行くと言うのならば残ってやろう。」

と、支離滅裂な主張を繰り返している。ヘルに至っては輝月のせいで俺が放浪する羽目になったと意味不明な主張をしている。
琶月とテルミットの力を借りて何とか二人を説得して貰い、今回の放浪にはついてこないように理解してもらった。
俺が琶月とテルミットと協力して二人を説得して貰っている間にファンはギーンと話しを付け、しばらく俺が居なくなる事を伝えてもらった。ギーン曰く、そんな下らない事を一々報告しに来なくて良いっと文句を言っていたらしい。
あいつらしいと言えばあいつらしいが、いざ俺のクエストショップに頼みごとをしようとして俺が居ないことを思い出してまた文句を言わなければいいのだが・・・。それは少し自意識過剰か。

元々このクエストショップはギーンに頼まれて作ったものだ。国を上げて実行する事が出来ない問題はいつも俺が秘密裏に担当してきた。
最近トラバチェスも比較的落ち着いてきているからしばらくは依頼が回ってくる事もないだろう。

一方、共に放浪する事になったルイは船を調達すると宣言していた。
あまり大きすぎると二人では運用出来なくなるし、かといって新たに仲間を加えることも基本的には考えていない。
だから必要最低限の機能を取り揃えて二人で運用できる範囲の船を調達するように釘を刺しておいたが・・・。どうなることか。輝月とヘルを説得するよりそっちを優先した方がよかったかもしれない。
一応ルイを信用しているからこそ任せているのだけど・・・。


放浪の支度を始めてから一週間程経過した。
俺が居ない間のクエストショップの運営の目途はついた。船も調達し明日の早朝に港につくらしい。到着次第すぐに食料と水、そして備品を積む。
輝月とヘルの問題も解決しているから心残りはない。俺が放浪している間は無理にこのクエストショップに残らなくても良いと二人には伝えてあるが・・・返事は聞いていない。


そして翌日。ナルビクの港に小さな船が到着した。荷物の積み込みは皆手伝ってくれるらしいので俺とルイは船の下見と操作を理解しておこう。

船はキャラベル船だった。全長14m、全幅4mと二人で運用するのにギリギリのサイズの大きさだ。
甲板には二本のマストがある。このマストを操作して風を操り航海して行く事になる。そのためマストは必要な時にすぐ動かさなければいけないのだが・・・この大きさでは二人で上手く操作できるか少々疑問が残る。
何もここまで大きくしなくても・・・っと、言うとルイは自信満々の顔つきで「大は小をかねます!」と言い放った。
むしろこんなに大きいと余裕で白兵戦を繰り広げる事が出来てしまう。

操舵席は甲板からキャラベル船の後方にある木造の階段を上った所にある。操舵席は外にあり悪天の時でもこの舵を握り続けなくてはいけない。勿論その覚悟はある。
操舵席へ続く階段の隣には扉がある。ここが船室のようだ。
船室内はかなりシンプルな構造となっていた。
広さは大体幅3m、奥行きも5m程度だ。部屋の住みには簡易キッチンが一つ、西洋風のタンスが一つ、小さな机が一つと椅子が二つ。そしてダブルベッドが一つ。
・・・航海と言えば倉庫にあるハンモックで寝たりするのが普通何だが、そこをダブルベッドにしたのは・・・間違いなくルイは意図的に選択したのだろう・・・。
ダブルベッドを目にして思わずルイの顔を見るとニコッと無邪気な笑顔を帰してきた。・・・まぁいいか。

何かが明らかに足りない。そうだ、クロノメーターや海図などを配置する場所がない。航海術を扱うには必須の道具でありこのままでは船舶の自位置や方角を知る事が出来ない。

ルイ
「大丈夫ですよ、ちゃんと倉庫にありますから。」

いや、それはまさに船室に配置すべきものだが・・っと突っ込もうとしたが機嫌を損ねそうなのでやめておく。
まぁ、知る事さえ出来ればいいか・・・。


倉庫は甲板にあるハッチを開ける事で中に入れる仕組みとなっていた。
ここは単純に荷物を保管するだけの場所なので特に気になる点はない。申し訳程度に置いてあるクロノメーターと海図は・・・航海術を軽視しているとしか思えない。

ルイ
「大体船の中を見て回りましたね。」
キュピル
「そうだな。」
ルイ
「あ、万が一海賊船とかに襲われても安心してください。この倉庫にたっぷりロケットランチャーの弾薬を詰み込むので・・・。」
キュピル
「・・・頼りになるな・・。」
ルイ
「・・・今の間は何ですか?」
キュピル
「何でもない。」
ヘル
「キュピルさん、荷物積み込みますよ。」
キュピル
「あぁ、頼む。」

ヘルとテルミットが沢山の食料と水を倉庫に詰み込み始める。中には武器も混ざっているが必要になるだろう。

梯子を登って倉庫から甲板へと出る。甲板の上にはキューとジェスターと琶月が居た。

キュー
「お、お父さんが船から出てきたぜ。」
キュピル
「おはよう。早起きだな。」
キュー
「にひひひ。ちょっと気になってたからなー。」
琶月
「こっそり見させて貰いました!意外と小さな船ですね。暇つぶしも少ないですし飽きませんか?」
キュピル
「暇つぶしのために船を買った訳じゃない。」

ジェスター
「沢山詰みこんでるけど沈没したりしないの?」
キュピル
「ちゃんと計算してあるから詰み込み程度じゃ沈没しないよ。むしろ気をつけなきゃいけないのは座礁したせいで船に穴が空いたり襲撃を受けて破損した時の事だね。
こうなったら即座に修理しないと船が沈没する恐れがあるから気を付けないといけない。」
ジェスター
「あー、キュピル死んじゃうね。」
キュピル
「物騒な事言うな。」

ルイ
「船が沈没して死ぬときは私も一緒に死ぬことになりますね・・・。」
琶月
「キュピルさん無きクエストショップは大丈夫何でしょうか・・・。」
キュピル
「その点はファンが上手くやってくれるから大丈夫だよ。・・・そういえば琶月、俺が居ない間輝月は道場に戻るとか言っていたか?」
琶月
「時々道場に戻ったりする事は考えているみたいですよ。でもたまにクエストショップにも戻るそうです。」
キュピル
「そっか。それはよかった。ファンの負担も・・・・・・±0か。」

輝月単体でも十分手のかかる子だ。それでもヘル程無茶苦茶な行動には出ないか。

キュピル
「・・・これで放浪に出る支度は済んだな。荷物の積み込みは今日の夕方ぐらいまでかかりそうだから明日の早朝に出発しよう。」
琶月
「え?明日もう出発しちゃうんですか?」
キュピル
「ああ。調べてみたけど数日間は良い天気みたいだから、この期を逃す手はない。」
琶月
「そうですか・・・少し寂しくなりますね。」
キュー
「なーなー、やっぱりアタシも連れてってくれよ~。」

キューがキュピルの腕をビシバシ叩く。気を引こうと一生懸命のようだ。

キュピル
「いや、キューはクエストショップに残っててくれ。大丈夫。絶対に死なない確証はあるんだ。」
キュー
「おーおー、その妙な自信は何処から湧いてくるんだー?」

それは俺が作者に生かされているから。・・・勿論そんな事は口にしない。

そう、この旅は長く危険な物になる事は間違いない。誰もが俺とルイの安否を気にするだろう。
でも俺とルイは作者に作られた者。そして俺とルイは作者にとって自らを楽しませてくれるお気に入りの玩具に過ぎない。
玩具は自ら壊れたりはしない。壊れるときは、主に握りつぶされて弾け飛ぶときだけ。落としたり傷つく程度じゃこの玩具は壊れたりしない。そのように作者が作りあげたから。

・・・尚更俺はこの旅に何を求めようとしているのか。
命のかからない安全な旅なんて、ただの旅行ではないのか?

ファン
「キュピルさん。」
ルイ
「キュピルさん、ファンさんが呼んでいますよ?」

ルイに指でつんつんと突かれ我に変える。

キュピル
「あ、どうした。ファン。」
ファン
「どうしても不安ですので、どうかこれだけは持ってくれませんか?」

そういうとファンは魔法陣が刻まれてある水色に透き通った不格好な水晶を差し出した。

キュピル
「これは?」
ファン
「僕が一晩かけてありったけのマナを込めた魔法石です。この水晶石に心の中で祈りを捧げると一瞬でクエストショップに帰る事が出来ます。」
キュピル
「こんな放浪の意味を失いそうな物は受け取る事は出来ない。」
ファン
「付け足しておきますが、帰れるのはキュピルさんとルイさんのみです。船や道具を一緒に持ちかえる事は出来ませんので緊急脱出する時、船とその積み荷は置いて行くことになります。
・・・使わないで無事に帰ってくる意味は十分ありますよね?」

なるほど、ファンの事だから本当は船ごとナルビクに返す魔法は知っているが俺が突っ返すと思ってあえて人物だけを対象にしたか。
・・・いつもファンは先を読んでくれる。

キュピル
「それなら受け取るよ。」

・・・いざとなればルイだけ帰すって事も出来そうだしね。
万が一重大な事が起きてもこれで一応は安心出来る。

キュピル
「さて、積み荷を積もうか。」




・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。





旅立ち前夜。クエストショップのメンバーとファンが企画して送別会を開いてくれた。
ルイは送られる側なので料理の殆どは出前だったがその心遣いに心が温まる。
輝月が腕まくりし、右手に寿司を摘みながら近寄って来た。

輝月
「お主。本当にワシを連れてゆく気はないのか?必ず後悔するぞ?」
キュピル
「航海だけに後悔って?」
輝月
「冗談言っているのではない。」

上手く煙を巻いて話題を逸らそうとしたが駄目だったみたいだ。

輝月
「時々お主の気持ちが分らぬ。何故急に旅に出たくなったのか。
・・・考えればワシにも分る答えか?」

輝月がグッと顔を近づけ睨みながら問い詰めてくる。
誰か止めてくれる事を期待したが後方で酔っぱらったヘルが琶月に絡んで騒ぎになっていて誰も止めに入れなさそうだ。

キュピル
「近い近い・・・。」
輝月
「・・・お主・・。ワシに言った事を忘れた訳ではないだろうな・・・。」
キュピル
「稽古をつけて・・・技を教えるって話しか?」
輝月
「違う。」

・・・・てっきりその事だと思っていたが・・・それなら一体何の話しだろうか?

輝月
「お主。途方に暮れていた私に道を示したあの言葉を忘れたと言うのか。」

・・・・・。

あぁ、あの事か・・・。

キュピル
「・・・琶月に優しくしてやれ・・って言った時の話しか・・・?」

人に対して優しくなれ。
俺はそう輝月に言った事がある。

・・・・優しくしてやれ・・・か・・・。

そういえば・・・自分で言っておきながらここ最近優しさについて忘れていたような気がする。
心の余裕のなさが表れている気がした。

輝月
「そうじゃ。・・・中々プライドが邪魔して難しかったがのぉ・・。
・・・じゃがお主には出来る限り・・・優しくしたつもりじゃったが・・・伝わらなかった・・・かな。」
キュピル
「・・・珍しい語尾を聞いた気がする。」
輝月
「だ、黙れ。お主も少しはワシに優しくしたらどうじゃ。付いて行ってもよいってはよ言うのじゃ。」
キュピル
「もしかして酔っぱらってる?」
輝月
「べ、別に酔ってなんか・・・おらぬ・・・。」

・・・本当に酔っていないのか?

キュピル
「・・・いつか、ね。」
輝月
「!」

輝月が驚いた表情を見せ、そして。

輝月
「約束じゃぞ。」

そう言うと離れて行った。やれやれ。テーブルの上に乗っかってある水の入ったコップを手に取り喉を潤す。
輝月が離れて行ったかと思えば次にジェスターがやってきた。

ジェスター
「じぃー・・・。」
キュピル
「はいはい、どうした?機械のネジならそこに置いてあるぞ?」
ジェスター
「さっき食べたからいい。」
キュピル
「それならどうした?」
ジェスター
「ねぇねぇ。キュピルは本当の所ルイの事好きなの?」

ストレートな質問に面喰らい、思わず咳き込んでしまった。

キュピル
「げほっ、げほっ・・。・・・そういうストレートな質問を公の場でするのはやめるんだ・・。」
ジェスター
「誰も聞いてないからいいじゃん。」

チラッとルイのいる間に目をやるが、確かにこの話には気付いていないようだ。そこは一応、流石の観察力か。

ジェスター
「何か私から見ると輝月に浮気気味じゃないー?殺されるよー?」
キュピル
「だからそういう話しを公の場で・・・。」
ジェスター
「早く答えないと叫ぶよー!痴漢!!って。」
キュピル
「100%冤罪じゃねーか!!」


思わず大きな突っ込みしてしまい全員ちらっとこっちを見る。

キュピル
「(やべ・・・。)」

ジェスター
「あ、キュピルが墓穴掘った~♪キュ、キュ、キュピル♪キュピル♪キュピル♪」

満面笑みを浮かべながら体をゆらゆら横に揺すりつつ煽るジェスター。
思わず手を出そうとした瞬間にジェスターが話しを切り変えて来た。

ジェスター
「もしルイが一緒に行くって言わなければ一人で行く予定だったの?」
キュピル
「ん・・・勿論。」
ジェスター
「もしかしてキュピル。クエストショップのメンバーとか人多くなりすぎて疲れちゃった?」
キュピル
「そういう事はないよ。全員頼りになる信頼できるメンバーだからな。一部除くが。」
琶月
「あーー!!あーーーー!!何で私見ているんですかーー!!!酷い酷い!!」
キュピル
「盗み聞きしてるから信用できねーーんだよーーー!!!」
琶月
「ぎゃぁぁっーー!!!」


目にもとまらぬ速さで琶月に接近しコメカミに拳をグリグリ押しつける。

琶月
「助けてー!助けてー!!」
ヘル
「いいぞー!キュピルさん!そのまま奴の頭をぺっちゃんこにしてやれ!」
キュー
「ヘルって時々言葉遣いが子供っぽい所あるよなー?」
ヘル
「お前キュピルさんの娘じゃなかったら手出してたぞ。」
キュー
「にひひひ、それは怖いぜ。退散退散~。」

・・・こんな騒ぎも明日から暫くの間別れる事になる。
元の世界でも俺は数人しか顔見知りはいなかったから別に寂しく何かない。

ちょっといつもより賑やかだっただけ。

よく愛に飢えているだとか言うけど、別に飢えてなんかいない。むしろちょっと恵まれすぎてて少し距離を置きたいんだ。

自分という人間が何なのか。自分が何者なのか。
まるで前世の記憶を探しに行くかのような旅だ。自分という人間は自分が誰もがよく知っているはずなのに、俺は自分という人間が分らない。
今まで自分の意思で決めた事は何があるか。作者がそうさせたのではなく、自ら行動した事はあったのか。

こんな答え。見つかるのだろうか。

答え何か見つかるわけがない。それこそ・・・作者に直接尋ねなければ・・・。
それならこんな放浪・・・やっぱり意味なんか・・・。


・・・いや、だからこそ・・・。

意味がないからこそ放浪しなくちゃいけないのかもしれない。
だって・・・作者は俺に意味のない事なんか何一つさせなかったからな・・・。

・・・それじゃこの放浪に意味があって奴がそうさせていたとしたら?
流石にそこまで考えたら何も行動出来なくなってしまう。俺の日常は普段から奴に操られている。だから放浪を始めた程度で突然プツリと操り人形の糸が切れる訳がない。
それでも、この放浪にはもしかすると糸を切るハサミが見つかるかもしれない。それがどんな物なのかは分らないが・・・。

自分という物が何なのか。その意義さえ見つける事が出来れば・・・。



この日の宴会は夜遅くまで続き、そして最後の最後まで俺は上の空のままだった。







・・・・・。


・・・・・・・・・・・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。







そして旅立ちの時がやってきた。




午前四時。まだ空を見上げれば星々が光り、月の光が僅かに航路を照らしている。

ルイ
「何もこんなに早く出発しなくても・・・。皆さんに挨拶もしていないですよ?」
キュピル
「これ以上ここに居たら・・・足枷がついてしまう気がしたんだ。ごめんな、ルイ。ファンとかジェスターに一言言いたかっただろうけど・・・。」
ルイ
「・・・いえ、大丈夫ですよ。私にはキュピルさんがいますから。」

どうかその言葉は嘘であってほしい。
今は心の底からそう祈っている。

キュピル
「さて、予報通り西から良い風が吹いている。沖に出て帆を張れば、その風に乗って何処までも進んで行く事が出来るだろう。さぁ、出発だ!」

キュピルとルイがキャラベル船に乗り込む。ルイは一つのマストの帆を降ろし、キュピルは操舵席にて舵を取る。
船は風に乗って動きだし港から徐々に離れて行く。


「おとーーさーーーん!!」
「キュピル~!」


キュピル
「えっ?」

港から予想外な声が聞こえた。操舵席から離れ甲板へと降りる。ナルビクの港でキューとジェスターが白い旗を振っていた。


キュー
「旅の安全を願ってるぜ~!」
ジェスター
「お土産よろしくね~!」


思わず笑みが漏れた。肺一杯になるまで空気を吸い込み、そして大きな声で叫んだ。


キュピル
「ちゃんとファンの言う事聞いて良い子にしろよー!!」




・・・・。

・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



「いーやーだー!」


聞きたくない返答が返って来た。


キュピル
「ファン・・・頑張れ・・・。」
ルイ
「あ、キュピルさん、舵。」
キュピル
「おっと。」

波に流され舵が勝手に回っていた。
慌てて階段を上り舵を握る。


キュピル
「よし、地平線の果てまで行こうか。」


風を操りキャラベル船は地平線へと走り出す。
長い長い物語が幕を開けた。


続く





第二話 『船乗り島』


ついにキャラベル船がナルビクから出港した。
キュピルが追い求めるあやふやな答えは果たして地平線の先にあるのか。


航海を始めてから三日ほど経過し、船の操作にも大分慣れてきたキュピルとルイ。
ルイに舵を任せ、キュピルはクロノメーターと海図を倉庫から船室へ運び出しじっくり航路を計算している。

キュピル
「(北緯・・東経・・・これらの示す情報は国際的に決められた物ではなくナルビクを中心とした海図だな・・・。見誤ると大変なことになりそうだ。)」

北緯や東経といっても必ず何かの基準がなければこれらの情報は意味を成さない。クエストショップで依頼を達成するために何度も地図を見たが殆どの地図はナルビク等の大きな街を中心に座標を割り当てている。
今はこれでもいいが癖で位置計算を誤らせたら明後日の方向に航路を進める事になるので危険だ。

とはいえ、航海術の基本に従って毎晩夜空の星を見上げて北極星、または南十字星を中心に星座を確認し航路がずれていないか確認しているため大事に至る事はないはずだ。

キュピル
「・・・よし、このまま東微北に進んで行けば目的地へ到着出来るな。」

船首の向きと方位磁石を何度も確認しながら海図に記しを付けて行く。今の角度で進んで行けば全く問題ない。
この海域は潮の流れが非常に緩やかで初心者でも航海しやすいと言う。まさに航海にまだ慣れていないキュピルとルイにとって航海の練習の意味も含めて絶好の航路である。
船室から出て行き、甲板にある階段を上って操舵席へと移動する。ルイがキュピルが戻って来た事に気付くとにこやかな笑みを浮かべた。

ルイ
「あ、キュピルさん。どうですか?しっかり方角は合っていましたか?」
キュピル
「あぁ、バッチシだ。」
ルイ
「それはよかったです。」

キュピルがルイの横に割り込み舵を握る。ルイがその場から少し離れキュピルに舵を任せた。

ルイ
「あ、そうでした。そろそろ船の操作にも慣れて会話の余裕が生まれたので色々聞きたい事があるんですけど良いですか?」

ルイが首をかしげながらキュピルに問い掛けた。
キュピルも少し首をかしげながら問い返した。

キュピル
「どうした?」
ルイ
「今この船って何処に向かっているんですか?」
キュピル
「あ・・・いっけね・・・そういえば言ってなかったな・・・。何処に向かっているか分らなくて三日間不安にならなかったか?」
ルイ
「気にはしましたけど不安にはなりませんでしたので大丈夫ですよ。」
キュピル
「そっか、それならよかった。今この船は『船乗り島』へ向かっている。」
ルイ
「船乗り島・・・?・・・あ・・ベッツュ大陸の間にあるあの島の事ですね?」

聞きなれない大陸名だ。

キュピル
「・・・ベッツュ大陸って何処だっけ。」
ルイ
「私が昔、お屋敷でメイド長を務めていた時の場所ですよ。」
キュピル
「あぁ!ジェスターがセフィラスってお嬢様の所に遊びに行ったあの場所か!」(シーズン8参照
ルイ
「はい、そこですよ。」

流石に考えてみればルイは凄い大きなお屋敷でメイド長を務めていた訳だから自ら操縦こそしなくとも、それなりに航海を経験したことはあるかもしれない。
それなら船乗り島を知っててもおかしくはない。

キュピル
「ってことは船乗り島がどんな島かもう知っている感じか?」
ルイ
「あー・・いえ。実は船乗り島は聞いた事はあるのですが、実際に行った事はありません。」
キュピル
「船乗り島はその名の通り、船乗りのために存在する島だ。新米船乗りからベテラン船乗りまで沢山の人々が集まって情報交換をしたり航海に必要な道具を補給したりしている。
船乗りの島は非常に小さい島で大きさは本当にナルビクと同程度しかない。だから島の外周全てが港になっていて基本的に住居地とかも一切ない。」
ルイ
「へぇー・・・。」
キュピル
「色んな所から船乗りたちが集まって取引が行われるから貿易島と言われる事もある。稀に掘り出し物があるらしいよ。」
ルイ
「面白い所なんですね。船乗り島へ向かうって事はやっぱりキュピルさんも航海に必要な道具を購入されるのですか?」
キュピル
「あぁ、どうしてもナルビクじゃ手に入らなかった物がいくつかあって・・・。」
ルイ
「・・・?港町ナルビクでも手に入らなかった物ですか?それは一体・・・。」
キュピル
「EMP探知機。」

聞き慣れない言葉を聞いたせいかルイが「えーっとー・・・」っと言葉を伸ばしながら空を軽く見上げる。

ルイ
「・・・あの、EMP探知機って何ですか?」
キュピル
「簡単に言うと環境マナがどれだけ大気に存在しているか検知する道具何だ。一見航海に何の役に立つか疑問に思うかもしれないが・・・・。
ルイ、まず環境マナについては知っているよな?」

ルイが大きく頷く。

ルイ
「はい。大気中に存在するマナの源の事ですよね?」

ルイは魔法を使うから流石に知っているか。

キュピル
「そうだ。魔法は大気中に存在する環境マナ・・・これをEMPって呼んでいるが、それを体内に吸収して魔法を発動させる。この時、火魔法を使うなら火属性の環境マナが必要になるし土魔法使うなら土属性の環境マナが必要になる。
で、だ。ここからが重要なんだが航海していると周囲には海しかないから必然的に水属性の環境マナが多くなる。
が、もしEMP探知機を見て水属性の環境マナの他に別の属性のマナが大気に沢山含まれていれば周囲に島や大陸がある事を示す証拠になるんだ。
だから地図のない航海や地図にない島や大陸を探し出す時重要な手掛かりになる。」
ルイ
「なるほど・・・。確かに航海に必要そうなアイテムですね。」

キュピルが話しをしながら少し舵を切る。

キュピル
「ただし問題が一つある。EMP探知機は高いんだ。」
ルイ
「あら・・・。ちなみにおいくらなんですか?」
キュピル
「15MSeed。」
ルイ
「た、高い!!」

ちなみに今のクエストショップでの月収はおよそ150KSeed。1000Kで1Mなので100カ月働けば15MSeed溜まる計算になる。
とはいえ、そこから食費や税金を払わなければいけないため実際の手取りはもっと少ない。つまり100カ月働いても買う事は出来ない。

ルイ
「そんなに高いんじゃ船乗り島に行っても手に入らないのでは・・・。」
キュピル
「あぁ・・・俺もそう思っている。一応無くてもしっかり航海出来るから良いんだけど有った方がいいのは事実だから一応駄目元で船乗り島に寄る。
ついでに消費した分の食料と水の補給、それと船が損傷した時用の資材も購入したい。船乗り島なら航海に関する物が安いからね。」
ルイ
「分りました。・・・そのEMP探知機。手に入ると良いですね・・・。」

キュピルとルイがEMP探知機を手に入る事を祈り続けた。

キャラベル船は船乗り島へ向けて走り続ける。






・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。




ナルビクから出港して五日が経過した。予定通り、地平線スレスレに一つの島が見えてきた。

キュピル
「あれが船乗り島だ。」

ルイが携帯望遠鏡を覗きこみ島の地系を確認する。

ルイ
「・・・仰っていた通り、確かに小さな島ですね。それに島の外周全て港で出来ています・・・。」
キュピル
「さて、適当に開いている場所に入港するぞ。ここからは浅瀬にも気を付けないといけない。
ルイ。マストに上っていって帆を何時でも畳めるように準備してくれ。」
ルイ
「はい、わかりました。」

ルイが操舵席から階段を降りて甲板へ降りる。

船乗り島周辺海域に入った。付近には沢山の船があり碇を降ろして停泊している。
大きな船はスペース的な問題により停泊する事が出来ない。そういった船は必ず小型船かボートを積んでいるのでボートを海に降ろしてオールを漕いで港に入港する。
勿論大きな船も港に入港させようと思えば出来るスペースもあるのだが停泊料が高いらしい。基本的には大掛かりな資材購入を行う時だけだろう。

キャラベル船は所詮小型船に過ぎないのでそのまま入港する事が出来る。

数十分後。キュピルが合図を出しルイがマストにぶら下がっている一本の太い綱を引っ張り始めた。
すると帆はマストの天辺に向かって徐々に畳んでいき、最後にルイが引っ張った綱を特定の場所に縛り付けると畳まれた帆がそのままマスト天辺で固定された。

ルイ
「ところで帆を畳んだ後はどうやって船を動かすんですか?」
キュピル
「オール。」
ルイ
「・・・結構原始的何ですね。」
キュピル
「どの船もそんなもんだ。」

キュピルが倉庫から大きな木のオールを手に取りゆっくり船を進め始めた。
流石に一人だとあまりにも移動速度は遅くルイももう一本大きな木のオールを手に取って手伝い始めた。
帆を畳んだ場所から船乗り島まで僅か300m程度しかないが、それでも入港するのに30分程かかってしまった。


・・・。

・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・。

キュピル
「はぁ、お疲れ。思ったよりオールだと進まないもんだな。」
ルイ
「そうですねー・・。風魔法でも唱えて船の後ろを押して貰った方がよかったでしょうか?」

キュピルとルイが雑談しながら入港管理者に身分証明書と書類を見せ入港手続きを進める。

キュピル
「回りに船が無ければそれでも良いんだけど今回は流石に他の船も多かったから無理だったな。まぁ、船乗り島特有の問題だと思って諦めよう。」
ルイ
「オールを機械が動かしてくれれば楽なんですけどね・・・。」
キュピル
「エンジンか。うーん・・・アノマラド大陸ではあまり見ない代物だったが・・・。他大陸だとどうなんだろうなぁ。」

入港管理者から手渡された一枚の書類にサインを入れ、最後に停泊料を渡したキュピル。その後、船乗り島の中心部へと向かって足を動かした。

キュピル
「エンジン、一個ぐらい合ってもいいかもしれないな。もしもの時やっぱり自動的に船を進めてくれる要素一つぐらいあったほうが安心出来る。」
ルイ
「エンジンという物を見つけたら購入しましょうか?」
キュピル
「船乗り島は一応アノマラド大陸の通貨が使えるからな。手頃な価格だったら一緒に入手しよう。」
ルイ
「はい!分りました!」

ルイがグッと両腕を引き締め張りきったポーズを取る。

キュピル
「この船乗り島でナルビクじゃ手に入らなかった各種道具を調達する。ただ船乗り島で一泊すると停泊料を更にもう一日払わなきゃいけなくなるから
さくっと購入して船に積み込んで出港する。今日出港するために手分けして道具を買ってきて貰いたいんだが・・・頼めるか?」
ルイ
「え?・・・キュピルさんとショッピングしようと思ったんですけど・・・仕方ないですね。」
キュピル
「別大陸で余裕があったらね。」

勝手に落ち込むルイを適当になだめ地図と購入リストをルイに渡す。
ルイに渡した購入リストは比較的簡単に手に入る物だ。キュピルが担当するものは入手困難な物が中心的だ。

一つ目はエンジン。
二つ目はEMP探知機。

キュピル
「さて、集合時間は・・・・今午後1時だから午後7時までには船に戻っていよう。それまでは自由行動で。」
ルイ
「はい、わかりました。」
キュピル
「それじゃよろしく頼む。」

ルイにそう言うと軽く手をあげて挨拶し、港から離れて行った。

キュピル
「(さて・・・EMP探知機・・・手に入るかな・・・・。)」


船乗り島は大きく分けて三つのエリアに分かれている。
この船乗り島を真上から見上げるとちょうど円のように丸い島になっており円を三分の一ずつ区切ってエリア分けしてある。
北に位置するエリアは飲食店や酒場、食料店が立ち並ぶ飲食関係のエリアだ。レンガ造りの建物が所せましに並んでおりその建物の全てがレストランや酒場、保存食などを販売している。空を見上げればレンガの家の煙突から白い煙がもくもくと上っている。
このエリアはとにかく人が多く常に大混雑している。その大半は食料を船に運びだしている船員達だ。

東南に位置するエリアは大砲やその弾、各種武器や船を修理する木材にニカワなど船に関係した物が中心的に売られている。
煩雑に物品を置き、船長などが大量に一括購入して船員に一気に運び出させているため床には色んな物が散乱している。
立ち並んでいる建物は北エリア同様レンガ造りの家だが北エリアと比べて低い建物が目立つ。向かい合わせの建物同士の二回の窓から一本の紐が繋がっており洗濯物を干している。
しかし埃などが舞っているため干しているものはどれも汚い。

そして西南に位置するエリアには方位磁石や携帯望遠鏡、情報や海図など主に航海を中心とした物が売られている。
高級品が並んでいるせいもあってか、このエリアは他二つのエリアと比べて人が少ない。歩く人も船長や幹部など位の高い者ばかりだ。そのおかげかどのエリアよりも綺麗で静かだ。
ショーケースのあるお店が多く、その中に飾られている物はどれも目玉が飛び出るほど高い。

EMP探知機を探すなら西南に位置するエリアに行けば良いだろう。
エンジンを探すなら確率はやや低そうだが東南に行けばありそうだ。ルイの購入リストは主に北のエリアと東南のエリアにある。

船を止めた場所はちょうど西側にあるので、まずは近い西南エリアに行ってEMP探知機を探そう。

キュピル
「(ついでに情報も仕入れていい放浪先を見つけたい所だな・・・。)」



続く


追伸

一話一話、細かく区切って連載しようと思います。



第三話 『ロバート』


船乗り島へやって来たキュピルとルイ。この島へやって来た目的はEMP探知機を入手する事。
しかしそのEMP探知機は大変高価な物であり入手は困難。果たして入手出来るのか?


西南エリアへやって来たキュピル。噂通り数々のモダンチックな建築物に立ち並んだ高級品が飾られたショーケース。
一部の店からはリラクゼーション効果のある高級ハーブの香りがしたりといかにも自分が貴族でいるかのような錯覚を覚える。
少し黄ばんだ船乗り島の地図を片手に持って目的の店を探す。石畳の通りを歩き続けいくつかのレンガの家を曲がると羅針盤の形をした窓ガラスが特徴のお店が見えてきた。あれが目的のお店だ。
木製の扉の取ってを引っ張りお店の中に入る。鈴の音が鳴り、カウンターに立っている歳のいった老人が顔をあげる。

老人
「・・・いらっしゃい。当店では一流の羅針盤を販売している。何か必要な物があるかね?」

カウンターの前に立つキュピル。

キュピル
「EMP探知機ってこのお店に置いてあるか?」
老人
「勿論だとも。船乗りには必須の道具だ。」
キュピル
「・・・いくらで置いてある?」
老人
「14MSeedだ。」

あぁ、やはり高い。相場より1Mも安いのは素晴らしい事だがそれでもクエストショップの年収9回分強もの大金は持ち合わせていない。

キュピル
「やはり高い・・・・。」
老人
「・・・お前さん、身形を見ると船長には見えんがどっかの船の下っ端か?」
キュピル
「一応船長だ。・・・・多分。」
老人
「ほぉ、多分?」

老人がもの可笑しそうな表情をする。

キュピル
「キャラベル船に乗って世界を放浪しているんだ。・・・と、いってもナルビクがスタート地点でまだ出発したばかりなんだけどな。」
老人
「ナルビクか・・・。あの地が懐かしいな。この島でこの店を営んでからはもう久しくナルビクには行っていないな・・・。
どうだ、ナルビクは今でも活気ある港町なのか?」
キュピル
「あぁ、俺もナルビクには2年か3年程度しか済んでいないが二つのギルドに二つのクエストショップが立ち並ぶ活気ある港町だよ。」
老人
「そうか・・・。私の知るナルビクはクエストショップは一つしかなかったがもう一つ増えたのだな。リカスも大変だろう。」

キュピルが眉をあげる。この老人はリカスの事を知っているようだ。
まだルイすら仲間に迎えていなかった頃、よくリカスの元で依頼を引き受けて賃金を稼いだっけか。

キュピル
「リカスの事知っているのか。」
老人
「勿論だとも・・。こう見えて私も若い頃は武器と盾を持って数々のモンスターを打倒したものだ。壁にかけているあれを見てみろ。」

老人がキュピルの背にある壁を指差した。振りかえり見上げると、棚と棚の間に硬くて長い針・・または角のようなものが飾られていた。

キュピル
「あれは?」
老人
「クノーヘンの鎧だ。友人と共に死闘して倒した時の戦利品だ。」
キュピル
「クノーヘンの鎧!?・・・オーナー、若かったころ物凄く強かったんだな。」

クノーヘンと言えば高級装備で身を固めた上級冒険者でも瞬殺されてしまう程強いモンスターだ。
発言から聞く限りでは仲間が居たようだがそれでも十分強い事は事実だ。

老人
「あれは今でも私の誇りだ。あの頃は友人となら世界の何処へ行っても通用すると思っておった。」
キュピル
「その友人さんは今何処に住んでいるんだ?」
老人
「もう死んだよ。」

老人の声が少し小さくなった。

老人
「私と友人がまだ若くて世界の果てまで旅しようと思っておった頃・・・最果ての地で友人は病に倒れて死んだよ。」
キュピル
「病か・・・。持病か何か持っていたのか?」
老人
「いいや。壊血病だよ。」
キュピル
「壊血病?・・・何か恐ろしい感染症か何かなのか?」
老人
「違うよ。あんたも船長ならこの話しはよく覚えておくといい。この病気はビタミンCが不足すると発祥する病気だ。」
キュピル
「・・・え。ビタミンCが不足しただけで死ぬのか!?」

あまりに予想外な内容に驚きを隠せない。

老人
「そうだ。ビタミンCが不足すると色々厄介な症状がが起こるんだが最終的に血管の損傷に繋がり死に至る事もある。
長期の船旅ではビタミンCを摂取出来る方法が限られてくるからな・・・。その昔、生物学が発展途上だった頃は原因が分らず何人もの死者を出した事もある。それこそ海賊以上に恐れられた。謎の奇病っとな。」
キュピル
「ビタミンCの取れる食べ物・・・。柑橘類とかがそうだが・・・。冷凍方法が限られている船上では腐らずにずっと保管する事が出来ないな・・・。
魚にはビタミンCは含まれていないし、そもそも火を用いた調理するとビタミンCは失われる・・。なるほど、確かに長い航海では壊血病は脅威となるな・・・。」
老人
「お前も気を付けると良い。航海でのビタミンCは真水と同じぐらい貴重だ。」
キュピル
「留意しておくよ。」

気がつけば随分と話しが脱線してしまった。話しを戻さなければ。

キュピル
「・・・ところで・・・。EMP探知機の件何だが・・・。」
老人
「おぉ、そうじゃったな。で、購入するのか?」

老人がカウンターの下から請求書と領収書らしきものを取り出した。

キュピル
「いや・・・実は手持ち金が500KSeedしかなくて。」
老人
「何?全然足りないな。」
キュピル
「そうなんだよ。だけど航海にはEMP探知機は必須何だ。」
老人
「別に必須って程ではない。海図と方位磁石を頼りに航海すれば辿りつけぬ事は無い。」

途端に態度を変える老人。所詮金がないと分ればこんなものか・・・。

キュピル
「未知の領海に行きたいんだ。だからどうしてもEMP探知機が必要になる。」
老人
「・・・・・・・。」
キュピル
「ここでの購入は無理だが・・・こう、EMP探知機を提供してくれそうな場所ってないか?作ってもらえるとかでも良い。」

今思い直せばファンに作ってもらえば良かったと少し後悔している。勿論材料費が馬鹿にならないのですぐに入手する事は出来ないため、それが嫌で頼まなかったのだが・・・。

老人
「何故未知の領海に行こうとしているのだ。」
キュピル
「はっきりとした旅の目的はないが・・・自分探しみたいなものだ。」
老人
「自分探し!そのような曖昧な理由で未知な領海まで航海ができるものか!」

老人がキュピルを邪険にする。思わず気分を悪くするがグッと我慢する。

キュピル
「この航海をやるために安定・・とまでは言わないが稼ぎのある職業を捨ててまで決行したんだ。決意は硬い。付き添い人もいるしな。」
老人
「付き添い人?」
キュピル
「そうだ。」
老人
「・・・そうか。」

急に老人が黙る。顔を俯かせ顔を合わせないようにしてきた。
キュピルが不思議そうに表情をし、首をかしげる。

老人
「若いの。・・・お前、戦闘の腕は?」
キュピル
「並大抵の敵なら傷一つ負わずに倒せる。少し苦戦はするかもしれないがクノーヘンも倒せるぞ。実績もある。」
老人
「証拠は?」
キュピル
「この剣を見せるだけじゃだめか?」

そういうとキュピルは腰に結び付けていた赤い剣を抜刀する。
ギラギラと燃えるような色をした剣。峰の部分には凶悪な棘がいくつも付いており荒々しさを感じ取られる。
刃がカウンターに少し触れただけでカウンターにしっかりとした斬り跡がのこった。その凄まじい切味を見た老人はキュピルの持っている剣の正体に気付いた様子だった。

老人
「・・・モナ怒りの血・・。若いの。その剣・・・一体何処で入手したのだ?」
キュピル
「友人の贈り物だ。」
老人
「その友人とは付き添い人の事か?」
キュピル
「いや、違う。」
老人
「・・・・・・。」

老人が再び俯く。
部屋には振り子時計の音だけが木霊し、時たま外からはカモメの鳴き声が聞こえてくる。
数分程の沈黙の後、老人がゆっくりを顔をあげ言葉を発した。

老人
「・・・・EMP探知機を貸そう。」
キュピル
「本当か!!?」

予想外な言葉に思わず体を前のめりにし老人に迫る。
だがその覇気に動じず老人も負けじと体を前に出しキュピルに迫った。

老人
「だが条件がある。」
キュピル
「どんな条件だ。」
老人
「・・・お前、ヴェーツという大陸は知っているか?」
キュピル
「・・・いや、知らない。」
老人
「そのヴェーツという大陸のドゥフォーヴォールという街に・・・アンという者が住んでいる。
そのアンに届け物をして貰えないか?」
キュピル
「それだけか?」
老人
「簡単に言うな。ヴェーツ大陸は全ての地が永久凍土の極寒の地だ。お前の戦いの腕はあっても、その地域は流氷で船がやられる可能性が高い。いや、キャラベル船なら100%壊れると言っても過言ではない。」
キュピル
「・・・それならどうすればいいんだ?」
老人
「それはお前が考えろ・・・。私は届ける条件にEMP探知機を貸し出すと言っているのだ。」
キュピル
「・・・そのヴェーツ大陸は船乗り島から何日行った所にあるんだ?」
老人
「さぁな・・・。数か月、もしかしたら1年かかるかもしれないな。」
キュピル
「俺は今すぐEMP探知機が必要なんだ。そんなに時間をかけることはできない。」
老人
「だからEMP探知機を前貸ししてやる。」

再びキュピルが面喰らった表情を浮かべる。

キュピル
「・・・・え?今何て言った?」
老人
「EMP探知機をこの場でお前に貸し出す。・・・ちょっと待ってろ。」

老人が重い足取りでカウンター裏へ移動し、数分経過して一つの小箱を手に持って戻って来た。
かすれてはいるが綺麗な木目のある小箱だ。蓋を開けると様々な色に輝く一つの球体があった。・・・間違いない、EMP探知機だ。
だがよくみるとこのEMP探知機。少し汚れている気がする。

キュピル
「これは・・・?」
老人
「私がお前と同じぐらいの歳の頃、使っていたEMP探知機だ。・・・店に並べる事の出来ない汚いな品だ。」
キュピル
「俺と同じぐらいの時に使っていた物って・・・。ってことはこれ貴重な思い出の品なんじゃないのか?」
老人
「そうだ。だから絶対に失くすな。」
キュピル
「勿論だ!そ、それじゃこれ本当に借りていいんだな!?」
老人
「その代りしっかりとアンにこれを届けてくれ。」

老人はポケットから小さな袋を取り出し、カウンターの上に置いた。

老人
「中身は見るな。・・・どうせアンの元へ渡した時奴は開いてお前に見せるだろうがな・・・。それとこれも必要になるだろう。持って行くと良い。」

老人がカウンター下から一つの海図を取り出した。こっちはさっきの小箱と違ってとても綺麗だ。

老人
「ヴェーツ大陸周辺の海図だ。・・・だがこの海図だけじゃヴェーツには行けない。」
キュピル
「そうだな・・・。船乗り島すら書かれていない。相当遠い大陸みたいだな・・・。」
老人
「途中の海図はここにはない。・・・それはお前が見つけてくれ。」
キュピル
「それじゃ無事にアンに届けられる確証がない。」
老人
「お前は放浪がしたいと言ったな。」
キュピル
「・・・?そうだが。」

老人が少し間を置いてからキュピルに語りかけた。

老人
「放浪を続けて行けばいつかヴェーツ大陸の事が耳に入る日も来るだろう・・・。
どうせ今すぐ行った所でキャラベル船如きでは到底辿りつけまい。急がなくても良い、EMP探知機を使って好きに放浪するが良い。
だがいつか、ヴェーツ大陸に行きアンに届け物をしてくれ。・・・私はそれで十分だ。」
キュピル
「・・・わかった。約束するよ。」
老人
「絶対だぞ。」
キュピル
「勿論。」

老人とキュピルが固い握手を結ぶ。
その時、ふと忘れていた事が合った。

キュピル
「・・・そうだ。自己紹介が抜けていたな。俺の名前はキュピル。オーナーは?」
老人
「ロバート。」
キュピル
「それじゃロバート。放浪を終えてアンに届け物を渡したら必ず戻って報告する。
それまでに死なないでくれよ。」
ロバート
「若者の癖に減らず口を叩きおって。後10年は生きる予定だ。」

キュピルの去り際にロバートが後ろからキュピルを罵倒する。
苦笑いしながらキュピルが振り返り、一礼してからロバートの店から出て行った。右手にはEMP探知機、左手にはアンへの届け物と海図を持って。


続く



第四話 『発見物』

EMP探知機を無事に入手する事が出来た。正確に言えば借りたと言うべきなのだろうがこの際細かい事は気にしない。
次に入手しなければいけないのはエンジンだが・・・こっちは必須と言う程ではない。いざとなればルイに風魔法を詠唱して貰って船を動かしてもらう。エンジンを使うのは主に港に発着する程度だ。

キュピル
「しかしエンジンなんて何処に売っているんだ?」

恐らく東南エリアにあると思われるが・・・アノマラド大陸では内燃機関を用いたエンジンなんて目にした事は皆無のため
アノマラド大陸の近場である船乗り島にエンジンがあるとは到底思えない。
もっと言えばエンジンだけ手に入っても意味がない。ガソリンといった液体燃料も一緒に手に入らなければいけないのだが・・・。やはりこれもアノマラド大陸では殆ど見た事がない。
トラバチェスでギーンがやたらと戦車と戦闘ヘリを持っていたが一体何処でそんなにエンジンとガソリンを手に入れているのやら。
単純に流通していないだけなのかもしれないが。

キュピル
「(とにかく一応探すだけ探してみるか・・・。)」

そう思い東南エリアへ向かおうとした最中、ある店舗がキュピルの注意を引いた。

『発見物情報屋』

キュピル
「(発見物情報屋・・・?)」

・・・一体何のお店なのだろうか?
思わず気になってしまいエンジンの事を忘れてキュピルは発見物情報屋へ足を運んだ。
店内にはまるで古本屋かの如く沢山の本棚が並んでいた。壁には古びた道具やボロボロの海図、そしてかすれたスケッチ絵が飾られている。
入口から一番奥のカウンターにここのお店のオーナーが立っていた。茶髪で小さな丸眼鏡をかけており、茶色いコートを着ている。少し見た目の雰囲気がマキシミンっぽい。

マキシミンっぽい人
「・・・ん、見ない人だね。」

見た目からではあまり想像のつかない低くて渋い声に驚かされる。

キュピル
「あぁ、今日来たばっかりでこの船乗り島に来たのは初めてなんだ。」
マキシミンっぽい人
「へぇ、そうかい。うちのお店は常連しか来ないから新客が来るのは本当に久しぶりだ。で、何かお探しかい?」
キュピル
「実はここがどういうお店なのかよく分っていないんだが、どういうお店なんだ?」
マキシミンっぽい人
「そうか、そこから説明しなくてはいけないか。」

捻くれた言い方はしているが口調はそこまで捻くれた言い方はしていない。純粋に思った事を口にしているだけの感じが強い。

マキシミンっぽい人
「・・・君はなんて名前なんだ?」
キュピル
「キュピル。」
マキシミンっぽい人
「そうか、キュピル君か。私の名前はドミンゴ。よろしく頼む。」

キュピルとドミンゴが握手する。

ドミンゴ
「キュピル君。君はこの世にまだ未知の遺産があるとは思わないか?」
キュピル
「未知の遺産?」
ドミンゴ
「そうだ。例えばまだ誰にも発見されていない遺跡・・・お宝・・・そして遺産。
平たく言えばそれらの発見への手掛かりとなる情報をここで私は売っているのだ。」
キュピル
「つまり・・・未知の遺跡や未知のお宝の在り処に繋がる情報を売っているってことか。」
ドミンゴ
「その通り。」
キュピル
「・・・そもそもその情報はどうやって入手しているんだ?自ら足を運んで探している訳じゃないよな・・・。」
ドミンゴ
「勿論、私はここのお店を運営している限り自ら船に乗り発見物を探す事は出来ない。だけど私はここで情報を買い取る事もしている。」

キュピルが不思議そうな顔をしながら首をかしげる。

キュピル
「情報を買い取る?」
ドミンゴ
「そうだ。」

ドミンゴが生き生きとした表情をしながら身振り手振りジェスチャーしながら話す。

ドミンゴ
「発見物を見つけるのに一筋縄ではいかない。中には有力な情報を掴めはしたが何らかの理由で探索を断念せざるを得ない人達もいる。
そういう人達のために私はここで情報を買い取っている。そしてその情報を欲しがる冒険者は多い。その冒険者はここで私が買い取った情報を更に買い取る仕組みだ。」
キュピル
「へぇ、なるほど。でもその情報はちゃんと信憑性あるのか?」
ドミンゴ
「信憑性が高いか否かは私達がきちんと判断している。証拠が不十分ならば買い取りはしないし仮にしたとしてもスズメの涙だ。」
キュピル
「・・・ん?私『達』?」

ドミンゴが眉をあげる。

ドミンゴ
「ほぉ、そこに気付いたか。では、問題だ。この『達』とはどういう意味か、キュピル君。分るかね?」
キュピル
「そうだなぁ・・・。」

腕を組み、目を閉じて考える。
・・・純粋に考えればこのお店はドミンゴ一人で経営しているのではなく複数人で経営して審議して情報を買い取っている・・・そう考えるのが普通だろう。
だが・・・それも変な話だ。発見物屋を営むからには専門的知識が必要になるのは間違いない。ガセネタ掴まされて高額な買い取りをし、冒険者に高値で情報を売却したら信用問題にかかわるからだ。
・・・だがこういった専門的知識を持つ人間が何人もいるとはあまり考えられない。
仮に本当に二人、ここに住んで営んでいたとしても態々『達』と言って強調する必要性があるだろうか?

ドミンゴ
「考えているな。いいぞ、そのまま考えて理由と一緒に答えてみてくれ。結果によっては餞別を送ろう。」

餞別と聞いて少しその気になる。よし、当ててみせようではないか。
ドミンゴが何故『達』と強調したのか?
そもそもその前に発見物とは相当偉大な事ではないのだろうか。
新しい大陸が見つかれば国をあげて交易路を結ぼうとするし、人々を感嘆とさせる壮大な自然遺産が見つかればその領内にある国は自然遺産を保護するだろう。
つまり発見物とは国家の沽券にかかわる事も多い。

では、発見物屋とは国が経営している国営店なのか?

いや、それも変な話だ。何故なら船乗り島はどこの国にも属さない特別な都市だ。もし国営なら自国で経営するだろう。
それに発見物は全て国内にある訳ではないからな。

キュピル
「(ん・・・。全て国内にある訳ではない・・・。そうか、なるほど。)」
ドミンゴ
「何か分ったようだね。」
キュピル
「分ったぞ。発見物屋を束ねるギルドがあって情報はそこで共有したり意見を出し合ったりしているんだな?」
ドミンゴ
「ほほぉ。どうしてそう思ったんだ?」
キュピル
「まず初めに俺はここのお店はドミンゴ一人で経営しているのではなく複数人が営んでいるお店かと考えた。だが情報を選別する以上専門的知識が必要である事は間違いない。
言っちゃ悪いがこんなボロい小さなお店に専門知識を持った人が二人以上いるとは思えないし居た所で態々『達』って言葉を強調して言う必要性はない。この『達』って言葉を強調して言ったからには重要な意味が隠されている訳だからな。誰かと同居している程度だったら重要でも何でもない。
次に俺は国が運営している国営店なのかどうかと考えた。国の者と相談し信憑性をチェックしてもらう方法だ。だが船乗り島が何処の国にも属さない都市である以上それもない。
だが発見物事態は国をあげて探す事もあるはずだ。そしてそこから辿りついた最後の答えはギルドだ。
ギルドは同種の職人が集まり作り出す一種の組合だ。そして時には国に協力を尽くしたりあちこちに支店を置いたりする。
何よりも発見物ってのは世界中に存在している訳だから一店舗だけ置いてあるってのも変な話だ。だから世界中に発見物があって発見物のギルドがそれらを束ねている。
だから新たな情報が入った時、それを審議するギルドがあるから『達』と言った。そういう事だろ?」

ドミンゴが大きく頷き、そして盛大な拍手をした。

ドミンゴ
「『達』一つでここまで気付くとは。キュピル君。君はもしかすると発見物を探す素質があるかもしれない。」
キュピル
「推測は昔から好きだったからな。今思えばしょうもない事してたな・・・。」
ドミンゴ
「答えを当てたそんな推測好きなキュピル君に私から一つ餞別を送ろう。これだ。」

ドミンゴがカウンターの下から一枚の羊皮紙を取り出した。

ドミンゴ
「発見物の情報だ。こいつはうちの店で取り扱っている物の中で最も価値の高い物だ。」
キュピル
「ちなみにこいつを金で買い取ろうとしたら何Seedかかる?」
ドミンゴ
「Seedなら1.5MSeedだ。」
キュピル
「いぃ、1.5MぅSeed!?」

予想外な価格に素っ頓狂な声をあげる。今の驚き方は琶月と肩を並べるほど間抜けだったかもしれない。

ドミンゴ
「あぁ。こいつは今までただのお伽話だと思わせていたある話しが実は本当に存在していた事を証明させた貴重な情報なんだ。」
キュピル
「そうか・・・そういう物には凄い値打ちがつくんだな・・・。ちなみにこいつは例外として他の情報を買おうとしたら平均的にいくらあれば買い取れるんだ?」
ドミンゴ
「大体は10KSeed。どんなに高くても50KSeedだ。基本はそこまで高くない。そいつだけが例外なんだ。」

そこまで言われると一体どんな情報なのか。気になって仕方がない。

キュピル
「こいつ、今見ていいか?」
ドミンゴ
「いいとも。ぜひともキュピル君の意見を聞いてみたいからな。」

キュピルが封を固めている封蝋を剥がし、羊皮紙を広げる。そこには一枚の絵が描かれていた。
その絵は沢山の船が空を飛んでいてあちこちに宙に浮く大きな島が存在していた。

ドミンゴ
「こいつは空中大陸だ。」
キュピル
「空中大陸・・・?」
ドミンゴ
「そうだ。人の住めない不毛な大陸地域があるがそこでは年中分厚い黒い雲で覆われていて上空は乱気流の渦に包まれている。だがな、そこにはこの世界では見られない不思議な船がいくつも沈んでいるんだ。」
キュピル
「船が沈んでいる・・?」
ドミンゴ
「そうだ。大陸の中央なのに船がいくつもまるで落ちているかのように放置されているんだ。どれも大破しているが、保存状態の良い船が見つかってな・・・。起動出来たんだ。」
キュピル
「船?・・・船を『起動』?」
ドミンゴ
「聞き逃さなかったか。素晴らしい。」

ドミンゴが一度拍手する。

ドミンゴ
「そうだ。・・・船にはエンジンが付いていて、起動したら船が宙に浮いたんだ。」
キュピル
「空飛ぶ船・・・って事か。」
ドミンゴ
「そうだ。そしてその船に積まれていたエンジンを調べ、他に大破している船を調べてみたらどれも同じパーツが使われている事が発覚した。
そしてその船はその地域でしか見られない。・・・何か臭わないか?」
キュピル
「・・・この絵は・・つまり予測で描いた奴なのか。」
ドミンゴ
「そうだ。その大陸の、分厚い黒い雲を突き抜けた先には数々の宙に浮く島があり、空飛ぶ船が行き交う世界が存在しているのではないのか。・・・昔からある伝説だったのだが、あの保存状態の良い空飛ぶ船が発見されてから一気に現実味を帯びた話しとなった。
誰よりも早く空中大陸を発見する事が出来たら巨万の富を得られると信じている。」
キュピル
「何故?」
ドミンゴ
「大きなお宝がある気がするじゃないか。」
キュピル
「情報屋の癖にそこは信憑性のない話しなんだなぁ。」
ドミンゴ
「こいつ、いいやがるぜ。」

二人ともどつきあいながら笑い合う。

キュピル
「さて、ちょっと長居してしまったな。この1.5Mもする羊皮紙は頂いていいのか?」
ドミンゴ
「勿論だとも。私は君に興味を持った、そして実に楽しい会話が出来た。興味があればぜひとも空中大陸を探してみると良い。」
キュピル
「わかった。」

キュピルが羊皮紙を懐にしまう。

ドミンゴ
「あぁ、それと発見物はもちろん空中大陸意外にもある。もし何かお探しの情報があればあちこちにある発見物屋に訪れると良い。
あるいは新しい物を見つけたと思ったらその情報と証拠を持ってぜひとも私達に売ってくれ。」
キュピル
「ああ。新しい物を見つけたと思ったらしっかり記録を残すよ。」
ドミンゴ
「それじゃ良い旅を祈る。また逢う日を楽しみにしている。」
キュピル
「俺もだ。またな。」


そういうとキュピルは背を見せながら手を振り発見物屋から出て行った。
とても面白い事を聞いてしまった。

キュピル
「(空中大陸か・・・。・・・空に浮かぶ大陸だなんて・・・興味あるが実際に行けるかどうかは別問題だな・・・。)」

どうやって空を飛べばいいんだか・・・。
第一空は乱気流に包まれているらしい。気球とかなんかじゃ一瞬で吹き飛ばされるだろう・・・。

キュピル
「(まぁ・・いいや。この羊皮紙にその大陸の場所もしっかり書いてあるから興味があったら行くか。)」

少し日が暮れ始めた。
だがエンジンの他に入手せねばならない事を思い出す。

キュピル
「そうだ・・・。海図!海図がないと船乗り島から他に行く事が出来ない!」

勿論充てもなく放浪を続けてもいいが流石にまだ航海技術も低いし何よりロバートに頼まれた届け物をアンに届けなくてはいけない。
だからヴェーツ大陸に近づく航海をしたい。充てもない放浪をするにしても出来ればヴェーツ大陸に近づく航海を・・・。

キュピル
「海図、買って来なきゃ。ヴェーツ大陸に続く海図を。そろそろエンジン買いに行かないとルイとの約束の時間も遅れてしまいそうだし・・・急がないと。」

駆け足で海図を販売しているお店へ入り色々物色し始める。
しかしその店先でもオーナーと話しこんでしまい、ついついキュピルとオーナーがしてきたこれまでの旅の話しをしてしまい夜を迎えてしまった・・・。


・・・。

・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・。






ルイ
「どういう事ですか!これは!」
キュピル
「・・・すいません。」

船室でキュピルはルイに問い詰められていた。結構ルイは怒っているようだ・・・。
約束の時間を破り、沢山の海図を持ちかえり、挙句の果てにはお金が足りなくてエンジンを買う事が出来なかったキュピル。
一方ルイはキュピルに言われた通り頼まれた物を全て購入し、自分の欲求を抑えて一直線で船に返ってきたのに肝心のキュピルがこれでは流石のルイも怒ってしまったようだ。

キュピル
「い、い、一応EMP探知機手に入れて来たんだぜ!」
ルイ
「それは本当にすごい事ですが・・・。それでも何か府に落ちません!」

ルイが軽く頬をふくらませ、いかにも不機嫌そうな顔をみせる。

ルイ
「寄り道する時間があったら間違いなく私とショッピング出来たじゃないですか。私と一緒に居るの嫌なのですか?」
キュピル
「違う違う!そういう事じゃない!ただ冒険心g・・・」
ルイ
「もういいです。」

ぷいっとルイがそっぽ向く。あぁ、本気で怒ってる。
ただでさえルイが船室のベッドをダブルベッドにしちまったんだから喧嘩したまま一緒に寝たくない。相当気まずいだろう。

キュピル
「なぁ、ルイ。分ってくれよ・・・。」
ルイ
「・・・・・・・。」

ルイはキュピルに背中を向けたまま椅子に座っている。

キュピル
「違った・・・。俺がルイの事を理解するから。」
ルイ
「・・・本当ですか?」

ルイがちらっと後ろを見て横顔を見せる。髪につけている魂の髪飾りがランタンの明りを反射させている

キュピル
「勿論・・・。」

・・・でも理解するって何だ?

キュピル
「と、とりあえず次の大陸ではしっかり一緒にショッピングとかd・・・。」

突如ルイが椅子から立ち上がりベッドの上に腰かけているキュピルに近づく。
そしてグッとルイが顔を近づけさせ額と額をぶつけた。

ルイ
「じぃ・・・。」
キュピル
「ジ、ジェスターみたいな事を言ってどうした?」
ルイ
「・・・今日の夜は私の言う事聞いてもらいますから。」

獲物を狩るような目つきでキュピルを睨む。
まるでへびにらみにあったカエルみたいにキュピルはそのまま動けなくなってしまった。

キュピル
「(ヤバイ・・・本気でルイが怖い・・・)」



・・・・。

・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・。


船は船乗り島を出港し、ヴェーツ大陸へ近づくための航海を始めている。

ロバートに頼まれた届け物。
空中大陸。
そして発見物。

当てのない旅なんてものは稀だ。
始めは無くても続けて行けば必ず旅の目的は出来あがる。

本来の目的である自分探しは、その新たな目的の先で達成されるのか。


船は波に揺られている。


続く



第五話 『意思』


船乗り島を出港したキュピル。船乗り島へ寄った最大の目的であるEMP探知機は無事に入手する事が出来た。
そして副産物として空中大陸の情報が描かれた羊皮紙とヴェーツ大陸周辺の海図を手にしたキュピル。後は船乗り島周辺の海図が複数。
しかしエンジンは入手出来ず、今後の航海も風を操ってくれる帆を頼りに進めて行くこととなる。

操舵席の舵をしっかりと握りつつ、操舵席のすぐ隣にある小さな机の上に乗っかったEMP探知機と羅針盤を目にする。
羅針盤の赤い針は船首から少し北西の方角を指している。つまりこの船は北東に進んでいる事になる。
次にキュピルが目指している大陸は北東にあるためしっかり道は合っている。

キュピル
「・・・・・。」

航海は長い時間をかけて航海する割には実際に船上でやらなければ行けない事は意外と少ない。特にキャラベル船程度になればそれは尚更だ。
風向きが変われば帆を変え、そうでない時は舵を握る。だが、波の激しい場所でない限りは舵を曲げたりすることも殆どない。
一言で言えば暇なのだ。

一日、また一日と時は進む。

朝、軽食を済ませてから降ろしていた碇を引き上げ帆を張り船を動かす。
昼を迎えればルイが昼食を作りまた軽食を済ませる。
夕方を迎えれば周囲を確認し安全を確認してから碇を降ろす。
そして夜を迎えた後はルイの作った晩御飯を食べ、明日の支度を済ませてから眠りにつく。

この繰り返しだ。

キュピルはこの何もない時間はただひたすら答えの出ない考え事を続けているためまだ良いが
キュピルが返事してくれない間はルイはひたすら暇で仕方がないようだ。

船乗り島を出港してから三日が経過し、ちょうど昼を過ぎたあたりにルイがとうとう我慢出来なくなったのか
答えてくれるまでルイはキュピルに問い掛けた。

ルイ
「キュピルさん。」
キュピル
「・・・・。」
ルイ
「キュピルさん。」
ルイ
「・・・・・。」
ルイ
「キュピルさーん。」
キュピル
「・・・聞こえてるから・・・。」
ルイ
「それなら、答えてくれてもいいじゃないですか。拗ねちゃいますよ?」

ルイがまた頬を膨らましちょっと拗ねた表情を見せる。

ルイ
「一度考え事を始めたら本当にキュピルさんはずっと考え事を続けていますよね。」
キュピル
「一応放浪に出た目的でもあるからな。」
ルイ
「うーん・・・。あ、ところで次の目的地まであとどのくらいですか?」
キュピル
「EMP探知機が蒼一色からちらほら茶色が出てき始めている。恐らくあと数時間で到着するはずだよ。」
ルイ
「あぁ、よかったです。到着が明日か明後日に伸びてしまったら暇すぎて泣いちゃう所でした。」
キュピル
「そんなに暇なら双眼鏡持って海でも眺めてみたらどうだ?発見物が見つかるかもしれないぞ。」
ルイ
「うーん、それもそれでちょっと気の遠くなる作業ですね・・。」
キュピル
「(やれやれ・・・。こうなることは分っていたんだから無理に来ない方がよかったのに。)」

次の目的地は船乗り島と近い性質をもった島だ。
殆どの大陸や島のちょうど中間地点にあり船乗りの休憩場所や食料・水の補給場所として重要な役割を果たしている。
が、その他にこの島で目立った特徴はない。ここに長く居続けても何ら答えが見つかりそうにない。

到着予定時刻は恐らく夜になるため、キュピルの予定では目的地に到着したらその日は宿屋で一泊し翌朝から水と食料を調達してから出港する予定だ。
宿屋ではなく船で寝泊まりしてもいいがたまには揺れないベッドの上で寝たい。


・・・・。

・・・・・・・・。


時々思う。

ルイは一体何故ついて来たのだろう?

ルイにとって俺とは一体何なのだろうか。


ルイが俺に対して好意を寄せているのはよく理解している。
それと同じく俺もルイに対して好意は寄せているつもりだ。

でも傍から見ればそれはきっと一方通行に見えるのだろう。

勿論、ルイが俺の事を好きで俺はルイの事を好きではないっという意味でだ。

その理由は単純に俺がルイに対して素っ気なさ過ぎるからなのだが・・・。
別に素っ気ないというか、興味がない訳ではない。ちゃんとルイの事は好きだ。

でも、何で好きなのだろうか。

そんな事一々考えていたら埒が明かないし、好きな事に理由は必要なのか?って誰かがかっこよく言っていたような記憶もあるけれど・・。
でも、理由もないのに好きになられているなんて逆に怖いと思わないのだろうか。

キュピル
「ルイ。」
ルイ
「はい?」
キュピル
「・・・・突然こんな事聞いてビックリしないで欲しいんだけど・・・。」
ルイ
「ふふっ、珍しい事言いますね。どうかしましたか?」
キュピル
「どうしてルイは俺の事が好きなんだ?」

ルイがキョトンとした表情を見せた後、数秒後には満面の笑みを俺に見せた。

ルイ
「キュピルさんはカッコよくて優しいからですよ。」
キュピル
「どうしてカッコイイと思ったんだ?」
ルイ
「え?・・・例えば、扱う事が難しい輝月さんやヘルさんの上に立って指示したり強敵相手に屈することなく戦い続ける勇気・・・とかですね。」
キュピル
「誰かに指示したり強敵相手に屈せず戦い続ける事が何故カッコイイと思ったんだ?」
ルイ
「もぉ、本当に突然どうしたんですか?そんな事聞いてきて。」

ルイが両手を拳にして腰の上に置く。

キュピル
「・・・いや、なんとなく。」

嘘だ。

・・・ルイが本当に、自分の意思で俺の事を好きになってくれているのか。ただそれが知りたかっただけ。
でも、人から好意を貰っておいてこんな事を知りたがるなんて図々しすぎるだろうか?

・・・・。

・・・・・・・・。

ルイも・・俺も作者に作られた人工物だ。
人工物と言っても奴が言うには本物の人間と同じ体のつくりで刺されたら普通に死ぬ(はず
・・・だけど、奴は俺やルイの運命を簡単に捻じ曲げ変える事が出来ると言う。

それなら

ルイが俺に好意を寄せているおは作者がそうさせているからじゃないのか?

そう思い続けてしまう。


一度作者に対して強烈な恐怖を植え付けられて以来。

そんな風に何度も考えてしまう。



放浪に出た目的は、俺が今まで決めた出来事は本当に自分の意思で決めた事だったのかどうか。
そんなあやふやな答えを探すために放浪に出ている。

それと同じように。

ルイは本当に自分の意思で俺の事を好きになっているのだろうか?
作者の手に寄ってむりやり訳も分らずその感情を植え付けられている訳ではなく、本当に自分の意思なのか。


自分の意思。


あぁ、意思って何なんだろうな・・・。


こんなあやふやな答え。俺はこの放浪で見つける事が出来るのだろうか。



ふと空を見上げる。
気がつけば陽は沈み星空が見え始めていた。風は冷たく、それはまさしく夜風だった。

空から地平線の先へ視線を向ける。すると今度は星とは違う強い明りが見え始めていた。

灯台の明りだ。

どうやら目的地が見えてきたようだ。


数々の船乗り達が食料と水だけを補給しに来る島。この島に名称はない。皆補給島と呼んでいるが、的を射ているな。

キュピル
「さぁ、そろそろ目的地に到着だ。帆を畳んで入港準備をしようか。」
ルイ
「はい。」




・・・。

・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・。


数十分後。キャラベル船は補給島に入港した。
入港管理者から渡された書類に氏名とサインを書き記し、入港許可書を得るキュピル。

キュピル
「ついでに聞きたいんだけどこの辺りで安い宿屋ってないか?」
入港管理者
「最も安い宿屋ならここから西に歩いた先に見える坂を登った先だ。」
キュピル
「どうも。」


・・・。

・・・・・・・・。

ルイと共に船を降りた後はまず入港管理者に言われた宿屋に向けて歩きだした。
横一列に並んでいる港を抜け街灯がいくつも立ち並んだ左右へ長く続いている街道へ出た。街道を挟んだ先は沢山の建物が並んでいる。
街道へ出てからはひたすら西へ歩き続ける。歩いている道の右側には土壁の建物が並んでおり左側を見れば柵を挟んだ先に港が見える。
街道を歩き続けて行く途中に食料店や海図屋、発見物屋などを見つけた。
時刻は既に午後11時を回っていたため今日は流石にもう店じまいしていたが明日時間があれば少し寄って行こう。

いくつもの商店前を通り過ぎると、入港管理者に言われた坂道が見えてきた。
街灯があまりない暗い石の階段を登り続けると小さな宿屋が見えてきた。

キュピル
「あれかな?」
ルイ
「みたいですね。」

階段を登りきると小さな門が目の前に現れた。柵には【HOTEL】と書かれた看板が釣り下がっていた。
門の柵を開け通り抜けて宿屋の前へ移動する。

宿屋はレンガで造られた小さな建物だった。よくある五階建ての大きな宿屋・・というよりは民宿と言うべき小さな宿屋だった。
扉の前に立つが、ここが本当に宿屋なのかどうか確証が持てない。
というのも、入口は宿屋らしくないよくある普通の木造ドアで正直いって住民が住み一軒家にしか見えないからだ。

ルイ
「・・・どうします?」
キュピル
「とりあえず、開けてみるか?間違ったら謝る。」

そんな事を言いながらドアノブに手をかけ引っ張るキュピル。
ドアの先は普通にリビングが存在しており、部屋の奥のカウンターに腰かけ毛糸を編んでいた御婆さんと目があった。

キュピル
「やべ、本当に一軒家だった。すみません、間違えました。」
御婆さん
「おやおや、もしかして泊まりに来た旅の者かい?」
キュピル
「ん、そうです。」
御婆さん
「よく来たわね。お外は寒かったでしょう?ほら、中に入って入って。」

御婆さんがニコニコとした表情を見せながら手招きしキュピルとルイを建物の中に入れた。

ルイ
「とても優しそうな御婆さんですね。」
キュピル
「だな。・・・ここは宿屋で合っていますか?」
御婆さん
「ええ、ここはちゃんとした宿屋よ。といっても民宿だから団体様は寝泊まりできないけどねぇ。」
ルイ
「お部屋、借りられますか?」
御婆さん
「えぇ、どうぞどうぞ。借りていって頂戴。」

キュピルが安堵した表情を見せる。

キュピル
「よかった、ありがとうございます。・・・あ、ところで一泊いくらですか?」
御婆さん
「一泊1000teruだよ。」
キュピル
「げっ、teru!?」

どうやらここはアノマラド大陸で使われているSeed通貨は使えないようだ。
御婆さんはロッキングチェアに座りゆらゆらと揺れながら毛糸を編み続けている。

キュピル
「す、すみません。Seedという通貨しか持っていないのですが使えませんか?」
御婆さん
「おんや、Seedしかないのかい?それじゃぁ仕方ないね。タダで泊まって言っていいわよ。」

御婆さんは顔色一つ変えず、にこやかな表情を見せながら毛糸を編み続けている。

キュピル
「凄い助かります!・・・けど、何か悪いなぁ・・・。」
御婆さん
「ほっほっほ、別にいいのよ。ささ、お部屋はこっちよ。」

御婆さんが腰をあげキュピルとルイを客室に案内する。
キュピルとルイは一度顔を合わせ、笑い合うと御婆さんの後について行った。



・・・・。

・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



遥か遠くの大陸。
一人の少女が祈りを捧げている。

声にならない、か細い息を吐き続けながら少女は懇願した。

「お願い・・・私の英雄。早く来て。」



続く



第六話  『フリーシュ島』


名もなき小さな島へやってきたキュピルとルイ。船乗りたちからはこの島は補給島と呼ばれており目立った観光スポット等は一切ないが
その代り沢山の大陸の中間地点に位置しているため物資の補給に重宝されている。
補給島へ到着したキュピルとルイはこの島一番安いと言われている宿屋で一泊する事にした。


・・・・。

・・・・・・・・・・。


御婆さんは二つ部屋を貸してくれ、ルイとは別の所で寝る事になった。
ルイは一瞬渋る仕草を見せていたがすぐに降参した。一人で寝るのは大分久しぶりである。

キュピル
「(やっぱり一人の時の方が落ちつく事もあるなぁ・・・。)」

一人で誰にも邪魔されずに自由に考え事出来ている時が一番気が楽だと感じる時がある。
ヘルも輝月、ルイもファンも皆俺に期待しているけれど何時もその期待に応えられる気が最近はあまりしない。

キュピル
「(昔はあんなに無茶な要件も引き受けて後先考えずに行動してきたのに、最近は足枷でもついているのかって言いたくなるぐらい腰が重たくなったな・・・。)」

それだけに今回の放浪は本当に思いきった行動だった。
でも一度放浪に出た後は随分と気が楽になった。・・・まだルイがいるが。

キュピル
「(こんな陰湿な考え事ばかりしているのは俺の意思による物なのか。それとも俺を憂鬱な気持ちにさせるために作者が今俺にこんな事を考えさせているのか。)」

そんな事を一々上げていてはきりがないのは分っている。でも、本当に今まで自分が行ってきた事が自分の意思だったのかどうか。
それを確かめるまで、まるで自分が傀儡(かいらい)人形のように感じられる。

キュピル
「(・・・やめやめ。今日は考えるのもここまでにして寝よう・・・。どうせ明日も出港すれば考える時間はいくらでもある。)」

そう思ってシックなベッドの上に横になり、布団をかぶろうとした時だった。
極僅かな、変わった音をキュピルは聞き逃さなかった。


カラ・・・カラ・・


キュピル
「(・・・ん?何だこの音は?)」

天井裏で何かが・・・動いているような不気味な音。キュピルが不思議そうに天井を見上げた瞬間だった。
突如頭上の天井が開き、錘が垂直に落ちて来た!
キュピルがすぐに身を翻してベッドから飛び降り攻撃を回避した。すると、今度は壁から矢が飛び出しキュピル目掛けて何本も飛んできた!
ベッドの横に置いていた剣を抜刀し矢の軌道を読んで回避しつつ、剣を振って矢を叩き落とした。
数十本もの矢を叩き斬ると矢による攻撃は止み、シーンと部屋は静まり返った。

キュピル
「(何だ今のは・・・。)」

キュピルが落ちている矢を手に拾う。

キュピル
「(ん・・・これは・・・。)」

・・・矢尻が鉄ではなく柔らかいゴムで出来ている。万が一回避に失敗して矢に当たってもちょっと痛いくらいで命に別条は全く問題はない。
キュピルが首をかしげながら考え事をしていると、今度は隣の部屋からルイの悲鳴と叫び声が聞こえてきた。
異常を察知したキュピルが慌てて部屋から飛び出し、ルイが寝ている客室に乗り込んだ。

キュピル
「大丈夫か!!?ルイ!!」

ルイがベッドの上でおでこを抑えながら痛みに堪えていた。目尻に涙を浮かべており、本気で痛がっている。

ルイ
「いったいぃぃ・・・。な、何で突然天井からこんなのが・・・。」

ルイがベッドの上に落ちている小さな錘をキュピルに見せつけた。それは先程キュピルが寝ていた客室の天井から落ちて来た錘と同じ物だった。数秒後、壁から小さな穴が沢山現れ穴から大量の矢が飛んできた。キュピルは回避したがルイはそのままベッドの上で沢山の矢を身に受けた。

ルイ
「痛い痛い!」

数秒後、矢による攻撃は止み部屋はルイの呻き声だけが木霊していた。

ルイ
「う、うぅぅ・・・。」
キュピル
「これは一体どういう事なんだ。」

本気で殺そうとしていたのなら錘はもっと大きくてでかい物を使うし、矢尻はゴムでなく鉄じゃなければ突き刺さらない。これは一体・・・。


「申し訳ない・・・貴方達の強さを確かめさせて貰ったのよ。」


突如背後から御婆さんの声が聞こえ、キュピルは振りかえった。扉には頭を深々と下げた御婆さんが立っていた。

キュピル
「強さを確かめさせてもらった?一体どういう事だ。」
御婆さん
「・・・私は今、ここから東に進んだ所にあるフリーシュ島の危機を救ってくれる勇者を探しておる。」

御婆さんは頭を下げたまま、涙ぐみながら語りだした。
すぐにキュピルが割って入り質問をした。

キュピル
「フリーシュ島の危機を救ってくれる勇者?一体どういうことだ。」
御婆さん
「・・・話しを聞いてくれるのかい・・?」

キュピルが後ろを振り向き、ルイの様子を確認する。
ルイが不機嫌そうな顔でこっちを見ている。一旦、ルイの傍に寄りそう。

キュピル
「大丈夫か?痛みはまだあるか?」
ルイ
「まだ少しありますけど・・・大分引きました・・・。
・・・もう大丈夫ですから、御婆さんのお話を聞いてきてあげてください。」

キュピルがルイの頭を軽くポンポンと手を乗せた後、ゆっくりとルイの背中を支えながらベッドに倒し寝かせた。
ルイが満足そうな表情を見せた後目を瞑りそのまま眠り始めた。

キュピル
「向こうのリビングで話しを聞きます。」
御婆さん
「ありがとう・・・本当にありがとう・・・・。」

・・・・何か深い事情がありそうだ。




・・・・。

・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・。


時刻は一時半。
外は真っ暗闇だが部屋は薪を燃やす暖炉の火で明るく照らしている。
キュピルが暖炉の傍で暖を取りながら座って待っていると、御婆さんがマグカップを二つ持ってやってきた。一つをキュピルに渡すと、御婆さんは暖炉の傍にあるロッキングチェアに腰をかけた。
マグカップに口を付け一口飲む。

キュピル
「(ココアだ。・・・暖まる。)」

顔をあげ御婆さんの方に目をやる。まだ黙っていたためキュピルの方から語りかけた。

キュピル
「どうぞ話してください。」
御婆さん
「ありがとう・・。・・・始めに謝ります。本当に、ごめんなさい。」

ゆっくりとした喋り口でキュピルに謝る。

キュピル
「その事はもういいです。それより、襲った理由とさっきのフリーシュ島について聞かせてください。」
御婆さん
「フリーシュ島の事から話させて頂くわ・・・。
・・・フリーシュ島はここから東に数百キロメートル進んだ所にあって、とある貴族がその大陸を統治していた。世襲制で何百年もの間、その一族が大陸を統治していたのだけれどある時・・・。
一族は不慮の事故で亡くなってしまい血統が途切れてしまった・・・。
王の居ないフリーシュ島で新たな王を決める必要があったのだけれど、元々権力を持っていた人達が沢山名乗り出て派閥争いに発展。内戦が起きたわ。」
キュピル
「内戦?」
御婆さん
「ええ・・・。時も大分流れ今は二つの派閥だけが残ったわ・・・。でもフリーシュ島は今もその二つの派閥が争い合っていて島は混沌とした時代を迎えている・・・。
内戦が始まってからは私達一般市民を無理やり徴兵したり重税を課せられたり酷い目に遭ってきた。
私はあの島からうまく逃げ遂せてこの島まで来たけれど、まだ沢山の人達があの島で酷い目に遭わされている。」
キュピル
「なるほど、フリーシュ島で起きている事は理解出来ました。・・・それとさっき襲った関係について教えてください。」
御婆さん
「貴方達の強さを確かめさせて頂いたのよ・・・ごめんなさい。」

御婆さんがもう一度頭を下げる。

キュピル
「さっきも言っていましたが・・・。・・・まさか。」
御婆さん
「・・・ええ・・・。貴方の動きをここで見させてもらったわ・・・。よく訓練された兵士でもあそこまで見事な動きは出来ない。貴方はとてもお強い力をお持ちだという事を知りました。
・・・本当に・・・厚かましいお願いだという事はわかっているけど・・・お願いします。どうか、フリーシュ島で苦しんでいる人達を助けてあげて・・・。お礼は・・・今は出せないけどきっと、何とかしますから・・!」

キュピル
「(・・・フリーシュ島か・・・。)」

少しまとめてみよう。
フリーシュ島で新しい王を決めようとした時にいざこざが起きて派閥争いに発展。今は二つの派閥が争い合っている状況だ。
御婆さんの話しを聞く限りではフリーシュ島で暮らしている平民はその内戦に巻き込まれ徴兵されたり重税を課せられているらしい。
御婆さんは「上手い事逃げて来た」と言っていた所を見るとどうやら平民が島から逃げるのは難しいというのが読みとれる。
そして先程、御婆さんが俺達を襲った理由は実力を測るためで実力を知った御婆さんは俺にフリーシュ島を救ってほしいと頼んできた。

キュピル
(・・・ふーむ・・・・。)」

・・・突然襲われた揚句にいきなりフリーシュ島を救ってくれなどというのは常識的に考えて厚かましいお願いだろう。
それも報酬だってこの様子を見ると金銭的期待はかなり出来ない。
普通なら誰だって断るだろう。

・・・・だけど。

キュピル
「・・・分りました。フリーシュ島に行ってみようと思います。」
御婆さん
「い・・今なんと・・・。」
キュピル
「フリーシュ島に行ってきます。」

御婆さんがロッキングチェアから降り、フローリングの上で座り土下座を始めた。
慌ててこちらも立ち上がり御婆さんの顔をあげるようお願いする。

御婆さん
「あ・・・ありがとうございます・・!!ありがとうございます!!3年間・・・色んな人にお願いして承諾してくれた方は貴方が初めてです・・・!」
キュピル
「(だろうな・・・。)」

・・・しかし三年間か・・・。
随分と長い事内戦を続けているんだな・・・。

キュピル
「(さて・・・。しばらくは大変な事になりそうだな。情報を集めないと。)」

予定を変更しよう。
明日は出港せず、少しこの島で情報を集めてフリーシュ島へ行こう。

これも放浪だ。
戦地の果てにもしかしたら俺が探している答えがあるかもしれない。

俺は確かに、自分の意思でフリーシュ島へ行くと決めた。
作者の力ではなく、確かに・・・確かに俺が自分で行くと言った。


・・・はずだ。


キュピル
「(・・・俺がやけに快諾したのは作者が俺にそういう気持ちにさせたから・・・とか・・そういう事はないよな・・・?)」

・・・そして再び始まる堂々巡り。

首を振り、今考えている事を追い出す。

藁にもすがる思いだけど・・・・。
フリーシュ島で答えが見つかるといいなぁ・・。


・・・・。


・・・・・・・・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・。




翌日。


ルイに昨日の出来事を伝えると真っ先に反対されてしまった。

ルイ
「な、何考えているんですかキュピルさん!!どうして態々そんな危険な地に赴くんですか!!死んじゃったらどうするんですか!?」
キュピル
「いや、死なないよ。」

・・・しまった。
思わず軽率な発言をしてしまった。次にルイは「その確証は一体どこにあるのか?」っと言ってくるだろう。

ルイ
「その確証は一体どこにあると言うんですか!?」

ビンゴ。
しかし、確証は・・・・。

キュピル
「(・・・まさか作者に生かされているからとか言える訳ないよな・・・。)」

・・・・。作者は俺の事をお気に入りの玩具だと言っていた事もあった。
・・・お気に入りの玩具が勝手に壊れないように奴は見張っているんじゃないのかって思う時がある。

・・・・。

いや、ちょっとまて。

玩具が壊れたらそこでお終いって訳じゃない。

修理したら?

それとも魂を抜きとって別の器に入れ替えたら?

・・・・。

一度死にはしてもまた生き返るって事なんだけど・・・。
その時に違う体になっていたり、記憶がなくなっていたりしたら嫌だな・・・。
それに第一生かされている証拠がある訳でもないし・・・。

言われてみれば、死なないっていう確証は何処から来ているんだ?
作者のお気に入りだからっていう理由はいくらなんでも都合がよすぎるのでは・・・。

それともフリーシュ島でこれから待ち受ける倒錯的な物語を期待して奴は遠くから今ほくそ笑んでいたりするのか?
いや、奴がこれから先に待ち受ける物語を倒錯的な物語に変えているのか?

結局一体・・・何なんだ?

奴は・・・。



・・・・。


無性に腹が立った。

キュピル
「・・・・あぁぁああああ!!!くそ、この作者めぇ!!!!」

嫌になって叫びながら自分の頭を掻き毟る。
ルイがビクッと体を震わせ驚いた表情を見せる。

ルイ
「キュ・・キュピルさん?」
キュピル
「あぁ、ちくしょぉ~・・・。どこまで俺を翻弄させる気だ・・・。」

俺の独りよがりなのかもしれないが、それでも・・・奴を完全に頭の中から追い出す事が出来ない。
現実でも奴に勝てなければ、頭の中でまで奴に負けている気がする・・・。

・・・・・。

ルイが恐る恐るキュピルに触れようとした瞬間、キュピルが顔をあげる。

キュピル
「よし、フリーシュ島の調査をしよう!」
ルイ
「私の話しちゃんと聞いていましたか?」




・・・。

・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・。





キュピル
「ふぅーむ・・・。」

昼過ぎ、情報屋に訪れ建物内に置かれてある様々な文献を手に取ってフリーシュ島について調査する。
とにかくフリーシュ島で起きている出来事は全て頭の中に叩きこんでしまおう。

数時間文献を読んだり聞きこみを行ったり、調査を続けてフリーシュ島についていくつか分った事がある。
まず今フリーシュ島周辺海域は侵入禁止区域になっているようだ。内戦が起きる前は沢山の船舶が交易に訪れていたようだがある時にどちらかの派閥が
貿易船を襲撃し物資を根こそぎ奪い挙句の果てに船員を皆徴兵し戦わせたようだ。
この出来事は瞬く間に世界中に広がって内戦が終わるまでフリーシュ島周辺は絶対に侵入しないようにと各国で船乗りに通達していたらしい。
貿易船がフリーシュ島へ立ち寄らなくなった結果、フリーシュ島では酷い飢餓が発生しているらしい。
飢餓を救おうとどっかの団体が食料を持ってフリーシュ島へ寄った時も襲われて物資を根こそぎ奪われたため、とうとうそういった団体も寄り付かなくなってしまったようだ。

キュピル
「相当悲惨だな・・・。」

そこまで不毛な争いを続けて、一体どんな意味があるというのか・・・。
平民はこんな島から早く逃げ出すべきだが、船が来ないから逃げるにも逃げられない状況。
なるほど、御婆さんが助けてあげて欲しいと言った理由が良く分る。

だが平民をただ救出するといってももう少し事態は複雑のようだ。
ここまで過酷な島に平民が残り続けているのは単純に船がないからという理由のほかにもう一つ理由があるようだ。
その派閥を単純に応援していて、派閥と平民が団結して戦い合っているらしい。

つまり今フリーシュ島では完全に二つの国が出来あがっている状況で国が争い合っていると考えた方がかなり分りやすいだろう。
ただ勿論、どこの派閥にも属さず早くこの島から逃げ出したい人達もいるみたいだ。
主にそういう人達を助ければ良いのだろう。

・・・・。

キュピル
「(ただ・・・救出は本当に困難だな・・・。)」

まず何と言っても船が小さすぎる。これではせいぜい一度に10人程度しか乗せられない。いくらなんでもこれは・・・。
フリーシュ島は内戦が起きる前は人口30万人程が暮らしていたらしい。島の大きさの割にはかなりいる。
とても島一つで自国民の食料を補えているとは思えない。恐らく何十万人が既に戦争と餓死で亡くなっているだろう。

キュピル
「(・・・キャラベル船を大きくする事は出来ない。それにここからフリーシュ島へ向かうのにどんなに早くついても10日はかかる・・・。往復で20日だ。フリーシュ島で食料と水の補給は出来ないだろうから限界まで詰み込んだとしても・・・俺とルイを含めて三人分の食料と水しか容易できない・・!)」

そうなると、現地で救える人間はただ一人。

・・・・これはあまりにも苦しい。

出来れば御婆さんから少し援助して貰いたい。
例えば、もっと大きな船と食料と水を・・・。

だけどそれは難しい話しだろう。容易するお金がないのは勿論、仮に大きな船を手に入れる事が出来たとしても二人で扱うのはかなり難しい。


キュピル
「(・・・沢山の人達を救うには一体どうすればいいんだ?)」



・・・。


・・・・・・・・。


・・・・・・・・・・・・・・。





それから数時間が経過した。
日が暮れるまでキュピルは情報屋で文献を読み続け作戦・対策を練り続けた。
時刻は10時を回り、オーナーから店じまいするから出て行くよう言われ渋々店から出て行く。

キュピル
「(お腹減ったな・・。そういえば昼から何も食ってないや・・・・。)」

一旦宿屋・・もとい御婆さんの家に戻ろう。
・・・とりあえず大まかな作戦は練った。博打に近いが・・・これしかないのかもしれない。



・・・・。

・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


その夜。御婆さんの手料理を食べながら作戦を話した。

キュピル
「フリーシュ島にいる人達を助けるには3つの方法しかない。」
ルイ
「それは?」
キュピル
「一つは船を何度も往復させて平民を乗せて助ける。だが計算上一人ずつしか乗せられないから現実的な作戦じゃない。
二つ目はフリーシュ島で軍船を奪い大人数乗せて帰る。・・・だが、これも現実的じゃない。軍船を奪えるかどうか分らないし第一操縦方法が分らない。危険だ。」

ルイと御婆さんが残念そうに頷く。

キュピル
「そして最後に残ったこの方法が一番現実的だ。
・・・それはどちらかの派閥をぶっ潰す。そうすれば内戦も終わって平和が訪れる。」
ルイ
「なるほど・・・・って・・!!!ちょっとまってください!!最後が一番現実的じゃありませんよ!!!」

ルイが立ちあがり、キュピルに迫る。

キュピル
「まぁ確かに俺一人の力じゃ難しいけど・・・。でも、両方の派閥を潰すんじゃない。どっちかを潰すだけだ。
潰さない方の派閥と協力すれば支援は受けられるだろうしチャンスはある。」
ルイ
「・・・・・・。」

ルイが不服そうな顔を見せながら席に座る。
いくら止めた所で考えが変わらないという事を察知したのだろう。

キュピル
「明日、フリーシュ島に向かう。そこで現地調査した後にどちらを潰すのが適しているのか決める。」
ルイ
「簡単に言いますけど・・・本当に出来るんですか?」
キュピル
「ああ、やるさ。」

キュピルが力強く頷く。

御婆さん
「何か私がお手伝い出来る事はありますか・・・?」
キュピル
「いや、御婆さんは何もしなくて大丈夫です。朗報を待っててください。」
御婆さん
「・・・では、せめて・・・往復分の食料と水を貴方方の船に積み込みましょう。」
キュピル
「・・・お金は大丈夫なのですか?」
御婆さん
「貴方達を戦地に送りだしてしまうのです。この程度の事では到底貴方達のお手伝いはできませんけれど、せめて・・そのぐらいの支援はさせてください。」
キュピル
「・・・ありがとうございます。」

・・・・。

明日。フリーシュ島に向かおう。

現地では今どういった状況になっているのか。
救出すべき人達はどのくらいいるのか。

そして向こうで争っている派閥は一体どんな人達なのか。



そして、フリーシュ島で答えを見つける事は出来るのか?







・・・・。

・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・。





「神様・・・・。本当に神様がこの世に存在するなら・・・。
この混沌とした島を救う勇者を・・・・英雄を・・・。」



続く




第七話 『英雄』

フリーシュ島。
新たな王を決めるために二つの派閥が争っている。
御婆さんにフリーシュ島で苦しんでいる市民を助けて欲しいと頼まれたキュピルは快諾しフリーシュ島へ向かう事になった。
しかしルイはこの一件をあまり快く思っていないようだ。


・・・・。

・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・。



キュピル
「出港する!」

キャラベル船の帆を降ろし、出港するキュピルとルイ。
目的地はここから10日程進んだ所にあるフリーシュ島だ。
ルイが帆と繋がったロープをマストに縛り付ける。その際何度もキュピルの方に目をやるが、キュピルはただひたすら地平線の先を見つめていた。

ルイ
「・・・キュピルさん。」
キュピル
「何だ?」
ルイ
「本当にフリーシュ島へ行くつもりですか?」
キュピル
「勿論だ。」
ルイ
「・・・・・・・。」
キュピル
「・・・怖いか?」

ルイがすぐに首を振った。

ルイ
「いえ、怖くはありません。・・・ただ・・・。」

ルイが顔を逸らす。

ルイ
「・・・・・・・。」
キュピル
「どうした?」
ルイ
「・・・いえ、何でもありません。」
キュピル
「・・・・・・・そうか。」

キュピルはそのまま操舵席へ戻り舵を握った。
・・・さて、時間は沢山ある。フリーシュ島へついたらどうするかよく考えるとしよう。






・・・・。





・・・・・・・・・。







・・・・・・・・・・・・・・・・。






英雄

英雄は正義の味方

英雄は善だ

私達を勇気づけさせてくれる

弱気を助け強きを挫いてくれる




「私は正義の味方になりたい。」





ドォォォン




「・・・・!」

突然の爆音と衝撃に私は目を覚ました。
すぐにボロボロのベッドから飛び起き、枕元に置いてあった鋼の細剣とベレッタ銃を手に取った。

「嘘・・・嘘嘘嘘嘘・・・!!」

隠れるようにして無造作に積みあがった木箱の隅に隠れる。
その直後再び轟音が鳴り響き、空気が振動した。
私は膝を抱え、その中に頭を埋めた。

「(お、お願い・・・助けて・・・・!!)」

そう祈った直後、先程寝ていたベッドの傍の壁が吹き飛んだ。瓦礫と破片があちこちを跳ねかえり砂埃を起こした。
木箱と木箱の間にある僅かな視界の先には複数の戦車と銃を乱射する兵隊が何人も居た。
すぐに私はパニックを起こし立ち上がった。そして叫びながら建てつけの悪いドアを突き破って空き家から出て行った。
ドアの先は狭い路地裏だ。視界を遮る物が多く広場にいる兵士にはそう簡単に見つからない。
私は体のバランスを崩しながらも無我夢中で建物から離れようと居た瞬間、蒼の鎧を身に付けた兵士と対面してしまった。

蒼の鎧を身に付けた兵士
「お前は!」

「ひっ・・・モ、モギュータに・・え、栄光・・・を・・!」

蒼の鎧を身に付けた兵士
「同志。ここは危険だ。そっちに逃げろ。」

私は無我夢中で兵士が指差した方向へ逃げた。
狭い裏路地を走り抜け、大広間へ出ると今度は赤の鎧を身に付けた兵士に見つかった。

「あ・・・あ・・・。」

赤の鎧を身に付けた兵士
「モギュータ派か!」

「ち、違います!私は・・・」

赤の鎧を身に付けた兵士
「嘘をついても無駄だ!さっきそこでモギュータに栄光をと話していたのを聞いていたぞ!」

赤の鎧を身に付けた兵士が私に銃剣を向ける。


撃たれる


そう悟った私は無意識にベレッタ銃を構え、撃たれる前に発砲した。

乾いた破裂音が響き渡った。
次にドサリと兵士が後ろに倒れる音が聞こえた。他の兵士達が一斉に私の方を向き始めた。

「あいつだ!!あいつが同士を殺した!!!」
「異端者は殺せ!!!」

きっと今の私は死にそうな老人に匹敵する程真っ青な顔をしていただろう。
目から一杯の涙をこぼしながら私は狂った悲鳴を上げながら元来た路地を戻った。後ろから鉄と鉄がぶつかりあう音と発砲音が聞こえる。
視界が何度も暗転する。今ここで意識を手放して何もかも楽になりたい。

あぁ、でもそれは絶対にダメ。
だって私はここで自殺したり死にたいと思うような強い人間じゃないから。

今私の心を支配しているのはたったの一言。


死にたくない。


死にたくない!


死にたくない!!!



金切声をあげながらさっきまで仮眠を取っていた空き家へ入る。
すぐにあの赤い鎧を身に付けた兵士達がやってくる。
部屋の中には屋上へ通じる梯子が一つ。私はすぐにその梯子を登った。傾斜が一切ない平坦な屋根が視界一杯に広がっている。
梯子を登り終えたと同時に兵士達が空き家へ侵入してきた。

「いたぞ!上だ!」

もう何も考えられない。
頭の中はぐちゃぐちゃで、ただこの場から逃げたいその一心だけで体を動かしている。
平坦な屋根から平坦な屋根へ飛び移り続け、私は逃げ場のない屋根の上を走り続けた。

ヒュン

弾丸が私の頬を掠める。
嫌だ・・・。ここで死にたくない!!!

「あっ!!!」

他の屋根へ飛び移ろうとした瞬間、私は体のバランスを崩し地面へ落下してしまった。
体が地面と激突し激しい痛みを襲うのを覚悟した。だが何かの上に落ちたらしく、ふわりと落下してきた私を受け止めた。

「あ、麦藁・・・。」

ヤギの餌用に積み上げられた麦藁の上に落下したようだ。体は完全に麦藁の中に埋もれており外から見ても人が入っているとは誰も思わないだろう。

もしかしたらこのまま麦藁の中に居ればやり過ごせるかもしれない・・・。

その一つの可能性に私は全てをかける。
その場でうずくまり一切体を動かさず、なるべく呼吸も止めて兵が過ぎ去るのを待つ。

・・・・。

・・・・・・・。

鎧の擦れる音。

鉄と鉄がぶつかり合う音・・・。

軍靴の足音・・・。

・・・。

それぞれの音が徐々に遠ざかって行く・・・。


・・・・。


「(・・・た、助かった・・・んだ・・・。)」

気が付いたら涙がまた溢れていた。
こんなにも喉がカラカラに乾いていて唾すら出てこないのに、私の涙って一体どこから出てきているんだろう?
あ・・・そういえば涙って色のついていない血と同じなんだっけ・・・。

「(そっか・・・。私は赤くない血を目から流しているんだ・・・・。)」

・・・・。

・・・・・・・・・・・。

そのまま麦藁の中に埋もれる事数十分。さっきまで激しい銃撃音と兵士達の叫び声と呻き声が何度も聞こえてきたが
それらの音はさっきより遠ざかっている。

ここは何時までも安全という訳ではない。いずれはどかされる。
兵が遠ざかった今のうちに少しでも安全な場所へ逃げよう。

私は麦藁を掻き分け外に這い出た。
体を数回叩いて服についた麦藁を落とす。

「(うぇ・・・。口の中にも麦藁入っている・・・。)」

ペッペッと口の中には行っている麦藁を吐きだす。
・・・さっきより幾分か心は落ち着いている。
兵士が遠ざかっているからだろう。私は路地裏からなるべく出ないようにして音の鳴り響いている戦地から遠ざかった。

・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


仮眠を取ったあの空き家から数キロ離れた所まで私は走ってきた。
今は戦車の主砲音が時々聞こえるだけで兵士達の叫び声はここまで届かない程遠くへ来た。

「はぁ・・・はぁ・・・。」

息が切れてもう動けない。

・・・・・・。

鼻から大きく息を吸った時、何かいつもと違う臭いがした。
硝煙の臭いでもなく火薬の臭いでもなく薬莢の臭いでもない。

この臭いは・・・。

「・・・潮の・・臭い?」

そうだ・・・。ここは確か近くに港があるんだった・・・・。
私は適当な家をよじ登り平たい屋根の上で立った。

・・・肉眼で確認するのはかなり厳しいが確かに港が見える。そして沢山の船が停泊している。
だがあの港に停泊している船はどれも軍艦だ。黒煙をもくもくと煙突から噴き出すフリゲート艦隊が数百隻も停泊・・・。

あのフリゲート艦を一つだけでも盗みだす事は出来ないだろうか?
もし、盗みだす事に成功すればこの地獄のような島から抜け出す事が出来る・・・。

・・・・。

とても危険な行為だという事は分っている。
でも、このままこの島に残っていたらさっきみたいな危機に何度も遭ってしまう。

・・・・・。

逃げよう。

そう心に念じた瞬間、突然息が苦しくなった。視界が暗転し私はその場にうずくまる。

逃げる?

何で?

英雄は逃げないよ?
英雄になりたいって思っていたんじゃなかったの?
英雄は強くなるんだよ?


私は狂ったように泣いた。



・・・。

・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



いつからこの島はこんなにも危険な島になってしまったのか・・・。

生まれながら一度も安全な場所に居た事がない。

私は既に地獄の真っただ中。

いつ死を突きつけられるか分らないこの世界で・・・。

・・・・。

「あれ・・・・。」

意識がはっきりした時、私はさっきと違う場所に居た。
潮の臭いはさっきよりも強い。
・・・どうやら無意識的に港の方面へ歩いていたようだ。

臆病者。

早くここから逃げたがっている。

私は腰に結び付けてある銀色の細剣と古くなったベレッタ銃を目にやる。
この細剣とベレッタ銃は英雄である父から譲り受けた剣・・・。
たったこの二つの武器だけで人の姿をした悪魔を沢山倒し、そして一度目を付けられたら確実に死をもたらされる戦車ですら破壊してきた。

私も父のように英雄に・・・。



「・・・なりた・・・かった・・なぁ・・。」



私は木造桟橋の近くにあった樽に身を隠しながら港の様子を伺っていた。
赤い鎧を身に付けた兵士達がフリゲート艦体からゾクゾクで降りてきている。先程到着したのだろうか・・・。
物凄い厳重警備でとてもじゃないが盗みだせる瞬間が見当たらない。

・・・・。

そもそも船を盗み出した所でどうなると言うのだろうか。
私はフリゲート艦の操縦方法なんて分らない。
私が操った事のある船は帆を張る木造の船だけ・・・。

・・・・こんなのを盗みだしても・・・。

兵士達が港へ降りると何故か一つの船に集中して集まり始めた。
あまりの兵士の多さにその先に一体何があるのか良く分らなかったが、顔を出してよく確認すると木造の船が停泊している事に気が付いた。

・・・・あれは・・・キャラベル船?

・・・物凄く浮いている。

少なくともあの赤い鎧を身に付けた兵士達の船ではないみたいだ。
だとすると偶然ここを立ちよった旅人の船かもしれない。

とても可哀相だ・・・。
あの旅人は洗脳・調教されてあの兵士達の一員になってしまうんだ・・・。

・・・・。

もう少し待てばきっと兵士達はあの旅人を連れて何処かへ行くだろう。
兵士達がキャラベル船から離れた隙にあの船に乗り込もう。
私ならあのキャラベル船を動かす事が出来る。

脱出の糸口が見えてきた。
希望の光が・・・。

・・・・・・希望?

違う。

私はこの島を見捨てようとしているんだ・・・。

皆私が助けに来てくれる事を祈って待っているのに・・・。

私はここから逃げ出そうとしているのに・・・。


「おい、貴様!!そこで何をしている!!!」
「ひっ・・!!!」

背後から赤い鎧を身に付けた兵士に声をかけられた。
兵士が銃剣を私に向けながらドンドン大股で近づいてくる。
私は再びパニック状態に陥り気が付いたらベレッタ銃を抜いて兵士に向けて放っていた。

弾ける音。

乾いた音。

次に兵士がドサリと倒れる音。

一斉に兵士がこっちに目をやった。


警報音が鳴る。


「あ・・・あ・・・。」

もう何度目か分らない。
私の視界は再び暗転し、死に物狂いで逃げ始めた。
でもすぐに兵士達が私の行く先を塞ぐ。後ろからも沢山の兵士達が追ってきている。
左は海、右はジャンプすれば乗り越えられそうな石壁。

私はすぐに右の壁へ向き直りジャンプして壁を乗り越えようとした。
だがその時一斉に兵士達が銃剣を構え私に向けて発砲した。
間一髪の所で登り切り銃弾は石壁に突き刺さった。

私は立ちあがって逃げようとした。
けれど、石壁をよじ登った先には既に兵士達が私の行く手を塞いでいた。

赤い鎧を身に付けた兵士
「手を挙げろ。」

・・・絶望した。

私は手を挙げる。

赤い鎧を身に付けた兵士
「コード120812。少女確保。」



終わった。





私の人生が。
















「一閃!!!」




何かが私の前を通り抜けて行った。

風のように早く、だけど大砲のように重たく勢いのある動き。

何者かが私の前を通り過ぎた瞬間、私の周囲を囲んでいた兵士達が一斉に吹っ飛び宙に打ち上げられた。
兵士達が叫ぶ。突然の出来事に理解出来ていないようだ。
勿論それは私も同じ。

今一体何が・・・起きたの?

黒髪の黒いコートを着た男が私の前に立っていた。

「大丈夫か?」

黒髪の男が私に手を差し伸べる。
この男が誰なのか、どういう人なのか私は一切分らない。

赤い鎧を身に付けた兵士
「実力者の部外者が来たぞ!撃ち殺せ!!」

私が黒髪の男の手を掴む前に兵士が叫び声をあげた。

フリゲート艦体にいた兵士達。
港の倉庫前に立っていた兵士達。
桟橋に立っていた兵士達。

兵士達が一斉に私と私の目の前に立っている男に向けて銃を連射した。

「ひっ・・・!」

私はその場にうずくまった。
鼓膜や破れそうな程の銃撃音。

鳴りやまない。

何時まで経っても鳴りやまない!

だけど、銃撃音の次に聞こえてきた音は鉄の音。

鉄の音・・・?


「キュピルさん・・・。今私が助けていなければ死んでいましたよ?」
「ルイが助けに来てくれる事も計算済み。」
「よく言いますね・・・。」

私が顔をあげた。
薄い鉄のような膜がさっきの男を覆っていた。
銃弾は全てこの薄い鉄のような膜が防いでいたようだ。
薄い鉄のような膜は時折透明になり視界を遮らないようにしている。

男の隣には水色の髪に肩掛けマントを身に付けた女性が立っていた。
私は何が起きているのか分らず、ただ酷く怯えるしかなかった。

「こいつ等武器はかなり近代化しているがまともに訓練していない。俺が全員倒す。」

すぐに私は立ちあがり男の腕を引っ張った。

「む、無茶です!!せ、戦車だっているし・・・殺されますよ!!早く逃げた方が・・。」

男が私の頭をグッと下に押すとニッと笑った。

「戦車よりもっとヤバイ奴と戦った事がある。」

男はそういうと軽々と5m程高くジャンプし、木箱から桟橋の柱、そしてフリゲート艦へ飛んで行く。
赤い鎧を身に付けた兵士達がどよめきの声をあげるとすぐに銃剣を黒い髪の男へ突きつけ一斉に刺した。
しかし銃剣は男に突き刺さらなかった。何が起きたのか良く分らなかったがもしかするとしゃがんで回避したのかもしれない。凄い勘と反射神経だ!
次の瞬間には赤い鎧を身に付けた兵士達全員が吹き飛ばされ海へと落ちて行った。

その後も次々と兵士達を薙ぎ払っていく。
水色髪の女性もこっちに接近してくる兵士や遠くから誰かが銃口を向けた瞬間、目にもとまらぬ速さで銃を腰からとても普通の銃には見えない改造しきった銃で狙撃していく。

私は二人の活躍に目を奪われた。

その時、遠くからキャタピラが回る音が聞こえた。倉庫から戦車が現れた!

「あ・・・せ、戦車・・・!!」

砲口がこっちを向いている。私は腰を抜かし死神に睨まれたかのように震えて動けなくなる。

「ルイ!」

黒髪の男が空から聞こえた。顔をあげるとちょうど男が私の上を飛んで横切ろうとしていた。
水色髪の女性は持っていた銃を黒髪の男に投げて渡す。黒髪の男は綺麗に空中で受け取ると、そのまま戦車の上に乗っかった。

男は手に持っている銃を片手で構え、ハッチの上から中に乗っている兵士が居ると思われる場所に向けて引き金を引いた。
弾丸が装甲を貫通した。そして次の瞬間には戦車が爆発し、男は遠くへ吹き飛ばされた。
しかし何事もなかったかのように地面に着地し、次に倉庫から現れた戦車へ向けて走り始めた。

男は銃を水色髪の女性に投げて返し、次に剣を抜刀した。
そして主砲を撃たれる前に急接近し戦車の砲口を叩き斬った。
そこで私は一瞬黒髪の男を見失う。その後、爆発音が立て続けに続き次に黒髪の男を確認した時は戦車を五台全て破壊した時だった。

何が起きたのか分らない。

剣で・・・一世代どころか、何世代も前の武器で・・・戦車を破壊した・・・?

黒煙が吹きあがりメラメラと燃える戦車を背景に、男はゆっくり歩きながら私の元へ戻ってきた。

「怪我は無いか?」




英雄が現れた。




第九話 『取り残された人と物』

時刻は五時。日が暮れ始めて来たのと同時にフリーシュ島が見えてきた。
フリーシュ島の港に入港したまではよかったが、入港した瞬間いきなり赤い鎧を身に付けた兵士達がぞろぞろと現れ俺とルイを囲んだときは流石に焦った。
巨大な主砲を備えたフリゲート艦隊がこっちを睨み船を動かすにも動かせず、ぞろぞろと銃剣を持った兵士達が俺とルイを囲む。いくらなんでも分が悪い。
勿論倒そうと思えば倒せた。ただ、この島に来ていきなり暴れまくって目を付けられたら今後の行動に支障を来す恐れがあった。(まぁ、結果的には大暴れしてしまった訳だが・・・・。
大人しく手を挙げ黙って様子を見ていたら突如警報が鳴り響いた。
殆どの兵が一斉に俺とルイの傍から離れ、警報を鳴らさせた女の子の元へ走り寄って行った。
銃剣をつきつけ女の子を拘束した時、ちょうど俺とルイの回りには兵士が二人しかいなかった。
ルイにアイコンタクトで合図を送り、俺が剣で兵士を一人殺しルイもまた音の鳴らないサプレッサーのついた銃で一人殺す。
兵士達が女の子の方に気を取られている隙に俺はすかさず女の子の元へ走り、その場で兵士達を薙ぎ払った。
この行動に寄って完全に敵視されてしまったが、あまり深く考えていなかった。
兵士の次には五台の戦車が現れるも、全て叩き斬ってやった。
モナ怒りの血で斬れない鉄なんか殆ど無い。相変わらず伝説の剣だけはあるな。

五台の戦車を破壊したのを見た兵士達は恐れ慄き、蜘蛛の子を散らすように逃げて行った。
さて、この島で今何が起きているのか。どのような状況下にあるのか。助けた女の子から話しを聞くとしよう。



キュピル
「怪我は無いか?」

軍服帽子を被り、白いマントを身に付けた女の子の元へ寄る。
軍服帽子を被っているという事はこの子は軍人なのだろうか?
しばらく女の子がポカンとした表情でこっちを見続けていたが、話しかけられた事に気付くとすぐに帽子を左手で持って胸の元に持って行き、右手で敬礼のポーズを取った。

軍服帽子を被った女の子
「え、英雄殿!お、お待ちしておりました!!」
キュピル
「・・・怪我は無い?」
軍服帽子を被った女の子
「私の負っている傷より、英雄殿の負っている傷の方が・・・って・・・あ、あれ?傷がない・・?」
キュピル
「こっちはさっきの戦闘では一回も傷を負う事はなかったよ。ルイも大丈夫か?」
ルイ
「よかった、聞いてくれなかったら呪い殺していた所でした。」
キュピル
「やめろ・・・。」

ルイ
「冗談ですよ。私も怪我はないです。」
軍服帽子を被った女の子
「じょ、女性英雄殿も英雄でありますか!?」

言っている事が良く分らない。
まだパニック状態なのか、それとも知らない人にあって緊張しているのか、それともただ単純に変な人なのか・・・。
何にしてもここでお喋りするのはあまり賢いとは言えなさそうだ。

キュピル
「俺も、そして君もきっと話したい事は沢山あるだろう。でもここにいたら危険だ。一旦この場から離れようか。」

まずはキャラベル船に戻って出港して船を安全な場所に移そう。
キャラベル船に戻るために振りかえる。

キュピル
「・・・・・。」

・・・・・。
何か居る!!

キュピル
「伏せろ!」

隣に立っていた軍服帽子を被っていた女性とルイの肩を掴んで無理やり伏せる。
その直後、どこからともなく砲弾が飛来し停泊していたキャラベル船を撃ち抜いた。撃ち抜かれたその瞬間、船は大爆発しその後メラメラと燃え始めた。
恐らく焼夷榴弾で船を燃やす事が目的だったのだろう。退路を断つためか、それとも俺達を狙って偶然逸れてしまったのか・・・。
何にせよ急いでここから離れる必要性が出てきた。
しかし敵の姿は見えない。もし遠くからこちらを狙い打てる手段があるとするならばこのまま逃げても撃ち抜かれ虐殺されるだけだろう。

キュピル
「ルイ、その子を連れて先に逃げてくれ。」
ルイ
「キュピルさんは!?」
キュピル
「次に飛んでくる砲弾を見極めて発射位置を特定しその後仕留めに行く。このまま逃げてもこっちを正確に撃ち抜く手段があるとするなら逃げても意味がない。」
ルイ
「それなら私もついて行きます!」
キュピル
「そうして貰いたいのは山々だがその子を守る必要もある。フリーシュ島についてよく知っている貴重な人物だ。」

あたかも仕方なく助けるかのような素振りを見せる。そうしないとルイは最近素直に従ってくれない。

ルイ
「・・・わかりました。」
キュピル
「なるべく逃げる時痕跡か目印を残して行ってくれ。その後を辿って行く。」
ルイ
「はい。」

ルイは軍服帽子を被った女の子の手を引っ張り港から離れようと走り始めた。

・・・・・。

姿勢を低くし、次に飛んでくる砲弾の発射位置を見極める。

・・・・・。

発破音が聞こえた。
その直後、上空に黒い砲弾が現れた。どうやら放射線状に弾を飛ばして狙いうっているようだ。だとすれば命中精度は低い。だが仕留めておく事にこした事は無い。
弾道の位置、弾道の角度、音の大きさからおおよその発射位置を推測。
まずは弾頭の落下地点から急いで離れよう。弾頭が撃ちあがったのを目視してから8秒後に俺達がいた場所に落下し爆発した。
次に倉庫の近くに散らばっている積み荷をよじ登り天井へ這い上がる。
視界が大きく広がり、今いる倉庫からおよそ1km程離れていると思われる地点に戦車が三台と兵士が数十人居るのを確認する。よし、一気に接近しよう。

足を大きく動かす。呼吸は深く、だが細かく。息を長く続かせ、風のように走り抜ける。
屋根から屋根へと飛び移り急速にターゲットへ接近する。ものの一分でターゲットの元へ移動する。

赤い鎧を身に付けた兵士
「早い!!」

当たり前だ、これで遅いはずがない。
床を勢いよく蹴り、高くジャンプする。

高度およそ20m。
物凄い勢いで飛んで行き目にもとまらぬ速さで横に並んでいる二人の兵士の上に落下した。
落下の勢いも借りて剣を兵士の首元に当て重さで首を切断する。
兵士達が即座にマシンガンを構えこちらに向けて発砲しようとしていた。
撃たれる前に再び高速に動き、別の兵士に急接近する。
そして大きく地面を蹴って飛び上がり、引き金を引かれる前に兵士の持っていたマシンガンを右足で蹴り落とした。
そのまま体は横に一回転し、遠心力で勢いのついた剣が兵士の首を切り裂いた。
兵士が倒れると同時に他の兵士達が一斉にマシンガンを連射し始めたが、倒れている兵士を盾にし弾幕をやり過ごす。もしこの兵士が防弾チョッキを身につけていなければ貫通して俺ごとズタズタに貫いていただろうが銃を扱う兵士が着ていないはずがない。
マシンガンのマガジンが空になり兵士が一斉にリロードを開始する。その隙をついてキュピルは盾にしていた兵士を投げ飛ばし、マシンガンを構え敵に向けて一発一発正確な射撃を行った。
一人、また一人倒れて行く。恐れを抱いた数人の兵士が戦車のハッチを無理やり開け、そして身を隠した。
地上に残った兵士は全て撃ち抜き、残りの兵士は皆戦車に搭乗したようだ。
主砲の横についている機関砲の銃口がこちらに向く。銃身が高速回転し次の瞬間には秒速1500発もの銃弾がキュピルに襲いかかった。
間一髪の所で銃弾を走って回避する。銃弾がアスファルトを砕き、破片が飛び散る。
破片がキュピルに襲いかかるが怯んでいる場合ではない。戦車から離れるのではなく逆に側面につくことによって射程外へ逃れる。
剣を両手で構え叫び声を上げながら天高く飛び上がり、そして両手を振りおろして戦車を真っ二つに斬り裂いた。
すぐに戦車は爆発し、黒煙を噴き上げて辺りの視界を悪くした。敵にとっては地獄絵図に違いない。
敵がキュピルの位置を索敵している間、既にキュピルは空中を飛んでおりその一秒後には再びもう一台の戦車を真っ二つに破壊した。
キュピル相手に戦車は役に立たないと敵は悟ったのか、残ったもう一台の戦車はキュピルに後ろを見せて高速で撤退し始めた。

キュピル
「逃がすか!」

戦車がトップスピードに入る前にキュピルが追いつく。そして戦車の上に乗っかるとハッチを剣でこじ開ける。
ハッチの蓋が吹っ飛び、機密機器の並ぶ戦車のコクピットが露出する。
怯えた兵士と目が合う。だが容赦する事無くキュピルは戦車の中に入り一瞬で戦車に搭乗していた三人の兵士を虐殺した。
最後の一人の兵士が搭乗席から離れナイフを持ってキュピルに立ち向かった。
兵士はナイフを持った手を前に突き出し受身の体勢を取る。

キュピル
「(・・・む、こいつ出来るな。)」

リーチの長いこちらの方が有利なのは確かだが、今この状況で剣を前に突き出せばそのナイフで受け流される。
その時に右腕が大きく左の方に弾き飛ばされば万全の構えに戻すのに時間がかかる。その一瞬を突かれると面倒だ。

キュピル
「(手段は選ばない。こうしよう。)」

キュピルが持っていた剣を投げ飛ばした。兵士はそれをナイフで弾いたが、キュピルは即座に倒れた兵士の腰に身に付けていた拳銃を拾い発砲した。弾丸は心臓からは僅かに外れた所に着弾した。
まだ息絶えていない。すぐに剣を拾い上げ倒れた兵士に剣を突き刺しトドメをさす。
剣を引き抜くと同時に血飛沫が舞いキュピルの服、顔を赤く染める。


キュピル
「(・・・返り血を物凄く浴びてしまった。)」

血生臭い。ルイが見たらきっと驚くだろうな・・・。
増援がやってくる前にここから急いで離れよう。
このまま戦車を奪う事も考えたが、ここまで文明が発達している相手では戦車の位置を常に確認出来るレーダーが存在しているかもしれない。
それでは常にこちらの位置を敵に教えている事になるので戦車の奪取は諦め、ハッチから外に出て港に戻った。








・・・・。


・・・・・・・・・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。










とても心配だった。
突然砲弾が私の上に落下してこようとしたのだから、またパニックになる所だった。
英雄は砲弾を発射した場所へ単騎で向かい、私ともう一人の英雄は港から離れ安全な場所を探していた。


「キュピルさんは・・・大丈夫かしら・・・。」
「・・・あの英雄はキュピル様と仰るのですか?」
「ねぇ、悪いけどキュピルさんの事を『様』って呼ぶのは止めて貰える?」

この人の言っている事が良く分らなかった。

「それは・・・どういう事ですか?」
「キュピルさん、『様』なんて呼ばれたら浮かれちゃうから。それにキュピルさんは煽てられるのにも弱いし・・・。」
「それの一体何がいけないのでしょうか?」
「・・・それより今は安全な場所を探しましょう?ね。」

・・・・・。

あぁ、キュピル『様』。どうか早く・・・戻ってきてください。

・・・・・・。


・・・・・・・・・・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。






キュピル
「ふむ・・・。」

港に戻って来た時には既に日は落ち辺りは暗くなり始めていた。
港には街灯こそ建っていたが明りが灯っていない。

ルイが残した痕跡は微妙に分りづらいものだった。何せ銃の薬莢だったからだ。
それが兵士の物なのかルイが落とした物なのか。幸い銃に関してはそれなりの知識があるため
ルイが愛用している銃の弾を追って行けば何とかなりそうだ。

・・・ただ・・・港に戻って改めて思い知った事が一つある。


キュピル
「船・・・めっちゃ炎上してるし・・・。これもう使えないな・・・。」

暗い港を明るくしてくれているのは、目の前でメラメラと燃え続けている自分のキャラベル船だ。あまりの空しさに思わず深いため息をついてしまう。
キャラベル船には貴重な積み荷がいくつもある。EMP探知機もそうだしロバートから預かった渡し物もそうだ。
だが事故・海賊・火災に備えて貴重な道具は入港する際や戦闘が起こりそうな時は常に頑丈かつ非常に重い箱に保管してある。
船は焼けおちてバラバラになるだろうが、貴重品を保管している箱はそのまま海の底に沈むだろう。
・・・全て事を終えたら回収しよう。・・・誰かに回収される可能性はあるが、何にしても重すぎて今ここでは回収出来ない。大人しくルイの後を追おう。

キュピル
「今はしばらくそこで隠れていてくれ・・・。」

薬莢は海から離れ内陸部に向かって時々落ちていた。



・・・・。


・・・・・・・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・・。



落ちている薬莢を拾い続けていくと空家が立ち並ぶゴーストタウンへ辿りついた。
・・・生活の痕跡はあるが、ここがゴーストタウンと化したのは大分昔のようだ。建物は砂とセメントを混ぜた物で建てられている。
薬莢が空家だと思われる扉の前に落ちている。・・・ルイとあの子はここに隠れているのか?
扉を開け中の様子を伺うとルイが床の上に座っており、例のあの子は硬そうな床の上で寝そべっていた。
そのまま家の中に入るとルイがこっちを向いた。

キュピル
「ちゃんと生きて帰ってきた。」
ルイ
「あ、キュピルs・・・って、キュピルさん!!?その血は・・・!!?」

案の定ルイが驚いた。間髪いれずにルイが強力な回復魔法を唱え始めたがすぐに詠唱を止めさせた。

キュピル
「違う、これは俺の血じゃない。」

近づいて来たルイの肩を二度軽く叩く。その後、拾ってきた薬莢をルイに手渡して返した。

ルイ
「顔にも服にも血がこびりついていますよ。・・・洗いたい所ですけど、ここには水がありませんね・・・。」
キュピル
「血はちょっと仕方がない。臭いけどしばらく我慢しよう。ルイ、こっちに逃げている間に敵と遭遇したりはしたか?」
ルイ
「いえ、誰にも見つからずにここにきました。私達以外誰ともすれ違いませんでした。」
キュピル
「そうか。・・・ここフリーシュ島で今何が起きているのか・・・。状況を把握するためにあの子から色々話しを聞きたいけど・・・寝ているのかな?」

キュピルが顔を覗きこむ。軍服帽子がズレ落ち顔を半分覆ってしまっているが、規則正しく呼吸を繰り返している所を見ると寝てしまっているようだ。
何かをぎゅっと抱きしめているみたいだが何を持っているのか、よく見えない。

ルイ
「その子はずっと長い間緊張状態に居たみたいで、ここに着いて安全だと分るとすぐ寝てしまいました。」
キュピル
「そっか。それなら起こすのも悪いからそのまま寝かせてあげよう。」

・・・・・。

この子の名前は一体何て名前なんだろう。
まだフリーシュ島に来て数時間しか経過していないけど、いかにこの島が混沌とした時代を迎えているのかよく分る。

キュピル
「・・・さて、ルイ。今後の計画についてちょっと話そうと思っているけど大丈夫か?疲れていたら明日話すから別に良い。」
ルイ
「いえ、私は全然戦っていないので特に疲れてはいません。むしろ、キュピルさんが疲れていないか心配です。」
キュピル
「疲れてはいないけど、お風呂には入りたいなぁ・・・。」
ルイ
「そうですね・・・。お風呂にはもう何日も入っていませんからね・・・。」

船旅している間は当たり前だがお風呂に入る事は出来ない。貴重な真水を風呂に使う訳にはいかない。
とはいえ、ルイはかなり清潔面を気にしているらしく綺麗なタオルを水で濡らしよく体を拭いたり数日に一度髪だけ洗ったりしてる。

キュピル
「船に風呂があればどれだけよかったか・・・。」

船っと口にして言わなければ行けない事を思い出した。

キュピル
「そうだ・・・、目の前で一緒に見ていたから分ると思うが・・・船は完全に焼け落ちて使い物にならなくなってしまった。船の中にあった食料は全部駄目になったと思う。」
ルイ
「とても残念です・・・。あの船の中には部屋から持ち出した私の私物や銃弾を沢山詰み込んでいたので・・・。」
キュピル
「食料と武器はもう諦めるしかない。・・・水はもしかするといくつか回収出来るかもしれないな。
樽の中に入れていた水は燃えて流れちゃったかもしれないが、瓶の中に入れていた水は多分海の底に沈んでいるはずだ。
流れていなければ・・・回収出来るかもしれない。」
ルイ
「明日一度見てみましょうか?」
キュピル
「そうだな。船が無くなった以上、長い事ここに留まる事になりそうだからな。」

早急に何とかしなければいけない事が多い。食料と水の確保は急ぐべきだ。

ルイ
「そういえば・・・先程の戦闘を見ていくつか思った事があります。」
キュピル
「ん?」
ルイ
「フリーシュ島って物凄く文明が進んでいるみたいですね・・・。アノマラドと比べると遥かに扱っている物が進んでいました。」
キュピル
「それは俺も思ったよ。・・・機関銃だとか戦車だとか。こんな物はトラバチェスと・・・前の世界でしか見た事ないな・・・。ルイは兵士達が使っていた銃は扱えそうか?」
ルイ
「私が見たのは銃の先端に剣のついている銃剣だけですが・・・少し練習がいるかもしれません。
マスケット銃の先に剣をつける物はよく知っているのですけれど、スナイパーライフルのように長く連射も出来るあの銃は見た事ないです。
普通に考えると利便性から見て扱いにくいはずなんですけれど・・・。」
キュピル
「一個奪って剣の部分を折ってカスタマイズすれば何とかなりそうって感じか。」
ルイ
「そうですね。剣の部分さえ失くしてしまえばトラバチェスでよく普及している普通のライフル銃になると思います。
ライフル銃ならばっちり扱えますよ。」
キュピル
「それなら長期戦に何とか対応出来そうだな。弾は敵がドンドン持ってきてくれる訳だから。」

・・・本当にフリーシュ島の文明は進んでいるな・・・・。
アノマラド大陸だと銃を使う国はトラバチェス・・・と一部の貴族が持っている所しか見た事ない。
殆どの人達は剣と魔法だ。


・・・・・。

・・・・・・・・・・・。


真横になって寝ている、軍服帽子を被った女の子に目をやる。
・・・身長と容姿から判断して年齢は大体18歳前後だろう。輝月よりは歳は行っていそうだが俺と同じ年齢でもないだろう・・・。
この島は文明が進んでいる。先進性のある武器と乗り物を使い近代的戦争を繰り広げている。
にも関わらず、この子が手に持っているのは装飾が施されている観賞用の細剣とベレッタ銃のみ。ベレッタ銃は比較的近代的な銃ではあるが、この細剣はかなり昔に作られた物だろう。
細剣には紋章が刻み込まれてあり、それは武器を作った職人が自分が作った事を証明するために刻み込んだ物ではなく
伝統ある力のある貴族が自分達の一族である事を証明させるために刻み込んだ物。

キュピル
「・・・・。」

ますますこの子が何を大事そうに抱えているのか気になってきた。
この子の方に向き直り、お腹の所で大事に抱えている物を凝視する。

ルイ
「何見ているんですか?」

ルイが若干不機嫌そうな声で話しかけてくるが「ちょっとまって」と一言だけ行って凝視し続けた。
・・・見えたのは銀で出来た・・・銃・・・?
一瞬ベレッタ銃、または別の近代的な銃かと思ったが違う。フリントロック式のピストルだ。

キュピル
「(これは・・・かなり古いぞ。)」

銃には長い歴史があるが・・・これは200年から300年ほど前に採用されている超初期型の銃だ・・・。
銃口から装薬と弾丸を詰め込んで、引き金を引くとフリントと呼ばれる部品が勢いよく当たり金とこすれ火花を発し、その火花が火皿内で閉じ込められて火薬に点火、そして銃弾が飛んでいく古い銃。
この子を起こさないように小さな声でルイを呼ぶ。

キュピル
「ルイ、見てみろ。この子が抱えている銃。フリントロック式のピストルだ。」

ルイが腰をあげ近くに寄る。女の子が大事そうに抱えて持っているフリントロック式のピストルを見ると目を丸くしてマジマジと眺め続けた。

ルイ
「凄い・・・。こんな昔の銃・・・メイドとして働いていた時に領主様が趣味で集めていた銃のコレクションでしか見た事がないです・・・。」
キュピル
「この銃は古いだけじゃない。フリントロックの構成部品が機能と安定性を実現させながらも、天使の羽を象りつつ銀で綺麗に装飾されている。
観賞用なのは確かだけど、昔ならこの銃でも十分実践で戦う事が出来る。」

・・・・。

この子は一体何者だろうか。
銀の装飾の施された細剣とフリントロックピストル。先進的なこの島では全く似合わない過去の産物。いや、遺物とでも言うべきか。
それを大事そうに抱えて眠る軍服帽子を被ったこの子。

この子は名家の元で産まれた子である事は疑う余地は無い。
その名家を追われてこの場所にいる理由は・・・一体。



明日はやるべき事が沢山ある。



第九話 『アテナ』


フリーシュ島へ到着したキュピルとルイ。
しかし到着早々、いきなり赤い鎧を身に付けた兵士達に囲まれ大暴れしてしまったキュピル。
その時、軍服帽子を被り白いマントを身に着けていた名の知らない女の子を救出。
ルイとキュピルは港から離れゴーストタウンと化している人一人いない居住区へ移動。
夜も更け軍服帽子を被った女の子が寝てしまっていたその時、キュピルは大事そうに抱えているフリントロックピストルを見つけある疑問を抱き続けていた。

技術の進んだこの文明で何故一世代どころか五世代程前の銃を大事そうに抱えているのだろうか。

紋章の刻まれたフリントロックピストルと銀の細剣。
この子は一体・・・・。



・・・・。

・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・。




爆音の鳴り響く戦場・・・。
見た事のある屋根・・・。

これは・・・。

・・・・・・兵舎?

・・・あぁ、そうか・・・。俺は今夢を見ているのか・・・。
この夢は・・・懐かしい。あの夢に違いない。という事は次に俺は兵士に起こされてライフル銃を渡されるのだろう。
予測通り、横になっている最中に突如兵士に叩き起こされ状況を理解する前にライフル銃を持たされる。
俺はライフル銃を持ったまま外に出る。

そして兵舎の外は・・・何度も繰り返してみた光景が広がっていた。
夥しい数の戦車にどんな城壁をも吹き飛ばす攻城兵器。それらのマシンを守護するウィザード達。

「全軍、突撃しろぉっーー!!」

大将軍が目を血走りながら咆哮のような声をあげる。
夢に出てくる兵士達にとっては見た事のないマシンを目の当たりにし、恐怖に慄きながらも生きるために全員がライフル銃を乱射する。
硬い鉄の音が鳴るがその音はキャタピラの動作音にかき消され発砲した兵士の元まで届く事は無い

忘れられない。
この出来事だけは例え何年経過しようと。

「・・・・・・・・・。」

この夢を見たのは・・・アノマラド大陸の存在する世界に来てからは初めてなのではないだろうか。
俺はライフル銃を構え、未知の兵器に吶喊する。そう、あの時。現実でもそうしたように。

「うおぉぉぉぉぉぉっっっっっーーーーーー!!!!」

現実から目を背けるのと似たような行動。
他の兵が震え竦み上がっている中、ただ一人俺だけが命を投げ捨てて突撃していく。

・・・あの時の状況がそっくりそのまま再現されている。

時が長い。

一歩、また一歩。さっきまで全力で走っていたのに。今も全力で走っているのに。
足を前に動かして一歩、また一歩。この動作がとても長く感じられる。それは夢でも全く同じように。
世界がスローモーションのように動く。
俺は引き金を引く。ライフル銃から薬莢が弾き飛び、地に落ちる。

目の前の大きなマシンにくっついている大きな砲口がこっちを向く。
それでも僕は構わず突撃しライフル銃を撃ちまくる。

「壊れろ・・!壊れろっ!!!」

何処に当てればこのマシンは壊れるのか。
キャタピラ、砲口、アンテナみたいな何か。
ありとあらゆる場所を撃ちぬいてもこのマシンが止まる事は無い。

「・・・・・!」

マシンを運転している兵士を見つけた。僕を見てニッと笑った。そろそろ目が覚めるだろう。

そして僅か一秒後。目の前に巨剣を持った一人の男が俺の前に現れ・・・マシンを破壊し・・・そして。





・・・・。

・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・。




キュピル
「うわあぁっ!!」
ルイ
「わっ!!」

大声を上げながら硬い床から起き上がる。

キュピル
「(夢・・・。・・・なんて懐かしい夢を見たんだ・・・。前の世界に住んでいた時に見ていたあの夢じゃないか・・・!!)」

どうして今更こんな夢がもう一度・・・。戦場に来たから・・・なのか?でも戦場ならアノマラド大陸でも・・・。
何故?何故今またこの夢が・・・。

ルイ
「えーっと・・・キュピルさん?」
キュピル
「・・・あぁ、ルイ。」

心配そうに近寄ってくるルイに一言だけ声をかけると、そのまま無言で抱き寄せる。

ルイ
「あっ!」

ルイが一瞬ビックリした声をあげるが、すぐに笑いだした。

ルイ
「・・・ふふ、どうしたんですか?キュピルさん。キュピルさんがこんな行動取るなんて珍しいですね。」

一旦ルイを離し、向かい合わせになりながら事情を話す。

キュピル
「小さい頃、俺はある戦場で死を覚悟した事がある。・・・その出来事が何度も夢に現れる。
こっちの世界に来てからは久しく見ていなかったが、今日久々にその夢が出て来たんだ・・・。
その夢を見た後はいつも心細くなって・・・人恋しくなる・・・。」

ルイは黙って頷きながら、今度はルイがキュピルを抱きしめた。

ルイ
「大丈夫ですよ、私がいます。」


気持ちが落ち着いて来た。

・・・大丈夫、俺はやれる。


軍服帽子を被った女の子
「お二人はとても仲が良いのですね。」

隣から昨日助けた軍服帽子の子が声をかける。彼女の存在を完全に忘れていた!!!
急に恥ずかしくなり、思わずルイを軽く突き放してしまった。多分顔がちょっと赤くなっているかもしれない。ルイも苦笑いしている。
一度大きく咳払いし、軍服帽子を被った女の子に話しかける。

キュピル
「体調はどうだ?」
軍服帽子を被った女の子
「はい、お陰様で大丈夫です。昨日は助けて頂き、本当にありがとうございました・・・!」

軍服帽子を被った女の子が深々と頭を下げる。
救出して早々英雄「殿」と呼んできたり敬礼したり、変な子かと思っていたが案外そうでもなさそうだ。

キュピル
「頭何か下げなくて良い。それよりまだお互いの自己紹介が済んでいないな。名前だけでも聞かせてくれ。」

女の子が頭を上げると同時に左手で帽子を取り胸元に持って行く。背中まで伸びた金髪がふわりと舞いあがる。
それと同時に右手を一度高く挙げ、その後勢いよく頭の上に持って行きビシッと敬礼を行った。

軍服帽子を被った女の子
「私の名は『アテナ・ヴェロティエート』でございます!」
キュピル
「アテナか。俺はキュピルだ。隣のこっちはルイだ。よろしく頼む。」

キュピルが右手を前に出すと、アテナはすぐに右膝を地に付け両手でその手を握りしめた。
キュピルが呆気に取られた表情をしているのを見るとアテナがすぐに補足を加えた。

アテナ
「今のは私の一家、ヴェロティエートで用いられてきた尊敬・献上・忠義を伝える握手です。」
キュピル
「なるほど、そうだったのか。」

アテナはルイの方にも向き直り、敬礼の所から再び自己紹介を始めた。
ルイも右手を前に出すと、アテナは同じように右膝を地に付け両手でその手を握り締めた。
ルイがアテナと握手したまま質問をする。

ルイ
「アテナさん、歳はおいくつですか?」
アテナ
「19です。」
キュピル
「成人一歩前か。」
アテナ
「いえ、もう成人しております。私の一家ではでは12歳から成人したと見なされます。」
キュピル
「12歳!?随分と若くは無いか?」
アテナ
「私は疑問に思った事は一度もありませんけれど、そちらでは違うのですか?」

文化の違いという物か。文化の違う者と話すと始めこそ戸惑うが、自分とは違う文化を持つ人と話をするのは大好きだ。

キュピル
「アノマラド大陸という所から来たんだがそっちは成人は18からだ。」
ルイ
「あれ・・・。20歳からだと思っていたのですけど・・・あ、それは私がお屋敷を務めていた所では、でした・・・。」

キュピルとルイが苦笑する。

キュピル
「アテナ。君の格好は凄く軍人っぽいけれど、軍隊に所属しているのか?」

軍服帽子は勿論、白いマントに砂色の軍服は何処からどう見ても軍人にしか見えない。

アテナ
「あ、えーっと・・これは・・・。」

アテナが目を瞑り、少し困った表情を見せながら身振り手振り動かす。何か都合の悪い事でもあるのだろうか?

アテナ
「実は我が一家は先祖代々軍人を務めていまして・・・御父上は提督を務めておりました。祖父も提督を務めていまして曾祖父は陸軍将官を務めていました。」
キュピル
「それで君も家の仕来たりに従って軍人に?」
アテナ
「はい。と、言ってもずっと暫く戦争は起きていませんでしたので危険な事は何一つありませんでしたけどね・・アハハ・・・。
でも内戦が始まってからは・・・・。」
キュピル
「アテナ。俺はある島に住む御婆さんに頼まれてここフリーシュ島にやってきたんだ。
今ここフリーシュ島でどのような事が起きているのか知りたい。聞かせてくれるか?」
アテナ
「・・・勿論そのつもりですが・・・その前に私から一つ質問させて頂いてもよろしいでしょうか・・・・?」

不安そうな表情をするアテナの前でキュピルは大きく頷く。

キュピル
「勿論。一つに限らず何でも聞いていい。何が聞きたい?」
アテナ
「キュピル様は・・・フリーシュ島を救いに参られた英雄なのですか?」
キュピル
「様なんて付けなくてもいい。」

キュピルがそういうとルイが二度大きく頷く。・・・何か頷きの意味が違う気がするが今は気にしないでおこう。

キュピル
「英雄って呼ばれるのも慣れない感じがするな・・・。ただ、フリーシュ島の内戦をどうにかしようと思ってやってきたのは本当だ。」
アテナ
「キュピル様。」

様と呼ばなくても良いと言ったはずだが、アテナは何の躊躇いもなく再び様とつけて呼んだ。

アテナ
「フリーシュ島はとても危険な所で、なおかつここでの出来事はキュピル様にとって全く関係ないはずですが、どうしてフリーシュ島を救おうと参られたのですか?」

アテナの顔は疑問に満ち溢れている。同様に、ルイもかなり気になっていたのだろう。アテナと同じように疑問に満ち溢れた表情をしている。

ルイには悪いけど、答えはこれなんだ。

キュピル
「自分探しの旅。戦地にもしかしたら探している俺がいるかもしれないから。」


・・・・。


本当の自分は一体何処に居るのか。

誰なのか。

その本当の自分は・・・今も俺の中に居てくれるのだろうか。

それとも何処かに逃げてしまったのだろうか・・・。

昔は本当の自分が居たとしたら・・それは何時頃か?

幼少時代?

少年時代?

青年時代?


・・・・。

・・・・・・・・。



幼少時代。

あの頃の俺は城下町ギルドと呼ばれる都市にある兵舎に住んでいた。
どうして自分が兵士をやっているのか?何故銃を持って兵舎のグラウンドを駆け回っていたのか。何一つ疑問に思わなかった。
兵舎にいるのが当たり前。訓練を通じて他の兵士と親睦を深め・・・。

そして戦争が始まれば誰が一番人を多く殺したか競いあう。まるでゲームでもやっているかのように。
友人が死んでも「ハハッ、あいつ脱落しやがった。」って笑い飛ばす奴も多かった。流石に俺は友人が減ったという意味で笑う事は出来なかったけど・・・。
いつか俺も死ぬ、それが当たり前って程度にしか思っていなかった。

こんな世界がおかしいとなんて微塵たりとも思った事は無かった。


でも、こんな世の中おかしいと思い始めたのは・・・俺の師匠のシルクと共に過ごすようになってからだったな・・・。


シルクは強かった。拳でも、剣でも、銃でも。そして心も。
誰よりも強く、権力を握ろうと思えば簡単に握れたのに。でも誰よりも平和を望んでいた。

その世界では少し異様な風貌だったせいか、彼を受け入れる人達は少なかった・・・・。

でも彼は誰かに認められたり行動の対価を手にするために動いている訳ではなかった。
ただ本当に、心の底から世界の平和を実現させるためだけに・・・長い鎖の付いた巨剣一つで戦争を根絶させていた・・・。

紛れもなく。シルクは自分の意思で。



今のアテナの状況は俺が幼少時代の時と少し似ているかもしれない。
今のアテナは幼少時代の頃の俺。どうしようもない現実を目の前にして誰かに助けを乞いている。

あの時、俺の目の前に現れたのはシルク。

今、アテナに目に映っている光景は、あの時俺の目の前にシルクが現れた時と全く同じ光景何だろう・・・。



シルクの気持ちを理解する事が出来れば・・・。



本当の自分が少し見えてくる気がする。



だから俺は。



俺を見つけるためにフリーシュ島を救う。





・・・・。

・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・。



ルイ
「キュピルさーん?」
キュピル
「・・・!」

・・・ちょっと昔の出来事を思い返しすぎた。
何度かルイとアテナに声をかけられて我に返る。

キュピル
「・・・ごめん、ちょっと考え事していた。まぁ、理由は他の人達から見たら異端なのかもしれないけど途中で放り出して逃げたりはしないから安心して。」
アテナ
「はいっ・・!・・・あ、ところで・・・。ルイ様がフリーシュ島に来られた理由はやはり自分探しの・・・?」

ルイが速攻で横に首を振り愚痴っぽく答えた。

ルイ
「まさか。私はキュピルさんについてきただけですよ。」
アテナ
「こんな戦地にまで一緒についてくるなんて・・・。」

アテナがしばらく考えた後、再度口を開いた。

アテナ
「あっ、もしかしてお二人は夫妻で!?」

ズバリと切り出し思わず咳き込んでしまった。

キュピル
「チガッ・・違うって・・。」

・・・余計な事言ってしまったか。
ルイを尻目に見るとあからさまに不機嫌そうな顔をしている。
・・・悪い。単純に俺が恥ずかしがりやなだけだ・・・。

キュピル
「ごめん、ちょっとその話しはナシだ。それより、他に質問はないか?ないんだったらフリーシュ島で起きている事を話してくれないか?」
アテナ
「あ、はい!えーっと・・・。」

アテナが天井を見上げながら右手を胸の上に持って行き、人差し指を伸ばして手首をくるくる動かしながら考え事をする。変わったポーズだ。
今からアテナが説明しようとしたその瞬間。お腹が鳴り音が部屋に響いた。

アテナ
「・・・お、お恥ずかしい所お見せしてしまいすみません・・。」
キュピル
「そういえば俺も腹減ってきたし・・・何より流石に喉渇いて来たな・・・。
先にちょっと食料と水どうにかするか・・・。」
ルイ
「そうですね・・・。昨日の夜は何も食べて居なかったので私もお腹ぺこぺこです。」
アテナ
「よろしければ、私の持っているこの水筒と乾パンを・・・。」

アテナが貴重な飲み水と食料をキュピルとルイに手渡そうとしたが、キュピルはゆっくりそれを押し戻してアテナに返した。

キュピル
「大丈夫。あてがある。ルイとアテナはここで休んでいてくれ。」





・・・・。

・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・。





昨日船を入港させた港付近へ戻ってきたキュピル達。
港の近くに丘陵があり、そこから港を一望する事が出来そうだ。
丘陵の上に立ち港の様子を確認する。

キュピル
「んー・・・・。」

双眼鏡などは持っていないため肉眼で状況を確認する。
・・・昨日よりもフリゲート艦隊の数は増えている。港には赤い鎧を身に付けた兵士達が沢山いる。
その数は昨日の数倍以上だ。
恐らく1000人ぐらいいるのではないだろうか・・・。

キュピル
「・・・・・凄い兵士の数だ。」

昨日の数は一体何だったのかと思うほどだ。もしかして、先発隊だけが到着していて本隊が今日到着したとか・・?

キュピル
「だとしたら厄介だな・・・。」

・・・しかし、とんでもない所に入港してしまった・・・。自然港に船を止めておけば
船が壊される事も無かっただろうし物資が無くなる事もなかった。流石にこのような事態になるとは・・・いや、少しだけ想定はしていた。

・・・後で反省しよう。

キュピル
「とにかく物資を頂くか・・・。食糧庫ぐらいあるだろう。」

キュピルが急斜面へ飛び滑り落ちながら港へ接近していく。
丘陵を全て滑り落ちると、そこは港の傍。すぐに近くの木箱に身を隠し様子を探る。

キュピル
「(・・・兵士はやはり多いな。巡回している兵士も多いがそれぞれの倉庫の前に兵士が張り付いている。)」

倉庫に窓ガラスはなく、入口は大きなシャッターと勝手口以外は完全に隔離されている。

キュピル
「(倉庫から物を盗むのはかなり難しそうだ。やはり昨日船を沈められた場所を潜って水の入った瓶が落ちていないか探すしかないか・・・。)」

・・・しかし、それも難しそうだ。
フリゲート艦隊が並んでいる港は、そもそも入港口に近づく事自体が困難であり、そもそもキャラベル船をどこに止めていたか把握していない。

・・・結局手段は一つしかない。

キュピル
「(やっぱり殺るしかないか。)」


続く



第十話 『派閥』



食料と水を手にするために港へやってきたキュピル。
しかし、先日と打って変わって港は沢山の兵士が駐在しており誰にも見つからずに倉庫へ向かう事が不可能に近い。
そこで出したキュピルの結論とは?



・・・・。

・・・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・・・・・。



キュピル
「(自分の不運を呪え。)」

港のはずれ。休憩中の兵士がポツンと一人地面の上で昼寝している。時間的にみてサボりの可能性が高い。
周囲に兵士がいない事を確認するとキュピルはマウントポジションを取り、兵士の首を力の限り絞めつけた。
すぐに兵士は異変に気付き手を振りほどこうとするが、力強く握りしめている手を振りほどく事は出来ず兵士は意識を失った。
意識を失った後も数分間首を絞め続け、ピクリとも動かなくなった事を確認すると首から手を離した。

キュピル
「(死んだか?)」

心音、呼吸が停止している事を確認する。
とても可哀相だが、下手なタイミングで起きて騒ぎになるのは困る。

キュピル
「戦争はいつ死ぬか分らない。死ぬ覚悟は出来ていたはずだ。・・・後、不用意にここで一人寝ているお前が悪い。」

過去に似たような事を言われた事がある。・・・その台詞を自分が言う事になるとはとても思わなかったが・・・。

キュピル
「(とにかく、とっとと兵士の服を貰おう。)」

兵士が身に付けている鎧・衣類を全て剥ぎ取る。次に死体を何処かに隠さなければいけないが・・・。
周囲は草は殆ど生えておらず砂利道がずっと続いている。戦場は火や爆発によって草木は根こそぎ燃やされたり吹き飛ばされたりするため
不毛な景色が続いているのは不思議ではない。
近くに爆発の痕らしき大きな窪みがあることに気付き、死体をそこに投げ捨てた。

キュピル
「(この鎧と衣類、そして武器を装備すれば赤い鎧を身に付けた軍に成りすますことが出来そうだ。)」

今着ている服を脱ぎ窪みに隠す。

キュピル
「(これが敵が着ている衣類と鎧か・・・)」

兜はフルフェイスメットであり、顔を完全に隠す事の出来る物。
繋ぎ目の少ないプレートアーマー、グリーブスは銃弾も何発か防ぐ事も出来そうな程頑丈そうな物。
アームガード、カリガも剣で斬る事は難しそうな硬さ。この鎧一式はどれも質が高い。
下っ端兵士にこれほどの質の良い装備を与えていると言う事は・・・かなり国力があるのだろうか?

兵士の着ていた衣類と鎧を身に付け再び港へ駆け足で戻る。
ガチャガチャと鎧の繋ぎが音を鳴らす。手に持っている銃剣はとても長く少し扱いづらい。

・・・。

・・・・・・・・・。


再び港へ戻ってきたキュピル。
隊列を成して歩く兵士達の後ろへ紛れこみ、港内へと入る。
港内入口を見張る兵士を通りすぎる。 誰一人キュピルを怪しむ者はいなかった。
港内は昨日より沢山のフリゲート艦が停泊しており、兵士達が物資をフリゲート艦から運び出している。
その物資の殆どが銃弾や戦車に使われると思われる砲弾ばかりだ。

キュピル
「(これから大規模な戦闘でも始まるのか?)」

港内に無事に侵入出来た後は隊列から離れ個人行動に戻る。
これから物資を盗まなくてはいけないのだが・・・。

キュピル
「(これだけの兵士の目があると誰にも見つからずに食料を運びだすのは難しいな・・・。)」

今の格好なら余程変な行動をしなければ怪しまれる事は無いだろうが食料と水を沢山抱えて歩いていれば流石に怪しまれるだろう。
微量なら問題ないかもしれないが、ルイとアテナの分、そして数日分も確保したい事を考えると微量だけ持ち帰っても仕方がない。

キュピル
「(どうするべきか・・・。)」

食糧庫自体は何処に存在するのかすぐに判明した。
なぜならば、フリゲート艦から食料を運びだしている沢山の兵士が目の前を通っていたからだ。
水の入った樽や小麦の入った袋をそれぞれ保管している倉庫へドンドン運び出して行く。

キュピル
「(小麦か。どうやら兵士の飯を作るコックが何人かいるみたいだな。)」

もしかして倉庫内の食料は、兵士自体が摘み食いを防ぐために調理をしないとまともに食べられない物ばかり置いてある?
だとするとかなり困る。
小麦で作れるレシピはせいぜいパンぐらいだが、パンを焼くオーブンがない。まさか直火で焼く訳にもいかない。

キュピル
「(ぐぬぬぬ・・・・。)」

干し肉や乾パンなどの携帯食料は運び出していないのか?
少しぐらいはあるはずだ。
とにかく倉庫内にどんな食料があるのか。それを確認しないと。

小麦の入った袋を運び終えた兵士達は再びフリゲート艦へ戻り、次の袋と水を運びだしている。
その兵士達に紛れてキュピルもフリゲート艦へ近づく。
フリゲート艦にかけている鉄の掛橋の付近には沢山の小麦袋と水が置かれている。他には何も置かれていなかった。
ひとまず小麦袋を二つ抱えて食糧庫へ向かう。

キュピル
「(マジで小麦袋しかなかったりするのか・・・?)」

小麦を両肩の上に乗せながら考え事をするキュピル。
小麦袋を保管している倉庫へ辿りつくが、倉庫内はキュピルが予想していた通り小麦袋しか保管されていなかった。

キュピル
「(まいったな、正真正銘ここには小麦袋と水しかないのか。)」

肉とかそういうのはここにはないのか?
それとも腐りやすいから別の場所に保管しているのか。
冷凍庫等に保管している場所といえば・・・・。

キュピル
「(フリゲート艦だけだよな。)

・・・流石にフリゲート艦に入るのは止そう。
それに大分時間も経っている。いい加減ルイとアテナがお腹をすかして待ちわびているだろう。

キュピル
「(小麦でも盗みだすか?)」

・・・・それはそれで遠回しに文句を言われる気がする。
・・・・そんな事を考えていると、奇妙な音に気が付いた。

キュピル
「(・・・何か換気扇の回る音が聞こえる。)」

辺りを見回すと、天井付近に排気ダストが二つ存在している事に気が付いた。
ファンの音はここから聞こえたのだろうか?
恐らく、片方からは乾いた空気が流れ込んでおりもう片方から排気しているのだろう。

キュピル
「(なるほど。小麦粉にとって湿気は天敵だからな。換気扇を回して空気を乾燥させる事はするだろう。
・・・ふむ・・・。それを考えると携帯食料は基本的に湿気に弱いからな・・。あの排気ダストに登る事が出来れば・・・
別の食糧庫に辿りつく可能性は高いな。)」

排気ダストは大体5m程度の高さしかないので、高く積み重ねられている小麦袋を登ってしまえば簡単に辿りつけるだろう。
問題は兵士に見つからずに登りきる事が出来るかどうかだが・・・。
ひとまず、小麦袋を倉庫内の奥へ置くと見せかけるために最奥へ移動する。
積み重なった小麦袋の陰に隠れ誰の目にもつかない所へ移動すると、運び出した二つの小麦袋のうち、一つを適当な所に置く。
そしてもう一つの小麦袋は鎧に装備されていた短剣を使って袋を先を軽く切り、粉が舞いあがらないように気をつけながら端で中身をすべて出す。
これを袋の変わりに使用して中に食料を入れて行こう。

キュピル
「(よし、これでいいだろう。・・・この位置からなら入口からは死角となっているから安全に登れそうだ。)」

小麦袋を崩さないように足をかける場所や掴む場所に気をつけながら慎重に登って行く。
あんまり体重を後ろにかけると小麦袋が後ろに引っ張られて崩れてしまう可能性がある。
ゆっくり、時間をかけながら小麦袋を登っているとガシャンと何かが閉まる音が鳴り響いた。

キュピル
「(ん?)」

積み重ねられた小麦袋を登り切り顔を少しだけ覗かせる。
・・・倉庫の扉が閉まっている。

キュピル
「(ついてるな。もう運び出しは終わって閉めたのか。これなら安全に排気ダストに入れる。)」

積み重ねられた小麦袋の上をハイハイしながら排気ダストの真下まで進んで行く。
真下に辿りついたらバランスを崩さないように立ち上がり、頭上にある排気ダストの金網に手を伸ばす。
ネジは手で緩められる突起のついたもので、簡単に外す事が出来た。
金網を外し、小麦袋の上に置くと勢いよくジャンプして排気ダストの中へ入り込む。
排気ダスト内は倉庫から別の倉庫へと繋がっているようで真横にすっと長く続いている。
恐らく何処かに大きなファンを回していて空気を循環させているはずだ。風に逆らって突き進めばファンと衝突し大怪我する可能性がある。
風に逆らわず、流れに沿って排気ダスト内を匍匐前進して進んで行く。

・・・・。

・・・・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・。


しばらく排気ダスト内を突き進んで行くと排気ダスト内に光を差し込んでいる場所を発見した。
どうやら別の倉庫、または別の建物に辿りついたようだ。金網の先から建物内部の様子が分る。
金網の上から中の様子を見るキュピル。視線の先には沢山の缶詰が陳列されている棚を発見した。

キュピル
「(よっしゃ、貴重な缶詰を保管している場所発見。)」

倉庫内に誰も居ない事を確認すると、すぐに金網を兵士の鎧に装備されていた短剣で切って穴をあけた。
穴から缶詰が保管されている倉庫内へ入ると、すぐに一つの缶詰を手に取り蓋を開けて一口で缶詰の中身を食べる。

キュピル
「(ん、これは肉か!美味しいな!)」

缶詰一つ程度でお腹は膨れない。立て続けに三つ、四つ蓋を開けて口の中に放り込み腹を満たして行く。

キュピル
「(ポケットが小さいからな。ルイとアテナの分で一杯になるから自分の分はここで食って腹を満たすか。)」

・・・数分後。キュピルの足元には15個程の空になった缶詰が転がり、キュピルはお腹を数回さする。

キュピル
「(あぁー・・・。これ以上はもう食えん・・・動けん・・・って、そんな事言っている場合じゃないよな。)」

空の小麦袋に沢山の缶詰を詰め込んで行く。いくつ袋の中に入れたか数えてはいないが体感で20個ぐらいは入っただろう。
袋の中だけでなく、ポケットの中にも沢山の缶詰を詰め込んでいく。それだけでなく鎧の隙間にも缶詰を無理やり差し込み一つでも多く持ちかえろうとする。
最後に両手に一つずつ、口で一つ咥えながら棚を登って行き排気ダストへ戻った。

キュピル
「(うし、食料はこれで良い。・・・水は・・・どうしたもんか・・・。)」

既に缶詰を限界まで持ってきてしまっている。とてもじゃないが水を持って行くだけの容量はない。

キュピル
「(そもそも、この数ある倉庫の何処かに水は本当に置かれているのだろうか。)」

水は少なくともこの排気ダストの続く先にはなさそうだ。なんせ湿気を取るメリットがないから。

・・・・。

・・・・・・・・・・。

キュピル
「(うーむ、仕方ない・・・。とりあえず缶詰は確保したから一旦戻ろうか。水は海水でも蒸発させて真水でも作るか・・・。よし、そうとなればさっさとここから脱出しよう。)」

排気ダストっという事は風の吹く先へずっと進んで行けばいつかは外に出るだろう。
匍匐前進で排気ダスト内をドンドン進んで行く。いくつかの金網の上を通りすぎ(そこもまた食糧庫であり水はなかった。)て行く。
・・・そして数ある一つの金網の上を通った時、その金網の先が食糧庫でない事に気が付いた。

キュピル
「(ん?ここは食糧庫じゃないのか?)」

・・・誰かいる。
誰かが何かを話している。


『モギュータの動きはどうなっている。』
『・・・モギュータは現在、ここから方角東北東、50Km先に簡易的な拠点を建設。迎撃態勢を築き上げているようです。』
『愚かな。本当に我々に勝てるとでも思っているのか。・・・最新のフリゲート艦のお披露目する良い機会だ。予定通り、作戦実行日にフリゲート艦の遠距離主砲で拠点を爆撃し守りの要を破壊。そして歩兵部隊を突撃させ制圧しよう。』
『承知。』

キュピル
「(・・・これは、軍事会議か?)」

・・・その割には・・・人が少ない。いや、二人しかいないようだが・・・。
という事は機密会議か?

『・・・ところで・・・。ヴェロティエート家の件はどうなった?』
『はっ、ヴェロティエート家は全焼し一家全滅したとの事。勿論事故に見せかけています。』
『よろしい。・・・全てヴェロティエート一族が悪いのだ。高度な戦術家でありながらも、両陣営につかず、ふらふらと貧弱な武装で中立を保ったからな。』

キュピル
「(ヴェロティエート・・・?どっかで聞いた名前だ・・・。えーっと・・・そうだ・・・!アテナの名字じゃなかったか!?)」


アテナ
「私の名は『アテナ・ヴェロティエート』でございます!』


キュピル
「(そうだ、間違いない。・・・今ここでヴェロティエートって名前が出てきて・・・家が全焼・・一家全滅・・・?事故に見せかけた・・・?
一体何の事だ・・・?アテナと関係があるのか?)」

大量に湧きあがる疑問。
もっとこの話しを盗み聞きすれば有益な情報が手に入るかもしれない。
そう思って耳を更に金網へ近づけた瞬間。

鎧に挟み込んでいた缶詰がこぼれおち、排気ダストの金網の上に落ちた。
僅かな音ではあったが金網の上で缶詰が落ちる音が響き二人の会話は止まった。

『誰だ!』

キュピル
「(まずい!!!)」

素早く匍匐前進し、急いでその場から離脱する。
その後、すぐに銃声が鳴り響き、排気ダストを突き破って銃弾が飛んできたが間一髪の所で弾は違う所を飛んで行った。
次に警報音がけたたましく鳴り響き、港全体が騒然となった。

キュピル
「(だぁっ!!このままだと排気ダスト内で蜂の巣にされる!!)」

手足をカサカサと動かし気持ち悪い動きをしながら凄まじい速度で排気ダスト内を突き進む。
すぐに出口が目の前に現れ、金網を突き破って外に飛び出した。

キュピル
「(こんな所に長居していられるかっ!)」

袋を抱えて港から全力で離れて行く。兵が隊列を成してキュピルを探しだした頃には既に港から離れた後だった。




・・・・。


・・・・・・・・・・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。






キュピル
「ただいまっ!」

キュピルが勢いよくルイとアテナが隠れている空家へ入り込む。
ルイとアテナがキュピルの姿を見た瞬間、二人とも銃を構え挙句の果てアテナは発砲までしてきた。

キュピル
「ぐっ!!」

銃弾は正確にキュピルのフルフェイスメットに直撃し、衝撃によって兜が吹き飛び遠くの壁に叩きつけられた。
撃った相手がキュピルだと分ると手に持っていたベレッタ銃をその場で落とし、事の重大さに死刑宣告でも喰らったかのような顔をしている。

アテナ
「あ・・・あ・・・。」
ルイ
「キュ、キュピルさん!!!」

・・・そうだった。今兵士の鎧を身に付けているんだった。勘違いされても仕方がなかったか。
ただちょっと当たり所が悪かった。強い衝撃に頭が少しクラクラする。

ルイ
「ア・・・アテナさんっ!!!」

ルイの叫び声に怒気が混じっている。喧嘩に発展する前に止めさせよう。

キュピル
「待て・・・。大丈夫だ・・・。兜がなかったら流石に死んでいたかもしれないが怪我事態はない・・・。兵士の鎧を身に着けていたのが悪かった。」
ルイ
「またそうやって、全部自分の責任にして・・・。今回もですか!」
キュピル
「今回も?」

・・・思い当たる節は色々あるが・・・。
アノマラド大陸を危機に陥れたあの黒い渦の事件は元を辿れば俺がこの世界に関わったから故に起きた事件だから全て俺の責任だ。
作者との対決で起きた出来事は全て俺の責任だ。俺は本来ならばこの世界に関わらないはずの人なのだから。

・・・・。

ん・・・?

でも全ての責任は・・・本当に俺なのか?

責任・・・・。

作者が平和主義者で・・・博愛に満ちていたならば黒い渦の事件だって・・・アノマラド魔法大立学校の事件だって・・起きなかったはずだ。
作者が全部悪い?

・・・・。

確かに、俺は悪くない。

でも本当に俺は悪くないのか?


例えば。

作者は俺の運命、未来を好きなように弄り倒錯的物語を歩ませて遠くからその様子を楽しんでいる。
なら俺が自殺したら?
俺が自殺したら物語はそこで終わり。俺が死んでしまった以上、アノマラド大陸をどうこうしようが何の意味もなくなるからアノマラド大陸は少なくとも作者の手に寄って危機に陥る事は無くなる・・・。

・・・・。

・・・・・・・・・・・。

なんていう事だ。

俺はとんでもない事に気づいてしまった。

作者は俺を可能な限り生きながらえ、そして長く続く苦しみを与えて楽しんでいる。つまり俺を簡単には死なせない。
俺は自分の意思でこれまでの道を歩んできたつもりだ。どんな困難も知恵と努力で解決してきた・・つもりだ。
でもそれは作者が最終的にそのような結果になるように仕組んでいた。

この旅の目的は本当に俺が今まで自分の意思で行動し、結果未来を切り開いて来たのか知るために旅してきている。

その旅の答えの一つ目が・・・ここで見つけてしまった。

作者は俺を長く生かし、長く苦しめて楽しんでいる。


それならば。



自らの手で命を断つ事は、作者にとって望まない結末であり死ぬ事が出来たと言う事は自らの意思で道を切り開いた証明になるのではないか?



・・・・・。

・・・・・・・・・・・。



キュピル
「(馬鹿みたいな答えだとは思うが、これも一つの可能性だ。一応覚えておこう・・・。)」

考えるのはそこそこにして、今の状況を何とかしよう。

キュピル
「・・・射撃は正確だな。でもこれっきりにしてくれよ。」

右目を手で覆いながらアテナに語りかける。
もし、兜を被っていなければ右目に直撃し悲惨な結末を招いていただろう・・・。

アテナ
「ほ・・・ほ・・・本当に申し訳ございませんっ!!!」

アテナが目の前で土下座する。

キュピル
「土下座なんかしなくてもいい。どうせ誰かに撃たれたって俺は死なないんだから。」
ルイ
「え?それどういう意味ですか?キュピルさん。」
キュピル
「自分に対して皮肉っただけだよ。」

作者は俺を生かし続けて遠くからほくそ笑んでいるのだろうか?



・・・・。


・・・・・・・・・・・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


缶詰を空け、黙々と中身を食べ続けるアテナとルイ。缶詰の癖して蓋を空けると部屋中に香ばしい匂いが広がり、敵の基地で沢山食べて来たはずなのに
また小腹が空いてきてしまう。
手を伸ばし、一つだけ缶詰を取って素手で食べる。

・・・・・。

・・・・・・・・・・・・。

恐らく俺とルイはきっと同じ表情をしているだろう。その理由も勿論きっと同じなんだろう。

キュピル
「・・・・凄い喉渇いてきたな。」
ルイ
「そうですね・・・。」
キュピル
「港では食糧物資を入手するのに精一杯で水までは手に入らなかった。だから海水を熱して真水を作ろうと考えているんだが・・・。
そこでふと気付いたんだけれど、水魔法があるじゃないか。あれって飲めないのか?
ルイ
「凄い硬水でそのまま飲むとお腹を壊しますよ。」
キュピル
「熱したらどうなる?」
ルイ
「硬水は熱するとより硬度の高いお水になりますよ。」

さり気ない所で知識不足を露呈してしまった気がする。

キュピル
「・・・そ、それなら、沸騰させて蒸留させたらどうなる?」
ルイ
「それなら軟水になりますよ。」
キュピル
「よし、態々海に行って汲んでくる必要はなさそうだな。ちょっとそこで待っててくれ。それとアテナ、ちょっと来て貰っていいか?」
アテナ
「は、はいっ!!」

アテナが立ちあがり、キュピルと一緒に外に出る。
ルイは特に気にせず、缶詰の蓋を空け食事を続けていた。

・・・。

・・・・・・・・。

外に出るとキュピルはまずアテナが居る方へ振りかえった。
すっかりアテナは縮こまっている。さっき間違えて頭を撃ってしまったから怒られるとでも思っているのだろう。
勿論怒るために外に連れ出したのではない。

アテナ
「そ、その・・・ごめんなs・・・。」

謝るアテナの言葉を遮って、語りかけた。

キュピル
「今、フリーシュ島で何が起きているのか。話してくれるか?」
アテナ
「え?・・・あ、はい!・・・あ、でもルイさんを呼ばなくてもいいんですか・・?」
キュピル
「正直な事を言うとルイはフリーシュ島に来る事は猛反対していたから危険な話しを聞いたら首根っこ掴まれてこの島から連れ出されそうだから・・・。
俺っというフィルターをかけてルイに状況を伝えようと思っている。いいか?」
アテナ
「は、はい。そういう事でしたら・・・。って、どちらに行かれるんですか!?」

これからアテナが話そうとしているのにキュピルは小走りで遠くの空家へ向けて走っている。

キュピル
「ちょっとそこで蒸留させるのにちょうどいい物見つけて。作業しながら聞く。」


・・・。

・・・・・・。

・・・・・・・・・・。


キュピルが近くの空家からドラム缶・ホース・適当な石を集め剣とナイフを使って工作を始めた。

キュピル
「構わず話してくれ。」
アテナ
「あ、はい・・・。では・・・。」

アテナが二度深呼吸し、陰鬱そうな顔をしながら話し始めた。
・・・・が、

アテナ
「・・・まず・・・フリーシュ島の歴史・・・あ、えと・・・どこの軍が戦っているのか・・・あ、正確には軍じゃなくて・・・。」
キュピル
「・・・ごめん。話しの整理が難しいなら俺から質問しよう。」
アテナ
「ごめんなさい・・・。」

ドラム缶の蓋にナイフでホースと同じ大きさの穴を括りながらキュピルがアテナに語りかける。

キュピル
「・・・フリーシュ島に来るちょっと前。補給島に住む御婆さんからフリーシュ島について少しだけ話しは聞いた。
フリーシュ島を世襲統治していた王が居たが、子孫を残す前に息絶えてしまい血統が途切れてしまった。
そのため、フリーシュ島で新しい王を決めなければいけなかったが、当然王はすぐに決まらず最終的に二つの派閥争いに発展。
その派閥争いによって、平民が戦争に巻き込まれ、無理やり徴兵され、そして重税も課せられる三重苦に遭わせられている。
・・・ここまでは聞いている。そしてここからが質問だが・・・。
まず、二つの派閥の名前と特徴を教えてくれ。

アテナがキュピルの背中付近に転がっている小石の上に座り質問に答え始めた。

アテナ
「はい。・・・一つ目はリーダー『ボルト』が率いる派閥『ピュレット』です。
ピュレットに所属している兵士達は皆赤い鎧を身に着けています。」
キュピル
「(赤い鎧・・・。これまで戦ってきたのはピュレットっという派閥か・・。)」
アテナ
「そしてもう一つは、リーダー『ベンリーオ』が率いる派閥『モギュータ』です。
モギュータに所属している兵士達は皆蒼い鎧を身に着けています。同士打ちを防ぐために色分けされていますので区別するのはとても簡単だと思います。」
キュピル
「ふむ。ボルト率いるピュレット・・・ベンリーオ率いるモギュータか。分った。」
アテナ
「王が生前だった頃、ボルトもベンリーオも王に忠誠を尽くし国の繁栄に貢献していました。しかし、二人の仲は元々悪くかつ好戦的なため喧嘩も良く起きました。
それでも二人には王にも負けないカリスマに部下思いの所もありましたから、二人を中心に派閥が徐々に出来あがり王は頭を悩ませていたそうです。
そして、王の死後。王の片腕として重用されていた二人は我こそはと次期王へと名乗り上げました。
始めは些細な嫌がらせから。しかし徐々にその嫌がらせはエスカレートしていき派閥相手の誘拐、殺人、強姦。憎しみと報復は連鎖していき最後には内戦へ発展しました。
内戦へ発展した今、フリーシュ島の中央に存在していた王宮は破壊され現在は大きな城下町が西と東に一つずつ出来あがっています。」

キュピルがホースの先端を上手く切り、形状を変えながらドラム缶の中へ上手に入れて行く。

キュピル
「西の城はどの派閥が治めているんだ?」
アテナ
「西がピュレット、東がモギュータです。」
キュピル
「内戦に発展した後、市民達はどういう行動を取ったんだ?」
アテナ
「市民達は力を持たないので、成す術はありません。自分達は死なないためにも、勝てると思われる陣営に付き、それぞれの派閥の領土の元で生活を続けています。」
キュピル
「ふむ。その後の市民達は?全員徴兵されたか?」
アテナ
「いえ、長期戦になる事は両派閥も意識していたようで国力を大きく下げるような事はしていません。社会制度を大きく変え生産性を極限まで高めるために市民から自由、文化、娯楽全てを奪って行きましたが
それぞれの派閥の元で保護され生きているっという意味では一部の市民達は安心しているそうです。」
キュピル
「そうなのか・・・。市民達を決起させ暴動起こさせようと思ったりしたがそれは上手くいかなさそうだな・・・。市民達は基本的に自分の意思でどちらかの派閥についたのか?」
アテナ
「そうなります。」
キュピル
「ますます難しいな。」

当初の予定では、今後平和かつより良い未来へ進むと思われる派閥を調査し、その敵対派閥を壊滅させれば内戦は終わりハッピーエンドになるだろうと思っていたが、そうはいかなさそうだ。
市民達が自らの意思で片方の派閥の元についているという事は、表にこそ現れなくても忠誠・信仰を尽くし内戦が終わった後も、新たな不満が生まれ、そして憎しみへ変わりまた内戦への火種になりかねない。

キュピル
「(・・・難しい話だな・・・。)」

アテナ
「ただ・・・、勿論市民達は今の現状に満足している訳ではありません。保護されて生きてこそいるものの、生きる傀儡人形と化している状況である事は確かなので不満を募らせている事は事実です。
またどちらかの陣営につかなければ中立組織と見なされ、両派閥から攻撃される事になるのでどちらに付きたくなくても仕方がなく付いたという市民も大勢います。」
キュピル
「中立組織か。・・・両派閥に付かず、中立として生きている人達はどのくらいいるんだ?」
アテナ
「うーん・・・ちょっと分らないです・・・。組織って言いましたけれど、そのような組織が実際に居るかどうかは・・・。
表向きではどちらかに属していても内面では中立を保っている人達もいるかもしれませんが・・・。」
キュピル
「ふむ・・・。」

もし、中立組織がいるのであれば一度コンタクトを取ってみるのも悪くなかったが・・・。

キュピル
「内戦が始まってからどのくらいの日数が経過した?」
アテナ
「大体5年ぐらいです。」
キュピル
「年数自体は大分経過しているな。戦況は?」
アテナ
「膠着状態です。始めから戦力も物資も均衡な状態でしたので、両者の勢いは始めこそあったのですがすぐに疲弊し極小規模の戦闘が繰り返されているだけになりました。
・・・それを見かねた両派閥は四年ほど前に、膠着状態を打ち破るために両陣営も最新兵器の開発に専念しだしました。
戦時中の上、国があげて研究し始めましたので両派閥の兵器は恐るべき速度で進化し続けました。
来るべき大戦争に備えて両派閥も戦闘はそこそこに抑え、兵器・物資・食料を貯め込んで行き、そしてつい最近に両派閥の最新兵器を用いた戦闘が起きるようになりました。
私の見解では、両派閥も最新兵器が完成したのだと思います。相手が最新兵器を大量生産し実践へ配備する前に仕留める意図が見えます。
これから徐々に大規模な戦闘が発生し過去にない大きな戦闘が起きると思います・・・。」
キュピル
「大した情報力と見解だ。素人にはその情報力と見解は出来ないな。」
アテナ
「そ、そんな事はありません!私にはキュピル様みたいに勇敢に戦う事も出来なければ冷静で居られる事もできず・・。」

アテナがあたふたしながら喋る。

キュピル
「さっき俺がピュレットの港に忍び込んだ時、偶然にも機密会議だと思われる話しを聞いた。
その機密会議によると、ピュレットはフリゲート艦が何かしらの最新兵器を搭載していて、予定していた作戦実行日に、港とから方角北東50Km先に位置するモギュータの基地を襲撃すると言っていた。まさにアテナの見解通りだ。」

アテナが照れくさそうに顔を俯く。
聞きたい事は大体聞いた。

・・・気になる事は後一つだけだ。
アテナがどうしてそこまでの情報を持っているのか。少なくとも平民だったらそこまでの情報は知り得ない。

キュピル
「(でもこの答えは分っている。)」

・・・ピュレットの港に忍び込んだ時に偶然耳にしてしまった機密会議。そこの所でアテナの名字と思われる名を聞いた。
アテナが将官の娘だったとしたら、この情報を知っていてもおかしくはない。
・・・でも、そのアテナの住んでいた屋敷は・・・。

キュピル
「(中立として動いていて、両陣営に狙われて・・・。辻褄は合うな。ちょっと気になる所や謎も多いが今アテナに聞くのは酷だよな・・・。)」

そうこう考えているうちに、作っていた工作が完成した。
大きく平たい石の上に乗っかっているドラム缶。ドラム缶の蓋からは一本のホースが伸びている。

アテナ
「完成したのですか?」
キュピル
「ああ。この中に水を入れて薪でも焚けば蒸発した水がこのホースの中を通って行く。
ホースの中を通っているうちに蒸発した気体は水へと変わってこのホースの先端から出て行く。ただ、長時間やらないと量が溜まりそうにないから水筒か何かを用意しないと。
アテナ
「あ、水筒ならありますよ!」
キュピル
「その水筒の中身はもうないのか?」
アテナ
「えっと・・・実はもう殆どなくて・・。」
キュピル
「ちょうどいい、さっそくその中に蒸留した水を入れよう。そうときまればルイを呼んでこないと。」

・・・。

・・・・・・・・・・・。

三分後。お腹一杯になったルイとキュピルが空き家から出て来た。
ちょうど工作した物の仕組みを説明をしている所のようだが・・・。

キュピル
「っと言う訳で、さっそく水魔法を唱えてドラム缶の中に水を入れてくれ。」
ルイ
「・・・・えっと、その・・・。大変言い難いんですけど・・・。」
キュピル
「・・・ん?」

ルイが一度咳払いすると、キュピルとアテナを少し自分から離れるようにと指示する。
二人が離れた事を確認すると、ルイはまず水魔法を詠唱し空中に大きなシャボン玉を作りあげた。
するとどこからともなく水がシャボン玉の中を満たしていき、直径5mはあろう大きなシャボン玉の中は召喚した水で一杯になった。
沢山の水が入ったこのシャボン玉は相当重いはずなのだが、まるで羽毛のようにふわふわと浮いていて傍から見ても全く重さがない事が見て取れる。
次にルイは右手を前に勢いよく突き出すと、水の入ったシャボン玉の真下に赤い魔法陣が現れ一気に水の入ったシャボン玉を業火の炎で蒸発させた。
辺りが一気に熱い蒸気で覆われ、蒸気でルイの姿が見えなくなってしまった。

キュピル
「(だ、大丈夫なのか?そもそも一体何をやっているんだ・・・?)」

キュピルが心配そうに事の成り行きを見守っていると、しばらくして蒸気は風に流され再びルイと水の入ったシャボン玉が見えた。

ルイ
「はい、これでもう大丈夫です。アテナさん、水筒をちょっと貸して頂けますか?」
アテナ
「え、あ、はい!」

アテナが両腕をピーンと伸ばしてルイに手渡す。ルイがニコニコしながら水筒を受け取ると、おもむろに水筒をシャボン玉の中に手を突っ込んだ。
膜が割れて水が飛び出してくるかと思ってキュピルが警戒したが別に破れ水が流れ出る事は無かった。
その後、ルイはまるで川から水でも汲んでくるかのような仕草でシャボン玉の中にある水を掬い水筒の中を満たして行く。
水筒の中が水で一杯になると腕を引っ込め水筒をアテナに返した。

ルイ
「はい、軟水の水です。冷やしてあるので美味しいと思いますよ。」
キュピル
「え。い、いつ蒸留させた?」
ルイ
「さっき凄い蒸気が出て来たと思うんですけど、それを魔法を使って高圧縮して再びシャボン玉の中に閉じ込めているんです。その時に蒸留させていますよ。」
キュピル
「・・・・・・・・・。」

アテナ
「あ、この水凄く美味しいです!」

急に自分で作った工作が惨めに思えてきたキュピルはなるべく作った工作物に目を向けないように、アテナから渡された水筒を飲みほした。

キュピル
「(アノマラド大陸に帰ったら今度こそ魔法の勉強をしよう・・・。)」



続く



第十一話 『作戦』


キュピル
「(魔法と言う物があんなにも便利だったとは・・・。くっそ~・・・。俺も魔法が使えれば・・・。)」

キュピルが瞼を半分閉じて、いかにも悔しそうな表情でふわふわと宙に浮いている淡水となった水の球を見る。

アテナ
「そういえば・・・、キュピル様は魔法は使えないのですか?」
キュピル
「うっ。」

今最も聞かれたくなかった事をズバリとアテナに聞かれ、苦い顔をする。

キュピル
「・・・実は全然使えないんだ。」
アテナ
「えっ!?そうだったのですか!?あの驚異的な身体能力はてっきり魔法の力で一時的に強化している物だとばっかり・・・。
魔法の力も借りずに戦車も叩き斬る事が出来るなんて凄いです!!キュピル様!!!」
キュピル
「そ、そうか?なんかそんな褒められると照れるな。」

どん底に叩きつけられた後の持ち上げ方。・・・もし、これが狙って言っているのであればアテナは人を動かす事に長けている。

アテナ
「ルイ様は小さい頃から魔法が使えたのですか?」
ルイ
「ちゃんと勉強してから使えるようになりましたよ。」
キュピル
「なぁ、今から俺も魔法を勉強すれば使えるようになると思うか?」
ルイ
「うーん・・・。魔法の習得は努力よりも素質と才能の比率が高いので、こればかりは・・・。」

・・・昔、アノマラド魔法大立学校に通って全然魔法を覚えられなかった事を考えると・・・素質と才能はないようだ・・・。

キュピル
「仕方ないか・・・。とにかく・・・、水はルイのお陰でどこでも飲めそうだ。流石に食料は常にどこかで盗まないといけなさそうだが、それは俺が何とかするとしよう。」
ルイ
「確か、ファンさんが食料を異界から召喚する魔法を覚えていたんでしたっけ・・・。ファンさんがいればよかったんですけど・・・。」

・・・ファンもそうだが、シフィーがもしここにいれば食料も魔法で召喚出来たが・・・それは悔やんでも仕方がないし第一ルイに失礼だ。

キュピル
「ファンに限らず今回は全員居てくれれば心強かったが、それに関しては本当に仕方がないよ。元々は一人旅の予定でもあったからな。」
アテナ
「ファン・・?皆・・・?」

アテナが首をかしげている。知らない名が出ているのだから当然だろう。

キュピル
「俺の仲間達の事だ。さて、雑談はここまでにして今後どうするか決めよう。ルイ、さっきアテナからフリーシュ島の事に付いて聞いた。」
ルイ
「え?何時の間にですか?」
キュピル
「さっきの・・・あの、どうしようもない工作物を作っている時にな。要約して伝えるよ。」

ルイにフリーシュ島で起きている事を話す。勿論、ルイがあんまり反発しないようにあたかもご近所トラブルかのように軽い口調で話した。
派閥の名前・・・そのリーダー・・・それぞれの拠点が何処にあり、どのような経緯で内戦が起きたのか。
あんまり軽々しく話すとアテナが機嫌を損ねるんじゃないのか心配したが、とうの本人はニコニコしながらその話しを聞いていた。
軽々しく話す所を見て、逆にこの一件は俺にとって簡単な問題とでも思われてしまっただろうか・・・。

ルイ
「つまり、ピュレットとモギュータっていう二つの派閥が争い合っていて内戦理由はどちらが王位になるか揉めているって事ですね?」
キュピル
「大体そんな感じだ。」
ルイ
「うーん・・・どうやってこの内戦を止めましょうか・・・。正直な所、とても難しいですよね。」

この内戦を止めるには複数の選択肢がある。


一つ目は、和解を促す事。こちらから何らかのアクションを取る事によってどうにか和解して貰おうっという事なのだが・・・。
部外者である俺達の言葉にどれだけ耳を傾けてくれるか・・・。この方法は正直厳しいだろう。

二つ目は、片方の派閥を潰す事。そうすれば内戦は終了するだろう。
ただ・・・これは一時凌ぎになるだろう。生き残った数人が恨みを持って、ひそかに勢力を拡大し再び内戦へ発展する可能性が高い。
現状、和解の兆しが全くないことからほぼ確定とも言って良いぐらいだ。
歴史は繰り返される。恨みは自然沙汰されることなく、募りに募った恨みはいつか必ず爆発し再び内戦へ発展する。

三つ目は、両方の派閥を潰す事。勿論、内戦は終了する。
この選択肢なら、完膚無きまで両派閥を叩き全滅させれば恨みを持つ人も居なくなり内戦へ発展する可能性はある程度は低くなる・・・かもしれない。
ただし、この選択肢を実行するには問題点が多い。
一つ目の問題点は、ほぼ全ての市民がどちらかの派閥に付いている事。アテナの話によれば、本当に忠誠を尽くして付いている人も居るとの事だ。
恐怖によって従われているのか、それとも自らの意思で率いてくれているリーダーを支持しているのか。時間をかければ判別は出来るかもしれないが両派閥を潰す以上、長い時間はかけられない。
片方を潰し終えた場合は早急にもう片方も潰さなければ、勝利したと宣言され新たな大勢が出来あがってしまうだろう。
それと同じ理論になるが、片方の派閥を問答無用で全滅させる事も考えた。
・・・だが、罪なき人間の命を奪うのは心苦しく、俺にはそのような真似は出来ない。そもそも、衛兵はともかく戦に出ていない市民の命を奪うのは、例え派閥を率いるリーダーを支持していたとしても殺すのは罪悪感があまりにも大きすぎる。

最小限の犠牲にとどめ、可能な限りフリーシュ島が再び長い平和へ導く方法。

それはこの四つ目の策によって実現出来るかもしれない。
この四つ目の策も、これまでの策同様最終的に恨みは残るかもしれない。でも、フリーシュ島に向けられる恨みではない。
人々は結託し、手を取り合う事の大切さを知り平和の大切さに気付くだろう。


・・・・。


俺はこの四つ目の策を選択したい。
でも、ルイから賛同を得られるとは思えない。
アテナは・・・どうだろうか。俺を崇拝しているのか、それとも英雄を崇拝しているのか。後者なら100%賛同してくれないだろう。
何故なら、アテナが思うような人々から信仰と信頼を集め民衆を導くさも言葉通りの英雄とは程遠い行動だから。

でも、一応話してみよう。




・・・・・。


・・・・・・・・・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。






キュピル
「・・・以上だ。」

二人の目が丸くなっている。
それはそうだろう。俺とルイからしてみれば命のやり取りを行っているにも関わらず、最終的には人々から非難の的となってしまうから。

ルイ
「わ、私は賛同出来ません!!てっきり、どっちかの派閥を打倒。最悪、両方の派閥を倒す物だと思っていたのですが・・・これはあまりにも・・・!」

ルイが困惑しきった顔で、必死に訴えかける。まるで、重犯罪に走ろうとする親友を必死に止めるかのような訴えかけ。

キュピル
「だけど、フリーシュ島が平和に導かれる可能性の高い策だとは思わないか?」
ルイ
「そ、それはそうですけど・・・。でも、死んじゃったら・・・どうするんですか!!?」
キュピル
「死なない。」
ルイ
「その根拠は!」
キュピル
「俺が死ぬときは間違いなく奴の前で死ぬからだ・・・。」


ルイが顔を背ける。当たり前だがこれっぽっちも理解出来ないっていう顔をしている。
しばらくして、もう一度を顔を上げ俺を睨みつけてきた。

ルイ
「その『奴』って方が誰の事を言っているのか・・・私にはさっぱり分りませんが・・・!!
根拠のない理由で慢心し、本当に命を落としたらどうするのですか!?」
キュピル
「俺だって痛いのは嫌だしもしかしたら本当に死ぬかもしれない。多分手を抜くような事をすれば絶対に死ぬだろう。」
ルイ
「さっきと言っている事がもう全然違っていますよっ・・!!駄目です!私はこの策には賛成しません!!ただでさえ危険なのに、そんな恨まれるような事をしなければいけないなんて・・・。私にはとても・・・。」
キュピル
「ルイに汚れ役なんかさせない。俺が全部被る。」

さっきからアテナがポカーンとした表情で困惑している。

キュピル
「・・・アテナは賛成するか?この作戦を成功させるには、良識がありフリーシュ島を平和に導きたいと願うアテナの力が必要なんだ。」
アテナ
「えっ!あっ・・・!その・・・・。・・・・・どうして・・・。・・・・私にはそんな事は・・・・。」

何か言いたい事はあるようだ。でも、言いたい事はルイと殆ど同じだろう。

キュピル
「英雄っていうのはこう言う人の事を言うんだ。決して戦争の最前線で大活躍した人の事を英雄とは言わない。」
アテナ
「・・・・・・・・・・・・・。」

アテナは完全に顔を俯かせ、沈黙してしまった。

ルイ
「私は反対します・・・!キュピルさんの命を落とす訳にはいきません。」
キュピル
「何も落とすとは決まった訳じゃないって。」
ルイ
「例え生き延びるとしても・・・キュピルさんが苦しい思いするのは・・・嫌なんです・・・。」

・・・ルイは優しい。でも、ルイも俺と同じように作者に作られた人間。
その言葉を信用するのが・・・とても怖い・・・。
勿論こんな事を言えばルイを傷つけてしまう。だから心にとどめておくしかないのだが・・・。

ルイ
「・・・・でも、きっといくら止めてもキュピルさんはやるんですよね。」
キュピル
「(ん・・!?)」

ルイから意外な言葉が出て来た。

ルイ
「それなら・・・キュピルさんが絶対に生き延びるように私もお手伝いします。・・・一人でなんて絶対やらせません。」
キュピル
「・・・驚いた。何が何でも止めてくると思っていたのに。許してくれるのか?」
ルイ
「許すも何も・・・もうキュピルさんと一緒に居て大分長い事になりますから。ここで止めて無理やり引きさがらしても私の見えない所で実行するのは予測出来ていましたので。」

ルイが苦笑し、つられて自分も苦笑する。
・・・ルイがこんな風に譲歩してくれたのは、もしかすると初めてかもしれない。

・・・さて、残ったのはアテナだ。
あくまで実行に移すのは俺とルイだけならアテナに賛同を取る必要性はあまりないが、この作戦を完遂させるにはアテナの協力も必要だ。
本人からも賛同を得ないと後で「やっぱ無理」と言われた時に非常に困る。

キュピル
「・・・アテナ、大丈夫だよな?」

顔色を窺うように問い掛ける。

アテナ
「・・・あ、は、はい!!!英雄様のお手伝いが出来るのであれば何でも!」
キュピル
「(19歳が背負うにはかなり重すぎる役だが・・・アテナには素質はあるはずだ。後は威風堂々とさえしていれば・・・。)」

ひとまず了承してもらえたのはよかった。
恐らく条件反射で答えてしまった可能性もあるが、ここで数日かけて説得する程時間はない。
アテナが頷いたのを見た後はその場で一度立ち上がり

キュピル
「ひとまず、今日は作戦会議ここまでにしよう。この後は拠点でも作ろうじゃないか。」

と、二人に提案をした。

ルイ
「拠点・・・ですか?」
キュピル
「そうだ。この作戦は結構フリーシュ島のあっち行ったりこっち行ったりしなきゃいけないからな。
しっかり休める場所は作りたい。その場所をここにしようと思う。アテナはどう思う?」
アテナ
「え、あ・・・。はい、ここなら適していると思います。昔、今私達が居るこの場所は集落だったのですが元々悪路である上に資源も非常に貧しく丘陵も登らなければいけないので
拠点にもならず、戦場にもならず、進軍ルートにもならないので比較的安全だと思います。」
キュピル
「流石の一言だ。よし、ルイ。今のうちにテレポートとかの調整をしてくれるか?きっと時間かかるだろうと思うから数日ぐらいなら時間は取れる。」
ルイ
「そうですね・・・、座標を計算したり調整をしたりしなければいけないのと・・・魔法を乱用して誰かに気付かれても嫌なので、魔法耐性のある物を詠唱しますので五日ぐらいはかかると思います。
でも一度完成さえしてしまえば、ここからフリーシュ島の好きな所へ行けるようにしておきます。・・・失敗して海の上に落ちたらごめんなさい。」
キュピル
「そ、それは勘弁して欲しいな。」
ルイ
「ふふ、何度か実験して頑張ってみましょうね。大丈夫です、ここから数メートル先に飛ばすだけですから。」
キュピル
「よろしく頼むよ。」


尻目にチラッとアテナの様子を伺う。
・・・アテナは地面の上で体育座りし、両手で膝を抱え顔をうずめていた。

キュピル
「よし。ちょっと休憩したら色んな準備を済ませよう。」
ルイ
「はい。ところで、キュピルさんの服はどこに置いたんですか?」
キュピル
「え?・・・・あぁっ!しまった!あの場所に放置しっぱなしだった!!まぁ、盗られる事はないと思うけど一応取りに戻ろう・・。」





・・・・。



・・・・・・・・・・・。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



それから二日が経過した。
ルイと共に試行錯誤をしながら空家にテレポートゲートを作って行く。完成までもう少しだけ時間はかかりそうだが無事に上手く行きそうだ。

ルイ
「今簡易的に完成させてみました。とりあえず3m前方にワープするので乗ってみてください。」
キュピル
「こうか?・・・うわっ!」

テレポートゲートに片足を突っ込んだ瞬間、引きこまれるようにして前方にワープしていき3m先にあった壁の中に問答無用で埋もれてしまった。

キュピル
「か、壁の中に埋まった!!助けてくれぇ!!」
ルイ
「わ、わーー!!」
アテナ
「ま、魔法ってこんな事にもなるんですね!」



・・・・。


・・・・・・・・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。


テレポートゲートは三日目にしてようやく完成した。
連続使用は出来ないが、使用しても魔術師に悟られずフリーシュ島のある程度の範囲なら自由に飛ぶ事が出来るようになった。
大体の位置に移動するため、下手に建物が密集している地域に移動すると僅かに座標の位置がずれ壁の中に埋もれる可能性もあるため
直接建物内にワープする事は出来ないがその少し離れた所までになら一瞬で行ける。ちなみに帰りは徒歩だ。

このテレポートのお陰で食料の調達は少し楽になった。
この前の時と同じように、以前奪った兵士の服を着て変装し同じように食料を盗む。
ただし、前回侵入の痕跡を残していたせいか警備は非常に厳しく倉庫内に潜って食料を盗むのは困難になっていた。
ただ、何日か観察を続けた結果、一定の日にちの間隔で補給船によって食料が輸送されている事に気付いた。
その時にどさくさに紛れて小麦粉を盗み、簡易拠点にてパンを作って腹を満たしていた。

キュピル
「ふぅっ、なんかここで暮らしていけるぐらい設備が整ってきたな。」

テレポートゲートはやはり相当便利だし、水はルイが魔法で用意出来るし、パンを焼く釜戸も暇で作ってしまった。
これで一応パンは焼けるのだが流石に水と小麦粉だけでははっきり言って味に欠ける(しかも不味い
拠点としての役割は殆ど完成した。いつでも行動を移せる状態になっていた。


・・・。

・・・・・・・。


四日目の夜。ついに盗んできた缶詰全てがなくなってしまった。


キュピル
「あーあ。また盗んでこないとなぁ。」

食べ終えた缶詰を、目の前で魔法の力でメラメラと蒼く燃えている火の中に捨てる。
空き缶は、蒼く燃える火の中に放り投げられるとその場ですぐ溶けてなくなってしまい火を燃やし続ける燃料となった。
昨日小麦袋を盗み、ついでに肉の缶詰も盗みたかったが缶詰の方は入手出来なかった。
アテナが苦笑しながらキュピルに語りかける。

アテナ
「キュピル様って、さり気なく凄い事をサラッと言いますよね。普通敵の基地に忍び込んで食料盗むだなんて、しませんよ。」

何日か共に過ごして行くうちにアテナはすっかり打ち解けて自然な表情を見せるようになってきた。
時々はまだ緊張の混ざった話し方になる事もあるがそれも最初に比べれば随分と和らいだ。

アテナ
「やっぱり、キュピル様は強いから何でも出来ちゃうんですね。」
キュピル
「何でもは流石に無理だよ。」
アテナ
「でも、キュピル様は本当に勇気があります。」
キュピル
「・・・・・・・。」

アテナが音も立てずに燃え続けている蒼い炎を一心に見つめ続けている。
・・・やや長い沈黙の後、アテナが再び口を開いた。

アテナ
「・・・どうしてキュピル様はそんなに勇気があるのですか?・・・怪我とか・・・敵の攻撃とか・・・怖くないのですか?」
キュピル
「・・・全く怖く無い。」
アテナ
「凄いですね・・・。私なんて・・・銃を突きつけられたらもう頭の中が真っ白になっちゃって・・・どうしたらいいのか。」
キュピル
「・・・・・・。」
アテナ
「ハハハ・・・。やっぱり、キュピル様は凄いです。英雄です。」
キュピル
「・・・・・アテナの知っている英雄と俺の知っている英雄は少し違う人物かもしれないな。」

アテナが何か問い返す前に話しを続けた。

キュピル
「果たして、戦場で大活躍する人物は本当に英雄なのか。英雄とは何なのか。・・・アテナはそれをちゃんと考えた事はあるか?」
アテナ
「・・・良く分りませんけれど・・・。英雄って活躍したから英雄って言うのではないのですか?」
キュピル
「間違ってはいないかもしれない。でも、本当の英雄はいつも表からじゃ見えない所に居る。それを良く覚えていて欲しい。」

アテナが神妙そうな顔をしながら一度頷いた。

キュピル
「まぁ、まだまだ若いからな。いつか分るよ。」
アテナ
「失礼ですが・・・キュピル様も相当お若いのでは・・・。」
キュピル
「ん、まぁ二十歳ちょい過ぎだしな・・・。言われてみれば十分若いな。昔はよく自分の事を老人風に行ったり馬鹿みたいな騒ぎ方をしたり・・・。あの頃の自分と比べるとどうしても
歳を取ったように感じてしまって、つい爺さんみたいな事を言ってしまうな。ハハハ・・・。」
ルイ
「昔のキュピルさんは、それはもう年齢にそぐわない精神年齢でしたよ。」

ルイが球状にふわふわと浮いている水を引っ張りながら二人の間に割り込んだ。ルイが水筒でその水を掬い一度飲みほしてから再び喋り出した。

ルイ
「『ほむ』だとか『ギエエェェエエェッ!!』だとか、本当に少年みたいでした。」

ルイがクスクス笑いながら当時の出来事を思い返している。

キュピル
「は、恥ずかしい過去を言わないでくれ。」
ルイ
「あら?別に恥ずかしい事ではないと思いますけれど。教育を受けていない17歳でしたらもっと酷い方を沢山見てきていらっしゃいますから。」

少し冷酷さを感じる一言ではあるが、ある意味ではルイらしい。

アテナ
「昔のキュピル様はとても健気だったのですか?」
ルイ
「健気さで言えば今もある方ですよ。ちょっと捻くれた気もしますけれど。」
キュピル
「ひ、捻くれたって何だよ、捻くれたって。」
ルイ
「頑固とも言うかもしれませんね。」

ルイが目を細めてこっちを見ている。観念してただただ苦笑するしかない。

アテナ
「昔のキュピル様・・・一度お会いしてみたいなぁ~・・・。」
キュピル
「ルイ曰く、年齢にそぐわない低い精神年齢な俺だってさ。」
ルイ
「もう。そうやってまた捻くれて。」
キュピル
「あ、わりぃ・・。別にそういう意味で言ったんじゃ・・・。」
ルイ
「ふふ、分っていますよ。・・・私は、そういう所全部ひっくるめてキュピルさんの事がすk・・・。」

ルイが語りかけている時だった。
突如空中に閃光が走り辺り一面光に包まれた。突然の出来事で目を瞑り、三人とも光をやり過ごす。
そして光がおさまると同時に、強い衝撃派が襲い掛かり遠くで爆発音が鳴り響いた。
即座に立ちあがり、剣を抜刀する。

キュピル
「なんだ!」

ルイも立ち上がり、両手を大きく広げると複数の魔法弾を精製した。
この後敵が襲い掛かってくるかもしれないと二人は身構えていたが、どうやら遠くで戦いが勃発しているようだ。
先程の爆発音に続いて、二発、三発と戦車やフリゲート艦の主砲らしき発射音が聞こえる。

キュピル
「もしや・・・。ピュレットがモギュータに攻撃を仕掛けたのか?」

一番初めに食料を盗みだした時。排気ダストから偶然ピュレットの機密会議と思われる話しを盗み聞きした。
その時、予定した作戦実行日にモギュータを襲撃する趣旨を話していた。その実行日がついに来たのか?

キュピル
「いよいよ俺達も作戦を実行する時が来たようだな。」
アテナ
「え、今ですか!?」
キュピル
「ああ。両軍同時に打撃を与える事が出来るのは今しかないからな。大丈夫、作戦は一日や二日じゃ終わらない。大詰めになるまでアテナに出番はないから安心して欲しい。」

剣を一旦鞘に戻し、テレポートゲートへと向かう。

アテナ
「あっ・・・。」

アテナが何かを言う前にキュピルがテレポートゲートへ片足を突っ込んだ。
と、同時にルイも一緒にテレポートゲートへ入る。

ルイ
「私も行きます!」
キュピル
「・・・・・・。・・・・・頼む。」

数秒後。淡い青色の光が二人を包み、爆発音が鳴り響いた戦場へとテレポートした。



・・・。


・・・・・・・・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・。




蒼い鎧を着た兵士
「夜襲!!夜襲だぁっ!!!」

キュピル達が入港した場所から東北東50Km地点。蒼い鎧が目印である派閥・モギュータはピュレットが占領している港を攻略するため、ここに拠点を作りあげていた。
しかし、ピュレットはそれをいち早く先に察知し攻め込まれる前にモギュータを襲撃した形になっていた。
拠点周囲は断壁に覆われている。ここを攻略する場合、拠点を包囲する事が出来ず真正面から突撃しなければいけないため陥落は難しい。
それを打開するために、遠く離れた海からフリゲート艦隊が曲射砲を用いて焼夷弾を何発も撃ちこんで行く。
焼夷弾の何発かはモギュータが築き上げた拠点へ命中し、大炎上していた。拠点の門は火に焼かれ、戦車が突撃すれば簡単に拠点内へ突撃できる状況だ。
門を守る兵士達は熱さのあまりにその場を離れ、拠点内へ戻ってしまった。
門を守る兵士は誰もいない。それを確認したピュレットの突撃部隊はここぞとばかりに、戦車と歩兵を前進させ拠点へ急接近し、戦車が門に突撃し破壊した。
状況はピュレットが有利かと思われた。ところが、門の1km先に更に門が存在していた。
門の前にはロケットランチャーを抱えた兵士達が一列に並んでいる。

赤い鎧を着た兵士
「しまった!!下がれ!!!」

戦車がバックし、ロケットランチャーから逃れようとする。
しかし後続は燃えている門が邪魔でその先の状況なんかは見えず、むしろその先で兵士達がロケットランチャーを持って待ちかまえているとは夢にも思っていない。
今はピュレットが優勢であると思っており、勢いをつけて進軍し続けている。この状況でバックしても後続の戦車と激突し結局撤退する事は出来ない。
それでも無理やり下がり、飛来してくるロケット弾から逃れようとしたが結局後続の戦車と激突してしまい、その後飛来してきたロケット弾によって爆発、炎上。
斬り込み隊に何が起きたのか、後続は理解する事が出来ず進軍する事も撤退する事も出来ずに、立て続けにロケット弾を撃ち込まれ次々と歩兵は焼かれ、戦車は破壊された。

ピュレット指揮官
「ちっ、小癪な。もう一度フリゲート艦に支援射撃を要請しろ!二つ目の門も焼いてやれ!!」


モギュータの作戦の肝は、一度やられたふりをし敵をおびき寄せる事によって油断した敵を一気に殲滅する作戦だ。
それを知ったピュレットの部隊は、二つ目の門を仮に焼いたとしても更に三つ目の門があるのではないのか疑ってしまい全力で攻める事が出来なくなっている。
結果、攻撃力がガタ落ちしてしまい、仮にフリゲート艦隊が支援射撃したとしてもそのまま二つ目の門を守りきられてしまう可能性がある。
そもそも、焼夷弾はその気になれば魔法で防ぐ事も出来る。仮にあえて焼かれる事を策としなかったとしても、一回目は夜襲に成功した場合攻撃が通る可能性が高い。
それ故に敵は壊走したと思いこんでしまったピュレットは痛手を負ってしまった。はたして二回目の支援射撃は通るのか。それともまたあえて攻撃を喰らうのか。

モギュータは今回はあえてピュレットが攻め込んでくるのを待ち、油断しのこのことやってきた軍隊を一気に殲滅し戦力を低下させる事を目的としていた。
ここで可能な限りピュレットの戦力を減らし、素早く敵の港を叩き攻略する事によって後の戦闘まで優位に持って行こうとする算段だ。

今回の戦ではモギュータの方が賢かったと言えよう。

そんな状況の中。キュピルとルイは戦場に降り立った。
場所はちょうどピュレットとモギュータの中間地点。いわば最も戦いが激しい場所だ。
しかし二人が立っている場所は崖の上であり、崖下ではピュレットとモギュータが激しく撃ち合っている。

だが、崖の上はノーガードだったと言う訳ではない。
モギュータの兵士がサプレッサーを装着したスナイパー達が隠れており、崖上から迎撃していた。
岩などを置くのではなく、こうして隠れているのは海からの偵察によって迎撃準備が出来ている事を悟られないようにするためだったのだろう。
と、するとピュレットは崖下にある拠点を崖上から襲撃するのが最も効率的かつ安全に思われたが、そうはしていない所を見ると戦車が通行出来なかったのか。
それとも崖上にやってきた兵士は皆隠れていたモギュータのスナイパーに撃ち抜かれやられてしまったのか。
真相は定かではないが、何にしても作戦失敗、または頭が悪かったのだろう。

キュピルが気配を察知しすぐに剣を抜刀する。
突如崖上に現れたキュピルにモギュータの兵士達が驚き立ち上がる。

蒼い鎧を身に付けた兵士
「貴様!?何処から現れた!?ここは民間人が来る場所ではない!!」

モギュータの兵士、総勢10人がスナイパーを一斉にキュピルとルイへ向ける。
キュピルが鼻で笑うと、目にもとまらぬ速さで一人目の兵士に近づき剣で喉を掻っ捌いた。

蒼い鎧を身に付けた兵士
「ぐわあぁっ!!」
蒼い鎧を身に付けた兵士2
「撃ち殺せ!!」

スナイパーの銃口は全て動いたキュピルへ向いていた。
ノーマークとなったルイはデザートイーグル改を構えると素早く発砲し三人を撃ち殺す。
慌てて数人がルイへスナイパー銃を向けるが、ルイへ銃口を向けた兵士達はキュピルがいつの間にか持っていた銃に気付かず、皆頭を撃ち抜かれ殺された。
この時点で驚異的な身体能力とその強さに驚いたモギュータの兵士達は死を恐れ撤退を始めた。
スナイパーをその場で捨て、拳銃を構えてキュピルとルイへ向けて乱射する。焦りと恐怖で狙いが全く定まっていない。

キュピルが提案した作戦を完遂するためには情けは一切かける事が出来ない。
罪悪感は感じつつも、キュピルが拳銃を乱射する兵士に急接近し、銃撃を回避しつつ残った四人のうち一人の兵士を斬り捨てた。
残った三人の兵士全員がまたキュピルの方に目を向けた。その瞬間をルイが再びデザートイーグル改で撃ちこみ兵士二人を撃ち殺す。

蒼い鎧を身に付けた兵士3
「う、うわあああぁぁああぁああっ!!!!!」

パニックに陥ったモギュータの兵士が泣き喚きながら拳銃を乱射する。
その撃ち筋は滅茶苦茶で、どのような動きをするか分らないキュピルへ向けて奇跡的に当たる事を祈る撃ち方だった。
このような撃ち方をする相手にはむしろ直線で進むほうが安全である。すぐにキュピルは剣を構えなおし接近する。

キュピル
「一閃!!」

一瞬で兵士を通りすぎる。通りすぎた後、兵士は強烈な斬撃によって宙に打ち上げられ即死した。
崖上で待機していたモギュータの兵士達が全滅した事を確認する。

ルイ
「大丈夫ですか?キュピルさん。」
キュピル
「大丈夫だ。ここからはノンストップで暴れるぞ。両軍ともに壊滅させる。


キュピルの無謀な作戦が始まる。

続く


第十二話 『兵』

両軍がぶつかりあう激戦地帯へ降り立ったキュピルとルイ。二人が降り立った場所は激戦地に存在する高い崖の上。
崖の上でスナイパーライフルを手に持っていたモギュータを軽く蹴散らし次の行動へ移ろうとしていた。

ルイ
「大丈夫ですか?キュピルさん。」
キュピル
「大丈夫だ。ここからはノンストップで暴れるぞ。両軍ともに壊滅させる。
ルイ
「両軍共に壊滅させる・・・。あれって冗談じゃなかったんですね・・・。・・・本当に・・出来るんですか?」
キュピル
「多分。」
ルイ
「た、多分って!?」

キュピルがモギュータの兵士が身に着けていたピストルを何丁か手に取ると、素早く弾薬を抜き取りポケットの中に詰め込んでいく。
いくつかポケットの中に入れると最後に二丁手元に残した。

キュピル
「(崖下の戦況はどうなっている?)」

姿勢を低くして崖下の戦況を確認するキュピル。
崖下の戦況は大して変わっていなかった。一つ目の門がそれなりに炎上しているせいでピュレットは中々攻める事が出来ず、ちまちま入ってきた戦車と兵士は二つ目の門で構えるモギュータの兵士達によって皆破壊及び射殺されている。
徐々に突入の勢いも落ちてゆき、事態は膠着状態に陥っていた。

キュピル
「崖下に飛び降りる。ルイ、ムーンフォールの魔法を頼む。」

ムーンフォールは重力を小さくする事によって落下速度を下げ着地の衝撃を和らげる魔法だ。
ルイも半ばあきらめ気味に頷き、二人にムーンフォールの魔法をかけようと唱え始めた。

その時、遠くから爆音が鳴り響いた。ピュレットのフリゲート艦隊が二回目の支援射撃を行ったようだ。

キュピル
「・・・おいおいおい!ピュレットの前線部隊前に出ているっていうのにか!!?ルイ!詠唱を中断してバリアに切り替えてくれ!」
ルイ
「は、はい!」

ルイが慌てて詠唱を中断しバリアへと切り替える。
だが、ルイがバリアを唱え終わる前に謎のバリアが上空に現れフリゲート艦が発射した焼夷弾が空中で防がれた。

キュピル
「なんだ?」

崖下では複数のモギュータの魔術師が魔法を詠唱していた。どうやら二回目の焼夷弾を防いだようだ。
キュピル達は知る由もないが、一回目の焼夷弾もモギュータは本当は察知しており防ぐ事は出来た。しかしあえて攻撃をうけピュレットの油断を誘ったようだ。

キュピル
「・・・モギュータが防いでくれたみたいだ。度々申し訳ないがもう一度ムーンフォールを頼む。」
ルイ
「防いでくれて助かりました。正直間に合うか間に合わないか微妙な所でしたので。」
キュピル
「怖い事言わないでくれ・・・。」
ルイ
「両軍壊滅させるって言葉の方がもっと怖いと思うのですが。」

ルイがムーンフォールを唱える。徐々に自分の体が軽くなっていく。
ルイがムーンフォールを唱え終わると重力が極端に弱くなり、ジャンプしてもゆっくりと降下するようになった。

キュピル
「モギュータを先に壊滅させるとフリゲート艦隊の強烈な焼夷弾を浴びせられる可能性があるな。先にピュレットから倒してしまおう。
ルイ
「え、えーっと、ピュレットって赤い鎧を身に着けている方の兵士でしたっけ?」
キュピル
「そうだ。ちょうど海のある方から攻めてきている。ルイはちょうどここに落ちているスナイパーで援護してくれ。俺はピュレットの本隊を叩く。」
ルイ
「・・・本当にその作戦を実行するのですね。わかりました、ここでキュピルさんを狙う兵士を撃ち抜きます。」

キュピルが一度大きく頷くと勢いをつけて崖から飛び降りた。すぐに落下せず、まるでパラグライダーを展開しているかのようにゆっくり効果しつつも素早く戦場を駆けていた。
ルイはすぐにその場に落ちていたスナイパーライフルを手に持ち、装弾数を確認している。



どこの軍に所属しているか分らない謎の人物が空を飛んでいる。
ピュレットの本部にもモギュータの本部にもすぐにこの理解しがたい一報が飛んできた。
敵なのか味方なのか。それともただの頭の狂った兵士の誤報なのか。事態が収拾せず混乱している中キュピルはピュレットの兵士が密集している真上に降り立った。兵士が一斉に身を引き、攻撃すべきかどうか判断に迷っていた。
キュピルが両手にピストルを手に持つと、地面に着地する前に乱射し、次々とピュレットの兵士を打ち抜いていく。
ピストルの弾丸が尽きると右手に持っていたピストルを地面に投げつけ、もう一方のピストルは素早くマガジンを取り替え懐にしまう。
地面に着地すると右手で剣を前に突き出すと同時に左手で中指を立てピュレットを挑発した。

キュピル
「かかってこいよ。」

すぐにキュピルを囲んでいたピュレットの兵士全員が前に飛び出し銃剣でキュピルを突き刺そうとした。
銃剣がキュピルに突き刺さろうとした瞬間、人間離れした跳躍力で高く空へ舞いあがり攻撃を回避した。
ムーンフォールの効果はまだ切れていない。宙をゆっくり効果しながらキュピルはピュレットの出方を伺っていた。
すると、先程突き刺した兵士とは別の兵士が銃剣を空に舞っているキュピルへ向け、一斉射撃してきた。だが狙いが甘くキュピルが既に飛び過ぎた壁に向けて弾が飛んでいく。
勿論キュピルもただ飛んでいるだけじゃない。空中をムーンフォールの力を借りながらゆっくり降下しつつ、ピュレットの頭をピストルで撃ち抜いていく。

赤い鎧を着けた兵士
「あいつ、強いぞ!気をつけろ!!」
赤い鎧を着けた兵士2
「だが、たかが一人!」
キュピル
「目に焼き付けろ。俺はこの島をぶっ壊しにきたんだ。お前らの理想、信仰、世界。全部ぶっ壊してやる。」


ピストルの弾を撃ち尽くした。再びマガジンを素早く入れ替え懐にしまう。ピュレットが次弾を装填する前にキュピルが剣を下に向ける。それと同時にムーンフォールの効果が切れ物凄い速度で落下し始めた。
真下に居た兵士を一人突き刺すと、すぐに剣を振り、突き刺さった兵士を投げ飛ばした。銃剣の装填が完了し再び弾丸が飛んできたが、投げ飛ばした兵士が盾となりキュピルの元へは届かなかった。
投げ飛ばされ銃弾を受けた兵士は銃弾の衝撃で再びキュピルの元へ吹っ飛んでいく。銃弾で吹っ飛ばされた兵士は地面の上に落ちる前にキュピルが剣で真っ二つに切り裂き、目の前の兵士に襲い掛かった。

赤い鎧を着た兵士
「う、うわあぁぁっ!!」

ピュレットの兵士ががむしゃらに銃剣を振り回す。パニックを引き起こし引き金を引くが弾は味方に当たった。
乱暴な攻撃は当然キュピルに通じる訳もなく、足を切断され痛みで大声をあげた。
また一人兵士を倒すと、キュピルはそのまま集団の中へ入り込み次々と兵士をなぎ倒していく。
武器のリーチはピュレットの方が圧倒的に長い。それなのにピュレットの攻撃がキュピルに届く前にキュピルが先に攻撃しピュレットの兵士達は倒れていく。
想定外の刺客に徐々にピュレットの兵士たちに混乱が広がり始めた。
一人、また一人と兵士が惨殺されていく。
徐々にキュピルが兵士を倒していくスピードは上がっていき二人、三人同時に切り裂いていく。
見れば右手には赤い剣、左手には兵士が携行していた銃剣を持っており、リーチの違う二つの武器を同時に扱い更に遠距離からキュピルを狙おうとする者を銃剣で撃ち抜いていた。
あまりのキュピルの強さに足が竦み兵士の一人がその場に倒れた。

赤い鎧を着た兵士
「こ、降参する・・・。助けてくれ・・・。も、モギュータの兵士か?情報は流す・・・だから・・・。」
キュピル
「聞こえなかったか?全部ぶっ壊しに来たんだぞ。」
赤い鎧を着た兵士
「こ、こっちに来るなあああああああ!!!」

襲い掛かってくるキュピルが悪魔に見えたのか、既に正気を保ってはいなかった。
だが、錯乱状態に陥っているのはこの兵士だけではない。他の兵士も正気を保っておらず、銃弾の軌道上に味方がいようとも発射し同士討ちがところどころで起きていた。
遠くから兵士ではない別の者が近づいてきている。装甲車だ。
装甲車がすぐキュピルの近くに停車すると中からわらわらと重装備を身に着けた装甲兵が降りてきた。左手にはシールドガトリングガン、右手には巨大な剣。武器の重量は相当あるはずだが軽快に動きキュピルを取り囲む。

装甲兵
「そこまでだ!」
装甲兵2
「蜂の巣にしt・・・ぐあっっ!!」

突如装甲兵の一人が頭を打ち抜かれ倒れた。どうやらルイが遠くから援護してくれたようだ。
一人の装甲兵が倒れたのを切っ掛けに、他の装甲兵が一斉にシールドガトリングガンを放ち始めた。凄まじい銃撃音に薬莢の落ちる音。

キュピル
「(くそっ、流石に厳しい。)」

後方に大きく下がりながらシールドガトリングガンの銃撃を避け続けるキュピル。
シールドガトリングガンはかなり重たい。取り回しが難しく中々標的を狙う事は出来ないが、意外と追いかけてくる。
そろそろまずい、そう思った瞬間。ルイが二発目、三発目と援護射撃を行い徐々に弾幕が薄くなっていく。

装甲兵4
「一体どこからだ!!?」

一人の装甲兵がよそ見をした。今がチャンスだ。
一瞬でキュピルがよそ見した装甲兵に近づいた。接近してきたキュピルに気が付くと装甲兵は右手に持っていた巨大な剣を振りキュピルを真っ二つにしようとしたが、キュピルも右手に持っていた剣で敵の巨大な剣を弾き返した。

装甲兵4
「パリィされただと!?」
キュピル
「死ね!」

剣を前に突き出し、ようやく装甲兵一人をしとめた。
装甲兵の持っていたシールドガトリングガンを奪い取ると、トリガーに手をかけ乱射を始める。敵もシールドガトリングガンでキュピルを蜂の巣にしようとするが、先にキュピルまたはルイに撃ち抜かれ装甲兵は全滅した。だが、まだ厄介な奴が残っている。
装甲車がキュピルを屋根に取り付けられている機関銃で撃ち抜こうとしてきた。再び走って銃撃を避け、機関銃の死角へと逃げる。
死角へ逃げるとすぐにジャンプし剣を大きく振りかぶり、勢いをつけて装甲車を真っ二つに切り裂き燃料タンクを露出させる。
遠くから銃弾を放ってくる一般兵士の攻撃を回避しながら後方へバックステップを繰り返し、ある程度装甲車から距離を離すと倒れている装甲兵からシールドガトリングガンを奪い取り燃料タンクへ向けて乱射した。
銃弾が燃料タンクにぶつかると装甲車は大爆発し周囲の兵士をまとめて吹き飛ばした。

事態の重さを見たピュレットの指揮官が前衛の兵士を呼び戻し、キュピルを倒すよう指示をする。
最新の兵器と戦闘車両は基本的に全て前衛に渡し展開している。今、キュピルが暴れまわっている所は後衛部隊で主に負傷者を救出したり弾切れを起こした兵士や車両に補給物資を提供する支援車両が中心となっている。
唯一援護部隊であった装甲兵全員がやられてしまった、後衛部隊に現在まともな戦闘能力はなくなってしまいやられるがままだ。

ピュレット指揮官
「あいつは一体何者だ!!モギュータからの刺客か!?」
赤い鎧を着た兵士
「わかっている事は何一つ・・・!しかし我々の敵だという事だけは確かです!!」
ピュレット指揮官
「モギュータ攻略は中止だ!あいつを放置すればわが軍は壊滅する!あの者を抹殺次第後退する!
今ある最新兵器を全て投入して被害をこれ以上広げるな!」
赤い鎧を着た兵士
「はっ!」


キュピル
「・・・・!」

これまで銃剣を持った兵士と装甲車両程度が襲い掛かってきていたが、前衛から兵士たちが戻ってきておりマシンガンやロケットランチャーなど凶悪な武器を持っている。遠くから戦車が猛スピードで接近しているのも見える。
戦車の存在にピュレットが気が付くと一斉にキュピルから離れる。その直後、戦車が主砲を発射し爆撃してきた。
人間離れしたスピードでキュピルは戦場を駆けまわり次々と降ってくる戦車の主砲を避けていく。爆風すらキュピルの元へ届いていない。

ピュレット戦車長
「何なんだあいつは!!人なのか!?絨毯爆撃で確実に仕留めろ!」

複数の戦車が前進するのを止め、主砲が高く上げた。

ピュレット戦車長
「いいぞ、今同時に打てば逃げ足の速い奴でも逃れられまい!撃てい!!!」

複数の戦車が同時に主砲を発射しようとしたその時。。
突如、一台の戦車が爆発。さらに二台、三台と戦車がで爆発炎上し周囲の兵士を皆吹っ飛ばしてしまった。

ピュレット戦車長
「何だ!?何が起きている!?」


ルイ
「・・・・・・・・。」

ルイが驚異的な集中力で戦車の燃料タンクを打ち抜いていた。
通常戦車の燃料タンクは目に見える位置にはなく、銃弾で撃ち抜くことはできないがルイが今手に持っているスナイパーライフルは固い装甲を貫く徹甲弾だった。
銃弾爆撃するために戦車が移動を停止したことによって、狙う事が可能になり一瞬で三台の戦車を破壊したのだ。
戦車が減ってしまったせいでキュピルに逃げ道を作らせてしまった。

ピュレット戦車長
「一体何だ・・!奴は・・・何者だ・・・!!」

戦車が突然爆発したのを見たキュピルは、逃げるのを止め最後に残った一台の戦車目掛けて突進し始めた。
接近してくるキュピルを迎撃しようと前方についた二機の機関銃がキュピルを蜂の巣にしようとするが、当たらない。どうして当たらないのか機関銃を打ち続けている兵士が理解する前に近寄られ、戦車のハッチを無理やりこじ開け中に侵入してきた。
ピュレット戦車長がナイフを手に持ち、キュピルを殺すように命じた。

ピュレット戦車長
「奴を殺せ!はy・・・。」

全てを言い切る前に勝敗は喫していた。戦車に乗車していた三人の兵士は既にキュピルに殺されており、最後に残ったピュレット戦車長もキュピルの放ったピストルの銃撃によって命を絶った。

キュピルが戦車を手にしてからは本当の意味で虐殺が始まった。
何も考えずに戦車を急発進させピュレットの兵士目掛けて突っ込んだ。鎧のぶつかる音、兵士の山を踏んで時々持ち上がる戦車、何かが折れる音。
いくらマシンガンを持っていたとしても戦車をどうにかすることはできない。
ロケットランチャーを手にしたピュレットの兵士たちが集まり戦車を壊そうと試みるが、その前にルイが全て撃ち抜き発射する事すら叶わない。

キュピルがピュレットを相手に戦い始めてたったの30分。ピュレット軍の殆どが壊滅状態に陥り、兵士は散り散りとなり潰走する。
戦車に乗って兵士を虐殺し続けていると、目の前にモギュータ攻略のために築き上げられていた拠点が見えてきた。

キュピル
「(・・・段々辛くなってきた。早く拠点を潰して終わらせよう。)」

キュピルが操縦席から一旦離れ戦車の移動を止め、主砲操作に移る。

キュピル
「・・・・・・。」

砲口を動かし拠点へ狙いをつけると、無慈悲に主砲をぶっ放した。
鉄鋼榴弾が拠点へ命中すると大爆発を起こし、ピュレットの兵士が散り散りに逃げて行った。
もはや迎撃する兵器も力も何も残されていなかった。
ピュレットは味方の救出を止め、撤退を開始。港へ向けて潰走した。

キュピル
「(これでもうピュレットは攻撃してこないだろう。恐らく戦艦からの戦略爆撃はあるかもしれないが・・・ここからだとどうしようもない。)」

再び操縦席に戻ると、戦車をモギュータの拠点へと向けて猛スピードで走らせた。
道中には赤い鎧を身に着けた兵士の屍が山のように築き上げられていた。それを無慈悲にキャタピラで踏みつぶしながら走らせる。

キュピル
「(このまま戦車を拠点入口に突っ込ませたいが、入口は狭い。普通に入ればモギュータからのロケットランチャーは避けられない)」

攻め入るなら白兵戦で攻め入るしかない。
そのまま高速走行を続けながらモギュータの拠点へ向けて走らせると、拠点入口にモギュータの兵士達が歓声の声を上げ歓迎している姿が見えた。

青い鎧を身に着けた兵士
「お前すげーな!!たった一人でピュレットを蹴散らすって何者だよ!!」
青い鎧を身に着けた兵士2
「お前が敵じゃなくて本当によかったぜ・・・。同志!!」

キュピル
「(・・・なるほど、これを利用する手はない。)」

キュピルが戦車の走行速度を落とす。そのままゆっくりモギュータの拠点内へ入ろうとしたが流石に止められてしまった。

青い鎧を身に着けた兵士
「まぁ、まてまて。確かにお前は我々モギュータのために働いてくれたが身分が分らない。身分の分らない奴を拠点に入れる訳には行かない。」

やはりそうなるか。
・・・・・ならばやる事は一つ。

戦車のアクセルを思いっきり踏み、目の前で何百人もの歓声の声を上げていたモギュータの兵士を一気に踏みつぶした。
歓声の声が一転、悲鳴に変わった。狭い峡谷を戦車の装甲を崖に何度も擦りながら突進し逃げ場のないモギュータの兵士を踏みつぶして行く。
誰がこのような事態を予想していたか。ただ一人でピュレットの軍陣へ攻め込み壊滅させた男はモギュータの英雄となるはずだった。
手にする名誉、響き渡る勝報、そして褒賞も大きかったはずだ。それを一瞬で捨てて反旗を翻すなどとは誰も思わなかったはずだ。
それだけに、キュピルの突然の奇襲にモギュータは対処一つすらできなかった。
峡谷でモギュータの兵士たちの叫び声が反響しあい、崖の上で様子を見ていたルイが思わず耳を両手で塞ぎ、目を瞑った。
キュピルの乗る戦車はそのままモギュータの本陣へ向けて主砲をぶっ放し、門を吹き飛ばすと、そのまま突進して突っ込みモギュータの陣地を徹底的に荒らしまわった。
ここで築き上げたモギュータの防御拠点は鉄壁である。しかし、それは陣地へ入るまでの道がそうであり、中へ侵入されてからは非常に脆い作りとなっていた。
峡谷をとおる狭い道に作られた拠点。ここでうかつに爆発物を使えば崖が崩れ結果的に被害が広がってしまう。
逆にそれを利用してピュレットを見事陥れた訳だが、今回ばかりは事情が違う。
モギュータの司令官もその事は理解しており、応戦命令は出さずに撤退命令を出したが、大混乱と陥ってしまった状態では指揮命令が末端まで届く訳もなく、モギュータが撤退を始めるころには散々キュピルに荒らされまわれた後であった。
撤退するにも反撃するにも、もう何も出来ない状態だ。個々の兵士がキュピルに気づかれないうちに逃げれるかどうかで精一杯だった。

・・・・・。

・・・・・・・・・・・・・。

踏みつぶす音、兵士の悲鳴、爆発する音。そして地響きと共にやってくるキャタピラの音。
ただルイはしゃがんで耳を塞ぎ目を瞑って終わるのを待つ。
・・・それからしばらくして。

音が止んだ。

数分程経過してもキャタピラの音が聞こえない。ルイが恐る恐る崖下を覗くが、すぐに顔を引込めた。

ルイ
「(あぁ・・・。キュピルさん・・・。・・・・こんな事・・・。・・・抵抗・・・ないんですか?)」



モギュータ指揮官
「一体・・・、何故こんな事を。お前は、名誉を。栄光を。莫大な褒賞を一瞬にして捨て去っただけでなく、両派閥共に駆逐される者となったんだぞ・・・。一体・・・何を考えているんだ・・・!」

ルイのいる場所からだいぶ離れた所で、キュピルがモギュータの指揮官に剣を向けていた。ピュレットは大分逃がしてしまったが、モギュータは殆ど追い詰め逃げよせた兵士は僅かだ。
そして最後に残ったのがモギュータの指揮官だった。

キュピル
「・・・・・・・・・。」

ここまで終始無表情で戦っていたキュピルも、流石に疲れたのか一瞬哀れみの表情を浮かべ、何も言わずにモギュータの指揮官に向かって剣を突き出した。
剣が胸を突き刺し、モギュータの指揮官が震え、そして何も言わずに動かなくなった。

キュピル
「・・・・作者・・・・。・・・俺の事見て、ほくそ笑んでるか?・・・こんな作戦を俺に思いつかせたのは作者がそうさせたのか?
・・・それとも、本当に俺が自分の意思で思いついた作戦なのか・・・?・・・出来ることなら、この作戦ばかりは俺の意思で思いついたものじゃないと信じていたい。」

・・・・・。

後ろを振り返ると、言葉では何も表現できない。ただモギュータの兵士「だった」と思われる何かしかなかった。

・・・遠くから声が聞こえる。


ルイ
「キュピルさーん!」

キュピル
「ルイ?」

ルイが崖上を走ってキュピルの元までやってきたようだ。

ルイ
「聞こえますか?キュピルさん。」
キュピル
「ああ、聞こえるよ。」
ルイ
「・・・・・悲惨な事になっちゃいましたね。」
キュピル
「自分で言うのもなんだけど、俺一人でやったとは思えない光景だ・・・。・・・とにかく一旦戻ろう。アテナの居る俺たちの拠点に。」
ルイ
「・・・はい。・・あ、キュピルさんどうやって戻ります?」
キュピル
「ちょっとまって。この戦車がまだ使えるからこれに乗って拠点まで帰ろう。・・・ん、でもGPSとかで拠点の場所割られるのも嫌だな・・・。」
ルイ
「それなら今私がそっちに降りて調べます。もし、あったとしても分るので壊しちゃいますよ。」
キュピル
「何?ルイ戦車が分るのか?」

その問いにはルイは答えず、ムーンフォールを自身にかけると、ゆっくりと宙を降下しながらキュピルの元まで降りてきた。

ルイ
「多分わかります。」
キュピル
「え?多分?」

ルイが戦車に乗っかると、ハッチの横にある伸びた棒を手につかんだ。

ルイ
「多分このアンテナをへし折っちゃえば分らなくなりますよ。」

そういうと、ルイは腕に力を込めるとボキッとアンテナを降り、どこかに放り投げてしまった。
そのまま戦車の中に入り、しばらくすると銃声が二発なり、数分経過して再びルイが顔を覗かせた。

ルイ
「大丈夫です。もうGPSもレーダーも使えません。」
キュピル
「・・・・よくわかったな・・・・。」
ルイ
「ふっふっふ。こう見えてもメイド長ですよ?メイド長は戦車ぐらい使えて当然ですよ!」
キュピル
「今日から俺はメイドの意識を改めるよ・・・・。」





・・・・。


・・・・・・・・・・・・・・。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。



戦車に乗り、キュラキュラと音を鳴らしながら道なき道を徐行して進むキュピルとルイ。
戦車のコクピット内は血の臭いで満ちており、吐き気を感じたルイは戦車のハッチの上に座っていた。

ルイ
「戦車に窓があればよかったんですけどね。」

戦車に備え付けられていたトランシーバーを通じて会話をする二人。

キュピル
「それだと戦車だと言えないんじゃないのかな。」
ルイ
「でも、戦車の中から機関銃を操作するタイプのもあるじゃないですか。あれって一種の窓代わりにも使えると思うんですけどどうでしょうか。」
キュピル
「旧式の奴には確かにあったけど、あれって戦車としては欠陥構造で結局廃止されたんだよな。そもそも、最先端の戦車に機銃はなく
あくまでも主砲のみの戦車が多い。」
ルイ
「どうしてなんですか?」
キュピル
「敵に接近されることをそもそも想定としていないからだ。中距離から敵を一掃する、いわば移動砲台みたいなものだ。戦車と装甲車を合わせて運用して
敵に近づかれることがあれば装甲車の中に待機している兵士を出撃させるんだってさ。」
ルイ
「へぇ・・・。誰から聞いたんですか?」
キュピル
「ギーン。」
ルイ
「あぁ・・・。確かにトラバチェスの兵器って全部最先端でしたね・・・。」
キュピル
「確かに、ここの島の兵器はだいぶ進んでいる。けれど、トラバチェスのと比べたら旧式だな。」
ルイ
「旧式と言っても、一人で戦車を相手に戦いまわれるキュピルさんは最新鋭の戦車数十台分の戦力ですよね。」
キュピル
「戦う方法が兵器だけの世界があれば、相当異常だが魔法のある世界じゃ不思議な話じゃないかもしれないね。」
ルイ
「そういうものでしょうかね。それなら魔法と兵器が複合化した凶悪な戦車とかあってもいいかもしれませんよ。」
キュピル
「既にギーンがその戦車を作ろうと躍起になっていたよ。あいつ戦争でも起こす気かよ。
ただ、この島では思いのほか魔法はあんまり使われていないみたいだ。一般兵士が魔法を使ってきたところを一回も見ていない。恐らく専門職として扱われていて日常的に使われてはいないのかもしれない。
戦車を守るシールドとか魔法で作られていたらかなりやばかったかもしれないな。」
ルイ
「キュピルさんは魔法使えませんけど十分強いですよね。魔法覚えたらどうなっちゃうんでしょうか。」
キュピル
「魔法覚えたいよ。」
ルイ
「なら教えましょうか?」
キュピル
「どんな魔法を教えてくれる?」
ルイ
「遠くにあるリモコンをこっちに引き寄せる魔法とか便利ですよ。」
キュピル
「それいいな。悪戯して逃げるキューを引き寄せるのに使えそうだ。」
ルイ
「なるほど。この魔法を使えばキュピルさんを物理的に引き寄せられるのですね。」
キュピル
「・・・今の話は忘れてくれ。」
ルイ
「だめですよ。いつかやりますから。」
キュピル
「や、やれやれ・・・。」
ルイ
「あ、もしかして恥ずかしいから嫌がってたりします?キュピルさんらしいですね。」
キュピル
「速度あげるぞ。」
ルイ
「わっ!」

キュピルがアクセルを踏み、より速く移動を始めた。

ルイ
「キュピルさん、後で覚えておいてくださいね。」
キュピル
「い、一応覚えておこう・・・。」



他愛のない話をつづけながら、拠点へと戻っていく二人。

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今回の戦いはまだ序の口だ。
キュピルの予想が正しければ・・・・。

キュピル
「(次が山場だな・・・。)」


続く